東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第106話「分断」

 ◆

 

 暫く待っていると、死の雨とも言うべきブルーランスの群れの急降下は収まりを見せた。

 

「わ、魔石一杯……」

 

 大量の魔石に麗奈が目を輝かせる。

 

「今後を考えるとある程度回収しておきたいですが……全てを拾っている時間はありません」

 

 伊丹が言う。

 

 実際、陸からのモンスターが迫ってきている以上悠長に拾い集めている時間がないのは確かだ。

 

「ゴブリンたちに拾ってもらいます」

 

 三崎がそう言うと、二匹のゴブリンたちはすばしっこく魔石をかき集め始めた。

 

「あら……」

 

 伊丹は軽く目を見開く。

 

 適材適所というやつだった。

 

 こういう地味な仕事はアーマード・ベアにもルー・ガルーにも不向きだし、伊丹の鳥型の召喚モンスターにも出来ない。

 

 そうして全てとは言わないまでもある程度魔石を集めつつ、四人は再び歩き始めた。

 

 伊丹が合流の約束を取り付けたのは代々木駅だ。

 

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 ・

 

 ──が。

 

 駅周辺もモンスターが跋扈している。

 

 どれもこれもレベルもレア度も低いが、交戦していればまた別の群れを呼び寄せ、囲まれ──それこそ逃げ場が塞がれてしまう可能性がある。

 

 三崎たちは建物の陰に身を潜め、状況を観察した。

 

 ──良かった。リーダーは居ないみたいだ

 

 モンスターたちの動きに規則性はない。ただ本能のままに動き、時折同士討ちを始めている。

 

 モンスターがいる事自体は決して好材料とは言えないが、統率個体がいない事に三崎は大きく安堵した。

 

 リーダーがいる、いないでは群れの脅威が全く違うのだ。

 

 新宿の高層ビル群がすぐそこに見える。ガラス張りの外壁が夕日を反射して、まるで巨大な墓標のように立ち並んでいる。

 

 あと少し。あと少しで渋谷区から脱出できる。

 

 だが、その「あと少し」が途方もなく遠い。

 

「こっちです」

 

 三崎の先導で素早く移動する。先行するゴブリンたちが周囲を警戒し、危険を察知すると三崎に知らせている。

 

 一行は息を殺し、足音を立てないよう慎重に進んだ。

 

 瓦礫の山を迂回し、崩れかけたビルの残骸を避け、ようやく約束の合流地点の代々木駅にたどり着く。

 

 しかしそこにイノベイターの支援部隊の姿はなかった。

 

 ◆

 

「遅れているだけかもしれません」

 

 伊丹が言うが、その声に確信はない。

 

 何か懸念があるようだ。

 

 三崎も同じ懸念を抱いていた。

 

 モンスターにやられた可能性──時間だけが無情に過ぎていく。

 

 ──早く来てほしいな

 

 渋谷区封鎖まで余り時間はない。

 

 ちらと腕時計を見ると、残り10分かそこらだった。

 

 まるで真綿で首を絞められているような時間が過ぎる。

 

「ちょっと連絡をしてみます」

 

 伊丹は無線でなにやら通信を交わし、数度頷きながら言った。

 

「途中戦闘が起きて遅れた様です。それと──」

 

 伊丹が三崎達を見て言う。

 

「合流地点ですが、新宿駅に変更という事になりました」

 

 三崎は表には出してはいないが内心では大分焦っていたし、苛立ってもいた。

 

 それならなぜ最初から新宿駅を合流地点にしなかったのだ、という疑問がある。

 

 だが何かしら理由があったのだろうし、それを問いただす時間的な猶予はなかった。

 

 そう、時間がないのだ。

 

 渋谷区封鎖までもう猶予はない。

 

「走りましょう!」

 

 伊丹が叫んだ。

 

 新宿と渋谷区の境界線は別に目に見えるわけではない。

 

 それはつまり、どこが安全地帯か分からないという事だ。

 

「新宿駅までは5分そこそこです、急げばきっと間に合います!」

 

「くまっち! 皆を乗せて!」

 

 麗奈のアーマード・ベアに四人が乗りこむ。

 

 アーマード・ベアの体躯はかなり大きく、その背は麗奈一人が乗る分には余裕があり過ぎるほどだが、四人となると話は違った。

 

 大分狭く、そして不安定だ。

 

