M@STER OF HEROES   作:Crank

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 今回で雪歩話はいったん終了です。


カモン雪歩(後篇)

 着替えは数分で終わった。女性の着替えは長いと言うが今回はかなり短い時間で済むのはかなりありがたい。

 

「プ、プロデュ~サ~……」

 

 少し声が震えているのは羞恥からだろう。水着と何が違うんだという感じのレオタードの衣装は雪歩には恥ずかしくても仕方がない。

 だがここで変な眼をするわけにはいかない。雪歩を傷付けかねないからな。…………決して代表の監視の目が怖いわけではないと自分を納得させる。

 

「おし、じゃあリングに上がりな!」

「は、はい~!」

 

 何とかリングによじ登……ろうとしてできなかったから代表が引き上げてくれた。咄嗟に手を出しそうになったが、雪歩の男性恐怖症が頭を過って止まってしまったのだ。

 必要なときに手が貸せないプロデューサーってどうなんだろう。

 

「じゃあまずうつ伏せになりな」

「えっと、こうですか?」

 

 リングの中央でうつ伏せに横になった雪歩の右腕を代表が掴んだ。真っ直ぐに伸びた雪歩の手首を両手で握り、抱え込んだ腕を自分の脇を支点にして関節と逆の向きに反らせる。雪歩の顔が苦痛で歪んだ。

 

「これが脇固めだ。普通は立った状態で倒れながら掛けるんだ。じゃあやってみ」

「えっと…………」

 

 自分がやられたことを思い出しながら雪歩が脇固めの体勢に入る。代表からそうじゃない、とかもっとしっかり掴めと厳しい指導を受ける雪歩は必死に従おうとしていた。少しずつだがしっかりと形になっていっているのを見ると、代表の指導者としての力量に感服するばかりだ。

 残るは対談インタビューだけ。それが終わればこの仕事は無事に終了だと俺が安堵したそのとき、突如ドアが開けられて一人の男が中に入ってきた。男は黒いマントを羽織り悪魔の顔を模したフードを被った全身黒ずくめの姿をしている。手に持ったステッキは明らかに歩行の補助以外の用途のために携帯していた。

 

「女子供がプロレスごっこか。笑わせるわ。あっはっはっはっはっはっはっは!」

 

 黒づくめの男は高笑いと共にリングに上がる。代表は雪歩にリングを降りるよう手振りで示すと男を真正面から睨みつけた。

 

「ごっこたぁ言ってくれるねぇ、おっさん!」

「当然だ! その程度では我らブラック・ミストが直接手を下す価値もないわ!」

 

 代表の眼力に男はビクともせず逆に挑発を返す。それが完全に怒りの火を付けてしまった。

 

「てめぇ、ぶっ殺す!」

 

 そう。代表のスパーリングパートナーだったレスラーがリングに上り男に殴りかかったのだ。さっきのスパーリング以上のスピードが出ていてその怒りの度合いを表していた。

 

「このサタン・デモンを殺す? 甘いわ!」

 

 だがサタン・デモンと名乗る男の嘲笑と共にレスラーのパンチは止められる。いきなりマスクマンが乱入してきて拳を掌で受け止めたのだ。しっかり拳を握られた女子レスラーはローキックでダメージを与えようとするが、マスクマンはビクともしなかった。

 

「放せよ!」

 

 代表は仲間を助けようとドロップキックを繰り出したが、マスクマンはそれでも微動だにしない。どれほどの力を持っていればそんなことができるのか皆目見当もつかないが、少なくとも圧倒的な強者であることだけは間違いなかった。

 こっそりと手招きして雪歩を呼び戻す。これからどうなるかは分からないが雪歩に危害が及ぶことだけは避けなければ。

 

「この、野郎……お、重い……」

 

 マスクマンを抱え上げようとする代表だったが胴を抱え込んだ姿勢から動けずにいた。マスクマンの身長は確かに二メートル近くはあるだろう筋肉質の体だが全く持ち上げられないほどの重量があるようには見えない。何か秘密があるのだろうか。

 

「絶対ぇ……叩き潰す……」

 

