逆襲の戦艦長門   作:佐藤特佐

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第二話 甦れ戦艦長門

 

 

 次に気がついた時、俺は甲板の上にいた。青空をバックに、複数の人が俺の顔を覗き込んでいる。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「……助かった。」

 

 そう答えると、俺を覗き込んでいたメガネの男は、安心したようにため息を吐く。そして傍の仲間…青の迷彩服を着た、おそらく海上自衛隊の隊員たち…と何か相談をし始めたようだ。

 青黒い作業服のような服装や華奢な体格から、おそらくメガネの彼は自衛隊員ではない。民間の作業会社か何かの所属だと思う。しかしその会話の中で気になることを聞いてしまった。

 

「敵艦隊は依然発見できてません。どうしますか艦長。」

 

「とりあえず今は救助を優先しましょう。見張りは続けて、敵が見えたらすぐに戦えるようにしてください。」

 

 海上自衛隊の隊員たちは「了解!」と敬礼して各々持ち場に走ってゆく。

 

 

 ……”艦長”…。彼が⁉︎

 

 

 

 

 

 

「傷、見せてくださいね。」

 

 ちょうどそのタイミングで、救急箱を持った隊員がやってきた。彼は傷の具合を見ようとしたところで、俺の階級章に気がついたようだ。驚いたように尋ねてくる。

 

「二等海佐…艦長か副艦長でありましたか?」

 

「あぁ、こんごうの艦長をやっていた。沈んじまったがな。」

 

「護衛艦の艦長になるのが自分の夢です。尊敬します。」

 

 そう言われると少し照れるのが人間の性だ。そうかそうか、ありがとうな、と伝えるのが精一杯だった。こんな俺に「尊敬する」なんてもったいない言葉だと思うが、嬉しいものは嬉しい。

 

 少し打ち解けたところで、気になっていることを聞いてみることにした。

 

「ところでこの艦は?」

 

 尋ねながら周囲を見渡す。やはり広大な木製甲板。海の上で見た巨影は見間違えではなかった。護衛艦のものなどと比べ物にならないほど広い、長い。近くで見る艦上構造物は見上げるほど高いし、主砲もかなりの大口径だ。

 

「まるで戦艦のようだが。」

 

 そう訊くと、隊員は良くぞ訊いてくれました、と言わんばかりの笑顔になった。

 

「この艦は、旧日本海軍が開発・運用した、世界初の40センチクラスの主砲を搭載、連合艦隊旗艦も務めた超弩級戦艦…長門型戦艦一番艦・長門です!」

 

 映画のナレーションのような解説だな、というのは置いとくとして、どうやら疑う余地はないらしい。思えば、資料で見た戦艦長門そのまんまであるから…。

 

 

「終戦100周年記念で、各地の戦争遺産の修復や復元が行われていまして、長門もその一環で引き上げと修復がされてんです。記念艦として日本に里帰りさせるとかで…。」

 

 あぁ、そういえば話題になってたな。『戦艦長門里帰りなるか⁉︎』みたいな記事を読んだことがある。原爆の放射能を除去し、海底に沈んだ残骸を丁寧に組み上げ、内部構造まで丁寧に再現し…と大変な作業だったようだな。

 機械艦隊の反乱のせいで誰も覚えてないだろうが。

 

 そしてもう一つ気になることが…。

 

「それで、この艦の艦長は誰だ?」

 

 すると隊員はあっさり答えた。

 

瀬内 大和(せうち やまと)さんですよ。ほら、あそこにいらっしゃる。」

 

 そう指さされた先では、先ほどのメガネの男が、隊員たちに混じって救助活動の手伝いをしていた。救急箱を片手に隊員と何やら話し合っている。負傷者を中に運ぼう、と言ったのだろうか、艦橋の入り口を指差して指示を出した。

 やはり彼が艦長だったか。

 

 あまりにも凝視していたからか、隊員は補足の話をし出した。

 

「瀬内さんって民間サルベージ会社の方で、この艦を日本まで届ける航海のリーダーだったんです。ですがこの騒ぎを聞きつけ、長門で駆けつけたって訳なんです!」

 

