東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第86話「麗奈①」

 

 ◆

 

 麗奈は、トラックの荷台に揺られながら膝を抱えてぼんやりと俯いていた。

 

 トラックの荷台は狭く薄暗く、鉄板の冷たさがじわりと足元から伝わってくる。

 

 ──あーあ、お兄ちゃんに置いてかれちゃったなぁ……

 

 内心ため息をつきながら、身体をぎゅっと丸めていた。

 

 兄──玲人から言われたのはこうだ。

 

『避難所に行って、他の覚醒者とも情報交換をしてほしい』

 

 ──情報交換ねぇ……。私が邪魔だから置いてったんじゃないの? 

 

 一瞬そんな拗ねた気持ちがよぎるが、麗奈はぶんぶんと頭を振って否定した。

 

 ──ダメダメ、ネガティブ禁止! 

 

 兄のためになることをきちんとこなせば、次に会った時にはもっと距離が縮まるかもしれない。

 

 そんな企みが心に浮かび、麗奈は少しだけ頬を緩ませた。

 

 しかしその直後、兄のそばにいる瀬戸絵梨香の顔が脳裏をよぎる。

 

 ──あの人とはどうなってるんだろ……

 

 考えただけで不快感が増す。

 

 麗奈は三崎が瀬戸 絵梨香に懸想していることを知っている。

 

 ──お兄ちゃんってああいうアイドルみたいな感じが好きなんだよね。なんかこう、パパ活してる感じの

 

 絵梨香とは直接は会ったことはないが、麗奈の中で絵梨香は終生の怨敵の様な存在になっている。

 

「麗奈さん、どうかしました?」

 

 女性隊員が心配そうに声をかけてきて、麗奈は慌てて笑顔を取り繕った。

 

「いえ、大丈夫です! ありがとうございます」

 

 隊員がそれ以上追及しないでくれたことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。

 

 荷台の隙間から見える外の景色は荒廃しきっていて、折れ曲がった電柱や赤黒い蔦が延々と続いていた。

 

 窓ガラスが割れたコンビニの前には放置された車が何台も無残な姿で横たわり、朽ちた建物の壁には蔦が絡みつき、生き物のように蠢いている。

 

 すっかり変わってしまった街並み。

 

 ──お兄ちゃん、私がいない間に怪我なんかしないでよ……。あ、でも

 

 兄が弱った姿を見せてくれたら自分がもっと必要とされるかも、と小さな悪巧みが頭をよぎった。

 

 やがてトラックは大きく揺れて、臨時避難所となった物流センターの前で止まった。

 

「ここが避難所かぁ……」

 

 少し憂鬱そうに呟きつつ、隊員の手を借りて慎重に荷台から降りる。

 

 避難所前には大勢の人々が不安げな顔で列をなしており、疲労と緊張が滲んだ表情が見て取れた。

 

 受付に向かい、書類を差し出された麗奈は名前を告げた。

 

「三崎麗奈です。一人です」

 

 建物内は仮設の照明が点々と灯り、人々のざわめきと埃っぽい空気が充満している。

 

 通路の脇には毛布や衣類が雑然と置かれ、物資を配給するスタッフが忙しなく行き来していた。

 

 医療スタッフから簡単な診察を受けると、麗奈は周囲の覚醒者の様子を尋ねた。

 

「あの、覚醒者の人ってどれくらいいるんですか?」

 

「正確には把握していませんが、民間からの方が多く来ていますよ」

 

 スタッフの返事は曖昧だが、覚醒者はそれなりにいるらしい。

 

「特に問題はなさそうですね。医薬品などにも限りがありますが、可能な限り対応させていただきますので、どこか具合が悪いと感じたらすぐに申し出てください。あと、三崎さんは覚醒者枠として避難所入りをしますので、この後はあちらの天幕に行って説明を受けてください。また、言うまでもなく避難所内でモンスターを出すことは緊急時を除いて禁止です」

 

 他にも簡単な説明を受ける麗奈。

 

 ──情報収集がんばれば、お兄ちゃんにすごく褒めてもらえるかも。それに、あの女より私のほうが役に立つってことを証明してやるんだから

 

 兄に褒められる場面を想像すると一気にやる気が湧いてきて、麗奈はぎゅっと拳を握りしめた。

 

 倉庫の奥には若者たちが集まるテントが並び、テントの合間には覚醒者同士が緊迫した表情で会話を交わしている姿が見えた。

 

「あっちかな」

 

 近づくと、焚き火を囲んだ若い男女が真剣な面持ちで何かを話し込んでいる。

 

 ──ちゃんと情報集めて、仲間も増やして。次に会ったらお兄ちゃんに沢山褒めてもらおう

 

 小さく頷きながら、麗奈は係員が言う天幕の方へと向かっていった。

 

 ◆

 

 大型天幕の入口で、麗奈は一瞬足を止めた。

 

 重たい帆布が風にあおられて揺れ、中からは無線の雑音と低い話し声が漏れてくる。

 

 意を決して幕をくぐると、内部は思いのほか広く、仮設の照明が白く瞬いていた。

 

 折り畳みベッドや資材パレットが整然と並び、その合間に迷彩服姿の大人たちが数人立っている。

 

 机上には地図や書類束が積まれている。PCの類がないのは、電波といったものが軒並み使えないからだろう。

 

「失礼します……」

 

 麗奈が名乗ると、最前列にいた大柄な自衛隊員が顔を上げた。

 

「覚醒者の方ですね。登録書類をお持ちですか?」

 

 丁寧だが軍隊特有の硬さを感じる声。

 

 麗奈は手に持っていたクリアファイルを差し出した。

 

 隊員はそれを受け取ると、卓上ランタンの光で内容を確認し始める。

 

「……召喚モンスター、タイプは──」

 

 彼の視線がある行に留まる。

 

 次の瞬間、口元がわずかに緩んだ。

 

「大型の熊型モンスターですか」

 

 嬉々とした声色に、麗奈は思わず首をかしげる。

 

「えっと……熊型モンスターだと何かあるんですか?」

 

 問いかけると、隊員は勢いよく頷いた。

 

「助かりますよ。ここには一般の避難民が千名近くいて、我々もそれなりの防衛班を常駐させていますが、正直モンスターの襲撃は不安要素が大きいんです」

 

 自衛隊員は周囲に目配せし、迷彩服の仲間数人も苦笑するように頷いた。

 

「覚醒者は確かに多いのですが、戦闘に耐えられるクラスの召喚獣を出せる者はごくわずかでしてね」

 

「そんな事情まで話してしまっていいんですか?」

 

 ぽつりと漏らした麗奈に、隊員たちは肩をすくめた。

 

「半端に隠しても仕方ありませんし──」

 

 一人が軽く手を上げる。

 

「この避難所には“情報を看破する”というか、読心能力を持つモンスターを召喚できる覚醒者もいまして」

 

 別の隊員が冗談めかして続ける。

 

「隠蔽しようとすれば一瞬でバレます。なら最初から開示して協力をお願いする方が互いに安心でしょう?」

 

 ──確かに、不信感が広がるよりずっといいか

 

「分かりました。私でよければ、できる限り協力します」

 

「ありがとうございます。ではこの書類は預かりますね。この後は覚醒者用の仮設住宅に──といってもまあ小さいテントなのですが、案内しますので」

 

 隊員は丁寧に書類を脇において、別の隊員に何事かを告げた。

 

 ややあって──

 

「それでは案内しますね」

 

 と女性隊員が奥から出てきて、麗奈を先導する。

 

 

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