 すると右手を掴まれたままのレスラーが残った片手で何とかマスクマンを持ち上げようとした。これで力は単純に言えば五割増しだ。徐々にだがマスクマンの体が持ち上がる。

 ゆっくりと上がるマスクマンの体を代表が空中で回転させジャンプと同時に頭部を太腿に挟み込んだ上で重力に任せて脳天から叩きつけた。パイルドライバーが見事に決まる。命を奪いかねない一撃でさすがのマスクマンも手を放してダウンした。

 

「おらぁ! どうだ!」

 

 代表が吠える。しかしサタン・デモンのその姿に動揺した様子は微塵もない。マスクマンが倒れてもまだ揺るがぬその自信はいったいどこから来ているのか。

 

「ふはははははははははは! なるほど、それなりに力はあるようだ! ならば今すぐ〝アステカの星〟を差し出せば、命だけは助けてやろう!」

『はぁ?』

 

 その場にいる誰の顔にも理解できないと書かれていた。いや、正確には俺以外の全員にだ。俺は知っている、〝アステカの星〟を。だがサタン・デモンはそれには気付かなかったようで高笑いをしながら代表達に宣告する。

 

「ルアー様の霊能術によってここにアステカの星があることは分かっているのだ! さあ! 大人しく差し出せ!」

「知るかそんなもの!」

「惚ける気か! ならば…………やれ! サイボーグ格闘士〝ブラッディ・ホーネット〟!」

 

 代表の言葉に対して放ったサタン・デモンの言葉に反応してマスクマンが立ち上がった。全身がひび割れ皮膚とマスクが剥がれ落ち、その下からメカニカルなボディが現れる。

 

「化け物か!」

 

 殴り掛かる女性レスラーの拳を受けてもブラッディ・ホーネットはビクともしない。逆に無造作に振り払われた右手が女性レスラーを吹き飛ばした。その唯の一撃で鍛えたレスラーが沈黙する。

 

「てめぇ!」

 

 代表の渾身のドロップキック。だがそれはやはり空しく跳ね返される。ブラッディ・ホーネットは代表の足を掴むと片手で一人の人間を投げ飛ばした。それは柔道のような投げではなく投擲に近いもので、代表の体が宙を舞う。

 背中からリングの外に落ち立ち上がれない代表にサタン・デモンは高笑いをする。

 

「ふはははははははは! どうだ、我らブラック・ミストが誇るサイボーグ格闘士の力は! さあ、アステカの星を渡せぇ!」

 

 俺は戦慄を覚えた。鍛え抜かれた者でも太刀打ちできない強大な悪という存在を初めてこの目で見たのだから。空港ジャック犯が恐れるのも分かる。死ね死ね団もこんな理不尽な巨悪なのだろう。

 反応を示さない代表達に痺れを切らしたのか、サタン・デモンはその矛先を変えた。

 

「その気がないのなら構わん! そこの女から血祭りに上げてくれるわ!」

「ひっ!」

 

 視線の先に居たのは雪歩だった。全身が瘧のように震え、目には涙が溢れている。

 

「や、止めろ! 雪歩は関係ない!」

 

 俺は雪歩を庇って前に立つ。だがサタン・デモンにとって俺の言葉も行動も路傍の石ほどの価値もありはしなかった。

 

「知ったことか! コスチュームを着ているということはそいつもレスラーの端くれだろう! 我らブラック・ミストのスポーツ界征服の邪魔をするなら、死あるのみだ! やれ、ブラッディ・ホーネット!」

 

 リングを飛び降りてブラッディ・ホーネットが一直線に走ってくる。恐怖が体を支配した。だが俺の心がほんの僅かに反撃をしてくれたのだろう。

 気付いたとき、俺はブラッディ・ホーネットに躍りかかっていた。

 

「がはっ!」

 

 だがブラッディ・ホーネットの拳が腹にめり込む。脇腹の衝撃と同時に空中に飛び上がっていた俺は真横へと慣性を無視した軌道で吹っ飛ぶ。

 痛みが走る。

 呼吸すら痛みに変換された。

 初めての経験にパニックを起こすがどこか冷静に肋骨が折れていると直感する。

 

「に、逃げろ……雪歩……」

 

 痛みで大きな声が出ない。だがそれは確かに雪歩に届いたらしく、彼女の泣き顔が俺の方にしっかりと向いていた。

 

「は、春香に……知らせるんだ……」

「は、春香ちゃんに……?」

 

 俺の言葉の意図は分からないようだ。当然だろう。だが今の俺はどんなに男として情けなく、プロデューサーとして間違っていても、雪歩を守るために春香に、レインボーマンに頼らざるを得ない。

 それまでは何としても時間を稼いでみせる!

