死んだのか……そう思ったが予期した痛みは訪れることがなかった。痛みを感じる間もなく死んだのかもしれないと諦めに似た感情を抱きながら俺は恐る恐る目を開ける。そこには崩落した天井の破片が転がっていた。
そして真っ赤な液体が流れている。
「に、兄さん! 兄さん!」
「い……伊織……無事……だったか……」
俺の腕から伊織が飛び出し瓦礫の許へと走った。そこは伊織が立ち止ったはずの場所。俺達は後ろから突き飛ばされて九死に一生を得ていたらしい。
突き飛ばしてくれたのは、水瀬さんだろう。
そうでなければ下敷きになっている理由がない。
「しっかりして! 今瓦礫を除けるから!」
慌てて俺も瓦礫に手をかける。伊織一人ではとてもじゃないが持ち上がりそうもない破片だ。俺も力を籠めるがビクともしない。
「新堂! 新堂! 手伝いなさいよ! お願い……!」
伊織が泣きながら新堂さんを呼ぶがとても聞こえるとは思えなかった。縦しんば声が届いたとしてもメカロボの相手で手一杯のはずだ。ここに来ることは難しいだろう。
「い……伊織……もう、いい…………逃げろ……」
喋ることも辛そうな水瀬さんが伊織に呼びかける。この短い間で明らかに血の気が引いている。流血の量から考えても瓦礫の下で大出血をしていることは想像に難くない。
「早く…………」
「嫌よ! 兄さんを置いて行けるわけないじゃない!」
駄々っ子のように頭を振る伊織に水瀬さんは微笑みかける。真っ青になった唇を震わせありったけの力を振り絞った微笑は強く鮮烈に俺の脳裏に焼き付く。
「これ……を……」
「これは……」
腕を震わせて自分の左腕からブレスレットを外そうとする。
しかし力が入らないのか上手くいかない。伊織は膝をついて優しく水瀬さんのブレスレットを外した。
「すま、ない……お前が戦うしか……ない……。鉄面党と……デビラー博士と……」
「デビラー……それが鉄面党の首領……?」
「そう……だ……。その、ブレスレットがあれば……戦える……」
静かに紡がれる兄妹の会話を俺は黙って見守った。これが最後になることを伊織も受け入れ始めたのだ。どんな理由があっても邪魔をしたくはなかった。
伊織は水瀬さんのブレスレットを自分の左腕に付けた。成人男性用の大きく無骨なデザインは少女である伊織の細腕には似つかわしくないものではあったが付けてみるとまるでそこにあることが約束されたかのように納まりが良い。それを見て水瀬さんも満足そうだった。
「お前の……アイドルの格好……見れなくて…………残念、だ……」
「兄さん!」
「伊織を……頼みます…………!」
「はい……!」
その場で泣き崩れそうになる伊織の腕を引いて立ち上がらせ、俺はそのまま駆け出した。これ以上この場に留まると危険度はさらに上がっていく。
伊織に兄を見捨てる決断なんてさせたくない。なら俺が判断をする。例え恨まれることがあってもだ。それが水瀬さんに伊織を任された俺の役目だと思った。
走っている間、伊織はずっと俯いたままで一言も口にしない。そこにどれほどの悲しみと激情があるのかは俺には推し量ることもできなかった。
施設の外に飛び出す。遠くの方に先に非難をしたスタッフの姿と我先に逃げようとして渋滞を起こした車の列が見えた。
「伊織! プロデューサー!」
律子が待っていてくれたようで俺達の傍に駆け寄ってくる。亜美、真美、やよい、あずささんの姿は見えない。
「他の皆は?」
「先に避難させました。伊織のお兄さんは?」
「………………」
黙って首を振る俺の仕草で全てを察してくれたのだろう。律子は悔しそうに唇を噛んだ。
「俺達も早く避難しよう」
そう告げて振り返ると、暴れまわるトロイホースの姿が視界に入った。あの巨体だ、嫌でも目に入る。トロイホースは闇雲に空中に向けて光線を撃ちまくっていた。
いや、闇雲ではない。そこにはちゃんと標的がある。黄金の姿を持つ人間がトロイホースの周囲を飛び回っているのだ。
あれはたしかレインボーマンのダッシュ5。黄金の化身だ。
「レインボーフラッシュ!」
両手から光線が出てトロイホースに反撃する。トロイホースのボディに光線が当たるとその場で激しい爆発が起こるがサイズが違いすぎてダメージにならない。逆にレインボーマンはそのサイズ差を利用してトロイホースの光線をかわしているがいつまでもつか……。
「伊織、急げ!」
「……………………あんた達だけで先に行きなさいよ」
急かす俺に伊織はそう答えた。項垂れた頭は既に巨大なトロイホースを睨みつけている。
「何馬鹿なこと言ってんの!」
「あれを見て、逃げるなんてできるわけないでしょ!」
律子に怒鳴り返す伊織が指差すのはどこからともなく現れた巨大な輸送ヘリだ。何台ものヘリが万国ロボット博覧会に展示されたロボットを次々と運び出している。レインボーマンも止めようとするがトロイホースの攻撃が激しすぎて手が出せないでいた。
「……仕方ないでしょ? 命には代えられないわよ」
