東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第84話「本質」

 

 ◆

 

 吉村が三崎のそばへとやってきた。

 

「三崎君、改めて聞かせてもらえるかな。君たち兄妹の今後の行動方針を」

 

 吉村の問いかけに、三崎は一瞬視線を下げて沈黙した。

 

「……僕は協力します。残った魔樹を破壊するためにも、今後は皆さんと一緒に行動させてください」

 

 その言葉に吉村の表情には微かな安堵が浮かんだ。しかし三崎の面持ちは依然として硬いままだ。

 

「ただし、一つ条件があります」

 

 そう告げると、彼は妹の麗奈の方へと振り向いた。

 

「麗奈を、まずは安全な避難所へ送り届けてほしいんです」

 

「え……?」

 

 麗奈が驚いて目を見開き、小さく声を漏らした。

 

 これまでずっと戦いを共にし、自らもアーマード・ベアという心強いパートナーと共に最前線で戦ってきた彼女には、置いていかれる理由が理解できないという困惑がはっきりと顔に現れていた。

 

「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。ずっと一緒にやってきたのに、どうして今になって……」

 

 抗議の視線を向ける妹に、三崎は唇を引き締めながら言葉を選ぶ。

 

「……麗奈には大切な役目を任せたいんだ。これから先、別の区にも行かなきゃならない。そこで戦うのはモンスターだけじゃないかもしれない。敵対的な覚醒者が現れる可能性だってある……。だから、避難所で他の覚醒者たちと交流し、情報収集をお願いしたいんだ」

 

 麗奈は兄の説明を黙って聞きながら、その言葉が方便であることに気づいていた。

 

 三崎が麗奈を安全な場所へ逃がしたいという意図は明らかだった。

 

 さらに三崎自身も、麗奈がそれを察していることに気づいたうえで、あえて方便を口にしていることも彼女には伝わっていた。

 

「お兄ちゃんは私にそうしてほしいんだね?」

 

 麗奈があらためて確認すると、三崎は静かに頷いた。

 

 その瞬間、麗奈は思い切って兄に顔を近づけ、その瞳をじっとのぞき込んだ。

 

 あと半歩踏み込めばキスもできるだろう距離。

 

「うへぇ、よくやるよ……」

 

 少し離れた場所にいた陣内が、呆れたように声を漏らした。

 

 麗奈は兄の瞳を見つめたまま、小声で呟く。

 

「まるっきり口から出まかせってことでもなさそうだし……」

 

 彼女は一旦言葉を切って、やや自信なさげに続けた。

 

「でも、私にそんなことできるかなぁ」

 

 麗奈自身、自分が兄以外の人間にはさほど興味を持てないことを自覚していた。

 

 しかし、同時に自分の容姿が他人を惹きつける力を持っていることや、その気になれば人間関係を器用に築けることも十分に分かっていた。

 

 普段の猫かぶりの精度も含め、自分に与えられた役割をこなすこと自体は難しくないとも感じている。

 

 三崎は少し自嘲気味に笑った。

 

「妹にこんなことを頼むのは兄としてどうかと思うけど」

 

 麗奈は小さく笑い返しながら応じる。

 

「全くだよね。でもお兄ちゃんがそういうなら、うまくやるよ」

 

 そして、兄に向けてもう一度小さく頷いた。

 

 やがて二人の会話を見守っていた吉村が前に出た。

 

「妹さんについては、我々が責任を持って拠点まで護送する。情報や物資が集まりやすい場所を用意できるし、多くの覚醒者と交流できる環境も整えよう」

 

「ありがとうございます」

 

 兄妹は揃って頭を下げた。

 

 一方で陣内は肩をすくめ、淡々と呟く。

 

「どこに行こうが苦労はあるだろうけどな。俺も苦労しそうだぜ、さっきは見事に駒扱いされちまったからな」

 

 三崎は陣内に向けて軽く笑った。

 

「次のボスは手伝うよ」

 

 周囲でも新たな作戦に向けて動き始めている。

 

 英子と沙理も励ますように微笑みかけた。

 

「私たちもできる限り協力するよ。また会おうね、麗奈ちゃん」

 

 麗奈は微笑み返した。

 

「うん、また話そうね……くまっちもきっと喜ぶから」

 

 三崎が最後にもう一度妹の名を呼ぶ。

 

「麗奈、ちゃんと生きて帰ってくるから。だから頼んだよ」

 

 麗奈はしっかり頷いた。

 

 ◆◆◆

 

 僕は麗奈を置いていくことに決めた。

 

 理由は3つ。

 

 一つは当然、彼女が心配だからだ。

 

 安全な拠点へ向かってもらえれば、無用な危険に晒すことはない。

 

 もう一つは、他の覚醒者との繋ぎが欲しかったから。

 

 正直に言えば僕より麗奈のほうが人間関係を築くのはうまいし、人を惹きつける魅力がある。

 

 結界が崩れた後に混乱が続くとしても、麗奈なら上手に立ち回れるだろう。

 

 だけど、実はそれだけじゃない。

 

 これは、麗奈ですら気づいていない第三の理由だ。

 

 ──僕は多分、麗奈と僕自身を守るためなら、何でもする。

 

 人を駒のように扱い、口先三寸で転がし、命を賭けさせることも厭わない。

 

 他人の命より僕らの命を優先するのは当たり前だから、危機が切迫すればそうせざるを得ない。

 

 もちろん最初からそう振る舞うわけじゃないし、そうした行動を正当化するつもりもない。

 

 でも“いざ”というとき、誰かが犠牲にならざるを得ないとき。

 

 僕はそうしてしまうだろう。

 

 どうも僕にはそういう所がある──そして、麗奈には、そんな“僕”を知られたくない。

 

 そして、僕自身もそんな自分を見たくはないのだ。

 

 もし守るべき対象が僕ただ一人であるなら、“その僕”に出会わずに済む可能性だってある。

 

 結局、すべては僕のエゴだ。

 

 麗奈への“思いやり”なんて言葉で覆い隠しているけど、本質は僕の身勝手以外の何ものでもない。

 

 ……なんだかどんどん性格が悪くなっていく気がするな。

 

 それとも最初からこんな性格だったっけ……はあ。

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