 

 

 

 

 そんなことを聞いていると、眩しかった日光がふと日陰に包まれた。

 振り向くと、そこには青の迷彩服を着た女性隊員が立っていた。その鋭い視線に射抜かれ、俺も隣の隊員も硬直する。

 彼女は表情ひとつ変えずにしばらくこちらを見つめていた。数秒だっただろうが、遥かに長く感じられた。

 

「護衛艦こんごう艦長の山城2佐でありますね?」

 

 彼女に唐突にそう聞かれ、「はい…」と頷く。

 

「急で申し訳ありませんが、戦闘指揮所に来ていただけますか。」

 

 急だなおい。大体俺もまだこの艦の状況が分かってないし。……なんて言える訳もなく、半ば強制的に彼女に連行されるのだった。

 

 

 

 

 

 艦内はそこそこ狭い。その点は護衛艦と同じだとも言えるが…問題は構造が複雑だってことだ。灰色で鉄板剥き出しの、似たような構造の廊下や部屋が続くため、さながら迷路のようだ。迷ったら出られないだろう。

 防水扉の段差に足を取られそうになった。よろめいた俺の手を、案内役の彼女はスッと支えてくれた。

 なんだ、悪い奴じゃなさそうだ。

 

 

 艦橋内のエレベーターに乗って上層部へ。扉が開くと、そこは目的地・戦闘艦橋だった。戦闘指揮所は艦橋の上の方にある。高所から敵を見つけて攻撃指揮を執るためだ。そこに迷彩服の人物が複数集まっている。

 

 

「お連れしました。」

 

 彼女に付いて中に入ると、中に居た隊員たちは敬礼で迎えてくれた。俺も返礼する。返すのがマナーだからな(…と思う)。

 

 そんな中、真っ先に俺の前に出てきて手を差し出してきた男がいる。迷彩服を着ていない、例のメガネの男……さっきの話によればこの艦の艦長……。

 

「えっと…一応艦長をやっております瀬内です。」

 

 なんか辿々しい。慣れてないんだな、まぁ当たり前か。

 

「護衛艦こんごうの艦長をやってました山城です。助かりました。」

 

 そう言って彼の手を握る。少し強く握れば折れてしまうんじゃないかと思うほど細い手。この手でこんな巨大戦艦を指揮していたのか、しかも民間人が…と素直に感心してしまう。

 勝手に感傷に浸っている場合ではない。敵がまた来るかもしれないのだから、さっさと話を聞いておこうじゃないか。

 

「今回はどう言ったご用件で?」

 

 瀬内は少し俯いたまま言った。

 

「率直に申し上げますと、プロフェッショナルであるあなたに質問したいのです。」

 

 ほう、何を?

 

「戦艦長門で機械艦隊に勝てますか?」

 

 

 ………?

 

 

 俺の思考が停止した。正確には、混乱していた。

 

 長門はあくまで通りすがり、戦うのではなく救助が目的だったのでは?さっきの砲撃は救助の障害になるからやむを得ずだったのではないのか?だいたい戦艦なんぞで戦ったら、ただでさえうるさい近隣諸国との関係がどうなることやら。いやそもそも勝算はあるのか?

 

 俺はなんとか言葉を搾り出し、整理しようとする。

 

「えぇと、戦艦があれば機械艦隊に勝てるのか、と言うことですね?」

 

「はい。」

 

 

 なんだ、所詮は一般人の質問か。そんなの決まってるじゃないか。

 答えは「NO」だ。

 

 

 

 

 なぜ現代では戦艦が使われていないのか。それはひとえに”戦艦の優位性が失われたから”に他ならない。

 

 20世紀初頭まで、戦艦は最強の軍事兵器だった。(当時としては)長射程・高威力の大砲を持ち、世界中どこでも行くことができて。無論建造には多額の資金や技術力が必要だが、強い戦艦を持っているだけで、軍事・外交などさまざまな面で他国より優位に立てた。列強各国は競って戦艦を建造、睨み合いを効かせていたのだ。

 