「律子、それは違うわ。ここで兄さんの仇も打たずに逃げるのは、水瀬伊織の死と同義よ」
「伊織…………」
どんな言葉を投げかけても伊織は止まらないことを律子も察したのだろう。言葉から力が抜け引いていた腕も緩んでしまった。
「デビラー……鉄面党……絶対に許さない!」
「でもどうしようもないだろう。あんな巨大ロボットと戦うことなんて――」
「できるわ!」
伊織はしっかりと水瀬さんから渡されたブレスレットを握りしめる。
「兄さんは表向きに飛龍を開発しながら、二体のロボットを建造したの。その一体が〝ブレイン〟よ」
「二体……?」
「ええ。そしてもう一体が……今なら使えるわ。皆が避難して巻き込むことがないこの状況なら」
伊織はブレスレットに向かって声の限り叫んだ。
「レッドバロン、出動!」
その声に反応したかのようにどこからかジョット噴射の音が響いてきた。俺と律子は周囲を見渡す。すると大気を切り裂くが如く赤い弾丸が一直線にこっちに向かって飛んできていた。
「あれが、〝レッドバロン〟!」
思わず俺は叫んでいた。レッドバロンはその名が示す通り真っ赤な人型巨大ロボだったのだ。……いや違う。正義の巨大ロボットはこう呼ばれるべきだ。
スーパーロボットと。
レッドバロンが足からしっかりと着陸する。深紅のボディが太陽光を反射して輝いている。
伊織が足元に近寄るとそこが入口になっているらしく駆動音を上げて扉が開いた。そこに伊織が入っていくので俺も慌てて飛び込む。
「ちょっと! あんたまで来てどうすんのよ!」
「伊織だけ生かせる訳にはいかないだろ!」
「ああもう! 仕様がないわね! 勝手に動かない、計器に触らない、私が許可するまで喋らない! それは守ってもらうわよ!」
頭を抱える伊織の条件を俺は呑んだ。勢いで飛び乗ったが俺はこのレッドバロンについて全く知らない。下手なことをして壊したら水瀬さんに合わせる顔が無くなってしまう。
「待って、私も――――!」
律子も乗り込もうとしたが無情にも扉が閉まる。今から開けて律子を拾う余裕はない。既にトロイホースはレッドバロンを標的にしているはずだ。この部分はエレベーターになっているらしく振動と同時に重力が増したような重圧感が襲ってくる。
ガタンと音がしてエレベーターが止まった。ドアが開くとそこには一つのシートとたくさんの計器類、そして巨大な窓がある。窓からはこちらに向かってくるトロイホースが見えていて、ここで視界を確保するらしい。
伊織がシートに座ると正面の操縦桿を握った。そしてトロイホースを睨みつけると別のレバーを動かす。
「ファイトレバー・オン!」
伊織のその言葉を合図にしたかのように操縦室が振動し始めた。レッドバロンが動いている……前進しているらしい。
「鉄面党……このレッドバロンが叩き潰してやるわ!」
怒りの叫びと共に操縦桿を伊織が操るとレッドバロンはトロイホースにパンチを繰り出した。一発一発の威力が高いのかレインボーマンのレインボーフラッシュにも怯まなかったトロイホースの体が揺れる。
しかし一方的にやられてくれる敵などいない。トロイホースは右手のドリルを回転させるとこちらに向かって突き出してきた。装甲に掠めて金属を削る嫌な音が操縦室に響く。
レッドバロンは後退して距離を取る。だがその瞬間にトロイホースの光線が走った。レッドバロンの周囲で爆発が起きあまりの振動に立っていられなかった俺は思わず操縦席にしがみ付く。
「不味いんじゃないか!」
「うっさい! この程度じゃ超合金バロンニウムのボディは傷一つ付かないわよ!」
「レッドバロンは大丈夫でも乗ってる俺達がうわぁあああ!」
振動は益々激しさを増して俺は舌を噛みそうになる。だがトロイホースの攻撃は止むことを知らない。離れてからの光線の連射、近付いてからのドリル攻撃が猛威を振るう。
「この! あんまり調子に乗るんじゃないわよ! バロンパンチ!」
距離を取って相手が光線を放つより一瞬早く伊織はレバーを操作した。レッドバロンの両手が飛んで行ってトロイホースを殴り飛ばす。俗に言うロケットパンチだ。
バロンパンチを喰らって怯んだ隙を伊織は見逃さない。即座に次の動作へと移っており追撃を敢行する。
「バロンミサイル!」
胸部からミサイルが発射されトロイホースに命中し大爆発を起こす。トロイホースの装甲に明らかな損傷が現れた。もう一息だ。
だがトロイホースは突如上半身と下半身に分かれて宙を舞い始めた。上半身はそのまま浮遊しているが下半身は開脚されて激しく回転をし始める。そして下半身からも砲撃が開始された。頭部の光線と下半身の砲撃の二重攻撃、これがトロイホースの切り札か。
絶え間なく続く砲撃にレッドバロンも防戦一方になる。
「い、伊織!」
「うるさい! 今やってるでしょ!」
操縦に馴れていないのか伊織は額から汗を流して必死に回避している。しかしいつまでも避けきれる訳がない。これだけの攻撃を集中して浴びたらレッドバロンが破壊されてしまうかもしれない。
何か……何か……そうだ!
