寂れた商店街――と言えば言いすぎかもしれないが決して華やかな場所とは言えない都心から離れた地方の繁華街。一昔前は地元民で溢れていたであろうアーケード街も今や遠出する金や体力のない人々ばかりになっている。
そんな場所に俺が来た理由。それは――。
「兄ちゃん兄ちゃん! ここでイベントするの?」
「亜美、超テンション上がってきた!」
双海姉妹の言葉通り、この商店街での小さなお祭りでゲストとして我が765プロのアイドル達が呼ばれたのだ。なぜうちのような弱小プロのアイドルにお声がかかったかというと、一つは予算の都合で大物は呼べないということ、もう一つ大きな理由があった。
「地元の人が応援してくれるなんて心強いな、春香」
「はい! 私、頑張っちゃいますから!」
胸の前で拳を握って気合を入れる春香の姿が頼もしい。
ここの商店街は春香の地元でだいたいの店の人は春香と顔見知りだと聞いている。実際明日の準備も終わり商店街をブラブラしていると「明日頑張ってね」とか「応援してるよ」などと声をかけられていた。あまり知名度のない弱小プロダクションのアイドル達はその声援を受けて気持ちが昂っているのだ。
明日は商店街の中央に小さな山車を出すのでその上で歌やダンスを披露する手筈になっている。出演者は春香と亜美・真美だ。他の子も来たがってはいたが大きいとは言えない山車の上では人数的に難しく今回は断念した。
まあ、せっかく地元が応援してくれているのに春香より目立ちそうな子はどうかという判断もあったのは本人には秘密だが……。
とにかく貴重なチャンスであることに変わりはない。こういう小さなイベントからコツコツと積み上げていくことでいつかはトップアイドルへの道も見えてくるというものだろう。
そのとき、一人の女性とすれ違った。
「………………あれ?」
「……? どうしたんですか、プロデューサーさん?」
春香の呼びかけで思わず目を奪われて足を止めてしまっていたことに気付く。波打つ銀の長髪をなびかせながら颯爽と歩き去って行ったその女性は、ただ歩いているだけで俺の意識を奪っていったのだ。
「………………はは~ん、真美分かっちゃったもんね!」
「え? 何何? 亜美は分かんなかった!」
ニヤリと厭らしい笑みを浮かべる真美に俺の背筋が凍る。双海姉妹のどちらかがこんな顔をしたときは大概碌なことにならないのだ。
「兄ちゃん、今の姉ちゃんにササニシキしたんでしょ」
「それを言うならヒトメボレの方だろ……って違うからな!」
思わずノリツッコミをしてしまっていた。アイドルのプロデューサーたるもの女性に対してだらしないなんて噂がたった時点で致命的だ。俺の首だけじゃなくて皆のアイドル生命にまで影響を与えかねない。
「惚れるとか腫れるとかそういう話じゃないからな!」
「じゃあ、どういう意味なんですか?」
さり気ない春香の追撃に俺は窮する。目を奪われていたことが事実なだけに偶然やなんとなくなんて答えでは納得しないだろう。とりあえず何とか話題を転換しなければ。
「え~っと……し、食事にしないか?」
『うわぁ…………』
さっきまで生き生きしていた亜美と真美の目から輝きが一気に消え失せた。口も半開きで表情筋の全てが脱力しきっている。
「兄ちゃん、それで話を逸らしたつもりなの?」
真美の一言が胸に刺さった。
「それはさすがにないよ。小学生だって騙せないよ」
容赦のない亜美の追撃が極まる。
だが言ってしまった本人ですらそれは認めざるを得なかったため反論することもできない。うっと唸って胸の痛みに耐える俺。子供の純真さとはときに大人の心を抉るものだなあ。
だが助け舟は予想だにしないところから現れた。こちらに向かって歩いてくる女子の三人組が手を振り声を張る。
