東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第58話 甲虫

 ◆

 

 巨大な黒い脚がビルの瓦礫を押し退けるようにしてせり出した。

 

 質感は金属じみており、まるで戦車の装甲の様だが、どことなくカナブンにも似ている。

 

「映画みたいだな……」

 

 三崎は目を見開いて呻くように呟いた。

 

──昔みたSF映画で、こんな感じの虫が出てきた気がする

 

 そんな事を思う三崎。

 

 崩れかけたビルの上層階を蹴散らす形で、さらにもう一本の脚が宙を探るように動く。

 

 次の瞬間、断続的に落下するコンクリートの塊や金属破片をかき分けながら、その“本体”が姿を現した。

 数メートルどころか軽く十メートルを超えるほどの巨体だ。

 

 まばらに散った白い粉塵の向こうで、まるで要塞の壁面のような漆黒の甲殻が鈍い輝きを帯びている。

「隊長! 射撃準備を!」

 

 一人の自衛隊員がリーダー格の男──吉村に向かって声を上げる。

 

「落ち着け、まずは隊列を組むんだ!」

 

 吉村は必死に指示を飛ばし、散開していた隊員たちを一つのラインにまとめ上げる。

 

 増幅の力で興奮状態にある者も多かったが、統率は乱れていない。

 

 三崎はそんな隊員たちの動きを横目に見ながら、ゴブリン・キャスターの方へ視線を戻す。

 

 杖を掲げ続けているキャスターの横顔にはまったく疲労の色が見えない。

 

 杖の先端の光が更に強まり、放たれる白い粒子がさらに濃密になっていく。

 

 一方、ルー・ガルーも自衛隊と協働の姿勢を見せている。

 

 口元から垂れる唾液が赤黒く染まって見えるのは、散々モンスターを仕留めてきた証拠だろう。

 

「目標、大型甲虫! 真正面から当たるなよ! ぺちゃんこにされるからな!」

 

 吉村が指示を出す。

 

 そして銃撃。

 

 しかし通常の銃撃ではあの装甲を貫くのは難しいではあるが、全く効いていないということもないようだ。

 

 巨大甲虫は一瞬嫌がるような素振りを見せたあと、瓦礫を踏みしめながらこちらへと迫ってくる。

 

「来るぞ……」

 

 土煙がこちらへ向かってきていた。

 

 ◆

 

 ちぎれた鉄骨を巻き込みながら、巨体は瓦礫の山をなぎ倒し──ついに全貌をさらしていく。

 

 十メートルほどもあるかと思われる圧巻の巨体が、ガレキまみれの路上を軋ませるというのはさすがの迫力だ。

 

 胸の奥底がヒヤリと冷え込むような感覚。

 

 ──レア度6……今まで対峙したどんな敵よりも危険かもしれない

 

「甲殻の隙間をねらえ!」

 

 吉村が隊列を組むように指示を飛ばす。

 

 増幅の力を得ている隊員たちは即座に反応し、銃器を握ったまま素早く散開の陣形を取っていく。

 

 ルー・ガルーもまた、ゴブリン・キャスターの撒き散らす増幅の粒子を受け、白い残像のような速度で巨体の側面を回り込もうと動き始めた。

 

「行くぞ!」

 

「撃て、撃てーッ!」

 

 吉村の掛け声を合図に、自衛隊員の銃口から怒涛の弾丸が放たれた。

 

 炸裂音が連続し、廃墟の街路に再び轟音がこだまする。

 

 鋭い反動に慣れた隊員たちは、増幅された腕力と視界を武器に、やや離れた位置から正確な射撃を試みる。

 

 弾は硬質な甲殻を弾くようにして火花を散らし、まるで金属同士がぶつかる音を残した。

 

 装甲はやはり抜けないようだ。

 

 外殻に当たった弾は滑るように逸れてしまっていた。

 

「硬いな……」

 

 一人の隊員が苛立ちを込めて歯ぎしりするように呟く。

 

 だがその直後、巨大甲虫の横腹あたり、甲殻の継ぎ目の部分に何発かの弾が命中すると甲虫は明らかに動揺したように身をよじらせた。

 

