「おはよーございまーす!」
春香が事務所のドアを開けて入ってくる。アイドルに復帰してもまだ仕事がないのに毎日のように事務所には顔を出してくれていた。ありがたいのだが同時に申し訳ない気持ちに駆られるのも仕方がないだろう。はぁ、早く仕事取ってきてあげないとな。
そんな俺の心の溜息を知ってか知らずか、春香はこっちに向かってきた。
「おはようございます、プロデューサーさん!」
「ああ、おはよう春香」
うむ。いつでもおはようって言うのは業界人らしくて良いな。やたらとプロデューサーとしての自覚を呼び起こされる。……同時に自分の未熟さと不甲斐なさも思い出すんだけどさ。
「今日はこれからレッスンだな」
「はい! ダンスはちょっと苦手なんですけど」
てへっと小さく舌を出して恥ずかしがる春香の額を人差し指で突く。こんなことを言いながらも何だかんだで楽しんでいるのは分かっていた。何事も楽しんだ者勝ちだよな。
「プロデューサーさんはこの後どうするんですか?」
「社長に呼ばれてるからな。春香のプロデュースを俺と律子のどっちにするか決めるんじゃないか? その後は雪歩待ち」
「もしかして……雪歩、お仕事決まったんですか!」
俺の返事から正しく答えを導きだした春香は、本当に嬉しそうに迫ってきた。こうやって仲間のために喜ぶことができるのも、その人間の魅力であり才能だ。深く感心しながら、しかし少々の後ろ暗さもあって、俺は返答をぼかした。
しかし、春香はそれをしっかりと感じ取ったらしい。
「まさか……男の人と絡む仕事ですか?」
「いや、違う違う! いくら俺でもそこはちゃんと考えてるって!」
考えてるからこそ今まで仕事がなかったとも言えるが。
まだ疑念を残した視線を春香から感じるが、俺の言葉に嘘偽りはない。少なくとも男性と接触することは殆どない仕事を取ってきたつもりだ。だからその「本当ですか~?」って顔は止めてほしい。
「ああ、君。待たせて悪かったね」
そのとき社長室からお呼びがかかった。どこかに電話をしていた社長の用はもう終わったということだろう。素晴らしいタイミングに内心ガッツポーズを取る。渡りに船とはまさにこのことだ。
「じゃあ春香、ちょっと失礼するぞ」
「仕方ないですね。でも、雪歩のことちゃんとしてくださいよ?」
釘を刺して満足したのか、春香はさっさとデスクを離れていく。レッスンまで宿題をするつもりなのか応接スペースへと向かっていった。それを見届けてから社長室へと移動する。
さすがに社長室はしっかりと独立しており、気を付けてさえいれば声が外に漏れることはない。社長室のドアをノックすると中から、入ってきなさいと返事が返ってきたので俺は扉を開けて中へと入って言った。
「何のご用でしょうか?」
「うむ。春香君のプロデュースのことなんだがね」
そう切り出したのは社長の高木順二郎氏だ。この765プロダクション代表取締役である。普段は愉快なおじさんといった風だが、アイドルを思う気持ちは誰よりも強い素晴らしい社長だと俺は思っている。まあ友人の善永さんとお茶をしている時間の方が長いのも事実なのだが、この人が後ろにドンと構えてくれているとそれだけで安心感があった。
「君に任せることにしたよ」
「本当ですか!」
「ああ。しっかりと、彼女を支えてやってくれ。アイドルとしても……正義の味方としても」
何……だと……? どうして社長がそのことを……。
「あの、社長? 何のことだか…………」
「いや隠す必要はないさ。ダイバダッタは古い知人だからね」
「はぁああああ?」
どうしてインドの山奥に住んでいる仙人と知人なの? 意味が分からない。
俺の困惑した表情が楽しいのか、社長は満足気な笑顔で話を続ける。
「いずれは他の子達も春香君のことを知るだろうが、それまで君にしっかりとフォローしてもらいたい」
「はあ……。それは構わないのですが、どうして他のアイドル達に公表する必要が?」
「それは、いずれ彼女達も何かしらのヒーローになるからだ」
「え…………えぇええええええ!」
驚愕を禁じ得ない。あの正義のヒーローに春香以外がなるって。雪歩とかやよいとか亜美とか真美とかあずささんとか……律子とかならまだ多少は理解できるが。
半ばパニックになっている俺を社長が手で宥めた。まあ落ち着きなさいとばかりに手を上下に振るジェスチャーを示す。その姿を見てとりあえず思うところはあったが全てを胸の奥に呑みこんだ。