 

「うわぁああああ!」

 

 パイプ椅子で殴り掛かる。二三発殴ったところで脇腹の痛みに耐えきれず動きが止まってしまった。しかも相手には全くダメージがない。ただ自分の体を痛めつけただけだ。

 しかしその間に記者の方が雪歩を外へと押し出してくれた。本人はドアの前に立ち塞がってカメラを構えている。ペンが刀ということか……。

 

「逃げた? では奴がアステカの星を持っているのか! ブラッディ・ホーネット! 早く追え!」

「させるか!」

 

 俺は追いかけようとするサイボーグ格闘士の背中に飛び乗り、首に手をまわしてチョークを掛ける。効果はないが邪魔になれば御の字だ。

 

「よくもやってくれたな……」

「この……くそ野郎……」

 

 何とか立ち上がった代表と女性レスラーの二人が左右からブラッディ・ホーネットの腕にしがみ付く。三人がかりでは羽交い締めだ。

 だがそれでもサイボーグ格闘士の動きを止めることはできない。ただ邪魔なものを払いのけようと腕を振るえばレスラーの体が宙に浮く。代表達は殆どしがみ付いているだけの状態だ。勿論俺も同様だったが。

 ブラッディ・ホーネットが腕にしがみ付いた女性レスラーを床に叩きつける。背中を強打して動けなくなる彼女に必死に呼びかける代表。だがその代表も壁に叩きつけられた。

 恐らく次は俺だ。鍛え上げられた肉体でもこうも容易く叩きのめす相手に俺は健闘したのだろうか。今の俺の行動が正しいのなら、雪歩の無事だけは神に保障して欲しい。

 そんな覚悟を決めた俺は衝撃に少しでも耐えようと瞳を閉じ歯を食い縛った。

 

「ま、待てぇ…………!」

 

 そう。弱々しいその声に驚愕し、目を見開かされる。

 この声は……。

 

「…………何だ、お前は?」

 

 サタン・デモンすら訝しんだ声を発した。

 そこには赤と青のコスチュームに仮面をした人物が立っていたのだ。どうやら壁を突き破ってきたらしい。

 俺はその姿に身を覚えがあった。

 

「えっと……その……」

 

 何故ここにその衣装がある。車の中に積んでおいたはずなのに。いや、違う。問題はそこじゃない。どうしてお前がそれを着てるんだ。どうしてお前が……。

 

「…………アステカイザー」

 

 俺は思わずその名を呟いていた。〝古代戦士の国アズテク〟の英雄〝アズデクーザー〟の力を受け継いだヒーローがここに立っている。

 

「アステカイザー? ………………ま、まさかその額の石は、アステカの星!」

「へ……?」

 

 その通りだ。サタン・デモンの言葉通り(本人は分かっていないが)、アステカイザーの額には奴が探していたアステカの星が輝いている。アステカの星に選ばれ、その加護をもって超人的なパワーを身に付けた者こそ〝プロレスの星アステカイザー〟なのだ。

 

「よし、ブラッディ・ホーネット! 奴を殺してアステカの星を奪え!」

「き、きゃああああああ!」

 

 俺を背中に貼り付けたまま襲い掛かるブラッディ・ホーネットの攻撃から、アステカイザーはその超人的身体能力を以って逃げ出した。

 

「く……このこの!」

 

 必死にチョークスリーパーを掛けるが全く効かない。僅かにでも動きが鈍ればと思うが全く効果はなかった。

 

「に、逃げろ……!」

 