「伊織!」
「何よ!」
「これから頭部の砲撃が止む! その隙を付けるか!」
「はあ? どうすんのよ?」
「できるか、できないのか!」
「できるわよ! この伊織ちゃんに不可能なんてないんだから!」
はっきりとそう断言した伊織の言葉を俺は信じて携帯電話を取りだした。電波はちゃんと届いている。俺はアドレス帳からある人物の番号を呼び出し電話をかけた。
〔プ、プロデューサーさん!〕
受話器から相手の声が届き通話中になったことを確認した瞬間、俺は挨拶も何も一切省略して用件だけを告げる。
「頭部の光線を発射している部分を破壊してくれ!」
〔……! 分かりました!〕
「誰に電話したのよ?」
「すぐに分かる。準備しておいてくれ!」
伊織の質問を受け流して俺はその瞬間を待つ。どれほどの隙ができるか分からないが恐らく最大のチャンスが巡ってくるはずだ。俺は神に祈るような気持ちでその瞬間を待つ。心拍数が跳ね上がって鼓動が喧しい。
頭部からの光線が連発されまた発射口が光る。
そのとき――。
「フラッシュ!」
レインボーマンのレインボーフラッシュがトロホースの頭部を襲った。蓄えていた光線のエネルギーが暴発して大爆発を起こし頭部の動きが止まった。
「今だ伊織!」
「エレクトリッガー発射!」
頭部から光の筋が走った。光は見事にトロイホースの頭部を一撃だ破壊する。
「もう一発!」
頭部を失って行動を止めていた下半身にもエレクトリッガーを発射。見事に下半身も爆砕した。
レッドバロンの勝利だ。
「やったぞ、伊織!」
「…………何が〝やった〟なのよ」
目の前の危機を脱したことに喜ぶ俺とは対照的に伊織は操縦桿を握ったまま放そうとしない。後ろからでは表情は確認できないが、その小さな肩が小刻みに震えていた。
「何も……何もできてないじゃない……。奪われたロボットを取り戻した訳でも……鉄面党を潰した訳でも…………兄さんの仇を取ってもいない…………」
嗚咽交じりのその言葉にいったいどれほどの感情が込められているのか。そう、目の前で実の兄を、しかも自分のせいで亡くしてしまった伊織の胸中に渦巻く思いは何なのか。怒りか、悔恨か、悲しみか……。もしかしたら全く別の感情かもしれない。
俺にはかけるべき言葉がなかった。
操縦桿を握り泣く伊織の姿は、兄の形見であるレッドバロンに縋りついているかのように見える。まるで失った兄の代替として。
だがレッドバロンは何も答えてはくれない。ただ黙って夕焼けの中に佇むだけだ。
このスーパーロボットと共に水瀬さんが妹に託したものは何なのだろう。ブレスレットを自分の腕に付けていたということは水瀬さんはいざというときは自分でレッドバロンを操縦するつもりだったのかもしれない。それが不可能になったとき伊織にブレスレットを渡して何を望んだろう。
命を賭けて正義のために戦うことか。自分の仇を討つことか。それ以外の何かだったのか。
俺の中で答えの出ない問いがぐるぐると回る。そしてそれが俺の体と心を縛り上げて身動きできなくさせていた。
伊織を頼む。その言葉の意味を今の俺は理解しきれていなかった。
ということでやっとレッドバロンが出ました。この第三話は後に繋ぐ話を入れているので、勘の言い方は気付いているかもしれませんね。
次からはやよい話です。ある程度話数がたまったら次回予告集を番外で投稿したいと思っています。