 この戦艦長門もそんな時代に生まれた。いわゆる「大艦巨砲主義」の時代。一言で言えば「デカくて頑丈な船に、デカくて強い大砲をいっぱい積めば最強じゃね?」という理論だ。戦艦の黄金時代であった。

 

 しかしそれは長く続かなかった。第二次世界大戦頃から航空機が発達してきたのだ。いくら戦艦といえど、大空を自由に駆け回ることのできる航空機には敵わない。

 戦艦の大砲より遥かに長距離まで攻撃できて。生産コストも低くて。航空機を選ばないという選択肢はなかった。

 

 やがて時代は移り変わり、長距離ミサイル、電子戦、情報戦の時代となった。ステルス機が奇襲をしたり、ドローンが活躍したり、弾道ミサイルを撃ち込んだりするのが現代風の戦争だ。そして核兵器をちらつかせたりも。

 そんな中に戦艦が居たら?隠密性はゼロ。遅い。射程が短い。精密攻撃できない。維持費も燃費も悪い。何も得しないじゃないか。

 

 

 

 

「……という訳です。残念ながら、無謀と言えるでしょう。」

 

 そう締めくくる。当然の回答だっただろう。

 しかし。

 

「我々がお聞きしたいのは現代の戦争のお話ではありません。」

 

 先程の女性だ。なんなんださっきからこの人は。

 

「舞鶴さん…。」

 艦長が宥めようとするが、彼女…舞鶴 摩耶(まいづる まや)は止めない。彼女の階級は二等海尉だが、階級が上の俺を怯まずまっすぐ見て口を開いた。

 

「たしかに現代の戦争はおっしゃる通りです。しかし、今の我々の状況は、むしろ大艦巨砲主義時代に近いのでは?」

 

 ーー人工衛星は使えない。核兵器も使えない。高性能コンピュータを使う最新鋭兵器は使えない。できる戦い方は有視界戦闘のみ。

 確かに一理ある。一理どころか百里くらいある。

 

「なるほど。しかし現代の戦闘艦に戦艦で挑むとなると、どうだろうか。どんな武器・戦術を使えばいいのか、また相手のどんな攻撃が脅威となるのか分からない以上明言することは……」

 

「本当は山城2佐が一番理解しているのでは?この状況での戦艦の優位性を。」

 

「うっ…。」

 

 図星だった。だってそうじゃないか。戦艦は他のどんな戦闘艦よりも大威力の砲弾をぶち込める。ちょっとやそっとの被弾ではびくともしない。

 この戦いでの最適解と言ってもいいくらいだ。

 

 俺が渋っていた理由、それは「下手に戦いたくない」から。余計なことをして人的・物的損失を積み重ねるのはよろしくない。それに、ここに居るのは若い駆け出し隊員と民間企業の者たちだ。彼らを勝算のわからない戦いに巻き込みたくはない。

 俺はもう、これ以上失いたくないんだよ。

 

 しかし、この舞鶴という女をはじめとしたここの面々の意見は違うようだ。

 

「単刀直入に言います。私たちと一緒に戦ってくれませんか?」

 

 やっぱりそうだ。こいつら戦艦で機械艦隊に殴り込みをかける気だ…!

 

「ここにいる者はほとんど1等海尉までの自衛官か民間の作業員だけです。長門を護衛していた自衛艦には敷島二等海佐が乗っていましたが、撃沈されました。我々には新しい指揮官が必要なんです。」

 

 先任が居なくなってしまったのか…。これは由々しき事態だ。誰かそれなりの階級がある者が指揮をとった方が良さそうだ。

 あぁもう……こうなりゃ仕方ないか。

 

「分かった引き受けよう。だが、目的はあくまで日本に帰ることであって、機械艦隊を撃滅することじゃない……」

 

 

 

 

 その時、伝声管から叫び声が聞こえた。

 

「敵艦隊を捕捉しました!右舷距離2万8千に巡洋艦1、駆逐艦3を確認。接近しています!」

 

 瀬内は窓際に駆け寄ると、双眼鏡を構えてその方角を探し始めた。やがて彼も艦影を発見したようで、双眼鏡を下ろすと俺の方に振り返ってきた。

 

「どうしますか指揮官⁉︎」

 

「おおおお俺ぇ⁉︎」

 

「そうでしょ!さっき引き受けるって言ったじゃないですか⁉︎」

 

 まさかこんなに急に出番が来るなんて。それに戦艦の指揮なんてやったことない。

 しかしもたもたしてる暇はない。民間の艦長と、若い隊員たちのために俺が…!

