東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第49話 兄妹

 ◆

 

「くまっち! この辺ぜぇーんぶズバっとやっちゃって! できるだけ私たちが通る道を作って!」

 

 麗奈が声を張り上げると、アーマード・ベアは低く唸り、鋭い鉤爪を振りかざした。

 

 腐った蔦や奇妙に張り巡らされた枝を力任せに叩き切り、あるいは地面から引っぺがしていく。

 

 その度に返り血ならぬ返り液でアーマード・ベアの毛皮の一部が焼け焦げるような匂いが漂う。

 

「おじいちゃん! 上のほうの太い枝が邪魔してる! そこを火花で焼いて!」

 

 麗奈がゴブリン・キャスターへ呼びかけると、老ゴブリンは一瞬きょとんとした表情を浮かべて三崎を見るが、三崎が頷くとヒッヒッヒという笑い声とともに杖を掲げ、黒い粉を振りかけた。

 

 狙いを定めた先で連鎖的な爆裂が起こり、蔦が火花に焼かれながら崩れ落ちる。

 

 同時に鼻の奥をツンと突く様な匂いが辺りに立ち込めていく。

 

「わ、これ吸い込んだら駄目な奴かな……でも、道はできそう!」

 

 麗奈が口元を腕で抑えて嬉しそうに言うが──

 

 背後ではシムルグの甲高い啼き声があがっている。

 

 不意に響いた衝突音が地面を揺らし、周囲の木々や建物までも微かに軋んだ。

 

 霧はさらに濃くなったようで、視界がじりじりと侵されていく。

 

 ぼんやりとしたグレーの空気の中で、隊員たちの怒号や破裂音が断続的に飛び交い、爆風にまじって赤黒い破片が散っているのが見えた。

 

 変異した植物の茂みや枯れた枝を、アーマード・ベアが懸命に薙ぎ払っている。

 

 その熊の巨体には複数の傷が刻まれ、銀毛のあちこちから血が染み出していた。

 

 アーマード・ベアは苦痛を堪えているのか、鼻先を少し上下させながらも決して攻撃の手を緩める様子はない。

 

 ゴブリン・キャスターも疲労が見え、杖を振り上げる動きに一瞬遅れが生じている。

 

 周囲には、元の公園だったはずの面影などどこにもない。

 

 踏み込めば、粘り気を持つ泥のような液体が足元を包み込み、焦げた雑草と混じって得体の知れない臭いを放っていた。

 

 どこかで悲鳴が上がる。

 

 しかし三崎は振り返らない。

 

 意味がないからだ。

 

 自衛隊員たちを慮る事は魔樹破壊に寄与しない。

 

 三崎は自分の "こういう所" ──ともすれば冷酷に見えるほどの割り切りの良さを好いてはいなかった。

 

 といっても、常にそんな自分というわけではない。

 

 普段は三崎だって泣いて笑って怒って悲しんだりする、ごく普通の青年である。

 

 しかし追い詰められた時になると "出て" くるのだ。

 

 "普通" の三崎が。

 

 守備良く魔樹を破壊出来れば良し、しかし出来そうにもなかったら? 

 

 あるいは後背の自衛隊の面々の戦力消耗が著しく、モンスターの群れやシムルグに押しつぶされそうになっていたら? 

 

 ──麗奈は嫌がるかもしれないけれど、その時は自衛隊を見捨てて逃げる

 

 二人で逃げられれば良し、でもそうも出来そうになかったら? 

 

 例えばどちらかがモンスター達の気を惹いて、囮にでもならないといけなさそうなら? 

 

 ──僕と麗奈、どちらが死ぬべきかな

 

 三崎はそんな事を考えている。

 

 まずは自分の命が優先だとして、妹を見捨てて生きて、それでどうなるのか。

 

 ──毎日気に病んで、それであっという間に鬱かなにかになっちゃいそうだ

 

 そう思うと、答えは決まっていた。

 

「まあ、 "その時" は僕からだね」

 

 不意にそんな事を呟いた三崎の顔を、麗奈が不思議そうに見つめる。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 麗奈の問いに、三崎は「いや、別に」とだけ返した。

 

 ◆

 

 三崎はできるだけ冷静に、一歩ずつ前へ進んでいく。

 

