M@STER OF HEROES   作:Crank

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 今回は前後篇で済むかな?


友の涙と影の魔人(前篇)

『……………………』

 

 いつもは騒がしい765プロの事務所が沈黙で支配されていた。空気を読まない亜美と真美の二人ですら一言も喋らずにソファに座ってテレビを見ている。

 原因はあまりに明白だった。

 

「………………」

 

 喪服姿の伊織が兎のぬいぐるみを抱えて無言でテレビを見ているからだ。マスコミは先日の鉄面党に事件についての話題でもちきりだった。伊織が今ここにいるのは実家の方が報道陣で完全に包囲されているための避難でもある。

 俺はもう着替えているが今日は水瀬さんの葬儀があった。765プロからは俺と社長が弔問した。本来であれば伊織のプロデュースをする律子が行くのがすじだと思うが、俺は水瀬さんの最期の場に立ち合わせた人間だったので律子の代わりに参列した。

 遺族の悲しみ方はそれは凄いもので世界が滅びたかのような嘆き方であった。しかしご挨拶だけさせてもらったが喪主である父親と長男は冷静に葬儀を取り仕切っていたように思える。そしてその葬儀の間、伊織は涙を流さず一言も話すことなくじっと遺影を見つめたいた。

 事務所に帰って来た後も準備していた私服にこそ着替えたものの無言のままの伊織に誰もが声をかけられないでいる。俺も何度か話しかけようとしたが、なまじあの涙を知っているだけにどんな言葉を投げかければ良いのか分からないでいた。

 

「…………あのね、伊織ちゃん。その、今回のこと、お悔やみ申し上げます」

 

 意を決してあずささんが先陣を切る。遠慮がちながら対面のソファに座ると、周囲はどよめきながらも息を殺して様子を窺う。

 伊織の視線はピクリとも動かない。

 

「あ、あの……お煎餅食べない?」

「………………」

「お、お茶もあるわよ?」

「………………」

「え~と…………」

 

 縋るような眼で俺を見ないでください、あずささん。そりゃあれだけ無反応ならどうした良いのか分からないのも十分理解できますが。

 

「あずさお姉ちゃんでも駄目か……」

 

 亜美が小声で呟いた。普段の喧嘩ぐらいならあずささんのおっとりした雰囲気で毒気を抜かれてくれるが、今回は次元が違いすぎるからな。

 

「じゃあ、本命のやよいっちを投入する?」

「う~ん、でもまだ来てないし。ここははるるん辺りで様子見っしょ」

 

 真美の提案を亜美が却下した。それに慌てたのは春香だ。

 

「えっ……! む、無理無理。こんな空気で声かけられるほど図太くないよ、私!」

 

 顔が二つ見えるほどの勢いで首を振る春香に亜美と真美が溜息を吐く。ちらっと雪歩に向けられた二人の視線は両手で激しく拒否をする態度に遮られた。

 その空気にあえて一石を投じる人物が現れる。

 

「伊織……気持ちは分かるけど、あんまり引きずるものじゃないわ」

 

 あずささんが開けてくれたスペースに座りながら律子が話しかける。ちらりとも見ない伊織に律子は言葉を続けた。

 

「切り替えろ、とは言わないけど皆心配するから」

 

 周囲の空気を読み取って間に立つこともプロデューサーの仕事か……。俺は律子のような立派なプロデューサーになれるだろうか。

 

「…………分かってるわよ」

 

 伊織がそう呟いた。視線は微動だにせずにテレビに釘付けだが、確かに小さい声で返事をしていた。

 皆の視線が伊織に集まる。だがそれ以上の言葉はない。レッドバロンに乗り込むまで立て板に水だったことが嘘のようだ。それが伊織の受けた傷の深さを物語っていて更に場の空気を重くする。

 

「こうなったことは辛いだろうけど、貴方が帰ってきてくれたこと自体はとても喜ばしく思っているわ。あの話も、本格的に動き出すわよ」

「……………………」

 

 〝あの話〟という単語に伊織が初めて反応を見せた。ピクリと眉を振るわせて律子に視線を移す。その眼は初めて会ったときの強さを全く宿しておらず、どこか虚ろで弱々しげなものだった。

 

「あれは貴方を中心としたプロジェクトよ。もうメンバーの選定は終わって社長からのゴーサインも貰っているの。後は時期だけ」

 

 律子の説明では俺に分かることは少ない。そのプロジェクトとやらに関わっていない人間からはどんな内容か不明だが、それが律子と伊織にとって重い意味を持つことは表情から読み取れた。

 そして伊織は真っ直ぐに律子を見詰めたまま固まっている。その胸中ではいったいどんな感情が渦巻いているのか。

 長い沈黙に事務所が満たされた。

 

「………………ごめん、律子」

 

 静かすぎる空気の中で、誰もが想定してなかったであろう言葉が響く。その一言はこの場にいる全員の意識を集めて余りあるものだった。

 

「ごめん…………」

 

