東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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壊れる日常

 ◆

 

 異世界転生、なんて言葉が辞書に載る様になって随分経つ。

 

 アニメとか漫画とかゲームとか、そういうメディアでも極々自然に使われ、日常会話でも「転生したら〇〇になりたい」みたいな会話がたまに聞かれるようになって。

 

 でも俺は表面上は合わせるけれど、本心では今の日々がずっと続いてほしいなと思っていたりする。

 

 だって変わって欲しくないからだ。

 

 親とも仲が良いし、恋人はいないけれど気の良い友達もいる。

 

 新しい環境──ましてや新しい世界で1からやり直せなんて嫌すぎる。

 

 俺は今の生活に満足していた。

 

 だから変わって欲しくないんだ。

 

 そう思っていたのに──

 

 なんで、こんな事になったんだろう? 

 

 なんで皆が、こんな、こんなホラー映画みたいな死に方をしてるんだ? 

 

 どうして、ゲームとかの中でしか見ないような怪物が俺の目の前にいるんだ? 

 

 どうして──

 

 ◆

 

 その日、三崎玲人はいつもの時間に起き、いつもの時間に食事をし、妹と中身のない会話をしてから学校へ登校した。

 

 両親はいない。

 

 死んでいるとか捨てられたとかそういう事ではなく、共働きでそろって長期出張が多い仕事なのだ。

 

 一年の半分どころか、まるっと不在という事も珍しくはない。

 

 そして三崎の通う高校は公立花菱高校──偏差値は低くもなく高くもない、言ってしまえばよくある普通の高校だ。

 

 三崎はクラスでも目立たない方で、これもまた言ってしまえば"モブ"といった所だろう。

 

 特徴はない。

 

 全くない。

 

 強いて言えば少し人が好いくらいだろうか。

 

 だがこの尖った所のない性格は、三崎の身を護ってもいた。

 

 ・

 ・

 

 教室の入口、ドアによりかかる様にして、一人の体格の良い生徒が立っていた。

 

 陣内竜二──いわゆる不良という奴だ。

 

 制服のシャツをズボンから出し、やたらと肩を怒らせて歩き、目つきも悪い。

 

 授業中は足を机に投げ出したりして、不良のテンプレと言った感じの男である。

 

 陣内は取り巻きの一人と話をしていたようで、近づいてくる三崎に気付くとやや目を細めて睨みつける素振りを見せた。

 

 しかし三崎は──

 

「おはよう、陣内」

 

 そんな普通の挨拶に、陣内は肩をすくめて「おう」と言って塞ぐ様にしていた入口を空けた。

 

 実の所陣内自身、自分のこんなあっさりした対応には驚いてもいる。

 

 大半の生徒は陣内を恐れるか、あるいは疎むかのどちらかであるのに対して、三崎だけは何故か普通なのだ。

 

 見下しているわけでもなく、ただただナチュラル。

 

 そんな三崎は普通であるがゆえに陣内から「多少は骨のある奴」と評価されていた。

 

 ◆

 

「やっほ。何だか今日も普通だね」

 

 三崎が席に着くとそんな声をかけてくる女子がいる。

 

 瀬戸絵里香。

 

 良い所のお嬢さんでクラスの女子カースト上位の人気者。

 

 そして、三崎の片思いの相手でもある。

 

 恋した理由は単純で、顔がとびっきりに良く、性格も別に悪くはないからである。

 

「なんだよそれ」と言って三崎は笑った。

 

 その笑みは極普通で、相手が絵里香だからといって変におもねる事はなく、かといって見栄を張って無関心を装うこともしない自然なもので──だからこそ絵里香も三崎に良く構う。

 

「そういえばさ、今日も駅前に居てさぁ」

 

「居たって、ああ、宗教の人?」

 

 三崎が尋ねると絵里香は大きく頷いた。

 

 三崎は徒歩通学だが、絵里香は電車だ。

 

 それで最近、駅前に妙な宗教関係者が演説をしているという。

 

「ん~……あーあー……"皆さん、聞いてください! 世界は未曽有の危機に瀕しています! 心無き人々が増え、神への信仰が薄れつつあります! 神の護りが失われたこの世界は……"みたいなかんじ」

 

「そろそろ年末だからっていうのもあるのかなぁ、毎年この時期になると増えるよねそういう人」

 

 ね、と絵里香が答え、それから他愛のない話をしていると──

 

「あれ? 地震?」

 

「地震だ、結構大きいな」

 

「ちょっと、え、マジででかくない?」

 

「机の下にはいれ!」

 

 そんな声がクラス中であがる。

 

 そう、地震が起きていた。

 

 床が揺れる。

 

 机が揺れる。

 