「春香ぁ!」
「あ、皆!」
一団に駆け寄った春香は本当に楽しそうに談笑を始めた。どうやら学校の同級生のようだ。
「これから時間ある? 前夜祭するわよ!」
一人の提案に春香が振り返って目で問いかけてくるので、俺は笑って首を縦に振った。友人との交流で明日へのパワーを蓄えてくれれば言うことはない。春香なら羽目を外しすぎることもないだろう。……むしろそれはこっちに残った双子の問題だ。
許可を得た春香は一礼をすると三人と連れ立ってどこかへと歩き出す。きっと地元の女子高生ならではのたまり場なんかがあるんだろう。そこに混ざろうとするほど野暮じゃない。
とりあえず適当に亜美と真美を遊ばせてから宿に帰るか。
「あ、こっち面白そう!」
「おい、あんまりあっちこっち行くなよ!」
細い路地裏への道を見つけて二人は駆け出す。初めての場所で俺も土地勘がないんだからあんまり滅茶苦茶してほしくないんだけどな。迷子はあずささんだけで十分だ。
「あいたっ!」
「――! どうした真美!」
角を曲がったところで陰から短く真美の悲鳴が聞こえた。もしかしたら亜美だったのかもしれないが、直感的に俺はそれを真美だと感じ取って名前を呼びながら路地裏に飛び込んだ。
そこには尻餅をつく真美と立ち尽くす亜美、そして二人を睨み付ける三人の不良の姿があった。特に一番手前にいる少年は耳にピアスを開けて髪を金色に染め、指輪やらチェーンやらをジャラジャラつけた漫画にでも出てきそうなチーマーだ。
「痛ぇじゃねぇか、クソガキ!」
高校生ぐらいの少年は一回り以上も小柄な真美に怒鳴りつける。
「ご、ごめんなさい……」
怯えながら小さく謝る真美。その体は小刻みに震えている。その様子からどうやら角を曲がったときに真美と少年がぶつかったらしいと推測できた。
くそ! 俺の管理不足だ!
「す、すみません! うちの者がご迷惑をかけたようで」
「ああ? 何だテメェ! こいつらの保護者か?」
後ろにいた少年の一人がくってかかる。
正直あんまり怖くない。まあ最近は火炎放射器で武装したハイジャック犯やらサイボーグやら巨大ロボットと対峙する機会が多かったからな。今更非武装の不良じゃあ。
…………俺、感性がずれ始めてる気がする。
「そうですが……」
「だったらちゃんとガキを見てろよ! おら」
後ろにいたもう一人がこちらに手を差し伸べてくる。シェイク・ハンズ――ということはないんだろうな。かと言ってここでお金を払うのは明らかにやり過ぎだ。もし変な噂を立てられたらそれこそ亜美と真美にとって致命傷になりかねない。ここは毅然とした態度で接するべきだろう。
「本当にすみませんでした。以後気を付けます」
「はぁ? 馬鹿かお前は! さっさと出すもん出せよ!」
「出すもの、とは?」
「慰謝料に決まってんだろうが!」
この場に伊織がいないことに心底感謝する。もしいたりしたら正面から言い合いになって収集がつかなくなっていただろう。
とは言え、こちらも金を払う謂れがない以上、謝罪する以外に手段がない。明日はイベントということもあるし、もしここで金づるだと思われたら明日も強請にこられる可能性も考えられる。
「すみませんでした!」
俺は深々と頭を下げた。他にできることもない。嵐が過ぎ去るまでじっと耐えることもまた必要なのだ。
「テメェ……舐めてんのか 金出せって言ってんだろが!」
一番手前にいた少年が怒声を上げる。これは一、二発は殴られるかもしれないな。後頭部は危険だからその前に顔を上げて顔面で受けた方が良いか? それはそれで痛いだろうが……。
上目使いで様子を覗くと、予想通り少年の握り拳が振りかぶられていた。
ああ、くそ!