 お互いにがっしりと掴んで、振り落とされない様にする。

 

「走って! 全速力で!」

 

 麗奈はアーマード・ベアと同調を深め、新宿駅の方角を強く意識した。

 

 ◆

 

 ──無理だな

 

 三崎は内心でそんな事を思った。

 

 ──代々木駅から新宿駅まで、くまっちが全力で走れば30秒もかからないだろう。問題はそんな時間の猶予もろくにないということだ。本当ならイノベイターがもっと早く迎えにきてくれるはずだった。彼らの目論見が外れてこうなった。戦闘があったから間に合わない? 場所を変えてほしい? そんな事僕らは知らない。そういう不測の事態を考えて合流地点を決めるべきだ。この速さでも多分直前で結界に阻まれるはずだろう。四人全員が渋谷に隔離される。そうなれば菜月さんは死ぬな、間違いなく。だったら仕方ない。“二人”のうち一人は菜月さん、そしてもう一人は──

 

 ここまでの思考に費やした時間は一秒もない。

 

 新宿駅と、それとイノベイターらしき者たちが見えてきた時──三崎は決断した。

 

 自分に“それ”が出来るのかという不安はあったが、それはすぐに解消された。

 

 ゲームのキャラクターにどういうスキル・能力があるのかを確認出来るように、三崎は自身に何ができるのか、そのためにどれほどの“消耗”が必要かを瞬時に理解する。

 

 ──なるほど、大事なのは“認識”か

 

 そんな事を思いながら、三崎はアーマード・ベアの背上で腕を掲げて、召喚→合成→進化という過程を飛ばして、一瞬でゴブリン・ジェネラルを召喚する。

 

 三崎がゴブリンに集めさせた魔石はこの時ほとんどが召喚の対価となって消え去った。

 

「麗奈と、菜月さんを!」

 

 三崎の意図を瞬時に理解したゴブリン・ジェネラルは、麗奈と菜月をそれぞれの腕にかかえて、あろうことか投げ飛ばした。

 

「きゃあああッ!」

 

「なっ!?」

 

「おい!」

 

 イノベイターの隊員たちも慌てた様子で、しかし麗奈と菜月を地面に叩きつけまいと一人の隊員が素早く蜘蛛型のモンスターを召喚してネットを張り、二人を受け止める。

 

 それと同時に──

 

 ◆

 

 空気が震えた。

 

 いや、震えたのは空気ではない。空間そのものが振動し、歪み、そして裂けた。

 

 渋谷区と新宿区の境界線上に、透明な壁が出現したのだ。

 

 アーマード・ベアはその壁に衝突し、転倒してしまう。

 

 その上にのっていた三崎と伊丹も地面に転げ落ちた。

 

 幸い二人とも怪我はないようだ。

 

「お兄ちゃん!」

 

 結界の向こう側から、麗奈の声が聞こえる。必死に結界を叩き、爪が割れるのも構わずに引っ掻いている。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも諦めない。

 

「くまっち! 壊して! これを壊して!」

 

 アーマード・ベアが主人の命令に従い、巨大な前脚で結界を殴りつける。衝撃で地面が陥没し、土煙が舞い上がる。一撃、二撃、三撃。銀色の毛皮が逆立ち、筋肉が盛り上がる。

 

 だが、結界は微動だにしない。

 

 まるで世界を二つに分けるかのように、透明な壁はそこに存在し続ける。

 

 麗奈の狂乱は続いた。手が血まみれになっても、声が枯れても、諦めようとしない。

 

「麗奈! やめろ! いいから、大丈夫だから!」

 

「大丈夫って何が!? ねえ!」

 

 言い返す麗奈だが、体が崩れ落ちる。

 

 イノベイターの女性隊員だった。

 

 正確に麗奈の首筋に当身を入れたのだ。

 

 意識を失った麗奈を、女性隊員は優しく抱きとめる。

 

 同時に、召喚者の意識が失われたせいか、アーマード・ベアも光の粒子になって消えていく。

 

「このままでは自分で自分を傷つけるだけなので」

 

 結界越しに女性隊員の声が届く。

 

 三崎は静かに頷いた。

 

「二人をお願いします。僕と伊丹さんはこの結界を解除して、もう一度新宿駅に行きます」

 

 それだけを言って、三崎は踵を返した。

 

 




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