仮面ライダーオーズ10thIF 大罪と欲望の輪唱 作:大島海峡
「はい、それじゃーみんな! お疲れさまー! カンパーイ!!」
多国籍料理レストラン『クスクシエ』。
毎度賑やかなお祭り状態にあるのが持ち味の店だが、その晩は特に賑わっていた。
コアメダル、ならびに火野映司とアンクらの関係者で貸し切り。懐かしの面々が顔を揃える中、その店長たる
「はーい、おかわりもあるから、どんどん網で焼いてねー」
「ずいぶんワイルドな飾り付けですけど、なんのモチーフなんです?」
「あぁ、今ウチ、ポストアポカリプスフェアだから。気分は悪の王様に立ち向かうレジスタンス的な? あははは」
「……いや、全然笑えないです」
彼女から渡された串に打たれた鮎を、後藤慎太郎はいつもよりも幾許か渋い顔つきで見つめた。
「まぁまぁ後藤ちゃん! 終わり良ければ全て良しって言うじゃない。今日ぐらいはパーっといこうぜ」
そう屈託なく言うのは、彼と同じくバースシステムを共有する快男児、戦うドクターこと伊達明《あきら》。こちらは生来の明るさを存分に発揮していた。
『その通り!!!!』
と、圧のある声が店の中に轟く。現れたのは、十年経ってもなお崩れぬ容色、体形を持つ美人秘書、
「おっ、そろそろ来ると思ってたよ、会長?」
「はぁ~こりゃまた、いつになく豪勢だねぇ里中ちゃん」
と、感心しながらケーキを仰ぐ伊達に、ビジネスライクなクールビューティーではなく、画面の中の鴻上自身が答えた。
『君たちがもしここで敗れていれば、我がご先祖様によって世界の八割は、瞬く間に彼に食われていただろう。それに比べたら、ささやかなお礼だよ』
「……いつも通り、オーバーだねぇ。まっ、会長もそう言ってんだ。今日ぐらい骨休めしても、バチ当たんないんじゃないの?」
見回しながら、そう言った伊達の目が、映司で留まる。
「ほら、火野も。今日は比奈ちゃんの栄転も兼ねてんだ。ちゃんと祝ってやれよ」
立役者にも関わらず、ひとり外れた位置で座っていた映司は、はっとしたように顔を上げた。
「あ、あぁ! ごめんね比奈ちゃん、あと色々ゴタゴタしちゃったけど、おめでとう!」
「うん、ありがとう」
比奈は十年前から変わらない、透き通るような微笑みで返した。
「
「けっこう太いとこだよな。色々やらかしてるけど、そのたびに大きくなるゾンビみてーな会社って噂の」
「伊達さん、言い方……」
「そこの服飾部門で店一つ任せられるなんて、大したもんじゃない! お兄さんも、妹さんが立派になって誇らしでしょ?」
「これも、知世子さんや映司くんに支えられてきたおかげですよ」
知世子の言葉に、微笑みと共に返したのは、比奈の兄、かつてアンクが宿主としていた泉信吾だった。
警察官というだけあって折目正しく、物腰も柔らか。穏やかな表情を眺めつつ、映司は
(やっぱ、同じ顔でもアンクとは全然違うよな)
そうあらためて思った。
「? どうかしたかな、映司くん」
視線に気がついた信吾が、不思議そうに尋ねた。
「あぁ、いえ……すみません、なんか見つめちゃって」
「アンクのこと、考えてた?」
「……比奈ちゃんには、分かっちゃうか。やっぱり」
「まぁ、素直には喜べないよな。特にお前は」
苦笑する映司に、比奈が、次いで後藤が、顔と口を挟む。
「アンクが復活したってことは、古代王に取り込まれてた他のグリードも蘇った可能性が高い……それにしてもアンクの奴……いったい何を考えてるんだ」
自分たちを拒み、王のベルトを奪い去るようなことをしたのか。
焼き上げた魚を見つめながらぼやく後藤に、
「あいつのことは、そこまで心配はしてないんですけど、でも……ひょっとしたら」
「何か心当たりあるの? そういえばアンクもなんか、映司君の胸に訊けとかなんとか」
「いや、そんなんじゃないけど」
映司は、妙に歯切れ悪く、呟くように言った。
「そう思い詰めるな。形はどうあれ、お前の念願がようやく叶ったんじゃないか。何か思うことがあるなら、遠慮なく俺たちに相談しろ」
そう慰める後藤に、映司は眉を下げたまま、どことなく細さを感じさせる笑みを浮かべた。
「そう、ですね……あ、比奈ちゃんのグラス空だね。ちょっとボトル持って」
そう言いさして立ち上がった瞬間、映司の身体がよろめいた。
