仮面ライダーオーズ10thIF 大罪と欲望の輪唱   作:大島海峡

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1.宴と穴と掴まれる腕

「はい、それじゃーみんな! お疲れさまー! カンパーイ!!」

 多国籍料理レストラン『クスクシエ』。

 毎度賑やかなお祭り状態にあるのが持ち味の店だが、その晩は特に賑わっていた。

 コアメダル、ならびに火野映司とアンクらの関係者で貸し切り。懐かしの面々が顔を揃える中、その店長たる白石(しらいし)知世子(ちよこ)が音頭をとって、宴が開かれた。

 

「はーい、おかわりもあるから、どんどん網で焼いてねー」

「ずいぶんワイルドな飾り付けですけど、なんのモチーフなんです?」

「あぁ、今ウチ、ポストアポカリプスフェアだから。気分は悪の王様に立ち向かうレジスタンス的な? あははは」

「……いや、全然笑えないです」

 

 彼女から渡された串に打たれた鮎を、後藤慎太郎はいつもよりも幾許か渋い顔つきで見つめた。

 

「まぁまぁ後藤ちゃん! 終わり良ければ全て良しって言うじゃない。今日ぐらいはパーっといこうぜ」

 そう屈託なく言うのは、彼と同じくバースシステムを共有する快男児、戦うドクターこと伊達明《あきら》。こちらは生来の明るさを存分に発揮していた。

 

『その通り!!!!』

 と、圧のある声が店の中に轟く。現れたのは、十年経ってもなお崩れぬ容色、体形を持つ美人秘書、里中(さとなか)エリカ。彼女が運び入れたワゴンには、

 

「おっ、そろそろ来ると思ってたよ、会長?」

 鴻上(こうがみ)ファウンデーションのトップ、鴻上光生(こうせい)の映るタブレット端末が備え付けられ、彼の手製と思われる、城塔と見まごうばかりの三層の特大ケーキが載せられていた。

 

「はぁ~こりゃまた、いつになく豪勢だねぇ里中ちゃん」

 と、感心しながらケーキを仰ぐ伊達に、ビジネスライクなクールビューティーではなく、画面の中の鴻上自身が答えた。

『君たちがもしここで敗れていれば、我がご先祖様によって世界の八割は、瞬く間に彼に食われていただろう。それに比べたら、ささやかなお礼だよ』

「……いつも通り、オーバーだねぇ。まっ、会長もそう言ってんだ。今日ぐらい骨休めしても、バチ当たんないんじゃないの?」

 

 見回しながら、そう言った伊達の目が、映司で留まる。

 

「ほら、火野も。今日は比奈ちゃんの栄転も兼ねてんだ。ちゃんと祝ってやれよ」

 立役者にも関わらず、ひとり外れた位置で座っていた映司は、はっとしたように顔を上げた。

「あ、あぁ! ごめんね比奈ちゃん、あと色々ゴタゴタしちゃったけど、おめでとう!」

「うん、ありがとう」

 比奈は十年前から変わらない、透き通るような微笑みで返した。

幻夢(げんむ)コーポレーションって、なんかどっかで聞き覚えあったけど……元はゲーム会社だったっけ?」

「けっこう太いとこだよな。色々やらかしてるけど、そのたびに大きくなるゾンビみてーな会社って噂の」

「伊達さん、言い方……」

「そこの服飾部門で店一つ任せられるなんて、大したもんじゃない! お兄さんも、妹さんが立派になって誇らしでしょ?」

「これも、知世子さんや映司くんに支えられてきたおかげですよ」

 

 知世子の言葉に、微笑みと共に返したのは、比奈の兄、かつてアンクが宿主としていた泉信吾だった。

 警察官というだけあって折目正しく、物腰も柔らか。穏やかな表情を眺めつつ、映司は

(やっぱ、同じ顔でもアンクとは全然違うよな)

 そうあらためて思った。

 

「? どうかしたかな、映司くん」

 視線に気がついた信吾が、不思議そうに尋ねた。

「あぁ、いえ……すみません、なんか見つめちゃって」

「アンクのこと、考えてた?」

「……比奈ちゃんには、分かっちゃうか。やっぱり」

「まぁ、素直には喜べないよな。特にお前は」

 苦笑する映司に、比奈が、次いで後藤が、顔と口を挟む。

 

「アンクが復活したってことは、古代王に取り込まれてた他のグリードも蘇った可能性が高い……それにしてもアンクの奴……いったい何を考えてるんだ」

 自分たちを拒み、王のベルトを奪い去るようなことをしたのか。

 焼き上げた魚を見つめながらぼやく後藤に、

「あいつのことは、そこまで心配はしてないんですけど、でも……ひょっとしたら」

「何か心当たりあるの? そういえばアンクもなんか、映司君の胸に訊けとかなんとか」

「いや、そんなんじゃないけど」

 映司は、妙に歯切れ悪く、呟くように言った。

 

「そう思い詰めるな。形はどうあれ、お前の念願がようやく叶ったんじゃないか。何か思うことがあるなら、遠慮なく俺たちに相談しろ」

 そう慰める後藤に、映司は眉を下げたまま、どことなく細さを感じさせる笑みを浮かべた。

「そう、ですね……あ、比奈ちゃんのグラス空だね。ちょっとボトル持って」

 そう言いさして立ち上がった瞬間、映司の身体がよろめいた。

 それを慌てて、比奈が腕力で下から支えた。

 

