東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第89話「麗奈と一穂②」

 

 ◆

 

 この仮設テントには、それぞれが何らかの事情を抱えた覚醒者たちが集められている。

 

 私も、いろんな人から話を聞いて情報を集めなきゃいけないんだよね……そう思うと、一穂のようなフランクな相手はありがたい。

 

「でも、ほんとに綺麗な子だね~。というか、めちゃめちゃ美人さんじゃない? 正直びっくりしちゃったよ」

 

 一穂はそんな調子で気軽に褒めちぎってくる。

 

「え、いや……そんなことないよ。私、全然普通だと思うけど」

 

 照れくささを抑えようとするものの、一穂が無邪気に首を振るから、つい口籠もってしまう。

 

「何言ってんの~。だって、スラーッとしてるし、髪も綺麗だし、それにお肌ピカピカじゃん? うらやましぃ……」

 

「ううん、でも、一穂だってすごく可愛いと思う……あ、その髪とか。ふわふわしてて、触りたくなるっていうか……」

 

 そう言いかけて慌てて口を噤んだ。

 

 危うく「それ、いい匂いしそう」なんて言いそうになっていたからだ。

 

「えへへ、ありがと。私、一応美容師見習いだったんだよ~。まあ、こんな状況になっちゃってお仕事できないけどね」

 

 一穂は自分のクセっ毛をくるくる指に巻き付けながら、少し遠い目をした。

 

「でもさ、こうやって覚醒者同士で話せると気が紛れるし、何よりお互い情報交換できるのがいいよね。私も、まだまだ知らないことばかりだから」

 

「うん。私も、ここのルールとかよくわかってないし……」

 

 麗奈は視線を落とし、テントの床に座り込んでいるアーマード・ベアを軽く撫でた。

 

 くまっちは満足げに鼻を鳴らして、まるで「もっと撫でて」なんて言いたそうな雰囲気を醸し出している。

 

 そんな姿を見て、麗奈も少しだけ心が落ち着いた。

 

「ここの避難所、どう? 物資とか大丈夫なのかな」

 

 少し声を落とし気味に問いかけると、一穂は苦い顔をしながら答える。

 

「うーん、どうだろ……まだ当分は持つと思うけど、あんまり期待はできないみたい。さっき聞いた話だと、近隣地域からの支援ルートも不安定で、届く物資に偏りがあるらしいよ。水とかはどうにかなりそうだけど、栄養面は乏しくなっちゃうかもって」

 

「そっか……まあ、文句ばかり言っても仕方ないよね。ないよりはマシ、かな」

 

「そうそう。お医者さんや看護師さんも、それなりにいるみたいだし、重傷じゃなければ多少は大丈夫かも。ただ……大きなモンスターが来たら怖いなぁ、なんて」

 

 一穂はここまでの道のりで何度か小型モンスターの襲撃を見てきたらしく、そのたびに周りの覚醒者や自衛隊に守ってもらっていたそうだ。

 

「私のデモちゃんじゃ戦闘力はあんまり当てにならないしね。だから、戦闘系モンスターを持ってる人と仲良くしたいの」

 

「私も、そこまで戦えるわけじゃないんだけどね……くまっちは頑丈だけど、私自身は普通の女子高生だし」

 

 そう言うと一穂は「あはは」と笑った。

 

「それでも十分すごいよ~。あ、そうだ、覚醒者に関しては、ちょっと変な噂があるんだよ」

 

「噂?」

 

「うん。なんかね、銀座あたりで覚醒者同士の小競り合いがあったらしいよ。暴れたって話を聞いたの。正直、どこまで本当かわかんないけどさ」

 

 一穂はデモンズアイの表面をぽんぽんと叩きながら、小声で続ける。

 

「霧がまだ濃い時期だったから、見間違いかもしれないし、モンスター同士の縄張り争いかもしれない。でも、一部の覚醒者が悪いことしてるって噂はやっぱりあるよね~」

 

「そっか。やっぱり変な覚醒者もいるんだね。モンスターの力を手に入れたら、悪いことしようとする人も出てくるのかな」

 

「うん……私も怖いよ。モンスターが怖いのもあるけど、人間同士の争いだって嫌だし。覚醒者にだっていろんな人がいるからさ。直接手を下さなくても、モンスターに命令すれば何でもできちゃうって思う人もいるかもしれないし」

