東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第40話 三崎の本質

 ◆

 

 しばらくの間、あたりは静寂に包まれていた。

 

 或いは余りの爆音、轟音で聴覚が馬鹿になっているのか──先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。

 

「麗奈、耳は大丈夫?」

 

 三崎が尋ねると、麗奈は頭を傾けて何やらぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 

 とうとう頭がおかしくなったか──などとは思わない。

 

「ああね、キーンってする感じ?」

 

 三崎が尋ねると、麗奈はウンウンと頷いた。

 

「あの攻撃がモンスターを全部やっつけちゃったとかなら楽なんだけど」

 

 三崎はそんな事を言うが──

 

 ふと遠くの方で、まだモンスターのうめき声のようなものが聞こえることに気づいた。

 

 やっぱりね、と言った所だ。

 

 あの攻撃ですべてのモンスターが殲滅されたわけではないらしい。

 

 だったらもうやる事は決まっている。

 

「……行こう」

 

 三崎は麗奈に言った。

 

「で、でも……」

 

 まだ危ないのでは? というのが麗奈の考えだが、三崎のそれは違う。

 

「ヘリが戻ってくる前にここを離れよう。モンスターがまだ生き残っているっていうことは、もう一度攻撃があるかもしれない。それに今度はマンションごと攻撃してくる可能性もある。自衛隊が民間人を巻き込むとは思いたくないけれど、それって結局常識っていうのが前提にあっての考えだからね。モンスターなんてものが現れてしまっている非常識な状況で、僕らの知ってる常識がどこまで適用されるか分からないから」

 

 三崎の言葉に、麗奈は不安げな表情を浮かべながらも小さく頷いた。

 

 不安はある。

 

 大いにある。

 

 しかし、ここは三崎の言っている事にいわゆる "生きる筋" があると考えてその案を受け入れた。

 

 ちなみに麗奈は兄である三崎 玲人にべったりだが、だからといって何でもかんでもYESだというわけでもない。

 

 頭の良い彼女は自身が優れている事をよくよく理解しているし、その基準で相手を量る癖がある。

 

 それが三崎以外の他者に対してのドライ極まる接し方に結びついていた。

 

 たとえ愛する兄の案であろうと、難があると考えれば意見する──それが麗奈という女だ。

 

 そういえば、と麗奈はふと昔の事をいくつか思い出した。

 

 ──昔から、困った時はいつもお兄ちゃんに相談してたなぁ

 

 そしていつもそれなりの解決を見出してきた。

 

 ──バランスが良いんだよね、お兄ちゃんは

 

 決して崩れないという安定感、安心感。

 

「こんな時でもさぁ」

 

 麗奈は何となく声に出して言ってみると、三崎は怪訝そうな顔で麗奈を見た。

 

「なんとかなりそうって思うのは、お兄ちゃんのおかげなのかなぁって」

 

 それを聞いた三崎は、やや思案して──不意にアーマード・ベアを見遣って「いや、くまっちのおかげかな」と言った。

 

 ◆

 

 二人と二体は、慎重にマンションの外へと出た。

 

「霧が薄くなっている……?」

 

 周囲一帯を覆っていた灰色の濃い霧がかなり薄くなり、視界も良くなっていた。

 

 攻撃により舞い上がった粉塵はあるが、最初の頃より大分マシだ。

 

 ──とにかくすぐにここから離れよう

 

 三崎は心の中でそう繰り返しながら、再び渋谷へ向けて歩き始めた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 道中の光景──それは荒廃の一言に尽きた。

 

 あちこちに、モンスターの死骸が転がり、建物の壁は銃弾や爆発によって破壊され、道路には深い亀裂が走っている。

 

 まるで戦争映画のワンシーンのような光景だ。

 

「お兄ちゃん、これ……」

 

 麗奈の声は震えている。

 

 視線の先には焼け焦げ、全身になにがしかの破片が食い込んだ人間の死骸が転がっている。

 

 恐らくは自衛隊の攻撃に巻き込まれたであろう一般市民のものだ。

 

「見るな」

 

 三崎は短く言い、麗奈の頭を優しく抱き寄せた。

 

 ◆

 

 歩き始めてしばらくすると、生存者らしき人影をちらほらと見かけるようになった。

 

 しかし無傷ではない。

 

 誰もが傷を追っていた──体か、心か、あるいはその双方に。

 

 ・

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 ・

 

 歩き始めてしばらくすると、道の先に人影が見え始めた。

 

 最初はぼんやりとした影だったが、近づくにつれ、それが逃げ惑う人々であることがわかってくる。

 

