M@STER OF HEROES   作:Crank

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 済まなかった……。


友の涙と影の魔人(中篇)

「今日も来ませんね、伊織ちゃん……」

「…………」

 

 音無さんの言葉に無言で頷くしかなかった。

 伊織が事務所を飛び出してから早三日。事務所に顔を出すことも休むという連絡もないまま時間だけが過ぎ去っていく。引っ叩いてしまったことを謝罪しようと律子も電話をしたようだが取り次いでもらえなかったらしい。おそらく伊織が新堂さん達にそう言いつけているのだろう。

 765プロとは思えないほど重苦しい雰囲気に満ちた事務所では、誰もが少しでも気を紛らわそうと営業やレッスンに力を入れていた。

 

「おはよーございます…………」

「ああ。おはよう、やよい」

 

 しょぼくれた声。どんなときでも溢れていたやよいの笑顔はここにはない。むしろいつも通り笑おうとしている分、より痛々しく感じた。

 

「今日も……会えなかったのか?」

「はい…………」

 

 電話しても出てくれないので、昨日今日とやよいは直接水瀬邸を訪れているのだが、それでも伊織にお目通りは叶わないらしい。

 音無さんに挨拶を済ませると、塞ぎこむようにソファに座り込むやよいの姿はとても見ていられるものではなかった。一刻も早くこの状況を打開しなければと気ばかり逸る。それは音無さんも同様らしく、目が何とかしてくれと訴えていた。

 

「そうだ……」

 

 思わず呟く。そう言えば以前やよいから楽しげに家族で食事をした話を聞かされたんだ。もしかしたら気分転換になるかもしれないな。

 

「やよい、もやし祭りだ!」

「はえ……? もやし祭りですか?」

 

 突然の提案にやよいは呆然としているが、全く気にかけずに腕を引いて立ち上がらせた。

 

「俺が奢るからさ、今から緊急もやし祭りを開催するぞ!」

「で、でも悪いですよ…………」

「気にするな! さ、もやしを仕入れに行くぞ!」

 

 遠慮するやよいを強引に押し切って事務所の車に乗せるとスーパーへと発車させた。最初は元気なく助手席に座っていたが、いざ運転を始めると普段使っている顔見知りのスーパーへとナビをしてくれる。

 やよいがお買い得と勧めるだけあって駐車場にはたくさんの車が停まっていた。特に大きい店舗ではないがこの客入りからはかなりの人気店であることが想像できる。わずかに残った空きスペースを探して駐車すると、やよいも観念したように助手席から降りてきたのでそのまま買い物かごを持って目的の野菜コーナーへと向かう。

 

「お……あったぞ、やよい!」

 

 そこには(当たり前だが)山積みのもやしが鎮座していた。買い物かごの中に一つずつ袋に入れていく。たしかやよいの家族は六人兄弟と聞いた気がする。なら一人二袋ぐらいはないと祭りとは言えないだろう。あ……でも一人は赤ん坊じゃなかったか?

 

「もやしって何袋ぐらい買えばいいんだ?」

「え……でも……」

「良いって良いって! 今日は俺の奢りだから」

 

 沈んだ表情のやよいが言いたかったことはもちろん別のことなのだろうが、分かっていながらあえて気付かないふりをする。今はただ緊急もやし祭りを開催することだけを考えるんだ。

 

「とりあえず三十袋もあれば大丈夫かな」

「そ、そんなに要りませんよ~! 半分で十分です!」

 

 大慌てするやよいの言葉通りに十五袋で手を止めたが、それにしても五人で十五は結構食べるな。まあ育ち盛りだからそんなものなのかもしれないな。一応念のために五袋ほど増やしておこう。やよいが遠慮してるかもしれないからな。

 

「他に肉は……」

「も、もやし祭りに肉は要りません~!」

 

 そうなのか。もやしだけの食卓ってのは少し寂しい気もするが、ここは郷に入っては郷に従えの言葉通り高槻家のルールに則ろう。

 大量のもやしを購入して後部座席に積み込むとやよいを乗せて車を発進させる。レシートを確認すると予想よりも遥かに安くついていた。まだ十四歳なのにこの経済感覚は長女として家計を預かっているという話に説得力を持たせるものだ。俺はお姉さんとしての一面を見た気がした。

 仕事で迎えに行くこともあるだろうと、ナビにはアイドル達の家の住所をメモリーしていたために高槻家までは迷うことなく辿り着いた。

 

「着きました、プロデューサー」

「お、ここか」

 

 木造二階建て昔ながらの風格漂う家屋だ。……はっきりと正直に言えばボロ家ということなのだが。それでも小さいながら庭付き一戸建てとは立派なものだ。

 

