東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第80話「貪欲なる死喰い蛙カロラ・カロル③」

 ◆

 

 カロラ・カロルの巨大な身体は、まるで泥沼のような粘液を身にまとっていた。

 

 赤黒くただれた皮膚が脈打つたび、辺りには生臭い腐臭と、どことなく薬品めいた刺激臭が広がる。

 

 レア度6は伊達ではない──強者の圧を発する巨蛙。

 

「……やっぱり、強そうだね」

 

 麗奈が小さく息を飲む。

 

「なぁに、アイツならやってくれるだろ」

 

 そう呟いたのは陣内だ。

 

 思念による意識同調の負荷で額には汗が滲んでいるが、不敵な笑みを浮かべながらアングリー・オーガを見ている。

 

「なあ、暴れてやろうぜ。あんなでかいカエルなんざ、ぶちのめしてやれよ」

 

 そんな声が聞こえたかどうか。

 

 オーガは鼻面にある大きな牙を剥き出しにし、低い唸り声を上げる。

 

 巨体の筋肉は赤銅色に薄く染まり始めており、再び“剛力”を発動するようだ。

 

 実際、今が攻め時ではあった。

 

 周囲を見回せば崩れかけた人工池や、魔樹の根の一部と見られる複雑に絡み合った蔦があちこちに散乱している。

 

 そこからは時折、雑魚モンスターが姿を現し、自衛隊やほかの覚醒者たちの射撃や攻撃によって排除されていた。

 

 まだ油断はできないが、最大の敵はやはり中央に鎮座するこの巨大蛙──カロラ・カロルで間違いない。

 

 この蛙さえ倒してしまえば後は有象無象だ──そう考えた吉村が陣形を組むように隊員たちへ指示を飛ばす。

 

「火器を集中させて周囲のモンスターを排除し、あのカエルに回復のチャンスを与えるな。爆薬の設置も急げ!」

 

「了解です!」

 

 複数の自衛隊員が声を上げ、それぞれが瓦礫を踏み越えて散開する。

 

 英子や沙理ら覚醒者も、ブレイカー・ロックやルミナス・ソウルを警戒態勢に置いたまま、いつでも援護できるようにスタンバイしていた。

 

 そして、陣内とオーガ。

 

 アングリー・オーガは正面からの一騎打ちを厭わぬかのごとく、堂々とカロラ・カロルの間合いへ歩み寄る。

 

 オーガに向けて“やれるか? ”と短く思念を送る陣内。

 

 返ってきたのは“無論”とでも言いたげな力強い気迫だった。

 

 ◆

 

 ──『やれ!』

 

 陣内が思念を送ると同時に、オーガの肌は血のような赤銅色に染まっていった。

 

 片膝を沈め、地面を蹴り出す。

 

 ぶちかましだ。

 

 その一撃はまるで戦車のような衝撃とともにカロラ・カロルの腹部へ命中する。

 

 にちゃりと嫌な手応え。

 

 蛙の腹は弾力があるのか、それとも泥のような粘液に覆われているのか。

 

 オーガの突撃は余り効果がないように見える。

 

 更に──

 

「ブゴォォッ……!!」

 

 カロラ・カロルが獣じみた咆哮を上げると同時に、その身体が瞬時に膨れ上がってオーガを弾き飛ばした。

 

 オーガは後方へ小さく飛び退き、衝撃を逃す。

 

「ふん、なかなか……やるじゃねえか」

 

 陣内は舌打ちする。

 

 今の一撃は互いに大したダメージを与えるには至っていない。

 

 ならばダメージを積み重ねていくしかない。

 

 周囲の雑魚はすでにほとんど自衛隊や他の覚醒者に狩られ、倒れたまま光の粒子に溶けている。

 

 加えて蔦や変容樹にも爆薬が仕込まれ、定期的に爆音を上げて燃やされていた。

 

 ──だったら、根競べだな

 

 陣内はにたりと不敵に笑う。

 

 ◆

 

 ──脚だ

 

 アングリー・オーガの人を越えた感覚をまるで自分のもののように扱う陣内は、カロラ・カロルが跳躍しようとしている事を敏感に察した。

 

 陣内は覚醒者として、相当に高いステージへと昇っている。

 

 互いの意思の疎通はもちろん、感覚の同期、同調にまで至っている。

 

 陣内の思念を受けたオーガは横に回り込みながら、今度はカロラ・カロルの足元を狙った。

 

 蛙の後脚を砕き、動きを止めようという算段だ。

 

 一方、カロラ・カロルも負けていない。

 

 かぱりと口が開くと、舌先が鋭い鞭のように閃いた。

 

 それは、大木をもへし折る威力を秘めているが──

 

 ──かがめ

 

 オーガはギリギリのところで身を屈め、舌の一撃をかわした。

 

 舌が空を切り、伸長し、宙を薙ぐ。

 

 それに巻き込まれたモンスターは胴体を二分させ、千切れ死んだ。

 

