東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第16話 決着 

 ◆

 

 体育館の重い扉が閉じられると、陣内は息をついた。

 

 張り詰めていた何かが一瞬緩んだのだ。

 

 しかし1秒も経たないうちに目つきは鋭いものとなり、険しさを湛える。

 

 他の者たちは、息を切らしながら三崎たちの無事を祈るように入口の方に目を向けていた。

 

「……あいつ、大丈夫かな?」

 

 山本が不安げに呟くと、隣にいた瀬戸はまるで自分に言い聞かせるかの様に「きっと無事だよ、三崎君なら……」と言った。

 

 だがその声にはまるで自信がない。

 

 これまでの戦闘で見せた三崎の冷静さや判断力は確かに頼もしかったが、いかんせん相手は強敵のオーク・ロードだ。

 

 いくら三崎でも、という思いが無いではなかった。

 

「またバケモンを出せるようになるには、まだ時間がかかる。それまで連中の目につかないようにここに隠れて、バケモンを出せるようになったらここを出る」

 

 陣内が言う。

 

「三崎君は? まさか置いて行くなんて言わないわよね?」

 

 冷たい声で噛みついたのは絵里香だ。

 

 山本と杏子はにわかに悪くなった空気に落ち着かない様子だ。

 

「……彼を置いていくなんて、そんなこと……絶対、許せないわ」

 

 絵里香の低い声には何やら妙な迫力がある。

 

 だが、陣内は冷静に返した。

 

「置いて行くなんていってねえだろ。バケモンを出せるようになったらここを出るっていったんだ。一応様子は見に行くよ、それまであいつが生きていたら当然援護する。まああのデカいのとそんなに長く戦っていられたらの話だけどな」

 

「そんな言い方ってないじゃない! 

 

 山本がやや慌てた様子で仲裁に入る。

 

「……あの、二人とも、今は三崎君が戻ってきたときに全員で無事に脱出できるよう準備することが大事なんじゃないかと……」

 

 絵里香は少し視線を逸らし、息をついて答える。

 

「山本くんの言う通りね……。でもっ……」

 

 絵里香は陣内を睨みつけるが、その先を言う事はなかった。

 

 陣内もわずかに肩を竦め、視線を落とす。

 

「俺だって別に奴に死んでほしいわけじゃねえんだ」

 

 陣内の内心としてはむしろ真逆である。

 

 しかしそれをそのまま吐露するほど素直な男でもない。

 

 杏子がふっと緊張を解くように呟いた。

 

「……きっと三崎君は戻ってくるよ」

 

 その言葉に、一同は静かに頷いた。

 

 ◆

 

 "殺す" と "倒す" は似て非なるものなのだ。

 

 前者は何を差し置いても相手の抹殺を第一目標とし、後者は後事の事を考えて戦闘に臨む。

 

 前者は己の命を顧みる事はないが、後者はそうではない。

 

 ・

 ・

 ・

 

「頼む!」

 

 三崎の言葉に『獣心のゴブリン・ジェネラル』は身を低くして駆けだした。

 

 その姿は大型の肉食獣が必殺の気配を纏い、獲物を捕食する時のそれを思わせる。

 

 全身から放射される殺気が熱された空気の様に膨張し、オーク・ロードの背を叩く。

 

 "これ"に気付かない様では戦士ではない。

 

 オーク・ロードは背後を振り返り、瞬間、ふたりの戦士の視線が重なり合う。

 

 互いが互いを殺し得る実力を持っている事を理解し合い、両者が共に同じ決断をする。

 

 この場において「倒す」などという穏やかな選択肢を取る事は自殺行為だ。

 

 後の事を考えて余力を残そうとすれば、ただ一方的に命を刈り取られるだけだろう。

 

 視線が合った瞬間、これがそういうステージの戦いであることをゴブリン・ジェネラルもオーク・ロードも理解した。

 

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 ・

 

 ゴブリン・ジェネラルの戦気に呼応するかのように、握る戦斧が雷電を纏う。

 

 オーク・ロードの得物もまた闘志を宿したかの様に赤熱した。

 

 そして、後先の事をなど一切考えない全力の振り下ろしと振り下ろしが、双方の肩口から逆方向へと斬り抜け──

 

 オーク・ロードのみがその場に斃れ伏した。

 

 即死である。

 

 地面に横たわる巨躯が次第に粒子と化していき──

 