 椅子が揺れる。

 

 天井も壁も、なにもかも。

 

 教室が、いや、東京が大きく揺れていた。

 

 ◆

 

「せ、瀬戸!」

 

 三崎は前の席の、蒼褪めた表情の絵里香に声をかけた。

 

「だ、大丈夫! 多分! 大丈夫だから!」

 

 絵里香は全然大丈夫じゃなさそうに言い、事実地震は一向に収まる気配がない。

 

 ついには天井の蛍光灯が落ちてきて、教室は阿鼻叫喚に包まれた。

 

 だがそんな揺れもようやく収まり──

 

 ・

 ・

 

「皆! 大丈夫か!?」

 

 そう叫んで駆け込んできたのは、クラス担任の高橋である。

 

「大丈夫だ! 地震は収まったぞ! ただ、余震などが考えられるから皆暫くそこでじっとしていなさい」

 

 気弱そうな見た目の高橋は生徒たちから舐められ、「タカセン」などと呼ばれている。

 

 しかし、この大きな地震にも狼狽えずに生徒たちに力強く声をかける様子を見て、何人かの生徒は高橋に敬意のこもった眼差しを注いだ。

 

 そして次の瞬間、その頼れる高橋は縦に真っ二つになって死んだ。

 

 ◆

 

 ばりんと音を立てて、あろうことか巨大な戦斧が回転しながら飛び込んできて、高橋を真っ二つにカチ割ったのだ。

 

 むわりと広がる悪臭は、高橋の "中身" である。

 

 しかしその様な惨事が起きたにもかかわらず、教室は静寂に包まれていた──ほんの1、2秒だけだが。

 

 最初に悲鳴を上げたのは三浦 あさみという女子生徒である。

 

 神経を掻きむしる様な甲高い悲鳴を何度も何度もあげ、やがて彼女に同調するように他の生徒たちも叫び始めた。

 

 ただ、その狂乱はすぐに収まる事になる。

 

「うるっせぇぞ!!! てめえら!!!!」

 

 陣内が大喝を入れたのだ。

 

「静かにしやがれ! 叫んでる場合じゃねえだろうが!」

 

 陣内の声は低く、ドスが利いている。

 

 相手を怒鳴りつけて威圧し、畏怖させる事に慣れた者の声だ。

 

 平時は疎まれるその声はしかし、この危地に於いては一種のカンフル剤となって生徒たちへ作用した。

 

 生徒たちはある程度落ち着きを取り戻し、救急、あるいは警察へ連絡しようとする者も居た。

 

 まあ、結局それは叶わないのだが。

 

 ◆

 

「おい、なんだあれ……!」

 

 校舎の外で響いた轟音に、生徒たちは一瞬凍りついた。

 

 どういうわけだか窓の外は灰色の霧に覆われていた。

 

 霧は学校の周辺を取り囲む様にして発生しており、一定範囲内しかまともに見通す事ができない。

 

 そんな霧の中から身の丈2メートル半を優に超える緑の肌の巨人が数体現れ、猛然と校舎の外壁に体当たりを繰り返しているのだ。

 

 ずん、ずん、と腹に響く様な音。

 

 壁にひびが走り、建物全体が震えた。

 

「やばい、このままだと崩れる!」

 

 誰かが叫ぶが、動揺が広がるばかりで教室内に秩序はない。

 

 パニックに陥った生徒たちが一斉に出口に殺到し、逃げ場を求めて無我夢中で走り出す。

 

 しかしその時だった。

 

 鋭い爪と牙を持つ小人が二体、ドアを蹴破り教室に突入してきた。

 

 小柄だが機敏な動きで、まずドア近くにいた新井 信二に飛びかかる。

 

 呆然としていた新井は全く反応できず、小鬼の爪が深々と彼の腹を引き裂き、血が床に飛び散った。

 

 新井は絶叫する間もなく倒れ、続いて近くにいた江原里香も同じように引き裂かれた。

 

「いやぁぁぁぁっ!」

 

 教室は瞬く間に再びの阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。

 

 三崎はと言えば、茫然と立ち尽くしていた。

 

 目の前で繰り広げられる惨劇に頭が真っ白になり、身体がすくんで動けない。

 

 ──何が起きているんだ? 

