東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした   作:埴輪庭

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第90話「麗奈と一穂③」

 ◆

 

 そうだ、と一穂が麗奈に笑顔を向けた。

 

「よかったら避難所の案内をしようか? 外から見ただけじゃわかりづらい場所も多いから、一緒に回ろうよ」

 断る理由は特に見当たらなかった。

 

「ほんと? 助かるよ、ありがとう」

 

 素直に礼を言いながら、麗奈は心の中でそろばんを弾く。

 

 他の覚醒者とも顔を繋いでおく良い機会かもしれない。

 

 ──ここにいる間に少しでも知り合いを増やしておくに越したことはないよね

 

 するとまるで、そんな麗奈の腹の内を見透かしたかのように、一穂が言葉を続けたではないか。

 

「それとね、せっかくだから私の知り合いにも麗奈ちゃんの事、紹介してもいいかな? 何人か覚醒者の子もいるんだよ」

 

 ふんわりとした人懐っこい笑顔を浮かべる一穂の誘いに、麗奈は一瞬だけ、警戒の色を目に浮かべた。

 

 ──何だか話がうますぎない? この子、もしかして何か裏があるのかな……

 

 内心でそんな疑念が鎌首をもたげるのを感じた。

 

 だが、ここで露骨に断るのも不自然だろう。

 

「……うん、それも嬉しいかも。こういう状況だし、仲間は多いほうが心強いもんね」

 

 表面上は喜んでみせると、一穂は「やったぁ!」とでも言いたげにパアッと顔を輝かせ、嬉しそうに頷いた。

 

 ◆

 

「それじゃあ、行こっか。くまっちは……どうする? さすがにこのまま連れて歩くのは目立つかなぁ」

 

 一穂が少し困ったようにアーマード・ベアを見上げる。

 

「そうだね。くまっちは一旦戻っててもらおうかな。……くまっち、また後でね」

 

 麗奈が優しく声をかけると、アーマード・ベアは「グルル」と低く喉を鳴らし、名残惜しそうに麗奈の手に鼻先を擦り付けてから、光の粒子となってふっと消えた。

 

「わあ、なんかいまの可愛かった!」

 

 一穂が口元をほころばせて言う。

 

「それじゃあ、案内お願いするね、一穂」

 

「うん、任せて! まずはね……」

 

 一穂に先導され、麗奈は覚醒者用の大型シェルターテントを出た。

 

 テントの外は、先ほど到着した時よりも少しだけ人の数が増えているように感じられる。

 

 皆、一様に不安と疲労の色を浮かべてはいるが、それでも絶望一色というわけではなく、わずかながらも秩序が保たれているようだった。

 

「こっちだよー」

 

 一穂は慣れた様子で、仮設の通路や資材が積み上げられた間を縫って進んでいく。

 

 物流センターだったというだけあって、だだっ広い空間には高い天井まで届きそうなスチールラックが迷路のように並び、その合間合間にテントが

 点在していた。

 

「あ、見て見て。あそこが給水所になってるんだよ。一日二回、時間が決まってるんだけどね」

 

 一穂が指差す先には、大きなポリタンクがいくつも並べられ、数人の自衛隊員が配給作業を行っているのが見えた。

 

 人々が差し出すペットボトルや水筒に、手際よく水が注がれていく。

 

「こっちは食料の配給場所。今は時間外だから閉まってるけど、朝と夕方に開くの。乾パンとか缶詰が中心だけど、時々レトルトのお粥とかも出るよ」

 

 壁際には折り畳み式の長テーブルが並び、その奥には段ボール箱が山積みになっている。

 

「へえ、ちゃんと機能してるんだね」

 

「うん、最低限だけどね。でも、最初の頃に比べたらだいぶマシになったんだって。最初は水も食料も奪い合いみたいになっちゃった時もあったらしいから……」

 

 一穂が少し声を潜めて言う。

 

 そんな殺伐とした光景を想像し、麗奈は眉をひそめた。

 

 兄のいない場所で、自分一人でそんな状況を乗り越えられただろうか。

 

「あ、そうだ。あそこにいるの、私の知り合いだよ」

 

 一穂が少し離れた場所で立ち話をしている二人の男女を指差した。

 

「ちょっと声かけてくるね!」

 

 そう言うと、一穂はぱたぱたと軽い足取りでそちらへ向かっていく。

 

 麗奈もその後ろをついていく。

 

「あ、やっぱりタケちゃんにサッちゃんじゃーん。おっはよー」

 

 一穂が手を振りながら声をかけると、男女は顔を上げてにこやかに応じた。

 

 男の方は背が高く、スポーツマンといった雰囲気で、日に焼けた肌をしている。

 

 女の方は小柄で、眼鏡をかけたリケジョといった印象だった。

 

「よう、一穂。そっちの子は新しい仲間か?」

 

 タケと呼ばれた男が、快活な声で麗奈に視線を向ける。

 

「うん! こちら、三崎麗奈ちゃん。今日からここのテントに入ったんだよ。麗奈ちゃん、こっちが竹田さんと、佐藤さん。二人とも覚醒者なんだ」

 

「三崎麗奈です。よろしくお願いします」

 

 麗奈は軽く頭を下げた。

 

「竹田 大和(たけだ やまと)だ。よろしくな、三崎さん。俺のはこれ」

 

 竹田がそう言って手のひらを差し出すと、そこからにゅるりと緑色の蔓のようなものが現れた。

 

 先端に小さな花がついている。

 

 ──『レア度1/プラントウィップ/レベル1』

 

 麗奈の目に、一瞬だけモンスターのデータが映るが、やはりそれ以上の詳細な情報は読み取れない。

 