とりあえず俺が静かになったことを確認して、社長は話を続ける。
「君なら彼女達のアイドルとしての活動もヒーローとしても活躍もサポートできると思ったから我が社に迎え入れたのだ」
「はあ、ありがとうございます――いやいや、この際俺のことは置いておいてですね、彼女達がヒーローになるってどういうことですか?」
「それは、私がそういう素質のある子をスカウトしてきたからだ!」
どやっと胸を張る社長であったが納得できるはずもない。中学生や高校生の女の子が正義のために戦うって、しかもそれを見越してってどういうことだ。そもそも何でアイドルとしてスカウトしたのか。最初から「君、正義の味方にならない?」と勧誘すればもっと筋肉質で見るからに強そうな人間が集められたのではないか。
「ふむ。やはり納得がいかないようだね」
「当たり前です! 彼女達はまだ十代の少女なんですよ! この間の件だって、本当なら止めて然るべきなのに本人があまりにやるきだから目の届く範囲でならと自分を納得させたんですから!」
自分が助けられた手前、他の人を助けるなとは言えなかったことも理由の一つだが。
「まあまあ落ち着きたまえ」
悠然と構える社長の態度に些か苛立ちを覚えるが、確かにあまり大きな声を出しては事務所に響いてしまう。思わず叫んでしまった内容は聞かれても問題ないものではあったが、これからもそうとは限らない。自重しなければ。
「勿論、私としてもこの方法が最善だとは思ってはいない。だが、アイドルとヒーローの素質は得てして共通してしまうものなのだ」
「…………どういうことでしょう?」
一切の共通項が見つからない。だが社長がこの期に及んで嘘を吐くとも考え難い。社長は娘同然に可愛がっているアイドル達をわざわざ危険に晒すとは思えなかったからだ。それなりに理由があると察することができる程度には社長と付き合ってきていた。
「アイドルとはファンに夢と希望を与えるものだ。ヒーローも同じではないかね?」
そう問いかけられれば否とは言えない。手段と目的は違えども、最終的にはそれができたものがアイドルであり、ヒーロー足り得る。その精神的、意味的な部分では確かに共通してはいるだろう。
しかしアイドルはともかくヒーローはそれだけではない。実際に戦い傷付き倒れることだってあるのだ。アイドルにそれはない。
「しかし社長! 危険度は全く違いますよ!」
「それは分かっている」
俺の訴えに社長は深く頷いた。つまり俺の考えは間違っていないし、社長もそのことは理解しているということだ。そしてそれは、それでも彼女達にヒーローをしてもらわなければならないということでもあった。
「今大切なのは肉体的でなく精神的な話なのだ」
「何故ですか?」
力なき正義は無力。それなのにどうして社長は唯の少女達を戦わせると言うのか。
「この世界には、大いなる正義の意志と呼ぶべきものが存在するのだ」
「正義の意志?」
「そうだ。悪を滅ぼし善を讃える意志だ。この意志に選ばれた者がヒーローとなる」
「そんな……」
馬鹿なことがあるのかと思う。春香が変身したレインボーマンもそんな訳の分からないものではなく、ダイバダッタという師匠に学んだ力だと言っていた。なら他の者でも才能さえあればレインボーマンになれるのではないか。
「勿論、唯人を助けるという意味でのヒーローになることは誰でもできる。しかし、人知を超えた強大な悪と戦うには、その正義の意志に選ばれた者でなければならない。春香君はその意志に選ばれたんだよ。だからこそレインボーマンに変身する才能を持っていた」
つまり才能の有無から既にその正義の意志によった決められたこと。そんな話、信じられる訳がない。
俺の表情を読み取ったのだろう。社長は嘆息すると話を続けた。
「まだ君は本当の悪を知らないから実感が湧かないだろうが、人間の力ではどうしようもない悪というものは古来から存在していたのだよ。そしてそれに対抗する正義もまた同様だ。望む望まざるに関わらず彼女達はその正義に選ばれた。遅かれ早かれ戦いの運命の輪に絡め捕られるはずだ」
「馬鹿な……」
信じたくないというのが正直な気持ちだった。やよいの無垢な、雪歩の穏やかな、亜美と真美の無邪気な、あずささんの優しい笑顔が思い浮かぶ。それが戦いの中へと引きずり込まれるなんて考えたくもなかった。
