東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第79話「貪欲なる死喰い蛙カロラ・カロル②」

 ◆

 

 カロラ・カロルの唸り声が、じっとりとした空気を振動させる。

 

 巨大な口から滴る泡は、まるで餓えた捕食者が唾液を垂らすかのようだ。

 

 ──強そうだ

 

 これは三崎だけの感想ではないだろう、その場にいる誰もがこの大蛙を脅威とみなしている。

 

 喉や四肢がわずかに脈動するたび、筋肉や骨格が軋むような音が聞こえる。

 

 溢れんばかりのパワーがその肉体に込められているであろうことは明白だった。

 

「気をつけて、例えば──飛び道具とか」

 

 三崎が警告する。

 

 見ればカロラ・カロルの長大な舌が、しなやかにうねるように持ち上がっていた。

 

 まるで“構え”の様だ。

 

「あの舌を振り回すってか? へっ、あんなもん、当たらなけりゃ──」

 

 そう息を吐いた陣内の言葉が終わるより早く、舌が閃光じみた速さで迫る。

 

 アングリー・オーガがすんでのところで身を反らし、舌による打擲をかわした。

 

 舌はぐんと伸び、後方の樹木がへし折れて吹き飛ぶ。

 

「まじかよ……」

 

 陣内は一瞬唖然とした。

 

 巨木をへし折る事はアングリー・オーガにもできる。

 

 しかし、巨木をひっぱたいて真横に吹っ飛ばすなんて真似はできない。

 

 ──あれはまともに受けるなよ

 

 陣内が思念によってオーガに命令を飛ばした。

 

 この思念による意思伝達も、陣内はごく最近身に着けた技術の一つだった。

 

 これはただ単に自分の考えを召喚モンスターへ伝えるだけではなく、自身の感覚を召喚モンスターへ、召喚モンスターの感覚を自身へと還流させることができる。

 

 モンスター特有の人を超えた感覚を、覚醒者本人も平然と身に着けられるのだ。

 

 これは本能に左右されない冷えた思考で状況を把握し、自身の手札を有効的に切るという選択肢が増える事になる。

 

 “感覚が共有される”という能力は、単なる知覚の拡張ではなく、戦略判断の質そのものを高めているのだ。

 

 当然この様な芸当はすべての覚醒者が出来るわけではない。

 

 その声に応えるように、オーガは重心を低く落とし、今度は逆側から迫る別の攻撃に拳を振るう。

 

 だがカロラ・カロルの舌は一瞬で軌道を修正し、オーガの手をかすめて再び虚空を裂いた。

 

 かわせたがぎりぎりだ。

 

 そして、直撃すればオーガでもただでは済まないだろう。

 

 それは当のオーガ本人にも分かっている様で、表情には余裕が見られない。

 

 だがそんな状況でも、着実にカロラ・カロルに殴り、時には蹴り飛ばし、ダメージを積み重ねていく。

 

 他の者たちは手を出す事ができなかった。

 

 というのも、二体の応酬が激しすぎて、早すぎて、下手に割ってはいれば巻き込まれる恐れがあったからだ。

 

「おう、分かっているみたいだが一応言っておくぞ。手を出すなよ。喧嘩にはリズムってもんがあるからな」

 

 陣内の警告には単純に「危ないからやめとけ」という注意喚起だけではなく、今の戦闘はオーガが「ギリギリの感覚と判断」で対処しているので、外部の乱入がむしろ戦況を悪化させるという冷静な戦術判断が含まれている。

 

 ◆

 

 オーガとカロラ・カロルの戦闘が始まって少し経つと──

 

 ──悪趣味だな

 

 三崎が眉をひそめた。

 

 オーガをみれば体中に傷を負っているが、カロラ・カロルはそうではない。

 

 無傷だ。

 

 理由は簡単だ。

 

 喰っているのだ。

 

 周囲にたむろするモンスターを舌先で絡めとっては飲み込み──体の表面を再生している。

 

 よく見れば、腐り落ちていた皮膚の一部が徐々にこぶのように盛り上がって、表面を覆っている。

 