 俺はアステカイザーに叫ぶ。

 どうして戻って来たんだ。彼女は戦いなんてできる子じゃない。男性が近付くだけで怖がって、いつも自信なさげでちょっと卑屈なくらいの大人しい女の子なのに。

 雪歩。

 どうしてだ。

 

「なんで……逃げてくれない……」

 

 雪歩(アステカイザー)は攻撃からは逃げまくっているが、この場からは一切逃げようとはしなかった。円を描くように建物の中を動き回ってブラッディ・ホーネットから一定の距離を取っている。

 逃げてくれ、雪歩。

 俺の心の声が聞こえたわけではないだろうが、雪歩(アステカイザー)は俺に向かって語りかけてきた。

 

「私……臆病で……そんな自分を変えたくて……でも変わらなくて……」

 

 仮面の下の泣きそうな顔が透けて見えた気がした。

 

「今日、私やっと分かったんです……変わるのを待ってても駄目だって! 団体(ここ)の人達みたいに自分で変わろうとしないとって! そして今、変わらなきゃいけないって!」

 

 まるでハンマーで殴られたような衝撃。脇腹の痛み以上に胸が痛んだ。

 萩原雪歩。俺は彼女が勝手に弱い人間だと決めつけていた。確かに彼女はネガティブで後ろ向きで気弱で男性恐怖症まで持っている。

 でも弱い人間ではなかった。

 俺が勝手に守られる少女のイメージを重ね合わせていただけだったのだ。雪歩は弱くない。いや、弱い自分を変えようとする強さを持っていた。それを俺は保護者気取りで守ろうとしていたのだ。

 なんて愚かしい。そう、プロデューサーの仕事はアイドルを守ることじゃない。俺は社長に何と言った。サポートすると宣言したはずだ。今俺がプロデューサーとしてすべきことは一方的に雪歩を守ることじゃないはずだ。

 アイドルとプロデューサーは一心同体となって困難を乗り越えるもののはずだ!

 そう理解したとき俺はチョークを解いた。俺が倒そうと思う必要はない。代わりに両の腕をブラッディ・ホーネットの目へとまわす。案の定視界を遮られたブラッディ・ホーネットは俺を引き剥がそうと闇雲に動き始めた。

 

「今だ、アステカイザー!」

「はい!」

 

 アステカイザーは一気に接近をするとブラッディ・ホーネットの顔面に平手打ちを決めた。俺は同時に手を離して背中から飛び降りる。アステカイザーの超人的なパワーでビンタをされたブラッディ・ホーネットは横っ跳びに吹っ飛ばされたのだった。

 

「ええい、何をしている! これを使え!」

 

 サタン・デモンは何か金属の長い棒状のものを立ち上がったブラッディ・ホーネットに投げ渡した。受け取った方は今度は左手で右手を掴んで思い切り引っ張る。すると右腕が外れ、そこに金属の棒を付けた。サイボーグ格闘士の名の通り腕が換装できるようになっていたのだ。右腕が長い槍に変わっていた。

 

「やれぇ、ブラッディ・ホーネット!」

「ひいっ!」

 

 再びのサタン・デモンの指示でブラッディ・ホーネットがアステカイザーに迫る。突き出される右の槍をアステカイザーは必死になってかわした。だがブラッディ・ホーネットの槍はその名の如く蜂のように襲い掛かる。

 

「ふはははは! いつまでも逃げられると思うなよ!」

 

 サタン・デモンが叫ぶと同時にアステカイザーが槍に捕らえられた。

 

「アステカイザー!」

 

 思わず叫ぶ。辛うじて避けていた攻撃が、突如槍が伸びて間合いを狂わせたのだ。結果アステカイザーの胸に槍が……。

 

「アステカイザー!」

「い……痛い……」

 

 駆け寄ろうとした俺の耳にアステカイザーの呟きが届いた。どうやら無事のようだ。特殊樹脂〝アステック樹脂〟でできたファイティングスーツはダメージこそあったが見事にサイボーグ格闘士の槍を防ぎきったらしい。

 

「おのれ……ブラッディ・ホーネット!」

 