 

 目の前で次々に命を奪われていくクラスメイトたちを見て、なんでこんな事になったんだと自問するが、直ぐに「分からない」と自答が返ってくるだけだ。

 

 だが、いずれ三崎自身もすぐに殺されるという事だけは間違いないだろう。

 

 逃げたいのに、身体が言うことを聞かない。

 

 その時だった。

 

「え?」

 

 絵里香の声が三崎の耳朶を打つ。

 

 見れば、絵里香の服が真っ赤に染まっていて──

 

「瀬戸さん!?」

 

 三崎が近寄ろうとすると、絵里香はへらりと笑って言った。

 

「私の血じゃなくて、隣の、吉田くんの。でも、私、多分もうダメかも。だってほら」

 

 絵里香の視線の先には小鬼が一体。

 

 ◆

 

 ──ああ、私死にたくない

 

 そんな事を思って俯いていた絵里香だが、三崎の背によって視界を塞がれた。

 

「う、うううーっ!」

 

 震えながら唸り、小鬼を威嚇する三崎に、絵里香は「彼には死んでほしくないな」と思う。

 

 すると、左手が妙に熱くなった

 

 みれば手が桃色の光を帯びているではないか。

 

「何、これ……でも」

 

 サブカルに無知でもない絵里香は、もしかしたら何かの力かもしれないと考え──掌を小鬼に向けてキッと睨みつけて「何とか、なってよッ……!」などと言った。

 

 ・

 ・

 

「え?」

 

 絵里香が当惑した声をあげるのも仕方がないだろう、なぜなら何とかなってしまったのだから。

 

 向けた掌から出てきたのは一人の美女だった。

 

 胸の谷間を強調した蠱惑的な衣装を纏った、黒い羽の美女だ。

 

 しかし頭上には何か数字の様なものが浮いている。

 

 ──『レア度4/女魔サキュバス/レベル1』

 

「サキュ……バス? レア4……? レベルは1……これって……」

 

 小鬼はといえば、卑しき尖兵のゴブリン/レア1/レベル5とある。

 

 まるでゲームみたいなんて思いながら、絵里香は聞いた。

 

「ね、ねえサキュバス……さん、あの怖い、ゴブリン? から私たちを護ってくれる?」

 

 するとサキュバスは妖艶な流し目で絵里香を見遣り、それからぺろりと唇を舐めて小鬼と向かい合った。

 

 ・

 ・

 

 召喚術──そう、それは一部の人々が突然目覚めた力。

 

 魔物を召喚し、彼らを使役して戦う能力だ。

 

 絵里香はその力を使い、今この状況を打破しようとしているのだ。

 

 そしてその力に目覚めたのは絵里香だけではなかった。

 

 

 ◆

 

「くそっ、こっちに来いよ! おら! てめぇら! 掛かってきやがれ!」

 

 不意に教室の後ろから陣内の怒号が響く。

 

 陣内は震える手で小鬼に向かって椅子を投げつけている。

 

 すると小鬼の注意が一斉に陣内へ向き──その濃密な殺意と敵意はほんの僅かな一瞬、陣内の意気地を砕いたが、それでもこの不良は背を向ける事をしなかった。

 

 ──糞が! 最期の意地だ、畜生! 

 

 そう、覚悟を決めた次の瞬間、陣内の左手が黒い光を帯びた。

 

 一体何が起きているのか陣内にも分からない。

 

 しかし直感がこう告げた。

 

『それは "力" である 』

 

 と。

 

 陣内は本能の囁きに従って、黒く輝く拳を握り締めて──

 

「よくわからねぇが、食らえや!」

 

 叫ぶなり、その手を小鬼たちに向けて振りかざす。

 

 すると、身の丈2メートルほどの大柄な姿をしたナニカが現れた。

 

 深緑色の肌をした筋肉隆々の大男だ。腰蓑を巻き付けただけの簡素な出で立ちだが、大きな牙と血の様に赤くギラつく両眼は如何にも恐ろしい。

 

 ──『レア度5/剛腕をかざすアングリー・オーガ/レベル1』

 

「レア度……5? オーガ……? なんだぁ、こりゃあ……連中は、ゴブリン? レア度1……」

 

 陣内はまるでゲームの様に頭上に浮かぶデータに当惑しながらも「おい! オーガ! 奴らをぶっとばぜ!」と叫んだ。

 

 するとオーガがゴブリンに向かって突進し、拳を振るってゴブリンをまずは一体殴り殺した。

 

 だが、戦いはまだ終わらない。

 

 陣内のオーガはもう一方のゴブリンに横腹を食いちぎられ、苦悶の表情を浮かべている。

 

 更には教室の後ろのドアが突然開き、そこからレア度1の犬面の怪物──コボルドが2体も飛び込んできた。

 

 獰猛な顔をしたコボルドは、近くにいた数人の生徒に襲いかかり、瞬く間にかみ殺す。

 

「くそっ……!」

 

 強気で鳴る陣内も、この状況はまずいと理解してはいた。

 

 だがどうにもならない。

 

 教室内は混乱に包まれ、逃げ場はどこにもなかった。

 

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