「お止めなさい!」
今にも拳が振り下ろされようとする瞬間、俺達の背後から女性の凛とした声で静止が入る。突然の乱入者にその場の六人の視線が流れ一点に集中する。
銀色のウェーブがかった長髪の女性がそこには立っていた。間違いない、さっきすれ違った子だ。
「頭を下げておられる方に暴力を振るうなど言語道断。その非道な行い、見過ごすわけには参りません」
古風な台詞回しが凛とした声で紡がれる。その容姿と相まって高貴さすら感じさせる振る舞いに俺は言葉を失った。
だがそんな感傷的な感性を不良である少年達は持ち合わせていなかったらしく、反射的に矛を向ける相手を切り替えて睨み付ける。彼等が人を見るときに何を重視しているのかは分からないが、少なくとも精神活動を主眼に置いてはいないようだ。
「あ? 何だテメェ? 関係ねぇだろうが!」
「いいえ。人として誤ったことを正す、それは人として当然のこと。あこぎなまねはお止めなさい」
一切の淀みなく答え、臆することなく不良達と対峙する女性。逆にその堂々とした態度に少年達の方が気圧されている。
しかし彼等はそれを認めることができなかったのか、逆に闘志を燃やすように強く拳を握りしめた。
「ふざけんな、くそアマ!」
「なっ……!」
少年の一人が急に殴りかかる。突然の行動に亜美と真美が息を呑んだのを感じた。問答無用の容赦無用。相手が女であることや自分達に非があることなど気にも留めないその思い切りの良さは俺の想像を遥かに超えていたようだ。
少年の拳が女性の顔を捉える。誰もが思ったその瞬間、少年の体が宙に舞い空中で見事な前転を決めた。少年達の顔が驚愕の表情のまま固まる。
相手の力を利用して女性が少年を投げ飛ばしたのだ。合気道のようにも見えたが、如何せん一瞬のことだったのではっきりとは分からない。
ただ、少年達ではこの女性には勝てないということは理解できた。
「くそがっ!」
残った二人が女性に同時に襲い掛かろうとする。しかし今度は間に合った。
「て、テメェ! 放せよ!」
俺は少年の一人を後ろから羽交い絞めにして動きを封じる。あまりにも予想通りだった動きで見過ごしようがなかった。残った少年はただ一人で女性に挑まなければならず、その無謀さを本人も十分理解しているようだ。
「さあ、どうするのですか?」
一人で次の行動を決めかねている少年に女性は問いかける。言外に、やるなら容赦しない、と匂わせていて視線も鋭く険しい。
少年は俺と女性を交互に見比べ、意を決して駆け出した。
「テメェら! 覚えてろよ!」
地面に転がる仲間を叩き起こし、少年は一目散に逃げ出す。その姿に安堵して俺は捕まえていた少年を解放した。慌ててその少年も後を追って走り出す。叩き起こされた少年が足を縺れさせながらも角を曲がって姿が見えなくなったとき、やっと危機が去ったと深く息を吐いた。
「助かったよ、ありがとう」
俺は女性に頭を下げる。彼女はさっきまで少年達に向けていた視線が嘘のように穏やかな眼差しと柔らかい微笑を浮かべていた。
「いいえ。当然のことをしたまでですから」
「ううん! 凄いよ、お姫ちん!」
「そうだよ! 真美、かんどーしちゃったもん!」
謙遜する女性に亜美と真美が飛びつく。泣いた烏が……というやつだ。まあこれぐらいの方が二人らしくて安心するけどな。
「お姫ちん……とは?」
「んっふっふ~。亜美が考えたニックネームだよ! お姫様っぽいから〝お姫ちん〟!」
不思議そうな顔をする女性に亜美はピースサインを見せる。俺としても同じような印象を持っていたから、結構ありなあだ名だと思う。勿論、俺はそうは呼ばないが。
「はは。この子達は気に入った人にあだ名をつけるのが好きなんだ。気を悪くしないでほしいんだけど」
「いえ。私にはあまり経験がないことでしたので驚いただけです。そのにっくねーむは気に入りました」
「良かった。ところで、名前はまだ聞いてなかったよね?」
「これは失礼をいたしました。四条貴音と申します」
