東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第104話「声」

 ◆

 

 国道317号線──山手通りを南下し、四人は渋谷区へと足を踏み入れた。

 

 直近の駅は地下鉄大江戸線、西新宿五丁目駅。

 

 一言で言えば街は死んでいた。

 

 中野区のように今まさにモンスターに襲撃されているという切迫感はない。代わりに漂うのは荒廃の匂いだ。

 

「気配は薄いですが」

 

 伊丹が振り返る。

 

「油断は禁物です」

 

 三崎は頷き、先行させているゴブリン二体から得られる感覚情報を脳内で取りまとめる。

 

 彼らの視覚、聴覚、そして殺気を感知する本能までもが、三崎の脳髄に直接流れ込んでくる。

 

 まるで自身が三人に分かれたかのような感覚だった。

 

 ただ、ゴブリンたちを自由に操作──という事は出来ない。

 

「お兄ちゃん」

 

 振り向くと心配そうな顔をしている麗奈の顔。

 

 隣を歩くアーマード・ベアが、その巨体で彼女を守るように位置取りをしている。

 

 召喚モンスターが召喚者の感情にある程度影響されることは三崎も知っている。

 

「大丈夫? あんまり無理しないでね」

 

「うん、ありがとう」

 

 その短いやりとりで、三崎は麗奈も()()が出来るのだなと感得した。

 

 これとはすなわち、モンスターの意識を自身にフィードバックすることだ。

 

 ──全員が出来るわけじゃないみたいだけど

 

 陣内などは出来ていた。しかし高槻や前田、他の覚醒者たちはできていなかった。

 

 個人差があるという事だろう。

 

 このフィードバックは神経が非常にくたびれる、だから麗奈が案じてきたことは不思議ではなかった。

 

 ──まえ、いしのなか、こっちみてる

 

 ゴブリンの警戒の意識が三崎に伝わる。

 

「敵です、あの道路沿いの白いマンション」

 

 その言葉が合図だった。

 

 ガラスが砕け散る音。廃マンションのエントランスから、何かが飛び出してくる。

 白い犬──いや、骨の犬だ。

 

『レア度2/廃墟を彷徨うボーン・ハウンド/レベル1』

 

 脳裏に浮かぶ情報。五体。

 

「三人の連携を見てもかまいませんか?」

 

 伊丹の言葉に三崎は頷く。

 

 どれだけやれるかお手並み拝見といった所なのだろう、と三崎は内心で思った。

 

 特に不満はない。

 

 といっても戦闘自体は三十秒で終わったが。

 

「お見事」

 

 伊丹が言う。賞賛というより、データを記録するような口調だった。

 

「さすがにレア度もレベルも違いすぎますから」

 

 三崎は死骸が消えた跡を見つめながら言った。

 

「伊丹さんも覚醒者なんですか?」

 

 麗奈の問いに伊丹は「はい。鳥型のモンスターです」と答えて、指を一本立てる。

 

 ──指? いや、空か

 

 三崎が見上げると、上空に小さい影が見えた。

 

 ──かなり高い所を飛んでるな

 

 鳥型のモンスターは三崎も初めて見るわけではないが、それでもあそこまで高空を飛ぶモンスターはいなかった。

 

「偵察……していてくれたのかな? 何もしてなかったわけじゃないんですね!」

 

 麗奈が遠慮なしに言うと、伊丹は苦笑して答える。

 

「さすがにそれは感じが悪すぎるでしょう」

 

 そんなことを言う伊丹に、三崎は確かに、と笑う。

 

 釣られるように菜月も笑い、四人の空気にあったぎこちなさが僅かに晴れた。

 

 ◆

 

 そうして四人は歩き続けた──瓦礫を避け、崩れかけた歩道橋をくぐり、時折響く遠くの轟音に耳を澄ませながら。

 

「少し休憩を取りましょうか。周辺に敵の影は見えません」

 

 三崎は瓦礫に腰を下ろし、水筒の水を一口飲む。

 