「佐藤 沙紀(さとう さき)です。よろしくね、麗奈ちゃん。私のは……ちょっと地味だけど」

 

 佐藤と名乗った女性は、控えめに微笑みながら手のひらに小さな光を灯した。

 

 ぼんやりとした温かい光で、何かを照らす程度のもののようだ。

 

 ──『レア度1/イルミネイト・オーブ/レベル1』

 

「竹田さんのプラントウィップは、物を掴んだり、ちょっとした障害物をどかしたりするのに便利なんだよ。佐藤さんのイルミネイト・オーブは、夜とか暗い場所で役立つの」

 

 一穂が補足するように説明する。

 

「へえ……」

 

 麗奈は内心で(やっぱり、戦闘向きじゃないな……)と思いながらも、表面上は感心したような表情を浮かべた。

 

 兄が使役するゴブリンや、自分が召喚するアーマード・ベアとは明らかに方向性が異なる。

 

「麗奈ちゃんはどんなモンスターなの?」

 

 竹田が興味深そうに尋ねてきた。

 

「えっと……熊のモンスターです。アーマード・ベアっていいます」

 

「熊! そりゃ頼もしそうだな!」

 

 竹田が目を輝かせる。

 

「いいなぁ、戦闘できるモンスターは貴重だよ。俺たちのは、見ての通り戦闘にはからっきしだからさ」

 

 佐藤も苦笑しながら同意した。

 

「一穂のデモンズアイも偵察にはすごいけど、直接戦えるわけじゃないしな」

 

「そうなのよー。だから麗奈ちゃんみたいな子が来てくれて、私も心強いよー」

 

 一穂がうんうんと頷く。

 

 麗奈は曖昧に微笑みながら、一穂の言葉を反芻した。

 

 ──やっぱり一穂には、私には見えない何かの情報が見えているんだ。モンスターの特殊能力……デモンズアイの力、なのかな?)

 そう確信を深める。

 

 彼女には、竹田や佐藤のモンスターのステータスが、レア度やレベルだけでなく、もっと詳細に見えているのだろう。

 

「何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれよな。俺たちで手伝えることなら協力するぜ」

 

 竹田が頼りがいのある兄貴分といった感じで言う。

 

「ありがとうございます」

 

 麗奈は再び頭を下げた。

 

 一通り挨拶を終えると、一穂は「じゃあ、また後でねー」と二人に手を振り、再び麗奈を連れて歩き出した。

 

「タケちゃんもサッちゃんも、いい人でしょ? いつも色々助けてくれるんだ」

 

「うん、優しそうな人たちだね」

 

 内心では、彼らのモンスターのレア度が低いこと、そして直接的な戦闘能力に乏しいことを冷静に分析しながらも、麗奈は当たり障りのない返事をした。

 

 その後も、一穂は避難所内のいくつかのポイントを案内してくれた。

 

 仮設の医療スペース、情報交換のための掲示板が設置された一角、子供たちが集まって遊んでいる広場のような場所。

 

 その道すがら、さらに数人の覚醒者と顔を合わせ、一穂が紹介してくれた。

 

 ある者は、小さな鳥型のモンスターを召喚し、簡単な伝令役として使っていた。

 

 ──『レア度1/メッセンジャーバード/レベル1』

 

 またある者は、土を盛り上げて小さな壁を作る程度の能力を持つ、モグラのようなモンスターを使役していた。

 

 ──『レア度2/アースモール/レベル1』

 

 麗奈は彼らと挨拶を交わしながら、注意深く彼らのモンスターを観察し、脳内に表示されるデータを記憶していく。

 

 そして、もう一つ確信したことがあった。

 

 ──この避難所の覚醒者が召喚するモンスターは、戦闘向きのものが本当に少ない。

 

 どのモンスターもレア度が1か、せいぜい頑張って2といったところで、レベルも軒並み低い。

 

 自分のアーマード・ベアのような、レア度4で、かつ高い戦闘能力を持つモンスターは、少なくとも今のところ見当たらない。

 

 もちろん、レア度が高ければそれだけで強力だと断言できるわけではない。

 

 モンスターの能力や特性、そして何より召喚者との連携が重要になるだろう。

 

 それでも、これまでの兄との行動で得た経験からすれば、レア度が高いに越したことはない、というのが麗奈の偽らざる考えだった。

 

 レア度が高いモンスターは、それだけ強力なスキルや高い基礎能力を持っている可能性が高いのだから。

 

 ──この避難所、防衛力は大丈夫なのかな……。自衛隊の人もいるみたいだけど、覚醒者の戦力はあまり期待できそうにないかも

 

 そんな懸念が麗奈の胸をよぎる。

 

「どうしたの、麗奈ちゃん? ちょっと顔色悪いよ?」

 

 一穂が心配そうに麗奈の顔を覗き込んできた。

 

「ううん、何でもない。ちょっと考え事してただけ」

 

 麗奈は慌てて笑顔を作り、首を横に振った。

 

「そっか。無理しないでね。まだここに来たばかりで疲れてるだろうし」

 

 一穂はそう言って、優しく麗奈の肩をぽんと叩いた。

 

 その屈託のない優しさに、麗奈は少しだけ罪悪感を覚える。

 

 ──この子は本当に裏表がなさそうだけど……。でも、だからこそ利用しやすい、とも言えるかな。

 

 心の奥底で、もう一人の冷徹な自分が囁くのを感じながら、麗奈は再び一穂の後に続いた。

 

 兄に褒められるため、そしてあの女よりも自分の価値を証明するためには、どんな情報でも、どんな手駒でも集めなければならないのだから。

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