深々と頭を下げる貴音につられて俺も頭を下げる。本当にあだ名を嫌がってないようなのでほっとした。あいつらたまに変なの考え付くからな。音無さんなんて小鳥だからってぴよちゃんだし。大人の女性につけるあだ名じゃないと思う。
「俺達は765プロって芸能プロダクション所属のアイドルとプロデューサー。この双子が双海亜美と双海真美だ」
「亜美だよ~!」
「真美だよ~!」
俺が紹介すると鏡写しのようにピースサインを四条さんに向けた。このあたりは双子ならではの連携だ。そしてポーズも普段の練習の成果か様になっている。これなら明日のイベントも大丈夫だろう。
だが貴音は不思議そうに首を傾げている。
「あの……あいどる、とは?」
『えぇえええええ! お姫ちん、アイドル知らないの』
亜美と真美が驚愕の声をユニゾンで上げる。言葉にはしなかったが俺も全く同感だ。現代の日本で生活をしていてアイドルという言葉そのものを知らないなんてあり得るのだろうか。
しかし、その瞬間俺の頭に天啓が舞い降りた。突発的な思考だが、それは素晴らしい思い付き。ある種運命さえ感じてしまうほどだ。
「アイドルってのはねー、皆の前で歌ったり踊ったりするんだよ!」
「それで色んな兄ちゃんや姉ちゃんを超超超~ハッピーにすんの!」
「それは真に素晴らしきことですね」
身振り手振りも加えての亜美と真美の説明に貴音は感心して頷いている。良い感じだ。これなら上手くすれば……。
「む……」
そのとき突然四条さんの眉が動く。何かに反応したのだろうか、周囲を見渡して真剣な眼差しを向けている。
「ど、どうした……?」
突然の行動に呆気にとられながらも俺はそう問いかけた。だが四条さんはこちらに目を向けずにある一点を見つめている。視線の先はただ路地が続くばかりで特段目につくものはない。
「こちらから、何か空腹を誘う香しさが……」
「……お姫ちん、お腹すいてるの?」
「はい……」
真美の言葉にしゅんと項垂れる四条さんの姿は、さっきまでの高貴さなどどこかに置いてきた小動物的な可愛さに溢れていた。本当に色々な顔を持っているな。
「じゃあ、助けてもらったし何か御馳走しようか」
「ま、真ですか……!」
ちょっとした提案だったが四条さんは目を輝かせた。そこまで期待と喜びに満ちた目を向けられたら今更取り消すこともできやしない。まあ最初から本気で御馳走するつもりだったから問題ないんだけど。
「じゃあさじゃあさ! お姫ちんの言ってた良い匂いのところに行こうよ!」
「亜美! それめっちゃナイスだよ!」
亜美と真美のテンションも天井知らずに鰻登りをしている。そんなに値段は張らない……よな?
「感謝いたします。では、こちらです」
先に立って歩き出した四条さんの後を追いかける。本当に迷いなく狭い路地を右へ左へと進んでいき、目的の場所へと迫っていった。
『あ……』
十分ほど歩いただろうか。俺達の鼻にも食欲をそそる煮干しの香りが届き始めた。三人で顔を合わせ四条さんの嗅覚の鋭さに驚愕する。
俺達のそんな様子など気にも留めず、四条さんは暖簾の前に歩を進めた。
「ここです」
「ラーメンか……」
確かに良い匂いだ。独特の臭みが苦手な人もいるが俺は結構好きなんだよな。
とは言えせっかく女性に御馳走するのにラーメンってどうなんだろう。
「兄ちゃん、ここにしよう! 真美お腹すいてきた!」
「亜美も!」
双子もすっかりその気になっている。俺としても胃袋は完全にラーメンな感じなんだけど……。
ちらりと四条さんの様子を伺う。強烈な煮干しの香りにどうも心奪われているようだ。これなら多分大丈夫だろう。
「ここで良い?」
「はい! 楽しみです、〝ら・めーん〟」
うっとりと手を合わせる姿からは心からラーメンを望んでいることが窺い知れた。これだけ喜んでもらえるなら誘った甲斐もあるというものだ。
「違うよお姫ちん」
「〝ら・めーん〟じゃなくてラーメンだよ」
やっぱりそこ、気になるよな。
相変わらず前篇ででは変身できない……。
でも昭和特撮は面白ですね。夢があります。DVD買わなきゃ。