「ただいまー!」

『お帰り!』

 

 引き戸を開けて玄関に入ると同時にやよいが声が響くと、それに呼応して子供達が飛び出してきた。たぶんやよいの姉弟だろう。少年四人と少女が一人、そして少年がミルクを与えている赤ん坊が一人で合計六人。こうして直に見ると圧倒される大家族だ。

 

「そのお兄ちゃん誰~?」

「あのね、事務所のプロデューサー! 今日はプロデューサーが御馳走してくれて、もやし祭りだよ!」

「やったあ!」

 

 幼い兄弟が飛び跳ねて喜ぶ。もやし祭りなるものが高槻家でいかに人気の行事なのかが伝わってきた。

 

「プロデューサー、私の家族で長介、かすみ、浩太郎、浩二、浩三です!」

『こんにちはー!』

 

 示し合わせるでもなく自然に声がそろった家族。羨ましいものだ。ミルクを与えてる少年が長介君、女の子がかすみちゃん、俺のことをやよいに聞いたのが浩太郎君で一緒に飛び跳ねてたのが浩二君か。赤ん坊は浩三君だな。

 

「こんにちは」

 

 挨拶を返すと笑顔で迎えてくれる高槻家の面々に、自然と俺の心も和んでいく。

 

「じゃあ準備しちゃうんでプロデューサーも上がって待っててください」

「え……でもそれは悪いよ」

「そんなことありません! プロデューサーがもやしを買ってくれたんですからプロデューサーも食べないと駄目です!」

 

 強い口調でやよいに断言されれば俺としても無理に断ることはしづらかった。おまけに姉の意向を組んで浩太郎君と浩二君がそれぞれ俺の手を引っ張って家の中に連れ込もうとするのだ。これを振り払って帰るなんてこと、俺にはできそうもない。

 

「…………分かった。じゃあごちそうになるよ」

 

 観念してそう答えたのだった。

 案内された居間は生活感に満ち溢れていた。型遅れのテレビや大家族らしい大きめのローテーブルが畳敷きの床と合わせて一昔前のドラマに出てくるような家庭を思わせる。

 

「今準備するんでちょっと待ててください!」

 

 やよいはそう言って荷物を持って奥へと入っていった。おそらくキッチン……いや台所があるんだろう。

 どう待っているかと思っているとテレビの上に置かれた写真が目に入った。どうやら家族写真のようで目の前の縁側に腰を掛けたやよい達が写っている。正確には両親の姿がないから家族写真と言うよりは姉弟写真だが。仲が良さそうで羨ましい限りだ。

 指先に冷たく硬い金属の感触が走る。無意識の内にいつもポケットにしまっているペンダントを触っていたらしい。

 

「へへ……喰らえ!」

「あ痛っ!」

 

 今の声は浩太郎君だな? 何か後頭部に当たったようだ。振り返ると割箸を組み合わせた銃を持っている浩太郎君が、足元には輪ゴムが一つ目に入る。状況は一瞬で理解できた。どうやら昔懐かしいゴム鉄砲で狙撃されたらしい。

 

「やったな~」

 

 輪ゴムを拾い上げ人差し指の爪に引っかけると引き延ばし、親指の外をまわして小指で固定する。これまた古臭い遊びだ。人差し指を浩太郎君に向けて狙いを定めた。

 

「お返しだ!」

 

 小指を緩めると伸ばされたゴムが収縮する力で飛んでいく。俺が放ったゴムは狙いを過たず一直線に浩太郎に襲い掛かった。

 

「危ない!」

 

 僅かに早く浩太郎君が廊下の影に身を隠して輪ゴムをかわす。良い反射神経だ。

 

「それそれ!」

 

 再び顔を出した浩太郎君が打ち返してきた。こちらは身を隠す場所も玉もない。一発は我慢してそれを拾って反撃をするか。

 

「え~い!」

「……て二対一は反則だろ!」

 

 浩二君も姿を表し二人での波状攻撃が始まる。一人が装填する間にもう一人が輪ゴムをセットするという永久機関。ここは長篠か? 俺は武田軍だとでも言うのか?

 

「そっちがその気なら…………それ!」

 

 来ていた背広を脱いで目の前に広げる。厚手のジャケットは輪ゴム程度なら問題なく防ぐ盾と化した。

 

「あ~! ずるいぞ~!」

「ずる~!」

 

 二人から抗議の声が届くが、俺は大人なのでその程度で動じることはない。両手で背広を広げて目の前を完全にガードしながらむしろ声を頼りにゆっくりと接近していく。

 

「えいっ! えいっ!」

 

 可愛らしい声と共に僅かに衝撃を手に感じるが痛くも痒くもない。このまま二人を捕獲して――て、あれ? 何か聞き覚えのある音がし始めたぞ? 背広も振動しているような?