 手早く済ませないと、あの怪鳥が再び魔樹の実を啄みに戻るだろう。

 

 その度にパワーアップされてはたまったものではない。

 

 魔樹さえ壊せば、シムルグが無限に回復する手段は断てる。

 

 空気を裂くようなシムルグの鳴き声が響いた。

 

 発砲音が鳴りやみ、かわりに聞こえるのは金属が軋む嫌な音と、かすかな爆風の残響。

 

 おそらく自衛隊も限界なのだろう。

 

 それでも三崎は焦らない。

 

 作戦が成功するにせよ失敗するにせよ、どうあれやるべきことは既に決めているのだから。

 

 三崎がそう言う風に堂々としているものだから、麗奈はこんな状況でも冷静でいられた。

 

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 麗奈は自分のことを、どこか卑しい人間だと感じていた。

 

 その理由ははっきりしていて、人を「能力」で見てしまう部分が強いという自覚があるからだ。

 

 能力のある者とそうでない者を分けて判断してしまう癖は小さな頃から続いていて、いつしか彼女の中でひとつの基準と化していた。

 

 当たり前のように、人の存在価値をその「出来ること」で量ってしまう。

 

 人間は得手不得手があって当然だということくらい、頭ではわかっている。

 

 それでも、麗奈の心は「できる人」と「できない人」をどうしても分けて見てしまう。

 

 誰がそれを決めたわけでもない。

 

 いつの間にか、自分自身の内側に根を張ってしまった感情。

 

 そしてその感情は、兄である三崎 玲人(れいと)への想いにも絡んでいる。

 

 麗奈は家族として、また一人の異性としても、三崎のことを好きだった。

 

 もちろん家族としての愛情が先にはあるが──しかしそれら二つの感情は少しずつ入り混じり、いつしか見分けがつかなくなっていく。

 

 自分の醜い部分に気づいているからこそ、「お兄ちゃんにだけはこんな自分を嫌われたくない」という願いが強まるのがわかった。

 

 ところで、麗奈が思う「能力が高い」とは何なのか。

 

 彼女はそれを、「状況を良い方向へ変える力」だと捉えている。

 

 単に成績が優秀とか、スポーツがめっぽう得意とか、あるいは容姿が秀でているとか、そういった点だけでは計れない。

 

 どんな困難な場所へ放り込まれても、最終的に正解と呼べる選択肢を引き寄せてくること。

 

 人や物事が行き詰まったときに、どうすればより良く生き抜いていけるのかを迷いなく探り当てること。

 

 それこそが、彼女の考える「能力の高さ」だった。

 

 そういう意味で、兄の三崎は麗奈が知る限り、最も「能力の高い」人間のように見えていた。

 

 学校の成績は決して悪くはないが、特段優秀というほどでもない。

 

 運動神経も、飛び抜けて良いわけではない。

 

 見た目だって、平凡と言うか特筆するほどの美形というわけでもない。

 

 しかし、それでも、いざというときに三崎が見せる「決断」と「行動」は、彼女の目にはとても頼もしく映る。

 

「この人と一緒なら、どんな恐ろしい場所でも大丈夫だ」と思える安心感があった。

 

 それは子供の頃からずっと感じてきたものだけれど、この霧に覆われた世界でそれがさらに強くなったのだ。

 

 無理に笑顔を作ったり、強がったりもせず、ただ落ち着いた様子で「今やれること」を的確に選ぶ。

 

 だからこそ、麗奈は三崎から離れまいとする。

 

 それが一番安全だし、何より「安心感」という甘露の美味しさは堪え難いものがあった。

 

 ◆

 

「ねえお兄ちゃん」

 

 不意に麗奈が三崎に尋ねた。

 

「なに?」

 

 三崎は振り返らず、召喚モンスターたちが変容した植物を破壊する様を見守っている。

 

「私ってブラコンだと思う?」

 

 ここでようやく三崎は麗奈の方をみて、「よかった、頭がおかしくなったのかとおもったけど、目を見るかぎりはいつも通りだね。そうだな、麗奈はブラコンだと思う。少しは兄離れをしたほうがいいよ」などと言った。

 

 それに対して麗奈は──

 

「やだ」

 

 とだけ答えた。

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