 生温い水が喉を通る感触。吉村の忠告が、脳裏をよぎった。

 

「イノベイターって」

 

 切り出すタイミングを計っていた質問。

 

「本当に覚醒者のための組織なんですか」

 

 伊丹の表情に変化はない。

 

「ええ、もちろんです」

 

 回答は淀みない。

 

「我々は既存の権力構造から独立し、覚醒者自身が未来を築くための礎となることを目指しています」

 

「なるほど……」

 

 三崎は慎重に言葉を選ぶ。

 

「でも、そのために覚醒者を集めて、何をしようとしているのかが分からない。なんというか、ほら、小説とかだと革命軍とかそんなのをイメージしてしまうというか……」

 

 一瞬の沈黙。伊丹の瞳に何かが過ぎった。

 

「今はまだ組織の基盤を固めている段階です。いずれ、我々の目的も明確になるでしょう。菜月さんのように、助けを必要としている覚醒者は大勢います」

 

 伊丹は菜月に向かって微笑む。

 

「我々は彼らの受け皿となりたいだけですよ」

 

 麗奈が頷く。

 

「私も、お兄ちゃんがいなかったらどうなってたか分からないし……」

 

 妹は兄の顔をちらりと見て、それから伊丹に視線を戻した。

 

「そういう場所があるのは、いいことだと思うな」

 

「それで」

 

 今度は菜月が質問する。

 

「三崎さんたちはどうして渋谷へ?」

 

「同級生が渋谷に住んでて」

 

「瀬戸絵梨香って人! お兄ちゃんの片思いの相手なんです!」

 

 麗奈が身を乗り出す。

 

「ちょっと麗奈!」

 

 三崎が慌てて妹を制止しようとするが、麗奈はにやにやと笑っている。

 

「あら、そうなんですか」

 

 伊丹が興味深そうに三崎を見る。その視線に、三崎は居心地の悪さを感じた。

 

「いや、その、まあ……」

 

「素敵じゃないですか」

 

 菜月が優しく微笑む。

 

「こんな時でも、大切な人を探しに行くなんて」

 

 ──いや、大切というか……

 

 三崎は内心で愚痴めいた呟きを漏らす。

 

「私も」

 

 菜月が少し俯いて続ける。

 

「探している人がいるんです。だから、気持ちは分かります」

 

 その表情に浮かぶ切実さに、三崎は自分の恥ずかしさなど些細なことだと思った。

 

「もしかしたら、その人も渋谷に?」

 

 麗奈が尋ねると、菜月は首を横に振る。

 

「分からないんです。でも、イノベイターの人たちが情報を集めてくれていて……」

 

「なるほど」

 

 三崎は納得した。イノベイターが覚醒者を集める理由の一つが見えた気がした。情報と引き換えに、戦力として協力してもらう。ギブアンドテイクの関係。

 

 ──悪いことじゃない、むしろ合理的だ

 

 ただ、それが全てとは思えない。吉村の言葉がまた頭をよぎる。

 

「ところで」

 

 伊丹が腰を上げる。

 

「そろそろ移動しましょう。この辺りは安全ですが、目的地までまだ距離があります」

 

「目的地?」

 

 三崎が問うと、伊丹は頷いた。

 

「イノベイターの渋谷支部です。そこなら、お探しの方の情報もあるかもしれません」

 

 ──支部、か

 

 各地に拠点を作っているということは、それなりの規模の組織ということだ。

 

 四人は再び歩き始める。

 

 道玄坂方面へと向かう道すがら、三崎はゴブリンたちの感覚に意識を集中させていた。

 

 ──みぎ、たてもの、なか、なにか

 

 ──ひだり、みち、あんぜん

 

 断片的な情報が流れ込んでくる。言語化されていない、もっと原始的な感覚。それを三崎の脳が無理やり言葉に変換している。

 

「お兄ちゃん、鼻血」

 