 

「どうします?戦いますか逃げますか⁉︎」

「二等海佐の判断に従います!」

 

 責任重大じゃないか。

 即座に思考を開始する。戦艦長門の最大船速は26ノットくらいか。すると機械艦隊から逃げきれない。迂闊に接近を許して取り囲まれ、集中砲火を浴びるのはよろしくないだろう。

 ならば不本意だが…。

 

「やるぞ、敵艦隊を返り討ちにしてやれ!」

 

 瀬内の顔がパッと明るくなった。

 

「右砲戦用意!」

 

 彼の一声で、艦内は臨戦体制へ移行した。戦闘指揮所にいた面々も、各々の持ち場へ走ってゆく。

 

 舞鶴と他数名の隊員たちは、戦闘指揮所の一階上にある射撃指揮所へ移動する。彼女らの背を、瀬内が祈るように見つめていた。

 神に祈りたくなる気持ちはわかる、だがなぁ…と言おうとして止めた。彼が見つめていたのは”射撃指揮所に行く面々”ではないと気づいたから。彼の視線は最後尾を歩く女性……舞鶴の背を追っていた。

 

 ……ふーん、こいつ…。

 

 まぁ今は知ったことではないが。だが、想い人を気にかけてしまうのは誰だってそうだもんな。

 

 

 人が減って戦闘指揮所が少し広く感じられる。俺は瀬内の隣に立つと、そっと彼の肩に手を当てた。

 

「腕前を見せてもらおうか、民間人さん。」

 

「やってやりますよ。」

 

 眼鏡の下でわずかに微笑むのが見えた。

 

 

 水圧弁が開かれ、長門の砲塔が旋回を開始する。巨大さ故にゆっくりと、重々しく、砲身が右舷側に向けられてゆく。護衛艦の速射砲などとは比べ物にならない重量感だ。

 

「1番戦闘用意良し!」

 

 伝声管を通して、1番砲塔の砲塔長から用意完了が伝えられる。続いて他の砲塔も準備できたようだ。

 

「2番戦闘用意良し!」「3番戦闘用意良し!」「4番戦闘用意良し!」

 

 

「戦闘開始。」

 

 主砲射撃指揮所で戦闘命令が発せられた。主砲発射の指揮を執るのは舞鶴だ。彼女は水雷科の2等海尉であり、射撃の訓練は受けていたが…。

 

「戦艦の主砲なんて分かんないし…。」

 

 先ほどの砲撃を除けば初めて。まぁほぼ初めてで変わりない。

 舞鶴は目を閉じて額に手を当てると、自らを落ち着かせるように深く深呼吸した。しかし不安そうな様子を仲間に見せるわけにもいかないと感じたのだろう。すぐに平然を装って仲間に測的を指示する。

 

 

「弾丸込め!」

 

 砲塔内では全力で弾込めが行われていた。陽弾機が1トンにも及ぶ砲弾を持ち上げてきてくれる。それを砲身内にセット、スムーズに装填を完了させた。日頃の訓練の賜物だ。

 弾薬筒がセットされると、尾栓水圧発動機が働き、自動的に尾栓が閉鎖される。同時に射手は仰角をかけ始めた。

 

 

 刻々と仰角がつけられてゆく砲身の様子は戦闘指揮所からも見えた。いよいよ砲撃が始まることを実感せずにはいられない。ここの上階では今ごろ舞鶴たちが最終照準を合わせているだろう。

 

 双眼鏡で敵艦隊の様子を見ていた瀬内が呟いた。

 

「さぁ、戦艦の強さを見せつけてやれ…!」

 

 

 




第三話に続く。
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