逆襲の戦艦長門   作:佐藤特佐

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第七話 大海戦

 

 

 

 

 水平線上に現れた艦影。それは長門を待ち構えていた敵艦隊であった。どす黒い雲を背景にしながら……。

 総勢14隻の大艦隊の上空には積乱雲が立ち込め、時折稲妻が閃光を発する。天候が荒れそうなのは心配だが……それ以上にこの風景は、まさに地獄への一本道のようにすら感じられ、俺たちの心を打ち砕こうとしているようにも思えた。

 

 

「敵艦隊の戦力は巡洋艦4、駆逐艦10。タイコンデロガ級、アーレイ・バーク級、ズムウォルト級が確認できます。」

 

「盛大なお出迎えってわけか。」

 

 見張りの隊員の報告に、俺は正直動揺していた。これだけの戦力を持った艦隊に一隻で……しかも旧式の戦艦で……戦いを挑むなんて。

 ここまで来てはもう退くことはできない。しかし、やはり俺は、これ以上何も失いたくない。

 

 逃げよう。

 

 そう伝えようとした時、不意に肩を叩かれた。

 

 

 

「山城さん。」

 

 俺の肩に手を当てたのは瀬内だった

 

 

 機銃座から帰ってきた舞鶴が指揮所に入ってきた時、部屋の空気はどんよりしていた。彼女ですら気がつくほどに…。

 それでも俺は瀬内から視線を逸らさない。悔しさを隠しきれず、歯軋りをした。

 

 

 

「山城さんの”戦う意味”って何ですか?」

 

 瀬内は俺にそう問うてきた。

 俺の戦う意味?それは「美しい海を守ること」だった。海を守ることで、故郷に平和をもたらして貢献できるというのも含んでいる。

 

 “だった”と言ったのは、今は見失っているからだ。乗艦が撃沈されたあの状況がフラッシュバックし、その度に、意味がわからなくなってくる。

 俺は……俺は何なんだろう。

 

 

 動揺する俺を優しく見つめる瀬内。彼がそっと口を開いた。

 

「僕の戦う意味は、”大切な人を守るため”です。」

 

 大切な人を……。

 

 その言葉に、俺は息を詰まらせた。

 

 目から鱗だった。大層なことばかり追っていて、もっと身近でわかりやすいものに気づいていなかった。

 海や国を守るとか世界平和とか、そんなモノじゃない。そもそも俺は「人」を守りたくて、守る力になりたくて、自衛官を志したんだった。

 「人」と言っても、単に国民とかじゃない。家族、友人、恋人……そして同じ船に乗った仲間まで。

 

 思えば自衛官を志した時、それは中学校の修学旅行の時だった。クルーズ船で観光しながら親友たちと馬鹿話で盛り上がったっけ。「お前そんなに海に近づくとサメに食われるぞ」「は?シャチの方が強いし」なんて。

 

 まずは身近な人たちを守る力になりたい。その思いの方が先だったでは無いか。その延長線上に「海を守る」「国を守る」みたいな大層な意味があるんだ。

 

 俺はその初心……自分の決意の根源……を忘れていたんだ。まさか、それをコイツに思い出させられるとはな。

 

 ならば、今俺がすべきことは…。

 

 この船に乗っている皆を、生きて故郷に帰すために。そして帰る故郷を守るために。皆に頼られる立場の俺が1番弱気になってどうする?

 戦う前から諦めれば勝利の確率はゼロだ。だが諦めなければ、乗員たちの力で、勝利の確率を上げることはできる。

 

 決意した。目の前の敵を、突っ切ってやるんだ。

 

 

 

 ゆっくりと立ち上がる。瀬内が肩を支えてくれた。

 

「瀬内……”大切な人を守る”って、舞鶴さんのことかぁ?」

 

 俺はそう言って笑って見せた。さりげなく涙を拭いながら。

 

 瀬内は俺がもう大丈夫なのだと悟って笑顔になってくれるのと同時に、自らの発言を振り返り、急にあたふたし出した。

 

「大切な人って、別に好きな人とかだけじゃなくて、その、一緒に船に乗ってる仲間たちというか……。」

 

「なんだ、なら俺と同じだな。」

 

 そう言って拳を差し出すと、瀬内も同じく手を差し出してきた。2人で拳をぶつけ合う。迷うのはここまでだ。

 

 

 

 

『艦内の皆、指揮官の山城だ。少し聞いてほしい。

俺は乗艦を沈められたあの時から、戦う意味を見失っていた。同僚たちは何のために戦い、そして…死んでいったのか、とな。

だが艦長が思い出させてくれた。俺の、俺たちの戦う意味を。』

 

