東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第26話 魔性

 ◆

 

 絵里香はまんじりともしない思いで戦況を見守っている。

 

 サキュバスは近寄ってくるマ・ヌに対して、鋭い爪でけん制を加えて距離を縮めさせようとはしない。

 

 それは良いのだが、好機でも追撃をせずに自身の守りを優先している。

 

 一言で言えば消極的なのだ。

 

 陣内のアングリー・オーガの様に勇壮に戦ったりはしないし、他の者たちの召喚モンスターの様に自身の身を顧みずに戦うと言う事もない。

 

 ましてやゴブリン・ジェネラルの様に活躍なんて望むべくもなかった。

 

 だがまあ絵里香としてはそれを責めるつもりはなかった。

 

 確かに無力感はある。役にたっていないんじゃないかという忸怩たる思い──しかし、それ以上に絵里香の心を苛むのは、三崎から "期待されていない" のではないかという恐れである。

 

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 ・

 

 ──三崎君

 

 心の中で、絵里香は三崎の名前を呼んだ。

 

 率直に言って、絵里香は三崎に惚れている。

 

 以前からそうだったわけではない。

 

 世界が "こう" なってしまってからの三崎を見て、自身の想いを自覚するようになったのだ。

 

 三崎も自分を憎からず想ってくれている事は何となく絵里香にも分かっていたが、しかし──

 

 ──何か違う

 

 そんな思いがある。

 

 三崎からの視線に以前からの熱を感じないのだ。

 

 理由は、 "絵里香にとっては"明らかだった。

 

 ──私が役に立っていないから

 

 仲間たちの中でも高いレア度のモンスターを召喚しておきながら、それでも貢献できていない。

 

 甚だしい筋違いとは分かってはいても、絵里香はサキュバスを疎ましく思う気持ちが沸いてくるのを止める事が出来なかった。

 

 ──あなたがもっと役にたっていればッ! 

 

 自分を棚上げして他責する愚かさを自覚していながらも、絵里香の中にどす黒い想いが次から次へと湧き上がってくる。

 

 ──醜いわね、私

 

 そうとは分かっていても絵里香は負の情念を募らせざるを得ない。

 

 そんな彼女の想いに気付いたかのように、サキュバスは妖艶に嗤った。

 

 ──『だから、貴女を選んだの』

 

 絵里香の頭の中にそんな声が響く。

 

 ◆

 

 言うまでもなく、絵里香は違法ドラッグの類はやったことがない。

 

 しかし、もしやったとすればこういう感じになるのだろうかと絵里香は思った。

 

 脳を流れる血管の一本一本に、甘い蜂蜜が流れているかのような。

 

 視界が桃色に染まって、体全体が熱く火照る。

 

 顔を紅潮させ、我知らず内股をすり合わせる様子は如何にも淫靡だ。

 

「おい! てめえ! こんな時にナニを考えてやがる!」

 

 絵里香の様子を見とがめた陣内が怒鳴りつけるが、絵里香は聞く耳を持たず──

 

「……足りないわね」

 

 と呟いた。

 

 そう、足りないのだ。

 

 男がではなく、マナがだ。

 

 ──『新たな力 "オール・チャーム" に目覚めました。オール・チャームを使用するにはマナが足りません。使用する場合、魔石を使用し、マナを満たしてください』

 

 サキュバスの頭上にそんな文言が見える。

 

 周囲を見渡すと、それまで他の者たちが斃したマ・ヌたちが粒子となって青い魔石と化している。

 

「アレが欲しいわ」

 

 何かに取り憑かれた様に、絵里香が言う。

 

「え、絵里香、大丈夫?」

 

 戸田 杏子が恐る恐る尋ねた。

 

 絵里香の様子は明らかにおかしい。

 

 妙に堂々としており、この絶体絶命の状況に些かも臆していない様だ。

 

「大丈夫だよ、でもアレが欲しいの。何とか出来る、かも」

 

 口元に薄い笑みを浮かべ、絵里香が言う。

 

「アレって……」

 