 麗奈の声でハッとする。鼻を拭うと、確かに血がついていた。

 

「大丈夫、ちょっと集中しすぎただけ」

 

「無理は禁物ですよ」

 

 伊丹が振り返る。

 

「モンスターとの感覚共有は便利ですが、使いすぎると脳に負担がかかります。最悪の場合、意識が戻らなくなることも」

 

 ──知ってる

 

 三崎は内心で答える。陣内から聞いていた。でも、今は少しでも情報が欲しい。

 

 渋谷の中心部に近づくにつれて、廃墟の様相は変わっていった。

 

 単なる崩壊ではない。何かに()()()()ような跡。建物の壁に残る巨大な爪痕。アスファルトに刻まれた、何かを引きずったような溝。

 

「これは……」

 

 菜月が息を呑む。

 

「大型のモンスターがいた跡ですね」

 

 伊丹が冷静に分析する。

 

「レア度4以上、おそらくは5の個体でしょう」

 

 ──レア度5

 

 三崎は緊張を覚える。

 

「でも、今はいないみたいですね」

 

 麗奈がアーマード・ベアの様子を見て言う。

 

「くまっちも落ち着いてるし」

 

 確かに、モンスターたちに緊張の色はない。ただ、三崎のゴブリンたちだけが、何かを警戒するように周囲を見回していた。

 

 ──なにか、くる

 

 その感覚が伝わってきた瞬間だった。

 

「そういえば……」

 

 口を開きかけた、その瞬間。

 

 世界が、軋んだ。

 

 金属を無理やり捻じ曲げるような音。

 

 いや、音ではない。もっと根源的な何か。

 

 現実そのものが悲鳴を上げているような感覚。

 

 三崎の視界の端から色彩が剥がれ落ちていく。

 

「え、なに──—」

 

 麗奈の声が遠い。水中で聞く声のように歪んで響く。

 

 次の瞬間、意識が引き剥がされた。

 

 ◆

 

 白。

 

 純粋な白。影も、奥行きも、温度もない空間。

 

 前回と同じあの場所だった。

 

 黒い石碑がまるで最初からそこにあったかのように佇んでいる。

 

 表面には判読不能な文字が刻まれ、微かに脈動するような光を放っていた。

 

 麗奈、菜月、伊丹。三人の半透明な姿がすぐそばに浮かんでいた。

 

 それぞれの表情に浮かぶのは、戸惑い、警戒、そして理解できない状況への原初的な恐怖。

 

 無機質な声が響く。

 

 頭蓋骨の内側から直接響くような、生理的な不快感を伴う声。

 

 ──—『試練の参加者を確認』

 

 声には感情がない。ただ、情報を伝達するだけの音の羅列。

 

 ──—『これより、新たな試練を開始する』

 

 四人の間に緊張が走る。試練。その言葉の持つ不吉な響き。

 

 ──—『エリア『渋谷区』は、現時刻より一時間後に完全封鎖される』

 

 封鎖。

 

 その言葉の意味するところを、誰もが直感的に理解した。

 

 逃げ場がなくなる。この廃墟と化した街に、閉じ込められる。

 

 ──—『封鎖の解除条件は、対象個体の殲滅』

 

 石碑の表面に変化が起きる。

 

 黒い石の中からまるで浮かび上がるように、新たな紋様が現れた。

 

 それは一体のモンスターを象った図形だった。

 

 ──—『対象:〈崇拝された放浪の主〉』

 

 それだけを告げて、声は途絶えた。

 

 白い世界に亀裂が走る──そして。

 

 ・

 ・

 ・

 

 気が付いたときには四人は再び、元の場所へと戻っていた。

 

「今のは……」

 

 伊丹の声に動揺が滲む。

 

「一時間後に、封鎖……?」

 

 菜月が震える声で繰り返す。

 

 その顔は青白く、ルー・ガルーが心配そうに主人の手を舐めている。

 

 麗奈は何も言わない。ただ、青ざめた顔で兄を見つめていた。

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