 勝ったと糠喜びさせられたサタン・デモンが指示を送る。するとブラッディ・ホーネットの槍の先端が開きガス状の何かが放出された。

 奇襲にアステカイザーはガスを手で払う。少し咳き込んではいるが戦闘に支障はないようだ。

 

「なんと! ブラッディ・ホーネットの毒ガスすら効かぬとは!」

 

 思惑が外れたサタン・デモンの言葉を聞いて記者さんが大急ぎでタオルを持ってきた。動けない代表達の口元に布を当てて毒ガスを吸わないようにしている。

 ファイティングスーツの防御力は完璧だった。しかし攻撃はアステカイザー自身の能力。喧嘩もしたことがないであろう雪歩が戦うにはどうすれば良いのか。

 

「なんだい! そのへっぴり腰は!」

 

 当てられたタオルをとって代表が怒声を上げる。その視線の先には攻撃を避けるアステカイザーの姿が。

 

「逃げるんじゃないよ、避けるんだよ! プロレスの神髄は相手の攻撃を受けることだ!」

 

 そうだ。代表の言う通りだ。逃げるとは身の安全を優先した行動。避けるとは反撃を視野に入れた防御だ。

 アステカイザーは頷き、意を決してブラッディ・ホーネットの槍に逆に向かって行った。

 

「そこで避けろ!」

 

 俺はタイミングを取って指示を飛ばす。一方的に攻撃をし続けていたブラッディ・ホーネットは動きが単調になっていた。そのリズムに合わせて置けば一度くらい避けられるだろう。

 そしてアステカイザーは紙一重でかわして見せた。

 見事に回避たアステカイザーはそのまま槍を掴み肩のあたりを脇で挟みこんで右腕を決める。脇固めだ。

 

「そのまま前に倒れこめ!」

 

 そう指示するとアステカイザーはその通りに行動した。床の上に関節を極めながら倒れ込むとさすがのサイボーグ格闘士も悶絶をしている。俺はそのまま次の指示を出す。

 

「そのまま力を込めろ! 全力だ!」

 

 人型を相手にしているからだろう。アステカイザーに躊躇する様子が見てとれた。だが命のやり取りをしている現状でそれは致命的だ。特に能力はともかく戦闘という行為そのものでは今のアステカイザーはブラッディ・ホーネットに劣っている。千載一遇のチャンスを逃せば命はない。

 

「一気に思い切ってやるんだ!」

 

 度重なる俺からの指示にアステカイザーは躊躇いながらも力を込めた。ブラッディ・ホーネットの槍の右腕があり得ない方向へと曲がっていき――――折れた。

 上がる悲鳴はまるで怪獣か何かのようだったが、あまりの絶叫に俺は耳を塞ぎアステカイザーは技を解いてしまった。だがまだチャンスは続いている。痛みに悶えるブラッディ・ホーネットの姿を見て俺は確信をした。ここが勝負どころだと。

 

「カイザー・インをしろ!」

「え、何ですか? カイザー・インって?」

「アステカの星の力を最大まで解放して特殊なフィールドを発生させる技だ! そうすればアステカイザーの力が更に増大する!」

 

 と取扱説明書に書いてあった。ここは一気に攻めるとき!

 

「ど、どうやるんですか~!」

「え…………」

 

 俺は一瞬言葉に詰まる。確か取扱説明書では詳しい使い方は載っていなかった。簡単にアステカイザーの精神に呼応して呼び覚ますとか何とか……。

 

「き、気合いだ! とにかく気合を込めろ!」

「気合い、ですか……? が、頑張ります!」

 

 とりあえずの指示だったがとりあえずアステカイザーも従ってみることにしたようだ。腕を外から大きく回して腰の前でクロスさせ、そこから気合いを込めて左腕の力瘤を見せつけるようなポーズをとって叫んだ。

 

「カイザー・イン!」

 

 瞬間、額のアステカの星が輝いて背景が変わった。壁や天井が消え去り斑模様の無限に続くような何も空間へと移行する。

 これがカイザー・インか。アステカイザーはカイザーインのエネルギーを得て地上の三倍のパワーを持つ事が出来るらしい。

 