 黒ずんだ筋繊維が、飲み込んだモンスターの命を養分にして融合しているのだ。

 

 陣内もそれはよくわかっているようで、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

 

 爛れたカエルの化け物は、自分の仲間──あるいは取り巻きと思わしきモンスターすら喰らうことで再生を繰り返している。

 

 陣内は思わずぺっと地面に唾を吐き捨てた。

 

「てめぇは“アタマ”の資格はねぇな──おい三崎、何か考えがありそうな面してるじゃねえか」

 

 陣内が低い声で呼びかけると、三崎はわずかに首を振った。

 

「別に考えってほどでもないよ。あっちが仲間を利用して回復するなら、陣内もそうすればいいと思っただけだよ。でも……陣内の性格的に、周囲に頼るのは嫌なんじゃないかと思って」

 

「はっ、そんなガキじゃねえよ」

 

 陣内は鼻で笑いながらも、オーガの背をじっと見つめる。

 

「じゃあ仲間の三崎君よ。俺とオーガはあいつを抑えておくから、頼んだぜ」

 

 その言葉に三崎は短く頷く。

 

 すぐに周囲へと目配せをし、吉村と視線を合わせる。

 

「吉村さん、ボスを叩く前に取り巻きを優先的に殲滅してもいいですか。あいつ、仲間を食って回復してるみたいだから、周囲を片づける方が先かと……」

 

「了解だ。こいつは確かに手強そうだが、取り巻きを残しておくと回復し放題になるな」

 

 吉村は即座に隊員へ伝令を飛ばす。

 

 英子や沙理もそれに合わせ、植物や雑魚モンスターの除去に注力する動きへと切り替える。

 

 ◆

 

「オーガ、少し時間を稼げ」

 

 陣内は思念で呼びかける。

 

 オーガは明らかに不満そうな意思を返してくる。

 

 どうやら、蛙相手の一騎打ちを今すぐにでも望んでいる節がある。

 

「分かってるよ。お前だって、あんな腐れ蛙にでかいツラされたらムカつくだろ」

 

 陣内は苦笑混じりに、それでも一瞬で真剣な口調へ戻った。

 

「でもよお、あの蛙野郎は仲間を食って、お前が与えた傷をどんどん回復してやがる。それって一騎打ちか? 違うだろ。だからよ、俺らも仲間を利用してぶっ殺すんだ。殺し合いっていうのはフェアじゃねえとな。フェアって分かるか? 公平にって事だよ」

 

 オーガの中に灯る憤りは、殺意のようにも感じられる。

 

 だが同時に、“誇り”のようなものがあることを陣内はわずかに感じ取っていた。

 

 群れを頼るのは忌々しい──そんな意識がちらついていたのだ。

 

「気持ちは分かるけどな。あいつはただの化け物だろ。自分の仲間をくいつぶすようなヤツに、武人の誇りなんかあるわけねえじゃん。そんなのを相手にするのに、一対一の礼儀とか言ってられねえ」

 

 陣内は肩口にこびりついた汚れを拭いながら、にやりと笑う。

 

「悔しいのはあっちの方だろうさ。自分だけ好きに食って力つけるくせに、こっちが協力した途端、ほら、なにもかも逆転だ。あの野郎はきっと悔しくて死ぬに死にきれねぇはずだぜ」

 

 一瞬、オーガの瞳が赤銅色の輝きを増すように光った。

 

 それは「我が意を得たり」という意思の返答かもしれない。

 

 陣内はそれを感じ取り、大きく頷く。

 

「そうだ、そうこなくっちゃな」

 

 ◆

 

 こうしてカロラ・カロルを巡る戦いは、オーガと陣内が時間を稼ぎ、三崎たちが取り巻きを殲滅するという形で動き始めた。

 

 粘液を滴らせながら舌を振り回す蛙の化物と、赤銅色に燃える鬼の巨体──。

 

 が、そこに割り込もうする者たちもいる。

 

「やるぞ!」

 

 吉村が隊員へ叫び、銃口を取り巻きのモンスターへ向ける。

 

 三崎ら覚醒者たちも、思い思いに召喚モンスターをけしかけていった。

 

 

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