 少し間をおいて、戦闘指揮所の面々の顔を見る。瀬内、舞鶴、そして名も知らない他の隊員たち…。

 

『戦艦を動かすには多くの人手がいる。当然ほとんどが赤の他人なわけだが……だとしても、この「戦艦長門」という船に乗り合わせた以上、俺たちは運命を共にした「仲間」なんだ。

国を守るとか平和のためにとか、そんな大層なことはいったん忘れてしまえ。その代わり隣の戦友の顔を見ろ。運命を共にすると決めた仲間のために戦うんだ。』

 

 俺の視界に入る者の表情が変わっていくのが分かった。そしてそれはきっと、艦内のどこでも同じだろうとも…。

 

『これより長門は、敵艦隊を撃滅し、日本に帰還する!到着までの3時間は過酷な戦いになるだろう。

積乱雲が近づいている、天候には十分注意するように。文字通り、行手は激しい嵐だ…だが、我々は嵐の中でこそ輝けるのだ。皆の奮闘に期待する。

以上だ。』

 

 

 

 演説が終わるのと同時に、乗組員たちは各々の持ち場に走る。機関室、砲塔、機銃座、電探室、見張り台……。

 

 

 

 

 機械艦隊は二手に分散し、複縦陣に移行。長門を正面にV時型に展開する。両舷から挟み撃ちにしようというのか。

 長門と機械艦隊先頭艦の距離は20キロを切った。両軍とも全速力で前進しているため、時間的猶予はもう無い。

 

「瀬内。敵はこちらを取り囲もうとしているらしい。どうする?」

 

 瀬内は迷わず答えた。

 

「ならば正面から突っ切ってやりましょう。」

 

「俺も同じ考えだ。」

 

 強行突破主義のやつが2人も乗り合わせているとはな。まぁちょうどいい。敵軍のど真ん中に突っ込んでやろうじゃないか。

 

 

 砲術長の舞鶴によって、遂に射撃開始の指令が下された。

 

「主砲、打ち方始め!」

 

 

ッガァーーーン‼︎‼︎‼︎

 

 

 次々と放たれる41センチ主砲。大気を轟かす轟音を伴って撃ち出された榴弾は、18キロ先のアーレイ・バーク級を目指して弾道を描く。その行手に標的が見えてきた。

 

 

 

 俺たちは祈るように双眼鏡を覗き込む。果たしてーー。

 

「5、…4、…3……弾着、今っ!」

 

 

 敵艦の周囲で弾が炸裂するのが見えた。直撃こそしなかったものの、ダメージを与えているに違いない。瀬内も大きく頷いている。

 

「よし、射撃続行!接近してきた艦から各個撃破をーー」

 

 

 その時だった。

 

 

 

ガシャンッ‼︎‼︎‼︎‼︎

 

 

 

 嫌な音がした。何か薄い装備品が貫通され、ぐしゃぐしゃに潰れたかのような……。

 

 その感覚は正解だった。それも最悪の形で。

 

 伝声管から声がする。舞鶴の……射撃指揮所からだった。

 

「艦橋の測距儀がやられた!これでは照準できません!」

 

 俺は驚愕した。敵はあらかじめ測距儀を狙っていたのだろう。そしてこの距離から撃ち抜いた。

 測距儀は、主砲の照準を付けるのに欠かせない装備品であり、精密な作りをしている。敵のAIは戦艦の装甲には刃が立たないと学習し、代わりに装備品を破壊し戦闘能力を奪う作戦に変更したのだと思われる。

 

 この距離でこの精度……ズムウォルト級のレールガンだろうか。

 

 

 

ガキィィン‼︎‼︎‼︎

 

 

 再び鳴り響く金属音。今度はもっと近い位置だった。

 ーー艦橋。

 

 俺は直感する。ここに居てはいけないと。

 

 敵の攻撃は十数キロの距離から測距儀を狙撃できるほどの精度を持っている。それができるなら、他の”パーツ”も狙い撃ちできるはずだ。そして戦艦でおそらく最も必要で、同時に最も脆いパーツは。

 

 俺たちだ。

 

 

「進路変更!急げぇ‼︎」

 

 

 司令塔内の操舵士が舵を切り長門は転舵を開始した。その直後、再び被弾する。窓から覗くと、戦闘指揮所の窓から僅か1メートルほどの距離に傷跡がある。……弾痕だ。

 

 これでハッキリした。敵は艦橋の窓を狙い、艦橋要員の殺傷を目論んでいる。艦の指揮を執る立場の人間で、尚且つ窓があるため比較的狙いやすい艦橋の隊員たちを……。

 