 その中の数人が三崎たちの姿を視界に捉え、ぎょっとした表情を浮かべた。

 

 それもそのはずだ。

 

 この状況下でアーマード・ベアとゴブリン・キャスターといったどうみてもモンスターである二体を連れているのだ。

 

 彼らの目に三崎たちが異様な存在として映るのは想像に難くない。

 

「モ、モンスターだ!」

 

 一人の男性が掠れた声で叫んだ。

 

 その声を合図に、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

 中には恐怖のあまりその場にへたり込んでしまう者や、泣き叫ぶ者もいた。

 

「違う! 僕たちは……」

 

 三崎は、慌てて弁解しようとするが、人々の耳には届かない。

 

 それどころか、彼らの恐怖心を煽ってしまったようだ。

 

「化け物使いだ!」

 

「あいつが、モンスターを操ってるんだ!」

 

「この災害も、あいつのせいじゃないのか!?」

 

 罵声を飛ばす者もいたし、中には石を投げてくる者までいる。

 

「 僕らは"覚醒者"です! ラジオで聴きませんでしたか!? モンスターを召喚できるようになった人間を政府は覚醒者と……! 」

 

 三崎は声を張り上げて説明しようとするが、人々の耳には届かない。

 

 彼らは恐怖と混乱のあまり、三崎の言葉に耳を貸そうとはしなかった。

 

「お前が……お前がやったんだろ!」

 

 一人の男性が血走った目で三崎を睨みつけ、詰め寄ってきた。

 

 その手には包丁が握られている。

 

「覚醒者!? 召喚!? ゲームじゃないんだぞ!! なんで化け物を連れているんだよ! 全部お前のせいじゃないのか!?」

 

 これは無知だ。

 

 無知ゆえに人々は三崎を責める。

 

 無知な者を馬鹿だと嘲笑するのは容易いが、それは愚かな事だ。

 

 なぜならば無知はある種の触媒となって混乱を招き、混乱がある閾値を超えるとそれは狂気へと変質するのだ。

 

 狂気に取り憑かれた群衆ほど恐ろしいものはない。

 

 男のそれが周りの人々に伝染でもしたかように、一人また一人と三崎を責め始めた。

 

 もし三崎が男の言う様に、諸般の元凶であるならば。

 

 むしろこのように責め立てる事は自殺行為なのに、人々は気付かない。

 

 三崎は思う──説得は無駄か、と。

 

 この時三崎の中で "天秤" が揺れた。

 

 彼らをどう扱うべきか? 

 

 三崎の脳裏に様々な可能性が浮かんでは消える。

 

 ──シンプルに考えよう。 "どちらが大切か" ……まずはこれ。次に、 "何をされればアウトか"かな

 

 三崎は一つ息をつき、何事もなかったかの様な口調で人々へ言った。

 

「僕らはただの学生です。学校がモンスターに襲われ、多くの同級生が犠牲になってしまいました。でも僕をふくめ何人もの生徒が奇妙な体験をしたんです。頭の中に声が聞こえてきて、そう、 "覚醒" をしたんだと。声はそう言っていました。理屈はわかりません、でも僕らはそうしてモンスターを呼び出せるようになりました。いま僕らはこの力を使って渋谷の避難所へ逃げようとしています。だから邪魔しないでください、あなたたちを傷つけたのは僕らじゃないんです」

 

 抑揚がなく、平坦な声だ。

 

 しかし人々は三崎から妙な圧を感じていた。

 

 僕は、と三崎が疲れたような声で続ける。

 

「何でこんな事になっちゃったんだろうな、と思っています。本当なら普通に学校に行って、普通に帰ってきて、ああそろそろテストだとうんざりしながら少し勉強でもしてたんだろうなって。でも訳が分からない事がおきて、友達は沢山死んで──最近仲良くなった山本っていう奴がいるんですけど、そいつも死んじゃいました。次は僕が死ぬのか、それとも妹か、父さんと母さんはどうしているのかとか色々と考えちゃって。一つ言えるのは、もう家族や友人に死んでもらいたくないんです。僕だって死にたくはない。だからこういう状況は本当に怖いんです。包丁とかナイフとか石とか、普通に僕らを殺せちゃうじゃないですか。だから、こういうのはやめてほしいな……でも、どうしても信じてくれないなら」

 

 信じてくれないのなら。

 

 僕らが悪いと誤解して、襲い掛かってくるのなら。

 

  "もう一つの天秤" がカタカタと震え、一方へ偏りつつあった。

 

 三崎の両眼に危険な光が瞬く。

 

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