しかし春香は実際にレインボーマンに変身し、帰国直後に事件に巻き込まれている。それが運命というものなのか俺には分からない。運命は自分で切り開くなんて言えるほど、俺はまだ運命と遭遇してはいなかった。
「無論、私とて君と同じだ。そんなことは望んではいない。だが避けることはできないのが運命というものだ。だから私は運命に打ち勝ってもらいたいと思っている。そのための765プロであり……君だ」
「俺…………ですか?」
真正面から指されて困惑する。社長の話が真実だとするなら、そんな強大な悪を相手に俺に何ができると言うのだろうか。
………………もしかして。
「まさか俺もその正義の意志に選ばれたヒーロー候補――」
「いや。君はヒーローにはなれないよ」
…………どうせそんなところだと思いましたよ。俺には皆に夢や希望を届けるような才能はないですからね。分かってますよ、ええ。
「ヒーロー同士の相互協力と普段の生活との調整、そういった裏方になってほしい。彼女達が唯の〝正義の遂行者〟ではなく〝女の子かつアイドルかつヒーロー〟であるために」
つまり彼女達の全般的なサポートをするのが、俺に望まれた仕事ということか。いや、この際使命の方が良いか。どちらにせよ確かに必要な役職ではあった。
俺は自分に問いかける。恐らくこれが最後のチャンスだと思う。今ならそんな彼女達の戦いや運命を知らなかったことにして逃げ出せる。唯の一般人として生活を送ることもできるだろう。
別の会社に就職し、満員電車に揺られて通勤。ノルマと残業に悲鳴を上げながら帰りに一杯飲んでいくのが日々の糧で、変わり映えのない毎日に退屈しながらもどこかその平穏に安堵しているそんな自分を想像した。
だがそのビジョンには現実感がない。まるでドラマか何かのようなとても自分だと認識できない容姿の同じ誰かの話にしか思えなかった。
つくづく馬鹿だと思う。こんな社長の、常識的に考えたら戯言以外の何物でもない話に影響されて、俺は765プロのアイドル達を捨てることができなくなっているのだから。まあ、それがなくても無理だったかもしれないが。
「分かりました。俺にできるなら全力でサポートしますよ」
「うむ、君ならそう言ってくれると思っていた。さすがは私が選んだプロデューサーだ」
さり気なく自画自賛しているあたり、このおっさんポジティブだな。
「とはいえ、私の方も可能な限り彼女達のサポートをしようと思っているからね。とりあえずこれを用意した」
社長は大きなアタッシュケースを取りだしてデスクの上に置いた。俺は近付いてそのケースを開ける。中には衣装と仮面が入っていて変身ヒーローのスーツのように見えた。
「これは?」
「ファイティングスーツだ。彼女達の誰かに必要になったら渡してあげたまえ。仕様書も入れてあるから、いざというときのために熟読しておくように」
確かに折り畳まれた紙が入っている。開いてみるとスペックやら注意事項やらがびっしり載っていた。これは骨が折れそうだ。
「あと、いつ必要になるか分からないから常に持ち歩くように。他のものも少しずつ渡していくから」
では以上だと社長が告げるので一礼をして退出する。大きなアタッシュケースだから二重底にすれば普段必要なものも持ち運べるだろうが結構重い。社長命令だから仕方ないが溜息が零れるのだけは抑えようがなかった。
「何溜息なんか吐いてるんですかプロデューサー殿!」
「律子か」
声をかけてきたのは俺の先輩プロデューサー、秋月律子だ。入社当初先輩だからと敬語で話しかけたら年上だから不要だと言われた。非常に優秀で数少ない765プロの仕事の大部分は彼女が取ってきたものと言える。ちなみに担当アイドルはあずささんと亜美だ。
「春香の件、どうなりました?」
「ああ。俺が担当することになった」
「そうですか。じゃあよろしくお願いしますね」
あっけらかんと任せられるあたり、俺も多少はプロデューサーとして認められたということだろうか。そう思いたい。悪い方に取ると際限がなくなるからな。
しかしこれで俺の担当アイドルは春香、雪歩、真美、やよいと四人になったことになる。頑張らないと。
「そう言えば雪歩、もう来てますよ」
気合いを入れ直した俺に律子が教えてくれた。当然事務の中での連絡は密にしているから、律子も雪歩の仕事を俺が取ってきたと知っているのだ。