それを慌てて、比奈が腕力で下から支えた。
「大丈夫!? 映司君!」
「ご、ごめん……ちょっと、疲れちゃって」
「無理もない。あれだけのコンボを、しかも新式の奴も含めて使い込んだんだ。いくらお前でも、ガタがくるだろ」
「ちょっと奥で休んでたらどうだい?」
「すみません……じゃあ、お言葉に甘えて」
「あ、私が部屋まで連れていく」
「平気平気! ちょっと横になれば楽になるから。っていうか比奈ちゃんが主役なんだから、ここにいないと」
「でも」
逡巡する比奈だったが、
「比奈ちゃん、キヨちゃん知らない?」
と知世子から声がかかり、そちらへ振り返る。
「キヨちゃんって、あのブキ……
「そう、その子。始まる前はあったはずなんだけど……悪いんだけどちょっと探すの手伝ってくれる?」
「あ、ハイ……分かりました」
一瞬躊躇った比奈ではあったが、視線を軽く振り向けると、すでにそこには映司の姿はなかった。代わり、伊達がおでんの牛串片手に割り込んでいて、
「あれ、火野は?」
と後藤に尋ねた。
「ちょっと体調悪そうだったんで、奥で休ませました」
「まーた無理してねぇといいけど。つか、あいつ器空っぽじゃん」
と、伊達に摘み上げられて前後に振られる映司の分のグラスを見た時、比奈はアンクの異変とは異なる、言いようのない漠然とした不安に駆られたのだった。
〜〜〜
基本的には根無草の身とは言え、かつては営みの一部だったクスクシエだ。
勝手は知っている。
だが――今この時は、洗面台さえ遠く思えた。
比奈たちと別れた後、映司はいよいよ体調の不良を隠すことができず、息つき、壁に手をついて我が身を支えつつ、這うようにして鏡の前に立った。
「大丈夫、だいじょうぶだから……」
そう己に言い聞かせるように、呟く。
顔を洗って、ベッドに入ってちょっと身を休んで、明日になってパンツを履き替えれば、こんな気分の悪さはすぐに晴れる。
――頭に響く『幻聴』も、消えてなくなる。
『勝手なもんだよなぁ。人の気も知らないで』
だが、その声は止まず。
声は、そして鏡の向こうで蠢く影は、より鮮明になっていく。それが紛れもなく存在することを、証明する。
『まぁ奴らには、分かるはずがない。あいつらはただの人間。お前を理解できるのは、俺だけだ』
そう嘯く影は、まさしく己自身だった。
ただその髪の一部の表層は毒々しい紫に染まり、両の瞳は金色に閃く。
その表情は苦しむ映司とは対照的に軽薄そのもの。身じろぎもできずに凍り付く映司を置いて、勝手に動き出した。
「なんなんだ、お前は……! 俺の中から出ていけよ!」
『おいおい、オイオイオイ――』
鏡像は笑う。指を絡め、掌の内で親指を回し、ついには鏡の外に出て、道化じみた所作で本物の映司に絡む。
『ずいぶん大きな口を叩いてくれるじゃないか。誰がお前の中に入ったおかげで古代王を倒せた? 新式のコアメダルを扱い、暴走せず紫のコンボをキメられた? いや、そもそもはお前が――』
「止めろ!」
映司は声を張って続く言葉を潰した。
『だからアンクにも見限られた』
しかし構うことなく、影はそう締め括った。
「俺がしたことは……俺が一番……分かってる」
『どうかな』
冷笑を浮かべたまま、影は映司の隣に立つ。
明暗のくっきり分かれた同じ顔が並ぶ。
『お前はまだ分かっていない。お前自身の欲望の大きさも……そして今、そこに空いた穴の大きさも。それを分かってやれるのは、その穴を埋めてやれるのは、お前の欲望から生まれた俺だけさ、映司。奴らでもアンクでもない。俺だけが、お前を満たしてやれる』
それが喋るたびに、映司の脳に、針を打ち込まれたような痛みが奔る。声が漏れる。
それは拒絶による苦痛だ。受け入れてしまえば、おそらく楽になる。
それがたまらなく、恐ろしい。
『大丈夫、俺たちなら上手くやっていける。早まって自害なんかしてくれるなよ。だが……それでも、もし要らないって言うのなら』
床に崩れ落ちる映司を冷ややかに見つめ、同じ顔の男は、彼の前でしゃがみ込む。力無く垂れた映司の手を掴み、低い声で言う。
『この身体、俺によこせ』
その言葉を機に、映司の身体の中で別質の存在感と自己が急激に勢力を増していく。本来の己を喰らっていく。
闇に堕ちていく意識の中、映司は、
「ゴーダ……!」
彼を蝕む、毒蠱の名を呼んだ。