「大丈夫!? 映司君!」

「ご、ごめん……ちょっと、疲れちゃって」

「無理もない。あれだけのコンボを、しかも新式の奴も含めて使い込んだんだ。いくらお前でも、ガタがくるだろ」

「ちょっと奥で休んでたらどうだい?」

「すみません……じゃあ、お言葉に甘えて」

「あ、私が部屋まで連れていく」

「平気平気! ちょっと横になれば楽になるから。っていうか比奈ちゃんが主役なんだから、ここにいないと」

「でも」

 逡巡する比奈だったが、

「比奈ちゃん、キヨちゃん知らない?」

 と知世子から声がかかり、そちらへ振り返る。

 

「キヨちゃんって、あのブキ……真木(まき)さんの人形ですか?」

「そう、その子。始まる前はあったはずなんだけど……悪いんだけどちょっと探すの手伝ってくれる?」

「あ、ハイ……分かりました」

 

 一瞬躊躇った比奈ではあったが、視線を軽く振り向けると、すでにそこには映司の姿はなかった。代わり、伊達がおでんの牛串片手に割り込んでいて、

「あれ、火野は?」

 と後藤に尋ねた。

「ちょっと体調悪そうだったんで、奥で休ませました」

「まーた無理してねぇといいけど。つか、あいつ器空っぽじゃん」

 

 と、伊達に摘み上げられて前後に振られる映司の分のグラスを見た時、比奈はアンクの異変とは異なる、言いようのない漠然とした不安に駆られたのだった。

 

 〜〜〜

 

 基本的には根無草の身とは言え、かつては営みの一部だったクスクシエだ。

 勝手は知っている。

 だが――今この時は、洗面台さえ遠く思えた。

 

 比奈たちと別れた後、映司はいよいよ体調の不良を隠すことができず、息つき、壁に手をついて我が身を支えつつ、這うようにして鏡の前に立った。

 

「大丈夫、だいじょうぶだから……」

 そう己に言い聞かせるように、呟く。

 顔を洗って、ベッドに入ってちょっと身を休んで、明日になってパンツを履き替えれば、こんな気分の悪さはすぐに晴れる。

 

 ――頭に響く『幻聴』も、消えてなくなる。

 

 

 

『勝手なもんだよなぁ。人の気も知らないで』

 

 

 

 だが、その声は止まず。

 声は、そして鏡の向こうで蠢く影は、より鮮明になっていく。それが紛れもなく存在することを、証明する。

 

『まぁ奴らには、分かるはずがない。あいつらはただの人間。お前を理解できるのは、俺だけだ』

 そう嘯く影は、まさしく己自身だった。

 ただその髪の一部の表層は毒々しい紫に染まり、両の瞳は金色に閃く。

 その表情は苦しむ映司とは対照的に軽薄そのもの。身じろぎもできずに凍り付く映司を置いて、勝手に動き出した。

 

「なんなんだ、お前は……! 俺の中から出ていけよ!」

『おいおい、オイオイオイ――』

 鏡像は笑う。指を絡め、掌の内で親指を回し、ついには鏡の外に出て、道化じみた所作で本物の映司に絡む。

 

『ずいぶん大きな口を叩いてくれるじゃないか。誰がお前の中に入ったおかげで古代王を倒せた? 新式のコアメダルを扱い、暴走せず紫のコンボをキメられた? いや、そもそもはお前が――』

「止めろ!」

 映司は声を張って続く言葉を潰した。

『だからアンクにも見限られた』

 しかし構うことなく、影はそう締め括った。

 

「俺がしたことは……俺が一番……分かってる」

『どうかな』

 冷笑を浮かべたまま、影は映司の隣に立つ。

 明暗のくっきり分かれた同じ顔が並ぶ。

 

『お前はまだ分かっていない。お前自身の欲望の大きさも……そして今、そこに空いた穴の大きさも。それを分かってやれるのは、その穴を埋めてやれるのは、お前の欲望から生まれた俺だけさ、映司。奴らでもアンクでもない。俺だけが、お前を満たしてやれる』

 

 それが喋るたびに、映司の脳に、針を打ち込まれたような痛みが奔る。声が漏れる。

 それは拒絶による苦痛だ。受け入れてしまえば、おそらく楽になる。

 それがたまらなく、恐ろしい。

 

『大丈夫、俺たちなら上手くやっていける。早まって自害なんかしてくれるなよ。だが……それでも、もし要らないって言うのなら』

 床に崩れ落ちる映司を冷ややかに見つめ、同じ顔の男は、彼の前でしゃがみ込む。力無く垂れた映司の手を掴み、低い声で言う。

 

『この身体、俺によこせ』

 

 その言葉を機に、映司の身体の中で別質の存在感と自己が急激に勢力を増していく。本来の己を喰らっていく。

 

 闇に堕ちていく意識の中、映司は、

 

「ゴーダ……!」

 

 彼を蝕む、毒蠱の名を呼んだ。

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