理屈じゃない
晴天たるその歌が
ボクの宝
買い物という実験成果の確認をした次の日、部屋に籠もる事をやめた桐乃は、急に呼ばれたから行ってくると言って消えたレオナルドがいない時を見計らって部屋を出ていた。
「部屋から出てみたは良いものの、この城は広すぎます」
何処まで行っても見えない廊下に辟易してしまう桐乃。そもそも、お風呂以外で部屋を出たことすらない桐乃には、この城は迷路にしか見えなかった。
既に10分以上は探索しているが、同じ廊下に同じ扉に部屋ばかりだった。
「少し探索するつもりが、完全に迷ってしまうとは完全に舐めてましたね……」
そう言えば、この城を1人で歩くのはこれが始めてだ。お風呂の時はメイドさんが伝えに来てそのままついて行き、帰りは来た道を引き返すだけだった。
右へ左へと入り組んだ廊下を歩いていると、階段の裏のデッドスペースに下へと降りる螺旋階段があった。
「こんな変な場所に螺旋階段……」
どうしよう……桐乃は迷っていた。好奇心に従って螺旋階段を降りたい気持ちはあったが、こんな場所にある螺旋階段が絶対に碌なものではないと理性が叫んでいる。
「どうせ同じ光景な廊下を彷徨うくらいなら、いっそ行きましょう」
最終的に桐乃は好奇心に従い、螺旋階段を降りていく。螺旋階段は人が1人分程度が渡れる小さなもので、そこまで長い階段でもなかった。
一番下に着くと、そこには赤い扉があった。他の部屋の扉は白みがかった青い扉しかないと言うのに、ここだけ赤い扉だ。
心臓がうるさい。他に音がしないからか、心音がよく聞こえる。
「ふっー」
桐乃は落ち着く為に息を一息つき、音を立てないように扉をゆっくりと開けた。
そこは至って普通の部屋だった。他の部屋のように豪華なカーペットに棚と窓が一つ。窓際には丸テーブルと椅子が一組あり、中央には天蓋付きのベットが鎮座している。奥にはもう一つ部屋があるのか、扉が一つあった。
「何でこんな所に部屋が?」
桐乃は窓際に近づき外を見る。先にはいつもの街並みと目立つ塔が幾つも並んでいるだけだ。
「誰?」
後ろから聞こえた声に桐乃は慌てて振り返る。そこには、奥の部屋から出てきたと思われる少女がいた。
白髪に白の服を着た真っ白な少女は、こちらを真っ直ぐと見据えている。そこで桐乃は違和感を抱いた。
こっちを見ているようで、まるで見ていない……もしかして
「貴方、メイドさんじゃないよね?」
「えっと、わたしはメイドではないです。その迷った末に階段を見つけて降りてみたら、この部屋に行き着いて……」
「そうなんだ。ならここで休んでいって、もうすぐでレグネジィが来るから」
桐乃はレグネジィという名前に思わず声を上げそうになるが、必死に抑えて窓際にある椅子に座る。
「ごめんね。私、お茶を入れられなくてもてなす事も出来ないんだ」
「お構いなく……」
レグネジィの事で頭がいっぱいの桐乃は、短く答えるので精一杯だった。
「(レグネジィって…………あのワイバーンだよね。何で友達が来るみたいなノリなの……とにかく、どうにかここを離れよう)」
「ねぇ、貴方。もしかしてレグネジィが言ってた異世界から来た」
「えっと、はい。そうです」
いいえと答えたかった桐乃だが、自分と同じ経歴の人物などいるはずも無いので、肯定する事にする。
「やっぱり! 私の同じくらいの背丈の女の子が来たって言うから、話してみたかったんだ。メイドさん以外で、私と背丈が近い女の子なんていないものね。当たってて良かった」
無邪気な喜びを見せる彼女に、桐乃はどう反応していいかわからずに硬直するしかなかった。
「私、カーテって言うの。貴方は?」
「桐乃です……」
どうしよう……。会話の自然な終わらせ方なんて分からないよ。あのワイバーンは怖かったし、会いたくない。でも何も言わずに出ても不自然だよね……。何か、何か方法は……「貴方」……
「貴方もしかして、レグネジィが怖いの?」
心を読んだと思う程に、桐乃の考えを的確に読み取るカーテ。桐乃は冷や汗が止まらないかった。好奇心で部屋に入った事を後悔し始めた。
すると突然、黙ってしまった桐乃の両手をカーテが自分の両手で包み込む。
「えっ…………」