俺は礼を言って給湯室へと向かう。室というかパーテーションで簡単に区切られただけのスペースだが、お茶が好きな雪歩はだいたいそっちのテーブルに座っていることが多い。よくあずささんとお茶菓子をつまみながら雑誌を読んでいる。
覗いと見るとやはり雪歩が座っていた。隣にいる春香と談笑している。年の近い者同士がやはり気楽なのだろうか。
「で、滝に打たれたりしてたの!」
「は~。凄いね春香ちゃん。私なんてそんなことしたら潰されちゃうよ」
会話の内容は一切意味が分からなかった。どこをどうしたら女子高生が滝に打たれる会話を繰り広げることになるんだ。
俺はそこで深く考えるのを止めた。
「雪歩、ちょっといいか?」
「あ、プロデューサー。おはようございます。今お茶淹れますね」
「ありがとう。でも先に話をしよう」
立ち上がる雪歩を座らせて、俺は対面へと腰掛ける。椅子を大袈裟に引いて男性恐怖症の雪歩を威圧しないように気を付けた。春香は動く気がないらしい。さっきの会話から不信感を抱いているのか、純粋な興味からかは判断が付かなかった。
「今度の日曜に、雪歩の仕事が決まった」
誤解を与えないようにできるだけはっきりと告げる。俺が取ってきた初仕事だから勘違いはされたくなかった。
「お……仕事? 春香ちゃんの……?」
「雪歩の」
「へ? えぇええええええ!」
念を押したら悲鳴のような声を上げた。事務所内ならまだ良いが余所では是非とも止めてもらたい。いらぬ誤解を受ける。
その隣で春香は「良かったね、雪歩」と笑っているが、雪歩本人は若干涙目になっている。
「そんな! いきなり私なんて! 私みたいなちんちくりんにお仕事なんて!」
うろたえて話を進められそうにない。どうしたものかと考えてみるが特段良いアイディアもなかったので落ち着くまで待つことにした。ちょっとお茶を淹れてもらわなかったことを後悔する。
「どどどどどどうしよう」とか「え、え、え、え」とか意味のあるとは思えない言動を五分ほど繰り返して、雪歩の動きが止まった。
「あの……本当に、私に……?」
「本当だって」
そろそろ話を進めたいかなと思っていると春香が口を挟んできた。きっと俺と同じ気持ちだったのだろう。このまま雪歩と二人で話しても会話がループしそうだった。
「でも、どんなお仕事なんですか?」
「雑誌の企画で、対談形式のインタビューをしてもらいたいって。まあ小さな出版社で発行部数も少ないが、雪歩を使った企画に乗り気になってくれてな」
本当に駆けずり回って探してきた仕事だ。片っ端から出版社に突撃を敢行して何とか話だけでも聞いてもらえるようになった上での企画。俺の入社一カ月の努力の結晶と言っても過言ではない。……まあ、それを話すとプレッシャーになるから黙ってはいるが。
「対談……あの、相手は男の人ですか?」
「いやいや、女性だから大丈夫」
不安そうな顔だったが俺の返答に雪歩はほっと胸を撫で下ろした。さすがにいくら焦っていても、いきなり雪歩に男性相手の仕事は回さない。勿論将来的にはやってもらわないと困るが。
しかしそれに疑問を持ったのは春香だった。
「でも、だったら何でさっき言い難そうにしてたんですか?」
春香の言葉に雪歩の表情が固まる。この話に裏があると疑い始めたのだろう。
はっきり言うと、ある。
当然今までの情報に嘘はないし、雪歩が嫌いなもの(俺が知っている限り)と関わるような仕事じゃない。ただ俺個人がちょっとばかり不安を抱いているということだ。それが杞憂であることが望ましいが、如何せん雪歩だからな。こちらも神経質になるというものだ。
「あの……プロデューサー……?」
雪歩が不安気にこちらを見つめている。いかんいかん。担当アイドルに心配をかけるプロデューサーがどこにいるというのだ。多少あれな仕事でも逆に俺が安心させるぐらいにならなくてどうするのだ。
俺は覚悟を決めて雪歩に告げる。
「対談の相手は……女子プロレスラーだ」
ということで二話前篇を投稿しました。今回は雪歩話です。雪歩が変身するのはいったい何か。まあ分かる人には既に分かってるとは思います。
書いてて思うのが、これ小説じゃなくて動画にして某サイトに投稿した方が受けるんじゃないかということです。でもそれすると素材集めが大変だからなあ。BGMとか絶対用意できないし。
なのでしばらくは小説を書いていきます。後編は近日中を目指して。