 床に視線を落として伊織が消え入りそうな声で呟く。表情は見えないがその肩は小さく震えていて、年相応かそれ以上に小さく映る。

 

「私……今はアイドルなんて考えられないの……」

 

 紡がれた伊織の言葉がどれほど本人の胸を締め付けているのだろうか。絞り出される声に俺は相槌すら打てずに固まってしまっていた。そしてそれは他の人間も同様だった。

 そのとき――。

 

「…………っ!」

 

 乾いた音が響く。咄嗟の出来事に状況を視認していながら認識することができない。

 それは伊織の頬が叩かれた音だった。

 赤く染まり始めた頬にゆっくりと伊織が触れる。信じられないという風に目を見開き、震える指先でそっとなぞった。

 だが信じられなかったのは平手打ちをした方も同様だ。恐ろしいものように伸ばされた自分の手を見つめ震えている。

 そんな律子の目には涙が滲んでいた。

 

「あ…………」

 

 小さく律子の声が漏れたことをきっかけに凍りついた空気が再び動き出す。だが事態が好転するのではなくさらに悪化の方へと加速していく。

 

「ご、ごめん…………!」

「律子!」

 

 居た堪れなくなったのか律子が事務所の外へと駆け出していった。制止する俺の呼び声を振り切るように扉が閉まり律子の姿が消える。

 一瞬どちらに向かうべきか悩んだが俺は律子を追いかけて事務所を出た。伊織は他のアイドルや小鳥さんが付いてくれるだろうと思っての判断だ。

 階段を駆け下りて表の通りに出ると走り去る律子の後ろ姿が小さく見える。このままでは見失うと感じて俺も駆け出す。全力疾走なんて久しぶりすぎてすぐに息が上がってしまったが、それでも脚を止めることができない。ただ追い付かなければと使命感のようなものだけを頼りに走り続ける。

 律子が駆けこんだのは近所の児童公園だった。小さな公園には他に誰も人はいない。無意識なのか意図があったのか、とにかく律子はここに辿り着きその真中で立ち止ったのだ。肩で息をしながら立ち尽くす律子にやっと追い付いた俺は後ろからそっと、できるだけ刺激しないように声をかけた。

 

「律子……大丈夫か……?」

「…………プロデューサー」

 

 振り返った律子の両目にはやはり涙が流れている。

 

「その……ベンチ、座らないか?」

 

 手で公園の隅にあるベンチを指し示すと、律子は小さく頷いてゆっくりと腰を下ろした。俺は傍にあった自動販売機でコーヒーとジュースを買うと律子に見せる。

 

「とっちにする?」

「……じゃあコーヒーで」

 

 だが受け取った律子は手の中で缶を握るだけで飲もうとしない。気を使わせないように缶を開け少しだけジュースを飲むと、律子もそれにならって唇を濡らす程度にコーヒーを含んだ。

 

「…………駄目ですね、私。担当のアイドルに手を上げちゃうなんて……」

 

 缶を口から離すと同時に零れ落ちたその言葉に込められた後悔と自責の念を俺は感じ取らずにはいられなかった。いつもの明朗さが失われ理性と自信に満ちた声は弱々しく震えている。

 

「律子…………」

 

 思わず小さく呼びかけてしまう。それ以上のことができるわけでもないのに。

 自分の無力さが不甲斐ない。結局春香や雪歩に戦わせても俺は見ているだけ、こうして伊織や律子が傷付いていても結局見ていることしかできない。せめて支えてあげたいと思っても、今の俺にはどう声をかけたら良いのかすら分からないのだ。

 

「…………大丈夫ですよ、プロデューサー」

 

 その声で俺の意識は現実へと引き戻され、律子が微笑みかけていることに気が付く。それが俺を慰めようとしてのことだというのは一目瞭然で、未だ溢れ出る涙を止められていない。

 

「プロデューサーが泣きそうになってどうするんですか?」

 

 律子の言葉に自責の念がさらに強くなる。本当に辛い人間に気を遣わせて、俺はいったい何をやってるんだ。

 

「……先に戻っててください。私ももう少し落ち着いたら事務所に帰りますから」

 

 どれほどの苦しみを呑みこんだのか想像もできないが、その強さに感服するしかない。

 …………いや、俺が頼るに値しないと判断されただけなのだろう。これだけ弱っていてなお俺の手を借りるより一人で解決した方が良いということなのだ。

 俺にいったい何ができるのだろうか。

 

「…………分かった、じゃあ待ってるからな」

 

 そうだ。俺には俺のすべきこと、できることをするしかない。今の俺にできることは、あの水瀬さんの最期を知っている者として伊織を慰めることだ。

 小さく頷く律子を後に俺は事務所へと走った。律子が帰ってくるまでに伊織を説得しなければ。

 目標があるからか、闇雲に走りまわった往きよりもずっと早く帰りついた気がする。肩で息をしながら事務所の扉に手をかけようとした瞬間に携帯電話が音を立てて鳴り始めた。

 