「今だアステカイザー! 今度はグーか肘を叩きこめ!」

 

 俺の言葉に反応してアステカイザーはまだ悶えるブラッディ・ホーネットに殴りかかる。一気に距離を詰めると下からかち上げるように右肘を超低空から腹部にに叩きこんだ。ブラッディ・ホーネットの体が文字通り宙に――五メートルぐらいの高さまで浮いた。

 

「エルボースマッシュ、いやカイザースマッシュだ!」

 

 代表が興奮気味に叫んでいた。

 なるほど。プロレスはその技の名前を各選手に合わせて付けることがある。特に他のレスラーが使ったとき入り方や威力が異なると別の名を付ける。なら今のエルボースマッシュは確かにアステカイザーのオリジナルホールドと呼んでも過言ではないだろう。

 

「止めだ、アステカイザー!」

 

 俺が叫ぶと頷いてアステカイザーは行動に移した。空中に飛び上がり吹き飛ばしたブラッディ・ホーネットをそのまま空中で掴み取ってホールドし海老反りになって落ちてくる。通常の投げの威力に落下の運動エネルギーを加えたジャーマンスープレックスだ。

 

「ブ、ブラッディ・ホーネットォオオオオオオ!」

 

 頭から叩きつけらたブラッディ・ホーネットの名をサタン・デモンが叫ぶが返事はない。自慢のサイボーグ格闘士完全に沈黙をした。

 

「……! 離れろ、アステカイザー!」

「きゃっ!」

 

 ブラッディ・ホーネットの体から火花が飛び散っていることに気付いた俺の言葉に対してアステカイザーが咄嗟に反応し距離を取ると、ブラッディ・ホーネットが爆発をした。

 サタン・デモンはその顔を歪ませ手にしたステッキを今にも折らんばかりに力を込めている。だがここで戦うのは不利と判断したのかマントを華麗に翻した。

 

「今回はここまでだ、アステカイザー! 次は必ず貴様の息の根を止め、アステカの星を奪ってくれるわ!」

 

 その黒い姿が見えなくなると、どっと疲れが出てきて立っていられなくなる。座った瞬間に脇腹の痛みを思い出した。力を込めると激痛が走るのでそっと手を添えるだけで耐える。

 雪歩も緊張の糸が途切れたようでその場に座り込んでいた。

 何とか勝ったらしい。

 俺と雪歩が初めて心を一つにした戦いの終了は痛みもあったがどこか充足感を与えてくれるものだった。これからの俺のプロデューサーとしての活動にも影響を与えたような気がする。

 アイドルと心を一つにすること。基本であるはずなのにこんなになるまで気付かないなんて、やっぱり俺はまだまだ半人前だな。

 

「あの、貴方は何者ですか?」

 

 問題はこの後の処理だな。質問攻めにしている記者さんもそうだが興味津々の代表達レスラーコンビからアステカイザーを逃がす手段を考えないと。

 さてどうしたものか。プロデューサーとしての機転が試されているぞ。

 

「待ちなさい! 悪事はそこまでよ!」

『……………………』

 

 突然の乱入者に誰もが沈黙する。やっと危険が去ったと思いのんびりした空気の中の突如の来訪者が全身白尽くめのターバン姿だったので呆気にとられたのだ。

 …………そう言えば、雪歩に連絡しろって言っちゃった。

 

「…………あれ? もしかして……」

 

 春香(レインボーマン)が目で俺に問いかけてくる。だから俺も無言で首肯することによっとはっきりと答えた。

 もう終わってる。




 ということで〝プロレスの星アステカイザー〟でした。本当はダイヤモンドアイと悩んだんですよね。雪歩が殴り合いとか……って思って。でも逆にギャップ萌えかなと思いこっちにしました。

 当然読者の方はご存知かと思いますがカイザー・インの設定は捏造です。嘘・大袈裟なのでそこはあまり深く言及しないでいただきたいです。出したかったのカイザー・イン。でも小説じゃ実写とアニメの区別なんてないから仕方なかったんや。

 次からはまた別のアイドルがヒーローになる話です。誰が何になるのか……。
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