 杏子が見ると、そこには青い石──魔石があった。

 

 ◆

 

 杏子、カンナ、早紀、山本らは絵里香の勢いに押される様にして地面に散らばる魔石を集めはじめる。

 

「瀬戸? 一体何を……」

 

 三崎が絵里香に何をするつもりなのかを尋ねようとしたが、絵里香は三崎を妖艶な笑みで見遣るだけで何も答えようとはしなかった。

 

 だがそれだけで十分だ。

 

 三崎は自身の "アテ" が的中した事を理解した。

 

 ──最初も、そしてこれまでもそうだった

 

 三崎は思う。

 

 追い詰められ "覚醒"し、追い詰められ "合成"を見出し、追い詰められ "進化" に至った。

 

 だからこそ、今回も何かが起こるかもと期待していたのだ。

 

 それは作戦なんかじゃなくて単なる神頼みのようなもので、絶体絶命の状況にあってすがるものではない。

 

 だが、もし絶体絶命の状況ではなかったら? 

 

 1度あり、2度あり、3度もあれば4度もあると "普通は" 考えるだろう。

 

 だから三崎は今回もこの状況で、 絶望せずに普通に期待していた。

 

 ゴブリン・ジェネラルは勇猛に戦ってくれてはいるが、それでも数の暴力に押されている。

 

 ──そろそろ落ちるかも

 

 そうは思うが、恐怖に震えたりはしていない。

 

「瀬戸? なんとかなりそうならお願いしていいかな」

 

 三崎はそういうと、地面に落ちていた青い魔石を拾って絵里香に手渡す。

 

 それを絵里香は「いいわよ」と笑顔で受け取って──

 

 ◆

 

 サキュバスが漆黒の翼を大きく広げると、薄い甘い香りが辺りを満たした。

 

 意識の隙間に滑り込み、心の最深部を掴むような、抗い難い蠱惑の芳香だ。

 

 サキュバスの瞳が爛々と赤い光を放つ。

 

 周囲の者たちはその視線に吸い寄せられ、動きを止めた。

 

 三崎たちだけではない。召喚モンスターたち、そして襲いかかるはずの敵マ・ヌたちまでもがだ。

 

 複数の青い魔石から吸収された膨大なマナが、サキュバスを本領を発揮させたのだ。

 

 発動したのは『オール・チャーム』──その場の全てを虜にする、究極の魅惑。

 

 セイレーンのそれとは訳が違う。

 

 正気を失わせるのではなく、正気のまま狂わせる。

 

 魅了された者たちはサキュバスの為に愛を捧げる──そして、愛とは無償の奉仕だ。

 

 どんな事でもやるのだ。

 

 それこそ、喜んで。

 

「あなたたちが邪魔なの」

 

 絵里香の言葉には、傲慢さが見え隠れしていた。

 

 それはサキュバスに影響されたからかもしれないし、絵里香の本質かもしれない。

 

 一体のマ・ヌが鋭い爪を自身の喉へ食い込ませ、そのまま肉を引きちぎり、骨を砕いた。

 

 その姿を目撃した周囲のマ・ヌたちも追従するかのように、己を引き裂く。

 

 羽根をもぎ取り、内臓を掴み出し、地面に叩きつける。

 

 そのたびに黒い血があたりに飛び散り、肉片が地面を赤黒く染めていった。

 

 ギャアギャアという啼き声はしかし、苦痛に塗れたものではない。

 

 むしろ悦んでさえいるように聞こえる。

 

「お、おいおい……」

 

 陣内が慄くように呟いた。

 

 三崎も言葉が出ない。

 

 "期待" してはいたがまさかこれほどとは、という思いで絵里香を見る。

 

「え、絵里香、女王様になっちゃった?」

 

 杏子があ然とした様子で言い、カンナもそれに同意するかのように頷いた。

 

 三崎たちの目の前に広がる光景は惨憺たるものだった。

 

 死体、死体、死体。

 

 マ・ヌたちの見るも無残な自死体。

 

 やがてそれらは粒子と化し、天へと昇っていった、

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