「効いてるぞ! あの継ぎ目を狙え!」

 

 吉村が声を張り上げる。

 

 すると隊員の一人が素早く移動し、コンクリートの破片を盾代わりに身を隠しながら射撃体勢を取った。

「よし、狙って……撃つ!」

 

 弾丸が放たれるたび、巨大甲虫の周囲で鋭い火花と振動が巻き起こる。

 

 そのうちの何発かは相手の柔らかい部分に命中したのか、わずかに黒っぽい液体が飛び散るのが見えた。

「やれる……少しずつ削れるぞ!」

 

 “増幅”の影響下にある隊員たちは、まるで仮初の高揚感に支えられながら攻勢を続ける。

 

 後方で控える三崎もゴブリン・キャスターの杖先が淡い粒子を放ち続けているのを確認しつつ、苦い表情で情勢を見守った。

 

「ルー・ガルーもいるし……いけるかな?」

 

 ルー・ガルーの活躍は目覚ましい。

 

 怪力を生かし、巨大甲虫の横っ腹に一撃を見舞ったのだ。

 

 甲虫の硬い外殻に大きく亀裂とまではいかないが、爪痕を刻むことはできている。

 

 三崎は一縷の希望を見出し、ほっと息を吐く。

 

 だが──

 

「……っ、いや、浮かれるのは早すぎるか……」

 

 これまでもそうだった。

 

 レア度の高いモンスターは得体の知れない特殊能力を持っている場合が多い。

 

 先ほど脳裏をよぎった「血湧きの熱虫(ブレイズ・ビートル)」という名が、どうしても胸騒ぎを増幅させる。

 

 名に“熱”と付く以上、ただの装甲型で終わらないはずだ。

 

 その不安が脳裏をかすめた直後、巨大甲虫はわずかに顔を上に仰け反らせた。

 

「まずい……!」

 

 三崎は反射的に叫ぶ。

 

「みんな、逃げろっ!」

 

 しかし弾幕に酔った隊員たちは、その声を聞き取った者が少ないようだった。

 

 吉村は耳ざとく反応し、咄嗟に「退却!」と号令をかける。

 

「全員下がれ! あいつ、何かするつもりだ!」

 

 前衛の隊員たちはそれを聞き、動揺した顔で一斉に動き始める。

 

 だが完全に離脱するにはタイミングが遅かった。

 

 巨大甲虫の頭部にあたる部分、その固い装甲の隙間がぎちぎちと動いて開き、奥から生温い風が吹き出してくる。

 

 まるで猛烈な熱気を溜め込んだ炉のように、空気が嫌な唸りを立てて振動する。

 

「来る……!」

 

 三崎の喉奥から絞り出される声は、自分でも聞き取れないほど小さい。

 

 次の瞬間、甲虫の口元がパカリと展開し、赤黒い炎が噴き出した。

 

 轟と放たれるそれは、実際の火炎放射よりはるかに高熱に見える。

 

 凄まじい熱風が渦を巻き、散開しようとしていた隊員の一人を一瞬で呑み込んでしまった。

 

「っ……!!!」

 

 声をあげる余裕すらないのか、一瞬で火だるまとなり──

 

 火炎は見る間に広がって、焼け付いた鋼鉄の臭いと血肉の焦げる臭いが入り混じる。

 

 その隊員は数秒のうちに人間としての形を失い、まるで木炭のような姿を晒して死んだ。

 

「畑中ァ!! ……畜生……」

 

 吉村の脳裏に退却の二文字が色濃く浮かんだ。

 

 しかし逃げ切れるだろうか。

 

 それともどこかから回り込めるか。

 

 ──ゴブリン・ジェネラルでどうにかなるとは思えない。でも選択肢がないな

 

 三崎がそう決断した時。

 

 一人の隊員が甲虫にしがみつき、あろうことか脚を伝ってよじ登り始めたではないか。

 

 もしその隊員に何かしら目論見がある場合、ここでモンスターの注意をひいてしまうとあるいは暴れさせたりしてしまい、結果としてその目論見が失敗してしまうかもしれない。

 

 そう考えた三崎はその隊員が何をするのか注視することにした。

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