「大丈夫だよ。貴方がどうして怖がるのかは、私にはわからないけど、そう言う時は誰かに相談する事が一番だよ。私はよくレグネジィに相談したりするんだ。最近は花壇の花の育て方の相談をしたの、素っ気なく知らないって、言われちゃったけどね」
カーテの独白の桐乃は何かわからず動転するが、自分の両手を包む手は暖かく先程の恐怖心が嘘みたいだった。
「すみません。落ち着きました」
「そう? なら良かった。レグネジィが怖いなら、もうここから離れた方が良いよ。そろそろ時間だから」
カーテの言葉で壁に掛かっている時計を見ると、いつの間にか部屋に30分もいたらしい。そんなに自分は黙っていたのだろうか。
急いで部屋を出ようとする桐乃にカーテが後ろから声をかけた。
「また会える?」
しばらくの沈黙の後、桐乃から柔らかい声で返答が返ってくる。
「…………会えると思いますよ。きっと」
桐乃が部屋を出て数分後、カーテの部屋に備え付けられた窓からレグネジィが入ってくる。
「おかえりレグネジィ。会議はどうだったの?」
「相変わらずくだらない内容ばかりだ。それよりもアンネリーゼの奴に何かされてないだろうな?」
レグネジィが慌てたように問い詰めるが、カーテの反応は鈍かった。
「アンネリーゼさん? 会った事はあるけど、それだけだよ。何回か話した事があるだけだし」
「チッ、やっぱりボクを嵌める為の嘘か」
アンネリーゼの話がまるっきり嘘だとわかって、レグネジィは苛立ちを隠さずに悪態をつくが、何処か安心した様子だった。
「何かあったの?」
「いいや、カーテには関係ない事だ。だがカーテ、ボクに何か隠してるだろ」
レグネジィは何かに勘づいたのか、再びカーテを問い詰める。しかし、カーテは動揺する様子も見せずにからかうように答えた。
「もうっレグネジィ、女の子に隠し事は付き物だよ」
「もうガキの年頃でもないだろ」
「歳の話も禁止! そんなデリカシーのないレグネジィには、触っちゃう!」
「オイ! やめろ! 目が見えないのに激しく動くな!」
デリカシーの欠片もないレグネジィの発言にカーテがレグネジィに飛びかかる。急に飛びかかられたレグネジィは慌てて躱し、目の見えないカーテに注意する。
目が見えないとはとても思えない動きで、カーテはレグネジィに触れようとするが、レグネジィに敵うはずもなく最終的にはベットへと飛び込んだ。
「アハハッ! 楽しー」
「ハァハァ、少しは慎みを持て」
ベットに転げ回り笑うカーテと心労からか息を乱すレグネジィ。そこには、人間と魔物の会話とは思えない微笑ましい光景が広がっていた。
「もういい……。そういう事にしといてやる」
「ありがとうレグネジィ」
レグネジィは呆れたように床に座り込み、カーテの誤魔化しを受け入れた。
「今日は歌わないのか?」
「私より歌が上手い人は幾らでもいるわ」
「…………カーテの歌が良いんだ」
「そう……」
「緑の時節に 朝影 満たし」
「勇猛 なる真王」
「此れに 万劫の栄えあり」
「♪ 〜〜〜〜〜〜」
カーテの透き通る歌声が響く。レグネジィはその声を聞きながら、目をゆっくりと閉じた。
かつて東の地にて、一つの村が存在した。そこは海が近く、漁が盛んな村であり食糧に関しては非常に豊かと言える村だった。
その村には一つの伝説が今尚信じられている。その村を作った1人の女は白髪で目が見えない女であった。女は、目が見えないにも関わらず周囲を知覚し、本来見ることが出来ない物が見えていたと。
魔物と心を通わせ村を守る守護獣にし、村を発展させた神子である
その伝説は、あくまでも伝説に過ぎなかった。ある時までは…………
1人の少女が産まれたのだ。その少女は白髪で産まれながら目が見えなかった。村人の全員が伝説の再来だと喜んだ。
少女の父は病気で亡くなっており、母は出産と同時に力尽きた。少女は産まれた時から、村の宝となったのだった。
それから十年、少女は1人で森へと遊びに行くことが多かった。
「おーい! ねぇ、いないの?」
年端もいかない少女を森に遊ばせるのは、魔物に襲われる危険性がある。しかし、村人は何の心配もなかった。少女は魔物と心を通わせる神子なのだ。森へ行くのも問題ないだろうと、誰もが信じている。
「ねぇ! 隠れてるんでしょ!」
少女が森の奥で声を張り上げる。すると何処からか声が聞こえてくる。