 

 一穂はしょんぼりと肩を落とす。

 

「覚醒者じゃなくても、普通の人だって最近けっこう物騒だよ。みんなストレス溜まって、どこかで爆発しちゃうのかも」

 

「あー、わかる気がする。震災とかのときも、混乱に乗じて犯罪が増えたとか聞いたことあるし」

 

「そういうのを見てるとさ、『うちのモンスター、全然戦えないんだけど、それでも呼び出しておけば身の安全を守れるかなぁ』って不安になっちゃうの」

 

「うん……でも、デモンズアイは偵察とかすごく助かる能力だと思うな。見つけるだけでも危険回避できるし……それに、私のくまっちだけじゃ全部は無理だからね」

 

 そう言うと、一穂は「そっか、ありがとぉ」とほっとした顔を見せた。

 

「ふふ。確かに、目がいいのは助かるよね。私、視力めちゃ悪いから、そこだけは便利なのかも。いつでも遠くを見てくれるし」

 

 一穂はデモンズアイをくるくると撫でて、まるでペットに甘えるような仕草を見せる。

 

 その姿を見ていると、こういう形の愛情表現もあるんだなあと麗奈はしみじみ感じた。

 

「……でもさ、悪い噂ばかりじゃなくて、頑張ってくれてる覚醒者ももちろんいるんでしょう?」

 

「うん、いると思う! というか、実際に私たちを守ってくれた人とかもいるし、あとは自治体やボランティア組織と組んで治安維持してるグループとか。そういう話も聞くよ~」

 

 一穂の言葉には、どこか希望がにじんでいた。

 

「だから、一概に“覚醒者は危険”とかってわけじゃないんだろうけどね~。もう、何がなんだか……」

 

「うん……」

 

 麗奈も曖昧に相槌を打ちながら、ふと自分の兄のことを思い浮かべた。

 

 ──お兄ちゃんは自衛隊や他の覚醒者たちと一緒に戦ってて……大規模な作戦に参加して、魔樹を破壊するために頑張って。普通なら、極度のストレスや恐怖で潰れちゃってもおかしくない状況だと思うんだけど……お兄ちゃんって、なんか鈍いのかな

 

 そんな考えが頭をよぎって、思わず苦笑してしまった。

 

 あんなに厳しい環境を生き抜いて、それでも冷静な頭でモンスターを使役している兄はやはりちょっと普通じゃないかもしれない。

 

 そんなことを思う麗奈だった。

 

「……ねえ、麗奈ちゃん?」

 

 一穂が急に声を潜めて呼びかける。

 

「うん、なに?」

 

「この避難所って、表向きは安全って言われてるけど、私たち覚醒者が集まってるからって、もしかしたら狙われる可能性もあるのかな~って思うの。さっきも言ったみたいに、悪い覚醒者とかさ……魔石、麗奈ちゃんも持ってるでしょ? そういうの狙ってる人もいるらしいよ」

 

「たしかに、それはあるかも……覚醒者だから助けてもらえるっていうより、逆に襲われるケースもありそうだよね」

 

「そうなの~。だから、もしものときは協力し合おうね。私、ケンカとか苦手だけど、麗奈ちゃんたちがいれば心強いし。私もデモンズアイで情報を探ったりできるから」

 

「うん、私でよければ……」

 

 麗奈は肩をすくめて微笑んだ。

 

 強力な戦闘能力を持つモンスターばかりが有用というわけでもない。

 

 偵察型、サポート型、いろんな力を合わせることで、はじめて生存率を高められるのだろう。

 

 ただ、いつまたモンスターの群れが押し寄せるか、あるいは人間同士の争いが起きるのか……不安は尽きない。

 

「でも、私もこの避難所を拠点にして情報を集めるつもりだから、きっと長い付き合いになると思う。よろしくね、一穂さん」

 

「うん、こっちこそ! あ、一穂でいいからね!」

 

「そうだった!」

 

 麗奈は一穂と笑い合う。

 

 一見、十年来の親友の様にさえ見える──のだが。

 

 ──この子、“使える”な。仲良くなったらお兄ちゃんに褒められるかな? 

 

 氷よりも冷たいもう一人の麗奈がそう囁くのであった。

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