 

「あ、電話だ!」

 

 気付いた俺は慌てて脱いでしまった背広のポケットを漁る。しかし顔を出したことで浩太郎君と浩二君は将に好機と顔面に向けて射撃をしてきた。

 

「い、痛い痛い! タイム! ちょっとタイム!」

 

 ほうほうの体で逃げ出した俺は、縁側にあったサンダルを拝借して庭へと避難する。携帯電話を手にしたことで二人は邪魔してはいけないと察してくれたのか追撃をしては来なかった。

 

「もしもし」

〔もしもし。お久しぶりでございます、新堂です〕

「し、新堂さん! お久しぶりです!」

 

 思わず声を上げてしまう。電話の相手は水瀬家執事の新堂さんだ。伊織とやよいの件があってから一度も顔は見ていない。

 やよいに聞かれては不味いと思い、俺は裏手へと移動する。何の気なしに妹弟(きょうだい)からやよいに伝わるとも限らないからな。

 

「あの、いったいどうしたんですか? いやそれよりも、伊織はどうなんです?」

〔はい。その件につきましてお電話させていただいた次第です〕

 

 どこか申し訳なさそうな声音が受話器から伝わってくる。

 

〔私は今勤務中でしてあまり時間は取れません。明日事務所に窺いますのでご足労いただけないでしょうか?」

「分かりました」

 

 断ることなどできるはずがない。

 

〔真に申し訳ないのですが、私が個人的に伊織お嬢様に気付かれずに動ける時間は深夜と早朝しかございません。明朝四時頃窺っても?」

「…………分かりました」

 

 断ることなどできるはずがない。

 

「朝四時ですね? 大丈夫です、お待ちしております」

〔ありがとうございます。では明日に。失礼いたします〕

 

 その言葉を合図に通話を終了する。予想外の時間だが仕方がない。新堂さんが伊織に秘密で動くなら当然伊織がいないか寝ているときだ。今の伊織が外出するとも考え難いから就寝時を狙うしかない。こっちに迷惑がかかることも厭わぬほどに新堂さんも伊織を心配しているのだろう。

 今日は事務所で泊まるか……。

 

「あれ? 姉ちゃん、もやし少なくない?」

「………………え? そ、そうかな……」

 

 ………………?

 何処からともなく聞こえてきた会話。声からして長介君とやよいのようだが、はて。声はすれども姿は見えず。

 

「絶対足りないって! 俺ひとっ走り買ってこようか?」

「う~ん……そうだね、お願いしようかな」

 

 あ、この窓からだ。距離を取ることばかりに気を取られていて確認してなかったが家の裏手に窓があり、その中から二人の声が届いてるようだ。たぶんここが台所なのだろう。

 だがそれ以上に問題なのは会話の内容だ。やよいの申請は俺の予想以上に少な目だったらしい。ここで長介君に買いに行かせることになれば多分足りない分を自腹で払おうとするだろう。俺のせいで高槻家の経済状況を悪化させるようなことは何としても阻止しなければ。

 大急ぎで、しかしやよいに気付かれないように居間に戻る。

 

「お~し、じゃあ続きやろうよ!」

「あ~ごめん。ちょっと用事ができて出かけるんだ。また今度ね」

 

 浩太郎君達には悪いが長介君を一人行かせるわけにはいかない。口を尖らせる二人に頭を下げて玄関へと急ぐ。ちょうど長介君が靴を履いているところだった。

 

「あれ? どうしたんだよ?」

「いやその……俺も行くよ」

「……………………分かった」

 

 しばしの沈黙を挟んで長介君は俺の動向を許可してくれた。

 

「車出すから、付いて来て」

 

 靴を履いてさっき家まで来た道を長介君を先導しながら逆に歩く。固い表情の長介君は黙って後ろを歩いていた。やよいの前では結構笑ってたのに……人見知りかな?