「煩いぞガキ、何度も言わなくても聞こえてる」
「なら早く返事してよ!」
少女は数年近く、森で姿が見えぬ声と会話していた。端から見れば、森に話しかける少女という珍妙な光景だ。
「ボクがどう返事しようとボクの勝手だ。それで? 最近何かないのか?」
「うーんとね。なんか最近兵隊さん? がね。食べ物を出せって言うんだって、だから大変だっておじさんが言ってた」
少女の村は国の国境の近くにあった。今回、隣の国と戦争になったのだ。その結果、国は村を拠点として使い食糧の納付を命令した。
当然、村に国の命令を逆らう事は出来ない。いくら豊漁の村といえ、大量の兵士の腹を満たすにはそれ相応の貯蓄を削る必要があった。
「ご苦労な事だな。どいつもこいつも、同族同士で楽しそうだ」
「村の皆、何が起きるのか教えてくれないの! 私だけ仲間外れ!」
「そりゃあ、お前みたいなガキに何も出来るわけないだろ」
「やってみないとわかんないじゃん!」
少女はいつも森から聞こえる声と話していた。村で起きた楽しい事や悲しい事、わからない事は全部森の声に聞いていた。
「とりあえず今日はもう帰れ、兵士どもが気づいたら面倒になるぞ」
「そうなの?」
「あぁ、せいぜい兵士には関わらない事だな」
森の声はそう言って、消えようとするが少女が大声で待ったをかけた。
「ねぇ! 名前は? 何時になったら、名前を教えてくれるの!?」
「イヤだね。誰が教えるか」
「じゃあ、私も教えないよ!」
「お前の名前なんて、興味ないね」
そう言って今度こそ、森の声は消えていった。少女は袖にされた事を不満に思いながらも声の忠告に従い、兵士に会わないように村長の家へと帰っていった。
村から少し離れた山の空に赤褐色のワイバーンがいた。そのワイバーンは空から山際の縦穴へと急降下し、地下へと潜っていった。
やがて、薄暗い広大な空間に出ると赤褐色のワイバーンは声を張り上げた。
『愚図ども、全員ボクを見ろ!』
赤褐色のワイバーンの一喝で、周囲のワイバーンがゾロゾロと隊列を成し赤褐色のワイバーンの周りを円状に囲んでいく。
『狩りの状況を報告しろ!』
『サカナ、タイリョウ。デス! イツモドオリ!』
『よし、近くの国二つの状況は?』
『フタツ、ヨロイノヘイシ、タスウ! タスウ!』
『やはり戦争か。お前ら! しばらく巣の付近で人間が増えるはずだ! 特に鎧を着た奴に見つからないようにしろ! いつも通り、五羽一組で行動し森の中を縫うように飛行しろ。わかったら返事だ!』
『『『『『『『『『『リョウ、カイ!!!』』』』』』』』』』
愚図共はこれである程度バレないように行動するだろう。だが、人間が増えればそれだけ見つかりやすくなる。根本的な問題の解決にはならない。
その中でも赤褐色のワイバーンは、名無しの状態で人間の言葉を理解し、群れを高度な統率によって人間の眼から逃れている。
赤褐色のワイバーンは単体の人ではなく、種族としての人間を非常に警戒していた。しかし、群れのワイバーンでは人間から情報を探る事は難しいと判断し、子供とはいえ村から特別扱いをされている少女を使って人間の情報を得ていた。
「チッ、人間共の戦争の目的がわかればまだ対処の使用がある。最悪、間引く必要があるな」
群れは大きくなりすぎていた。通常のワイバーンの群れは十数匹がせいぜいだが、赤褐色のワイバーンの群れは既に百に迫る数だった。
ここまで群れが大きくなれたのも、ここが豊富な魚のある場所だからだ。巣を変えるとなれば、今と同じ餌が必要になる。それが難しい事を、赤褐色のワイバーンはよく理解していた。
「おいガキ、今なんて言った?」
赤褐色のワイバーンは少女から兵士が来ると聞いて数日、少女が森に来ない事に違和感を抱いていると、少女は森へと顔を暗くして森にやって来て、邂逅一番に言った。
「食糧の貯蓄がもうすぐで尽きるって…………」
「食糧の管理すらお前の村は出来ないのか?」
「違うもん! 兵隊さんが村の貯蓄をいっぱい食べちゃうんだもん! 村長さんだって、やめてほしいって言ってるのに聞いてくれないんだもん!」
泣きそうに顔を赤くしながら叫ぶ少女を見て、赤褐色のワイバーンはここ最近少女が森に来なかった理由を察した。同時に馬鹿な事をする人間を心底アホだとも思う。