 その場には青い魔石と白い魔石のみが残された。

 

 ◆

 

 ゴブリン・ジェネラルの全身に刻印された蒼い刺青は雷電を呼び起こす魔術の刻印で、これは一部族の長たる存在にしか刻むことを許されていない。

 

 彼は生まれ育った荒涼とした大地で血と闘争に生きる戦士たちの部族の長で、数多くの戦争を経験してきた。

 

 だが、部族を守り抜くためだけの戦いでは飽き足らない、という欲望が彼の内で渦巻いていた。

 

 ただの自己満足ではなく、力の研鑽と自らの限界への挑戦を。

 

 そんな思いが常にあった。

 

 ある夜、彼が戦場に向かって祈りを捧げていたとき、その願いに応えるかのように、彼の頭の中に“何かの声”が響いた。

 

 心に直接語りかけてくる声──まさに天啓と言ってもいい。

 

 ゴブリン・ジェネラルはその声に応じ、次の瞬間、視界は一転しどこか別の戦場に立っていた。

 

 モンスターとは単なる召喚術で具現化されたデータなどではなく、血肉を持つ存在なのだ。

 

 この異界の地に於いては、故郷を守るという義務も、一族に対する誓いも無意味だった。

 

 あるのはただ目の前に立ちはだかる敵を倒し、より高みを目指す戦士の本能、宿願。

 

 そうして、ゴブリン・ジェネラルはオーク・ロードという自身と伍する相手と出逢い、勝利した。

 

 ゴブリン・ジェネラルが生き残ったのは、実力の差というよりも相性の差だ。

 

 強い電気は生体に対して麻痺にも似た反射を引き起こす。

 

 オーク・ロードは自身の闘志を熱へと転換する特殊な力を持っており、この高熱は金属ですら焼き切る事が可能なほどではあったものの、ゴブリン・ジェネラルの発した雷電がオーク・ロードの踏み込みを一歩浅いものとした。

 

 たった一歩の差が両者の生と死を分かつ事になったのだ。

 

 しかし──

 

 ゴブリン・ジェネラルがオーク・ロードを討ち果たしたがしかし、不意にその場に膝をついた。

 

 息は荒い。

 

 ゴブリン・ジェネラルもまた深手を負っている。

 

 蒼い血がじわりと地面に染み込み、もう今にもその場に斃れ伏してしまいそうに見える。

 

 三崎の視界に表示されたパネルには、彼の召喚したモンスターの状態が詳細に浮かび上がっていた。

 

 ゴブリン・ジェネラルの頭上には、霧のように薄く「重傷」の文字が浮かんでいる。

 

 次いで、表示されたメッセージにはこうある。

 

 ──『召喚を解除し、休息させますか? その場合、モンスターの体力を回復させることができます。クールダウンは負傷の程度に比例します』

 

 三崎は表示された選択肢を見つめた。

 

 休息のクールダウンが3時間とされている。

 

 クールダウンが続く3時間の間、もし他のモンスターなり敵対的な人間が現れたなら──

 

 しかし一方で、このまま戦わせ続ければゴブリン・ジェネラルが命を落とす可能性がある。

 

 その場合、再召喚までのクールダウンは3時間を超えて長くなる可能性があるだろう。

 

 だが時間は余り残されていない。

 

 三崎はゴブリン・ジェネラルを休息させることにした。

 

「ゴブリン・ジェネラル、お疲れ様……本当にありがとう」

 

 三崎は深く息をつき、ついに表示された「解除」をタップする。

 

 すると、ゴブリン・ジェネラルはゆっくりとその体を光の粒子へと変じていき、ついには消滅した。

 

 ──もしまた他にモンスターがやってきたら……

 

 三崎は落ち着かなげに周囲を見渡す。

 

 すると誠子がやってきて、三崎の背に手を置きながら言った。

 

「助けてくれてありがとう。大丈夫、私のメデューサはまだ戦えると思うし、何かあれば今度は私が命がけで三崎君を守るから……」

 

 それを聞いた三崎は苦笑を浮かべながら「命がけって。それ聞いて "じゃあよろしくお願いします" なんて言ったらちょっと僕ひどすぎませんか?」と答えた。

 

 そうして、地面に落ちている魔石を拾って体育館へ目を向ける。

 

 ──みんな無事だといいけれど

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