 パーキングに到着すると鍵を開けて助手席に長介君が座るように促すと、うんと小さく頷いて大人しく乗り込んでくれた。俺が自動の精算機で料金を支払うと後輪のロックが外れたのを確認する。

 

「じゃあ出発するよ」

「うん…………」

 

 エンジンをかけてアクセルを踏むと車がゆっくりと動き出す。スーパーまでの道はまだ覚えてるからナビは必要ない。狭い路地を抜けて通りへと出ていく。

 

「なあ……」

「何だい?」

 

 初めて長介君の方から口を利いてくれた。ただまだどこか躊躇いのような感情が籠っているように思える。運転中なので顔を見ることはできないが、多分目線はこちらを向いてはいないだろう。

 

「姉ちゃん……何かあったの?」

「…………どうして、そう思う?」

 

 敢えてその問いに肯定も否定もしなかった。それは家族を前にしたやよいの態度を見てしまったからだろう。事務所ではあまり見ることのないしっかり者でお姉さんな姿を。家族に心配かけないように一生懸命いつも通りに振舞っていたのだ。

 

「分かるさ! 姉ちゃんが無理して笑ってるってくらい……かすみだって気付いている。薄らとだろうけど浩太郎と浩二も…………」

 

 家族だから、か。俺にも心当たりはある。小さいとき父さんは何も言わなかったが、何か大きな大切なことをしていたと子供ながらに俺も感じていた。本人がどんなに隠しているつもりでも、心から相手のことを思う者を欺くことなんてできないんだろう。

 

「友達と……喧嘩をしたんだ。やよいは自分が悪いって反省してる。やよいに責任があるわけじゃないのに」

 

 濁すようにだが隠さずに長介君に伝える。下手に嘘を吐くと簡単に見透かされそうな気がした。そしてそれ以上に、家族が知らないところで苦しんでいることに苦悩する長介君に共感した部分があったのだ。

 

「そっか……。なあ、相手は誰? どこに住んでるの?」

「…………教えたら、どうする?」

「俺が姉ちゃんと仲直りしてくれって頼みに行く」

 

 真っ直ぐな声だった。間違いなく本心からそうするつもりなのだろう。姉に通じる純粋さだ。大人になったとき貴重な財産となるに違いない。

 しかし今それを発揮されては困るんだ。

 

「なあ、もう少し待ってくれないか?」

「何でだよ! 姉ちゃんは悪くないんだろ!」

「でも……相手が悪いとも言えないんだ」

 

 長介君は食ってかかるが、俺はゆっくりと話を続ける。

 

「周りから圧力をかけたりしちゃ意味がない問題なんだ……と思う。本人達が解決できるように背中を押すぐらいしかしちゃいけない」

 

 伊織だってやよいと仲直りしたい決まってるんだ。でも水瀬さんの死が壁となって立ちはだかっている。今頭を下げることは、伊織にとって鉄面党への怒りを収めてしまうようなそんな気持ちなんだろう。

 でもそうじゃないんだ。それはそれ、これはこれだ。怒りと友情が両立しないはずがない。今は怒りの感情が大きすぎてそれに振り回されているんだ。

 俺がすべきことは謝らせることじゃなく、気付かせること。

 

「おっちゃんだったら仲直りさせられるのか?」

 

 難しい問いを投げかけられる。長介君の言葉通りにできるならどんなに気が楽だろう。せめてその自信だけでもあればきっとここまで拗れる前に止められたのではないか。

 

「……するさ」

 

 だがここで無理だとは言いたくなかった。どんなに弱気でも後ろ向きにだけはなれない。後退する人間の背を押すものは前を向いているものだ。水瀬さんとの約束も律子の涙も捨てることはできない。

 

「…………………………分かった!」

 

 長介君は強くそう宣言する。それは俺に対してだけでなく、自分に対しての言葉でもあったのだろう。

 

「俺、もう少し待ってる。だからその代わり、早くなんとかしてくれよ! 約束だからな!」

「…………………………ああ!」

 

 俺達は目線を合わせることなく拳を合わせた。横を向くことはできなかったが俺から差し出した拳に長介君が合わせてくれたのだ。

 また一つ、重い約束をしてしまった。何としてでも約束は守らなければならない。水瀬さんのため、長介君のため、伊織のため、やよいのため、絶対にだ。

 その後無事スーパーでもやしを追加調達した俺達は高槻家へと帰還した。まさか本当に三十袋も必要になるとは……。だがやよいの家族をその山のようなもやしを凄まじい全て平らげたのだ。もやしじゃなかったら全員肥満になっているんじゃないかという勢いで。

 そういう俺も結構な量を御馳走になったが。美味いんだよな、あの特製ソース。もやしも火は通っていながらシャキシャキ感が失われない絶妙な炒め加減だったし。

 だがその家族団欒の場でも、やよいの笑顔は仮面のように冷たく感じるのだった。




 今回もヒーロー登場しません……。次は登場するので! 必ずでるので!
 五話まで書いたら一話から五話までの次回予告書こうと思ってます! え? 何故今書かないかって? プロットといろいろ変わるからです。
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