救急の当番でない僕は診察室でカルテを読み、いつも通り患者をマイクで呼んだ。
アクア「カネキさん、診察室へお入りください」
しばらく待っても、扉は開かない。ふと扉を開けると、そこには車椅子に座った見覚えのある男がいた。
アクア「カミキ、ヒカル……」
俺たちの父、そしてすべての元凶。それは今、やせこけた頬で、憔悴し、言葉もなく車椅子に載って、うなだれるように眠っている。それを押してきた人物を見て、驚く。
アクア「有馬かな……どうして……」
かな「あーくんせんせ、中で話しましょ」
診察をするだけしてみたものの、アクアは検査の結果も見ながら医者として驚きが隠せずにいた。
アクア「……複合薬物中毒か」
かな「どういうこと?」
アクア「様々な薬に手を出してしまった、その末期と思ってくれればいい。それに、この手錠は……」
カミキヒカルの腕には、手錠されていて、周囲には明らかに体格がいい人物が複数人。
かな「発見した時にはすでに、周囲には大量の薬物、会話もままならなかったとか。薬物依存治療の病院に偽名のカネキでいて、急きょこっちに転院の手続きをしたんだって」
アクア「手配したって、誰が……」
かな「ミヤコさんよ、あんたが気になるだろうからって」
すでに生気を失って眠っているカミキヒカルは、声が聞こえているかどうかも定かではない。
そして、アクアの携帯に通知が入る。
カミキヒカルを鍵のかかる特別な病棟に案内し、体格の良い人たちに全てを任せ、有馬かなと僕は歩き出す。
かな「あんたはあの映画で、ヤツを追い込んだ。そこに加えて、あんたはカミキヒカルから芸能事業を承継。何度聞いてもさっぱりなトリックでね。そしてカミキヒカルの数々のハラスメントがいつのまにか週刊誌にばら撒かれ、関連した可能性のある企業すべてからスポンサーは離れ、すぐさま芸能界から追放。数々の事件に関わっているとして、度重なる任意同行を求められ、その果てに失踪」
アクア「俺はカミキヒカル自身が実行犯になる可能性があると考えていた。だから、ルビーに海外進出を勧め、ルビーも了承してくれた。芸能事業をいちごプロに譲渡して清算した。俺は隠れもせず、ここの医者になった。俺自身を標的にするために。でも、こんな形で再会なんて……」
かな「あんたの筋書きじゃなかったの?」
アクアは首を振る。
アクア「まさか。俺はヤツと刺し違える覚悟でここにいたつもりだ」
ふうん、そう有馬かなは言って、
かな「それで、あかねまで連れてきて、最後の善行に医者ってわけ……」
アクア「あかねの決めたことだ。俺が断っても、医者の道にまでついてきた」
かな「ふたりとも強情だからね、姉と弟って感じ」
アクア「姉……」
アクアは話題をそらすように首を振り、
アクア「カミキヒカル、どうして有馬が連れてきたんだ」
わずかな沈黙ののち、
かな「気にもなるでしょ、私と舞台でタイマン張るはずだったふたりの役者、その人生を棒に振らせたやつなんて」
アクア「あかねは置いておくとして、俺はそういうんじゃない」
かな「そういうやつだった」
アクア「この結果で、良かったんだ」
かな「良くないわ。アクア、戻ってきてよいちごプロに」
アクア「ルビーのハリウッド進出には、有馬の語学レッスンが避けられなかった。それで自分もハリウッド女優なんだから、問題なんかないだろ」
かな「問題大ありよ!」
アクアは振り返る。そこには、いつかみた小さな有馬かなのように泣いている。
かな「今のかなですら……あんたより全然だめだから……」
アクアはため息をつき、微笑む。
アクア「さすが、重曹を舐める天才子役」
かな「十秒で泣ける天才子役!」
アクア「そうだった、ドラマでの泣きっぷりが凄いって皆言っていたんだったか」
かな「どんだけ昔の話してんのよ!」
アクア「大事なことだ、有馬かなは、あのときと変わる事なく演じることに熱心なんだってことは」
有馬かなは固まる。
アクア「さすがハリウッドにまで辿り着いた、俺の推しの子だ」
呆然とする有馬かなは、わなわなと震えたかと思えば、
かな「この馬鹿……いまにも死にそうな雰囲気を……」
かなはアクアを指差す。
かな「アンタが死んだらビンタして口汚く罵ってやるって約束、忘れるんじゃないわよ!」
アクア「棺に入った俺をビンタするのか。ミヤコ母さんは許してくれなそうだな」
かな「そうよ!だから絶対、そんなことさせないでよ!」
そして、アクアは携帯を見つめる。通知が来ている。
アクア「まあそれは、君を呼んだルビーと話してから決めるさ」
かな「このシスコンが……」