大方、傲慢な指揮官か言う事を聞かない馬鹿な兵士でもいるんだろう。この村は前線に食糧の補給も行っているはずなのに、その村を潰すような行動をするとは、心底バカだな。
戦争は通常、時間をかけて行う。年単位の時間になる事もよくある事だ。その戦争で必要な食糧を生み出す村人を飢えさせるのは、長期的に見ればデメリットしかない。これが国家崩壊ギリギリなのであればまだ理解出来たが、状況からしてそれはない。
現に村に来ている指揮官は、貴族出身の者であり軍人ではない。お飾りの指揮官に過ぎす、その態度は最悪だ。当然、指揮官が馬鹿なら統率が取れず兵士も馬鹿になる。傲慢な指揮官に上司に媚を売りながら村人を虐げる兵士達、村人からすれば最悪の一言だろう。
「それで、どうせ森に行く事を禁止されてるんじゃないのか? 兵士に見つかったらどうするつもりだ?」
「兵士さん達に会わないように来たから大丈夫。ねぇ、どうしたら良いと思う? 村の皆、最近暗い顔をしてるの……。あの人達が来てから村が変になっちゃった…………」
赤褐色のワイバーンはどう答えるのか少し迷う。村が無くなるのは大きな問題ではない。しかし、ここは戦略的に見ても敵はこの村を占拠したいはず、敵に支配される村と現状の村どちらが自身の為になるのか考える。
「少し待ってろ。しばらくしたら少し状況を変えてやる」
赤褐色のワイバーンは村の現状を変える事を選択した。一羽のワイバーンを突撃させ、指揮官だけを殺させる。頭が変われば多少はマシになる可能性を取った。
赤褐色のワイバーンは人間の国の支配体系を外から見た情報のみでしか知らない。ただのワイバーンの彼では、内部の政治的な考えなどは知り得る術がなかった。
「本当!」
「本当だ。ただ期待はするなよ。ボクは直接関与しないし、村の事は自分達で解決しろ」
「うん! ありがとう!」
少女は赤褐色のワイバーンの言葉を理解しているのかいないのか、力を貸してくれるというだけで、跳びはねる程に喜んでいる。
「もう行け、この事は誰にも言うなよ」
「うん! 約束ね!」
少女は行きの暗い顔は何処に消えたのか、明るい顔で村へと帰っていく。赤褐色のワイバーンの行動が結果的に最悪へと繋がる事を、今は誰も知らなかった。
なんだ、何が起きている。何故、狩りや偵察に行かせた愚図共が誰も帰ってこない。一つのグループが帰ってこない事ならともかく、10のグループ全てが帰ってこない。どう考えても異常な事態だ。
捜索に行かせようと命令を出そうとした所で、縦穴の方からドスンッと何かが落下する音がした。音の大きさからしてそこそこの重量の物だ。
縦穴付近には警戒をさせているワイバーンがいるはずだが、こちらに来る様子はない。岩が崩れて落ちたのかと思うが、行方不明の件も相まって確認させに行こうとした時、1人の人影が見えた。
「流石は閣下だ。特殊個体のワイバーンの巣を見もせずに当てるとは、見事と言う他ない」
そこにいたのは鎧を着た一人の男だった。そこら兵士の格好ではなく、地位の高い者が着る豪華な装飾のある鎧。男自身も貫禄のある髭に、溢れ出るオーラが強者である事を示していた。
「何者だ」
「ほう、ワイバーンの癖して喋れるのか? 名付けで進化した個体か?」
「人間共と一緒にするな。名などない」
赤褐色のワイバーンが人間の言葉を喋った事に驚いた様子を見せる男だったが、名前が無いことを知って更に機嫌を良くする。
「名前がない状態でこの知性に群れの統率能力、素晴らしい。閣下から名を与えられれば、更に大きな飛行軍勢になるに違いない」
「何故、この場所がわかった」
巣は百メートル以上ある縦穴を降り、そこから長い洞窟を進まねばならない。人間に高い縦穴を降りる事は出来ない上に、縦穴は深い森の奥に隠れるようにある。普通は見つかることのない天然の要塞だ。
「確かに、我々はワイバーンを空を見て探す。通常、ワイバーンは空高くを飛ぶ生き物だ。まさか、森を低空飛行で移動しているとは思わないだろう。
しかしだ、群れを大きくさせ過ぎたな。ワイバーンは他の群れに近づかない。より大きな群れであれば尚更だ。
ここら一帯はワイバーンの生息地のはずだが、ワイバーンの目撃例はゼロだ。賢い個体が、人間にバレないように統率しているという閣下の予想は見事的中していたという訳だ」