 ──体勢が崩れているな。なら脚だ。蹴り飛ばせ、“こういう風に”

 

 陣内の思念がイメージとなってオーガに伝わる。

 

 するとオーガはまるで一端の格闘家の様な構えを取り、鋭い蹴りをカロラ・カロルの脚へと叩きつけた。

 

 ◆

 

 どれほど怪力を振るうモンスターでも、力任せに殴ればいいというわけではない。

 

 槍で突くなら適切な角度、斧で振り下ろすなら一点に重心を乗せるなど、“破壊効率を最大化する”という技術は、人間が古来から研鑽を積み重ねてきた武術や工学の結晶だ。

 

 陣内は思念を使ってそうした感覚や知識をオーガに伝達し、“より確実に蛙の関節や骨を折る”ためのイメージを共有している。

 

 ただの暴力的な殴打を超えた“理に適った攻撃”をモンスターが実行すればどうなるのか。

 

 それは──

 

 ・

 ・

 ・

 

 ゴン、と鈍い衝撃音が響いた。

 

 オーガの蹴りが、的確にカロラ・カロルの後脚の関節付近を捉えたのだ。

 

 瞬間、巨蛙の皮膚に覆われた脚の筋肉が波打ち、赤黒い粘液が飛び散る。

 

 まるで膨れた水風船を爪先で突いたかのような、不気味な弾力が伝わってくる。

 

 蛙の巨体がぐらりと傾いた。

 

 ──効いている

 

 陣内は思念を通じてオーガが感じ取る感触を共有し、その確信を得る。

 

 力任せに蹴り込んだだけではなく、“人間の技術”を加味した狙いが的中したのだ。

 

 カロラ・カロルの後脚は目に見えて損傷し、踏み込むたびにびくり、と痙攣を起こしている。

 

「よし……いいぞ、そっから崩せ!」

 

 陣内が思念で檄を飛ばす。

 

 カロラ・カロルは踏ん張ろうと粘液まみれの四肢を震わせるが、その体重を完全には支え切れない。

 

 負傷した後脚から血や体液が滲み出しているのか、蛙独特の生臭さと薬品めいた匂いがさらに立ちこめ、まわりの空気を一層どんよりと重くする。

 

「グ、グォォ……」

 

 先ほどまで圧倒的な質量で押しつぶすように迫ってきたカロラ・カロルが、思わず上体を伏せるように姿勢を低くする。

 

 勢いよく膨らんだ腹部も、一瞬だけ萎んで見えた。

 

「いいぞ!」

 

 陣内が短く声を上げる。

 

 ◆

 

 奮闘しているのは陣内とアングリー・オーガだけではない。

 

 横合いから増援の虫型モンスターが現れかけたが、そちらはすかさず三崎や麗奈たちが迎撃していた。

 

「そこ。あとはあそこ。自衛隊の人たちを援護してあげて」

 

 三崎が次々と指で指し示す方向へ、ゴブリン・キャスターは黒い粉を風に乗せて流し、そして起爆させる。

 

 三崎の頭の中には、まるでボードゲームの盤面のようなイメージが敷かれていた。

 

 その盤の上には、敵・味方問わず色分けされた“駒”が配置され、それぞれが動き回り、ぶつかり合い、その結果として色合いを変えていく。

 

 もし“危うい色”を帯び始めた味方駒があれば、そこへ素早くテコ入れをする。それが三崎のやり方だった。

 

 例えるなら、戦場そのものをゲームのように解析しているのだ。

 

 三崎は決して愉快な気持ちでこの盤面を眺めているわけではない。

 

 頭の中にもうひとり──酷くドライで冷たい“もう一人の三崎”がいて、客観的かつ冷酷なほど合理的な判断を下していく。

 

 そしてその三崎は、今の戦況を「良」と見なしていた。

 

 焦らず、的確に手を打てば勝ち筋がある。出来ることをいつも通りにやれば乗り越えられる──そんな状況で三崎が失敗したことは、過去ほとんどない。

 

 それは世界がこうなってしまうはるか以前からの、三崎だけの特性とも言うべきものだった。

 

 幼い頃から、何か問題に直面すればまず“冷静に俯瞰し、攻略パターンを組み立てる”というプロセスが自然にできる。

 

 ときに非情なくらい淡々と。

 

 だからこそこの混沌とした戦場であっても、三崎は恐慌に陥ることなく、自分がなすべきことを正確に実行していた。

 

「……次はこっちのラインを厚くするべきだね。麗奈、続けて手伝って」

 

 三崎がそう言うやいなや、ゴブリン・キャスターは再度黒い粉を撒き散らし、麗奈もアーマード・ベアをけしかける。

 

 コントロールされた一撃が虫型モンスターの群れを撥ね飛ばし、爆炎が周囲の蔦や瓦礫をさらに焼き焦がした。

 

「了解、任せて」

 

 麗奈もまた、三崎の指示には絶対の信頼を寄せている様子だった。

 

 

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