仮面ライダーオーズ10thIF 大罪と欲望の輪唱 作:大島海峡
(なんだ、オーズか? これは……)
ウヴァは困惑した。
見慣れない
佇まい、どこか人ならざる生物めいた所作を繰り返す様、どれをとっても、敵ながらも理智的なかつてのオーズの姿とは異なる。
むしろ、纏う雰囲気は『王』のそれに近い。
双角が、本能から警鐘を鳴らしている。
「どうした、来いよ」
だがそう挑発的に手招きされた瞬間、屈辱と怒りがそれに勝った。
「舐めるなッ」
警戒心を飛散させて吼えると同時に殴りかかる。だが、オーズの気配が毒々しい緑の色を帯びる。いや、それは実際に頭から伸び上がった尾のごとき器官から噴出する気体だった。
たちどころにそれはウヴァの辺りを占め、同時にオーズの姿をかき消した。
「どこへ行っ……ッ」
声をあげたウヴァは、思わず咽こんだ。
むろん、メダルの集合体たるグリードは、本来呼吸をしているわけではない。
だがこのガスは――この毒は……
そのグリードのメダルさえも浸食し、瞬く間にセルメダルを、腐食させ、錆び付かせていく。そのための苦痛が、拒絶反応となって表れた結果だった。
「う――うぉぉ!」
それに対する恐怖から、ウヴァは我武者羅に腕を振り回して暴れる。
が、その多くはただただ空振りするだけに終わる。
しかしてようやくに行き着いた、硬い感触、確かな手ごたえ。音。
だが、そのストレートパンチを受けたのは、蜂の巣の盾だった。
「虫ケラが」
返って来たのは悲鳴ではなく、低い嗤い。
カウンターに突き出された針がウヴァの胸板を貫いた。毒が、注入された。
『直』は素早く、彼を腐食させていく。
内側から変色、変形したしたセルメダルが零れ落ちる。その穿たれた穴から、オーズは手を突っ込み、コアメダルを掴む。
「離せぇっ!」
裏返った声と共に、ウヴァはその手を引き抜き押しのける。角より発した電流が、オーズの身体も周囲も区別なく焼かんと火花を散らす。
そして必死の勢いそのままに猛烈にオーズを攻め立てた。
オーズは不意を崩され体勢を崩され、喉笛に掴みかかられる。だがそれをも気にも留めていないように淡々と、ベルトのメダルをまたウヴァの知らないものへと入れ替えスキャンする。
〈サメ・クジラ・オオカミウオ! サーラーミウオー! サ! ラ! ミーウオー!〉
瞬間、飛沫と共にオーズの身体が変色し、同時にその手に膨れ上がった衝撃が、今度はウヴァを吹き飛ばす。
メズールのメダルにも似た、水棲生物を中心とした青き鎧。脚部のみ朱色に染まり、それと同じ色をした異形の
「おいおい、どうしたぁ、『先輩』! せっかく復活したんだ、『俺の時代が来た』って言わないのか?」
などと煽り立てて、穂先をウヴァへとしっかりと定めたまま、無遠慮に再び間を詰め始める。
もはや、その挑発に嚇怒する蛮勇は、グリードには残されていなかった。
しかしてこの場から免れたいという必死さから、乾坤一擲の勝負に討って出る。
体当たり気味に挑みかかったウヴァの攻めは彼の性質そのもので直線的だった。
それを難なく躱しざま、ハープーンが胴を薙いて血の代わりメダルを流出させる。
「ほら、ほら! コアメダルだけキレイに残して削り切ってやろうかァ!」
『火野映司』ならばまず思いだにしないサディスティックな言葉遣いと共に、突き、叩き、存分に痛めつける。
「え……映司君?」
「火野……?」
救助活動に注力していた比奈も後藤も、ふと顧みた時にその一方的な戦闘を目の当たりにした。
そして、いよいよ幽かに抱いていた違和感が確信めいたものに変わった。
――今の映司は、オーズは、何かがおかしい、と。
そんな二人をよそに、決着はつこうとしていた。
何度目ともしれぬウヴァの吶喊を、片足であしらい、払う。
仰向けに転倒した彼に、銛が突き下ろされんとしていた。
「う、うぅぅう……!」
ウヴァのうめき声が、天にこだまする。
――転瞬。
どこからともなく飛来した火球が、オーズを横合いから襲った。
翻った刃先がそれを途上で裂き、二つに分かたれたそれは彼の背後で爆ぜる。
それが何者が放ったものなのかは、瞭然だった。
身を隠すことなく、そのグリードは怪物怪鳥としての姿を晒していた。
「アンク……!」
オーズが唸るようにその名を呟くと同時に、そのアンクは五彩の翼を広げて滑空した。
振るわれたハープーンの真下、地面すれすれを掻い潜り、オーズに確保されていたウヴァの身柄を浚う。
「悪いが、こっちにも都合ってもんがあってなァ。今コイツを倒されるわけにはいかないんだよ」
甲高く、相手を試すように、あるいは煽り立てるように間延びした物言い。それは比奈たちの知るアンクそのものだった……今の映司とは違い。
そして小脇に抱えたまま膝と上体を伸ばしたアンクは、その場を飛び立った。
「逃がすかッ!」
オーズは一喝と共にその背を撃とうと、高水圧の刃を何発も飛ばす。
「やめろ火野!」
が、バースがそれに割って入った。伸びるクレーンでもって、挟み込み、絡め取るようにしてオーズの身柄を押さえ込む。
「事情は分からないままアンクを攻撃するなんて……やっぱり今のお前はおかしいぞっ!?」
とそう非難する後藤に、『映司』は舌打ちした。
「どいつもこいつも……」
「え?」
「俺の邪魔を、するなァッ!」
内側から引きちぎるようにして、オーズは拘束を力づくで退ける。一瞬の間に、距離を一気に詰められる。
そして向かうべき先を失った矛先が、翻ってバースの装甲へと叩きつけられた。
激しい金属音を縫うように、くぐもった後藤の咽声が零れる。先に手を打たんとしたのは他ならぬ彼の方だが、予想を超えて激しい反撃に、体勢が整わないまま今度はバースが斬り立てられた。
そしてその勢いで壁際まで追い込むと、
「欲望の妨げになるものは、徹底的に排除するっ!」
と蛮声をあげて、バースのベルトに穂先を向け、後藤の腹もろともそれを貫かんと大きく引く。
「映司君、やめて!」
比奈が駆け寄りながら、悲鳴にも似た制止の声を放つ。
だがそれにさえもはや反応せず、銛は後藤の胴体に迫りつつあった。
「…………やめ、ろ――!」
しかし、遮る声がある。手がある。
それは他でもない、今まさに後藤に引導を渡さんとしていた、火野映司本人の左手だった。
銛を手にした右手首を、自身に向けるものとは思えない強力な握力で抑え込み、ねじり上げている。
「映司、お前ェ!」
そして、呪詛の声をあげるのもまた、映司自身の声である。
「良いだろう……どこまでも逆らうつもりなら……まずはお前から消してやる!」
そして何処から吹き出た水をバネにして、尋常の状態ではないオーズは天高く飛び上がるや、何処かへと姿を消した。
後に残されたのは、映司の身に、その心に、何か異変が起こったと悟りつつあり、そして困惑して立ち尽くす後藤と比奈のみであった。