東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第75話「中央部へ向けて③」

 ◆

 

 陣内が加わった一行は、南北ルートの合流地点を目指して公園内を進んでいた。

 

 中心部へ近づくほど周囲の光景が変容していく。

 

 ──魔界

 

 三崎はなんとなくそんなことを思った。

 

 嫌な臭いを放つ変容植物が視界を塞ぎ、霧の向こうから何かの声が絶えず聞こえてくる。

 

「……北側の部隊はまだか?」

 

 吉村がちらりと無線機を見下ろす。

 

 だが、何度呼びかけても相手の声は戻ってこない。

 

 微弱な雑音だけがスピーカーから流れている。

 

「まだ無線は繫がらないか……」

 

 吉村は焦りを隠せない。

 

「“本番”は近いってことだな」

 

 陣内がそういいながらアングリー・オーガをちらりと見た。

 

 当のオーガは鼻息を荒らげ、まるで不穏な気配を敏感に感じ取っているかの様だ。

 

 視線はひっきりなしに周囲を探り、明らかに警戒している。

 

 麗奈、英子や沙理も同じように張り詰めた様子だった。

 

「結構ダメージも増えてきたわね」

 

 英子はブレイカー・ロックの腕に残った傷痕を一瞥して言う。

 

 モンスター相手の交戦に加えて、変容植物を除去するのにも爆薬や体力を費やしてきた。

 

「けど、このあたりの霧は妙に薄いですね」

 

 沙理が周囲を見渡しながら言った。

 

 確かに先ほどまでは真っ白に霞んでいた視界が、今は遠くまでぼんやり見渡せる程度には晴れている。

 

「何か、あるんだろうね」

 

 三崎は周囲を警戒しながら小さく呟く。

 

 そもそも“霧”とは何なのだろうか。

 

 単なる水分の粒子とは三崎には思えなかった。

 

 ──“霧”の中からモンスターが現れるっていうことは、霧が薄くなるっていう事はつまりそれだけモンスター発生に霧が使われているってことで……

 

 三崎は自分でもげんなりする想像をしてしまう。

 

「……うわ、見ろ」

 

 陣内が顎をしゃくって示した先に、公園の広場らしきスペースが開けているのが見える。

 

 木々と茂みの向こうには、広い人工池の跡があり、その辺りからは赤黒い植物が盛り上がるように密集している。

 

「中心部はあそこかもしれない」

 

 吉村は手持ちの地図を確認し、隊員たちへ指示を出す。

 

「皆、警戒して前進する。散開はせずに隊列を保て」

 

 隊員らが一斉に頷き、小声で了解の返事をする。

 

 陣内がニヤリと笑いながらアングリー・オーガを前方へ進めると、三崎はゴブリン・キャスターの様子を見た。

 

 杖を握るその小さな手に疲れは見当たらないが、魔石の消費が少なからずある。

 

「ゴブリン・ジェネラルは呼ばねぇのか?」

 

 陣内が言う。

 

 三崎は苦い顔をして首を振った。

 

「うん……あれを出すと、また“増幅”との併用が難しくなる。魔石の残りもあまり多くないし……」

 

「そうか」

 

 陣内もわかっているのだろう。

 

 ゴブリン・ジェネラルは強いが、呼び出すまでの魔石の消費も大きい。

 

 維持する間もさらに消費を続けるため、今の状況では得策とは言えなかった。

 

 実際、さっき増幅を使おうとした場面でも魔石の残量を考えて諦めている。

 

「デカブツが出たときは頼むぜ。それまでは俺のオーガがアタマを張る」

 

 アングリー・オーガはその言葉を合図にしたように地面を踏み鳴らし、低い唸り声をあげた。

 

「ん、今揺れた?」

 

 微かな振動のようなものを三崎は足元に感じた。

 

 すぐに周囲を見回すが、地震ではない。

 

 それは遠くで起こる連続的な爆発音に似た轟音が地面を伝っているのだ。

 

「北ルートか……?」

 

 吉村も同じことを感じたのか、遠くに目を凝らす。

 

 音の正体まではわからないが、ここからそう離れていない場所で何か大規模な戦闘が起きているのは間違いない。

 

「北の連中が魔樹に挑んでいる可能性がある。急ごう!」

 

 吉村の言葉を皮切りに、一行は段差になったコンクリートを越えて広場へ走り出す。

 

 霧はやはり薄いままだ。

 

 しかし、それは決して好条件ばかりではなかった。

 

「上だ!」

 

 誰かの短い叫び声に、三崎たちは反射的に上空を仰ぐ。

 

 すると、複数の飛行モンスターが円を描くように公園上空を旋回していた。

 

「嫌な感じ……」

 