「……卑怯者め!」

 

 

 

 長門は反撃とばかりに副砲を発射。速射性を活かして敵艦に砲弾の雨を降らせた。先頭のアーレイ・バーク級に複数命中。敵艦は誘爆を繰り返しながら業火に飲まれてゆく。

 

 しかし副砲では威力と射程に限界がある。敵艦隊の奥の方から狙撃してくるズムウォルト級を叩くには、やはり主砲が必要だ。しかし主砲の照準ができず……。

 いや、正確には「出来なくはないが、意味がない」だな。

 

 実は測距儀は、各砲塔の上部にも設置されている。これは砲塔が独自で射撃する射撃方法「独立打ち方」で使用するのだ。

 しかし独立打ち方では、射撃指揮所で一括管制するよりも砲撃の精度が期待できない。それに測距儀の位置が低いため、あまり遠くの目標への射撃は不可能。これは”独立打ち方”が近距離の敵に対して行われるからである。

 そのため、敵艦隊の奥の方に居座るズムウォルト級を狙い撃ちするには、やはり艦橋の測距儀があった方が良く……。

 

 

「ならば、ズムウォルト級に近づけばいいんですよ。」

 

「何⁉︎」

 

 瀬内の真意を計りかね、彼の方に振り返る。瀬内は薄く笑みを浮かべながら続けた。

 

「複縦陣の敵艦隊の真ん中を突っ切るんですよ。主砲も副砲も独立打ち方で、両舷の敵に発砲して各個撃破しながら進撃する。」

 

 あまりに荒唐無稽過ぎるのではないか……。しかしそれより他に案があるわけもない。それに既に長門は敵の複縦陣の間に突入しつつある。もはやこれを実行するしかないだろう。

 

 

「各砲塔は独立打ち方で射撃開始!接近戦だ、気を引き締めろ!」

 

 

 

 

 長門は機械艦隊の複縦陣の真ん中に突入を開始した。左右両側から敵の砲撃が浴びせられる。あらゆる場所で砲弾が炸裂し、長門の巨体は今にも爆炎に飲み込まれそうだ。

 しかし、炎の奥で、長門の装甲は集中砲火に耐えていた。艦内へのダメージはほとんどない。

 

 反撃とばかりに、41センチ主砲が火を噴いた。敵艦隊の周囲に水柱が高く立ち昇る。至近弾であってもその衝撃でダメージを与えるには十分だ。1番・3番砲塔は右側、2番・4番砲塔は左側に指向し、それぞれの方向の敵を狙う。

 左右両舷に砲撃を敢行しながら進撃する長門。主砲だけではない。副砲や高角砲までもが総動員され、ありったけの火力で反撃した。

 遂に機械艦隊の一隻が煙を吐いて落伍する。高角砲の弾が機関を破壊したのだろうか。それを皮切りに続けて2隻に主砲弾が命中、爆発炎上した。

 

 一方、長門にも絶え間なく敵弾が命中する。その大半は接近してきたアーレイ・バーク級のものだ。

 

 被弾で艦が小刻みに振動する中、俺も皆と共に双眼鏡を覗き込み、逐一戦果を確認する。

 

「敵駆逐艦を2隻撃沈、一隻大破か……。」

 

 俺の視線の先には、敵駆逐艦の破片が浮かんでいる。しかしその距離は8キロメートルほど。つまりそれだけの至近距離で戦っているのだ。

 

 轟音と共に主砲が左右続け様に発射された。被弾の振動より砲撃の振動の方が大きいんだが。

 

「主砲は後続艦への攻撃を始めたようです。」

 

「あぁ。だが近いな。」

 

 長門の右前方に見える敵艦との距離は9キロメートル、左前方の敵との距離は10キロメートル。これはもはや純粋な殴り合いだ。

 もちろん殴り合いとなれば攻撃力・防御力共に戦艦が有利だが、敵は数で圧倒している。あと10隻以上を単艦で倒さねばならない。かなりハードな戦いだろう。

 現に長門は既に、敵の攻撃に対応しきれていない。敵艦とすれ違う直前でなんとか撃破している有様で、それまでに無数の攻撃を浴びてしまっている。

 

 しかしこれも戦術の一つなのだ。

 

「……予想通り、ズムウォルト級のレールガンは撃ってこなくなりましたね。」

 

 被弾によって長門の周囲には黒煙が立ち込める。遠距離からの狙撃を狙っていたズムウォルト級は、黒煙によって照準が定められなくなり、射撃を断念した…。さながら煙幕だ。多少強引な方法だがな。