「誰だ?」

 

 取りだした携帯のディスプレイには天海春香の名前が表示されている。

 

「もしもし、春香か?」

〈プロデューサーさん! 今どこですか!〉

 

 ほとんど悲鳴のような声が受話器から飛び出す。緊急の出来事が起きたのだろうか。

 

「事務所の前だ。どうしたんだ?」

〈早く来てください! 伊織が!〉

「わ、分かった!」

 

 携帯を仕舞いつつドアノブを回して中に突入すると、小鳥さんや雪歩達の姿が目に入った。皆はテレビの前に座っている伊織を取り巻いているようだ。俺の姿を確認すると道を譲るように二つに分かれる。

 そこには対面する伊織とやよいがいた。

 

「ねえ伊織ちゃん、嘘だよね?」

「…………本当よ」

 

 身を乗り出して問い詰めるやよいから視線を逸らす伊織。それはどこか弱々しい。

 

「私嫌だよ! 伊織ちゃんがアイドル辞めるなんて!」

「……でも、私にはやるべきことがあるの」

 

 ここまで聞けば状況は俺にも理解できる。どうやらことの顛末を知ったやよいが説得をしているようだ。

 二人の仲が良いらしいのは万国ロボット博覧会での様子を見れば簡単に想像できる。空気こそ緊迫しているが、ここはやよいに任せてみるのも手だろうか?

 即座にその思考を否定する。俺は何のために律子を置いてここに戻って来たんだ。俺の手で事態を解決までいかなくても改善するためだろう。それをやよいに投げるような方法で実行して良いはずがない。

 

「やよい、そこまでに――」

「やることって何?」

 

 制止する俺の声など振り切ってやよいは伊織に問いかける。苦渋の表情を浮かべる伊織の唇は重い。

 何故か直感的に伊織が致命的なことを言おうとしていることが分かった。

 

「やよい、いいから落ち――」

「…………兄さんの仇を討つのよ」

 

 憎しみの籠った声でそう告げた。俺はやはり間に合わなかったのだ。一番親しい友人の言葉に触発されて、今まで必死に隠してきた負の感情を伊織はぶちまける。

 

「鉄面党を! デビラー博士を! 一人残らず叩き潰して兄さんの仇を取るのよ! それまでへらへら笑って周りに媚びるなんて真似してる暇はないの!」

 

 激しい気性が憎悪をさらに呼び覚ましているのだろう。アイドルという存在そのものにも八つ当たりをする発言だ。

 水瀬さんは妹がこうなると分かっていたのかもしれない。だから俺に〝頼む〟と言ったのだろうか。だとしたら俺は…………。

 

「落ち着け伊織。とにかく冷静に話し合おう」

 

 苦し紛れの俺の言葉では到底伊織を諌めることはできないだろう。分かっていながらもそんな言葉が口を衝いて出る。当然伊織の激情は収まらない。

 

「冷静にですって? どうやったら冷静になれるって言うのよ! 私のこの気持ちは鉄面党を滅ぼすまで納まるわけがないわ!」

「駄目だよ! 伊織ちゃん!」

 

 ダンッと机を叩かんばかりの勢いでやよいが体をさらに乗り出した。伊織の顔の傍に突き付けられたやよいの目は真っ直ぐに伊織を見つめている。

 

「お兄さんのせいにしちゃ駄目だよ! 本当はアイドル辞めたくないのに――――きゃあっ!」

 事務所に効いたばかりの音が響くと同時にやよいの顔が右に弾けた。

 

「いおりんが…………」

「やよいっちを…………」

『打った…………』

 

 驚愕のあまり呆然とした表情のまま双子がハモる。遺伝子レベルのコンビネーションだ。

 驚愕したのは伊織とやよいもだろう。二人とも目を見開いて固まっている。律子と伊織のとき以上に事務所が凍りついた。

 

「あ………………」

 

 そう呟いて最初に動き出したのは伊織の方。自分の右手とやよいの顔を交互に見つめて震え始め、そして……。

 

「っ……!」

 

 事務所を飛び出した。

 

「伊織!」

 

 慌てて後を追うと事務所の外に止まっていたリムジンに伊織が乗り込むところだ。

 

「伊織、待て! 新堂さん、出さないでください!」

 

 ドアを閉め運転席に乗り込もうとする見知った執事さんに呼びかけるが、一瞬動きを止めただけでそのまま発車の準備に入った。恐らく伊織から早く出すよう急かされたのだ。

 

「伊織! 伊織!」

 

 呼びかけながらリムジンとの窓を叩く。だが反応は一切になしにエンジン音だけが空しく響いた。

 

「伊織! 待つんだ!」

 

 そしてそんな俺を無視してリムジンはその場を去っていく。まるで何かを振り落とすかのように。




 もうこのサブタイトルは次のヒーローバレバレですね。知ってる人はどれだけいるのでしょう。
 続きもどんどん書いて行こうと思います。執筆速度向上が今年の目標ですかね。
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