 麗奈が顔を歪める。

 

 その飛行体は腐りかけの翼膜をむき出しにしたコウモリのようでありながら、目玉が異様に大きい。

 

 くぐもった鳴き声を響かせながら、円陣を組むように高度を下げてくる。

 

「やつら、何か狙ってるぞ!」

 

 陣内がアングリー・オーガの足を止めて叫ぶ。

 

 視界の端に、もう一種類のモンスターが動き始めるのが見えた。

 

 地面を這うようにして前進してくるのは、四本足の生物に金属めいた外甲が覆いかぶさったものだった。

 

 犬とも狼ともつかない形状だが、明らかにただの獣ではない。

 

 そして、その背中に長い管のような突起が見える。

 

 ──筒……? あれってまさか、砲撃のようなものを撃ってくるんじゃないのか? 

 

 三崎の頭にそんな嫌な予感が走る。

 

 犬型モンスターの群れは、管の付け根を収縮させると同時に、空気を震わせるような振動を生み出し始めた。

 

「伏せろ!」

 

 吉村がとっさに叫び、隊員たちが地面へ身を沈める。

 

 直後、何かが地を抉る音が聞こえた。

 

 爆音というほどではないが、鋭い衝撃が地面を穿ち、土埃が舞い上がる。

 

「あんなのアリ?」

 

 英子が肩をすくめる。

 

 犬型モンスターは全体で十体以上いる。

 

 それぞれがタイミングを合わせるように“筒”の角度を変え、こちらを狙い定めているようだ。

 

「陣形が崩される前に叩きたいけど……空の連中もいる。厄介だね」

 

 陣内は舌打ちをしながら視線を走らせる。

 

 上空の飛行モンスターはまだ距離を取り、こちらの出方を伺っているようだった。

 

 おそらく地上の犬型モンスターと連携を取りながら、攻撃や攪乱を仕掛けてくるのだろう。

 

「一斉に撃ってくる気がする。散開しよう」

 

 吉村の指示で隊員たちは障害物や木陰に身を隠し、一部の隊員が反撃の体勢をとる。

 

 隊員やモンスターの能力を底上げできる“増幅”は最終手段として残っている。

 

 だが、連続使用による反動が恐ろしいのも事実だ。

 

 英子や沙理、それに麗奈も皆、体力は削られている。

 

 ここで強化してしまえば、魔樹まで持たないかもしれない。

 

「状況次第かな……まずはどうにかこの遠隔攻撃をしのがないと」

 

 三崎が呟いた矢先、再び犬型モンスターが発射体らしき塊を飛ばしてきた。

 

「ぶっ……危ない!」

 

 英子が横っ飛びで避け、ブレイカー・ロックに指示を出す。

 

 岩の拳が地面を叩き割り、飛んできた塊を衝撃波で逸らすことに成功した。

 

 とはいえ数が多い。

 

「援護射撃、続けろ!」

 

 吉村たちの銃声が響き、何体かの犬型モンスターが撃ち抜かれて光の粒子となって消える。

 

 しかし即座に飛行モンスターが降下し、地上の犬型モンスターの周囲を飛び交う。

 

 まるで人間の進軍を遮る“壁”でも作るように、タイミングを合わせてくる。

 

「狙撃しづらい……!」

 

 隊員が苦戦の声を上げる。

 

 霧が薄いぶん、敵の動きは見やすいが、敵も一斉攻撃の形をとっているため射線が乱れる。

 

「どうする……?」

 

 陣内がアングリー・オーガを一歩前に出そうとするが、飛行モンスターが鋭い爪を振り下ろし、オーガの腕に掠り傷をつけた。

 

「ちっ……!」

 

 陣内が悔しそうに叫ぶ。

 

「連中、密集してもろくに邪魔し合わないし、それどころか正確に狙ってくる。小賢しいな」

 

 三崎もゴブリン・キャスターを前に出そうと試みるが、こちらが動けば敵の飛行体がすぐ反応してくる。

 

「焦ったらやられる……」

 

 吉村が息を飲む。

 

 犬型モンスターが再び発射体を飛ばす。

 

 着弾地点にはコンクリートの破片が飛び散り、周囲にいた隊員が負傷。

 

 鈍い悲鳴が広場に響く。

 

「もう余裕はないね」

 

 反動覚悟で“増幅”を使い、戦力を一気に高めるしかないと三崎は考えたが──

 

 だがその瞬間、陣内が低く声を放った。

 

「その前に、俺のオーガで開ける。三崎は続け」

 

「……わかった」

 

 決断し、三崎はゴブリン・キャスターへ意識を集中する。

 

 次の攻撃が来るまでのわずかな時間が勝負だ。

 

 

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