推しの子 Conversion   作:倉部改作

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4 カミキヒカル

 夜の病室、そこで憔悴していたカミキヒカルが目覚める。バイタルサインを示す計器が、一定の周期で電子音を立てている。

アクア「目が覚めたみたいだな」

ヒカル「ここ、は……」

アクア「俺の病院だ。さっきまでのこと、覚えてないのか?」

ヒカル「ああ、何も……」

 ヒカルが突然叫び始める。

アクア「何かみえたのか……」

ヒカル「壁に虫が……体の中にも……声が聞こえる……僕が殺してきた人たちの……」

 ヒカルは叫ぶ。ごめんなさい、ゆるして。そう彼は喚く。

アクア「幻覚だ。たまに救急でも見かける。限界も近い」

ヒカル「僕を、殺しに来たのか……」

アクア「いいや、会いに来たんだ。思い出してもらいたくて。かつての自分を。カミキヒカルとして活躍した、あの頃を……」

 沈黙ののち、ヒカルは話し始める。

ヒカル「僕は、才能をかき集め、そして殺した、たくさん……」

アクア「そうらしいな」

ヒカル「アイは、永遠の存在じゃあない、だからアイの命の価値を、さらに高めようと、僕は……」

アクア「だがそれはお前じゃない」

 驚くヒカルに、アクアは言った。

アクア「証拠がないのさ。そうだろ?」

ヒカル「証拠はない、けど……」

アクア「なら、熱狂的なファンだっただけさ。ちょっと楽しくなって、たまたまあった薬に手を出しただけだ」

 驚くヒカルは、訊ねた。

ヒカル「君が、あの映画の脚本家だったんじゃないのか?」

アクア「ああ」

ヒカル「恨みだって、あったんだろ?」

アクア「そんな時期もあった、それだけだ」

ヒカル「僕を、殺したくないのか?」

アクア「なんでそんなことしなきゃいけない?復讐は、とうの昔に済んでいる。ほかならない、アイの手で」

 呆然とするヒカルに、アクアは言った。

アクア「ここにいるのは、星野アイと星野ルビーの厄介なオタク。親子揃ってアイドルオタクな、しょうもない家庭だけだ」

ヒカル「僕を、赦す気なのか?」

アクア「赦すも何も、俺とルビーを推しの子にしてくれた、それで十分だ」

ヒカル「どういうことだ?」

アクア「もし芸能人の子供に生まれていたら……そう考えた事はあるか?」

ヒカル「……いいや」

アクア「容姿やコネクションを生まれた時から持ち合わせていたらと。ルビーはかつての姿で、愛に飢え、孤独に死を待つしかないなか、そう言った」

 ヒカルは天井を見つめながら、言った。

ヒカル「繰り返すだけだ。また見栄えが良いからと人が選ばれ、より多くを持つ者が、他人を裏で捕食する……」

 ヒカルは何かに怯え出す様にけいれんしはじめる。すると、つけていたバイタルサインを示す計器が軒並み生命維持に危険な値を示し始める。

アクア「人が誰かから与えられたものに自分なりに意味を持たせた時、それは実績や成績、能力という言葉に置き換わった。俺たちはそこから溢れるありもしない虚構《フィクション》に囚われ、人を孤独にするように選定し、切り捨て続け、お前が言うような孤立した世界が生まれ、そして死にかけている。だからこの幻想も、きっと長続きはしない」

ヒカル「お前が、僕からすべてを奪ったあのときを繰り返すのか。続けられるわけがない。この芸能界《せかい》が完璧にできているはずがないだろ。今日も与えられたものを崇拝する世界は続く」

アクア「だからこそ、お前が自ら見届けるといい」

ヒカル「え?」

アクア「容姿やコネクションを生まれた時から持ち合わせていたら。そのコネクションが、近しい人たちの優しさも含まれていたら。俺たちは、そのすべてに用意がある」

 そこには、ツクヨミが立っている。

アクア「もしもお前が誰にも傷つけられることなく、生き直すことができるのなら……」

ヒカル「なにを言っているんだ……」

アクア「いま生まれ直せば、推しの子になれるんじゃないのか?」

 

 俺たちは真面目に考えたことはなかった。

 だってそうだろう?自分たちの話だとは思わなかったんだから。

 

 そうして、俺の子は生まれた。

 

 

 

 この物語は虚構《フィクション》である。

 というか、この世の大抵は虚構《フィクション》である。 

 捏造して。誇張して。都合の悪いことすら奇跡にする。

 

 ならば、上手な嘘をつききってほしいのがファンというものだ。

 

 その嘘をつききるために、僕は、僕たちは、ひとりの偶像《アイドル》として生きていくことを選んだ。ファンのみんなと、友達と、家族と……そのすべての人たちの物語を繋ぎ直す、そのために。

 死んでしまった母を、アイを時々思い出しながら、自分たちの生きる意味を探す道を選んだ。

 それは簡単なことじゃなかったけど、自分が出来ることを精一杯やればその先に自分の生きた理由があると信じて、僕たちは誰かの希望となれるよう、走り続けた。

 

 アイがいなくたって悲しくない、なんて嘘を重ねながら、ここまで辿り着いた。

 そんな嘘たちが、暗闇に生きる誰かに、何かを与えていくんだと思う。

 それはまるで暗いほどにより輝く、夜空の星みたいに。

 

 この小さな病院の屋上で、子どもと共に星空を見上げる。

 

 この芸能界《せかい》において、嘘は愛なんだ。

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