 

 

 

 戦いは壮絶を極め、両軍の砲弾が絶え間なく飛び交った。しかし長門は依然として敵弾に耐えているのに対し、機械艦隊は一隻また一隻と撃破されてゆく。

 

 

 

 艦橋からも撃破された敵艦が見える。敵が爆炎に飲まれるたびに「よし!」「この調子だ!」などと声が飛び交い乗員の士気は上がる一方だが……俺は甚だ疑問を感じ始めていた。

 

 

 最新の人工知能を搭載した艦艇が、こんな挙動をするだろうか、と。

 

 

 現代の戦闘艦の利点は、やはり超射程と攻撃精度だろう。データリンクシステムが使えないとはいえ、例えばもっと遠く、水平線ギリギリから攻撃すれば、こちらの反撃を受けずに済むのに。わざわざ戦艦に有利な近距離戦を挑んでくるだろうか。

 俺たちは誘い出されているのではないか?

 

 もちろん罠に嵌っていると確定しているわけではない。人工知能の学習不足なども考えられるが、それにしてもやはり……。

 

 

「山城さん?気難しい顔してどうしたんですか?」

 

 俺の異変に気づいた瀬内が声をかけてきた。まぁコイツになら言っても良いだろう。

 

「いや、なんかおかしいと思わんか?」

 

「おかしいって……」

 

 

 

ッダァァァァーーーーーン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎

 

 

 

 物凄い衝撃が艦を襲った。見ると、艦橋と同じくらいの高さの水柱が目に入ってきた。敵の至近弾だ。

 水飛沫が甲板を洗う。衝撃の余韻が残る中、あまりの光景に、戦闘指揮所は静まり返っていた。

 

「……一体何が…。」

 

 呆然と立ち尽くす瀬内。俺も彼と一緒に固まることしかできなかった。

 

 

「指揮官、艦長!前方にーーー!」

 

 慌てた様子の見張り役が入ってくる。「どうした?」などと聞く暇もなく、彼は報告を口にした。その内容に俺たちは驚愕する。

 

 

 

「嘘だろ、あり得ない。」

 

「いえ本当です。疑うなら自分の目で確認してください。」

 

 彼は興奮しまくっていた。取り乱していると言っても良い。だから彼の肩をがっしり掴み、落ち着かせてやろうとした。

 暴れる肩に手を当て、力を込める。

 

「離してください!居るんですよ戦艦が…!」

 

 

 見張り役からの報告、それは「前方に敵戦艦と思われる艦影を確認」だった。普通に考えたらありえない。巡洋艦や空母の見間違えだろうか。戦艦が現役でたまるものか。

 

 彼の報告通りの方角を、自前の双眼鏡で確認してみる。遥か遠くの水域、水平線のあたり。何やら巨大な艦影が見えるではないか。バックの積乱雲の中で稲妻が走り、逆光としてその艦のシルエットがはっきり見えた。

 

 

 聳え立つ巨大な艦橋と煙突。艦上に無数に配備された兵装がゴツゴツした外見として見て取れる。見た感じこの戦艦長門と同じくらいの大きさはありそうだ……。

 間違いない、第二次世界大戦頃の戦艦にしか見えない艦が、そこに存在していた。

 

 先程の巨大な水柱を作った犯人だ。戦艦クラスの大口径砲でなければ、あれだけの水を噴き上げるなんてできないはずだからな…。

 

 

 俺は1人で思考を巡らせる。

 

 もし、目の前の敵艦隊が”囮”だったとしたら。

 機械艦隊のAIは、現代の戦闘艦では(有視界戦闘では)長門に勝てないと判断。逆にこれを囮に使い、長門を誘き寄せる作戦を立てた。複縦陣で長門に反航戦を挑み、長門を釘付けにし、その隙に本命の”戦艦”で叩く……。

 もしそうだとしたら、俺たちは最初から機械艦隊の思う壺だったってことだ。

 

 目の前の艦隊を敵の本隊だと判断したのが早急すぎたのか。積乱雲に隠れて、敵がもっと居るのではないか、と思い付かなかったのが悪かったか。まんまと至近距離で反航戦を挑んだのがマズかったか。

 

 そんな後悔も後の祭りに過ぎない。

 こうして長門は、戦艦を含む敵の大艦隊に、一隻で立ち向かうことになってしまったのだ…。

 

 




続く

8話完結予定とか書いてましたが、9話完結になりそうです。
自分には文章をまとめる力が足りないらしい。申し訳ないですが、良ければもう少々お付き合いくださいませ。
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