この物語は虚構《フィクション》である。
というか、この世の大抵は虚構《フィクション》である。
捏造して。誇張して。都合の悪いことすら奇跡にする。
ならば、上手な嘘をつききってほしいのがファンというものだ。
アクア「ルビー!」
この芸能界《せかい》において、嘘は武器だ。
アクア「リアルでこの可愛さを拝みたかった……くぅぅぅう……」
アイドルグループ「B小町」出身の絶対的エース。
いまや世界の中心、究極美女。
ルビー。
アクア「B小町解散から数年!ソロでも人気を継続し、ついにハリウッド進出!ようやくこの星も追いついたって感じ!?ここからだ、ここから彼女はアカデミー主演女優賞すら抱く地球の
あかね「アクアせんせ、そういうのは家でみてもらえるかな?」
アクアは振り返る。
そこには、苦笑いの患者とともに、冷たい表情のあかねがいる。
アクア「あかね先生……」
あかね「なんで患者の病室で、おまけに病院のiPadでアイドルのアーカイブ配信流してるの、常識で考えておかしいでしょ」
アクアは座り直す。そのポーズは、写真撮影の時のようだ。
アクア「美しいものを見ると健康に良い。それが僕の医者としての見解だ」
ルビーの双子として輝くアクアに、あかねはまぶしそうに視線をそらしつつ、
あかね「否定できないけど……ただの布教活動だよね?」
アクア「ハリウッド進出しているルビーはなかなかこの宮崎まではこれないからな、医療行為の一環だ」
あかね「うちの病院の公式見解にしないでよ?院長せんせ」
あかねが何かを思い出したのか、
あかね「そういえばアクアせんせ、さっきインスタで……」
アクアの魂の叫びが響いた。
アクア「ルビーの活動休止だとー!?自由に生きていいんだって言ったのに、どうして……連絡もつかないし……」
めそめそと泣き始める同僚にあかね先生はため息をつき、
あかね「ファンと兄との間で、揺れ動いてる……」
ところで、とあかねは言って、
あかね「妹でしょルビーちゃん、シスコンだよね」
アクア「それだけは言わないで」
屋上でアクア先生はあかね先生からお弁当を手渡されながら言った。
アクア「理由があんだよ理由が。僕が前世で医者をしていたのも、この病院だった」
あかね「始まった、ルビーちゃんとの存在しない記憶。それを映画にすればよかったのに……」
アクアは弁当箱を開く。今日も手の込んだ、手作りの料理たちが所狭しと並んでいる。
アクア「〜その頃の俺も、今みたいによく患者の病室でサボってた〜」
あかね「働いてね?」
アクア「その時出会った一人の患者が、俺の運命を変えた」
さりな「やっぱ私の推しは〜アイ一択でしょ!生まれ変わったらこの顔がいい……」
ゴロー「何が生まれ変わりだよ」
さりな「夢がないねせんせ」
その患者は、冷えていく窓の側に寄って、降り注ぐ雪を見つめながら言った。
さりな「もし芸能人の子供に生まれていたらって考えたことはない?容姿やコネクションを生まれた時から持ち合わせていたらって」
アクア「あの時の俺は、ない、と答えた。考えたこともなかったからだ。だが、彼女は退形成性星細胞腫、まだ12歳だった。やがて、アイの双子としてルビーとふたり生まれ直した。そしてルビーがさりなちゃんだと知ったとき、俺は深く理解した。あの子は、いちど諦めるしかなかったこの世界の人たちに向かって、全力で走って愛をふりまいてみたかったんだと。そのために必要な勇気を、探し求めていたんだと。だから俺も、俺なりに手伝うことにした」
昼休みの屋上で、食べ終わったお弁当箱をあかね先生に手渡しながら、アクア先生は言った。
アクア「ルビーが世界の人たちと仲良くなっていく……俺はその姿を見届けたいだけなんだよ」
あかね「なるほど。結果この病院の院長になって、ふたりのフィクションをつくるほどのシスコンと」
アクア「ひどい要約だ!そりゃ証拠はどこにもないけど!?」
あかねは笑う。
あかね「アクアくんがそんなふうに自由に話してくれるようになって、よかった」
アクアは屈託のない笑顔に驚き、
アクア「あかねが、心療内科の先生になってくれたから……」
あかね「言ったでしょ、私は何があってもアクアくんの味方だって」
それは、演劇で倒れていたときにあかねに言ってもらった言葉だ。星野アイの真実にいち早く辿り着いた彼女はこう言っていたと、いまでも思い出せる。
あかね『ちょっとね、怖い想像しちゃった。もしそうだったらって考えたら、悲しくて、誰にも言えずに、孤独だったんだろうなって』
僕を支えてくれたあかねの在り方は、この一言を体現している。
あかね『辛い事は、一緒に抱えてあげるからね』
そんな人生のパートナーは、言った。
あかね「ここでお医者さんをすることが、アクア君の目指したアイドルの意味、そうでしょ?」
あかねは微笑む。
あかね「だから、わたしもここで、みんなの、君の、アイドルになったってこと」
僕は微笑む。
アクア「アイドルには、救急と採血は求めないほうがいいかな」
あかねはふくれる。
あかね「ひどいなアクアくん、自分が得意だからって。いんちょーせんせがお医者さんだったの、設定の話じゃないの?」
アクア「……さて昼休みも終わりだ。お弁当、今日もおいしかったよ」
あかね「ごまかさないでアクアいんちょーせんせ、ルビーちゃんの名にかけてどうなんですか?」