赤褐色のワイバーンは己の失態を悟った。統率は完璧だった。完璧過ぎたのだ。人間に被害が出れば、次々とワイバーンを狩ろうとやって来る事を知っていた。
だから人間を狩ることを控え、人間の動向を常に監視し続けてきた。赤褐色のワイバーンは、警戒故の失敗を認める他なかった。
「チッ、だからなんだ。場所がわかった所で、ここはボクの巣でお前は一人だ。愚図共の餌になるのがオチだ」
ワイバーンの脅威度は、統率するリーダーの有無で大きく変わる。一羽であれば、それ相応に鍛えた人間なら勝てるだろう。しかし、群れを統率するリーダーがいた場合、話は変わる。
実際に幾つもの村がワイバーンによって壊滅した結果国力が大きく低下し、隣国に滅ぼされた小国も存在する程に統率されたワイバーン達は厄介だった。
赤褐色のワイバーンはその中でも統率能力と知能に長けた個体だ。人間一人に勝てる相手ではない……筈だった。
「何もを知らぬワイバーンよ。お前に教えてやろう……」
鎧の男が言葉の途中で赤褐色のワイバーンの視界から消える。次の瞬間には、鎧の男を囲っていたワイバーンの首が落ちていた。
「世界の広さを」
次々とワイバーンは死んでいく。赤褐色のワイバーンの指示は完璧だった。光源が殆どない洞窟の中で、鎧の男の死角から奇襲や上からの落石を利用した波状攻撃を与えようとするが、その尽くを鎧の男は剣一本で無力化していく。
「(どういうことだ! この暗闇で何も見えないはずだ。なのに何故、アイツは愚図共の首を正確に落とせる!?)」
ワイバーンは暗闇でも問題なく対象を捕捉することが出来る。対して、人間は暗闇では何も見えないはずだった。
鎧の男の言う通り、赤褐色のワイバーンは世界の広さを知らない。人間が研鑽や強い意志の末に仙人に、聖人へと至れる事を。
鎧の男は、原初の赤すら引き分ける王に忠誠を誓う聖人という事を。
「諦めろ。ワイバーンの群れ程度、何の障害にもならない」
鎧の男が冷たく告げる。実際、その通りだった。残りのワイバーンは25羽程度、既に半数近くが死んでいる。
『愚図共! 前衛が奴を撹乱! 残った者は避難経路を使って外に出ろ!』
赤褐色のワイバーンは鎧の男にわからないように他のワイバーンに指示を飛ばす。事実状の敗北宣言であり、撤退だ。
しかし、赤褐色のワイバーンは死よりも敗北する事を選んだ。
「む!」
動き変わったワイバーン達に警戒を見せる鎧の男だが、その警戒が仇となった。飛びかかるワイバーンの一羽を真っ二つにする男だが、その瞬間に赤褐色のワイバーンとそれに追従するワイバーンが、縦穴とは別方向へと逃げ始めた。
すぐに鎧の男は追いかけようとするが、残ったワイバーンが時間稼ぎに襲いかかる。
「成る程、逃走か。プライド以上に冷静だな」
鎧の男は逃げられたというのに冷静だった。それもそのはず、相手が賢く、完璧な統率を見せるワイバーンだと言うのなら、一人で男が来るはずもない。
そもそもワイバーンは本来の目的の調査結果で始めてわかっただけだ。既に包囲網は築かれていた。
これはボクの失態だ。群れのリーダーであるボクの指示でこうなった。もう群れは殆ど残っていない。だがまだ生き残れば良い。
赤褐色のワイバーンは翼をはためかせ事前に準備していた避難経路を追従させたワイバーンと飛び続ける。
しばらく飛び続けると、海沿いの洞窟へと繋がる道が見える。ワイバーン達はそこから勢いよく飛び出す。幸い、外は月明かりが多少あるが暗い夜だった。これなら夜闇に乗じて逃げ切れると確信する。
だが、視界の端に見過ごせない物があった。村の中央の広場に少女がいた。少女だけではない村人が全員集められていた。
村人と少女は後ろに手を組まされた状態できつく縄で縛られている。何故か目の視えない少女だけ目隠しをされていて、一際ひどい状態だった。
赤褐色のワイバーンは何故か自分の心に迷いを感じた。利用する為だけのガキのはずの少女が縛られている姿を見て、助けようか迷ったのだ。群れのリーダーのはずである自身にとって、それはあり得ない選択のはずなのにだ。
すると、赤褐色のワイバーン後ろから衝撃が走った。追従していたワイバーン達が一斉に赤褐色のワイバーンを体で押し飛ばしたのだ。
次の瞬間、ワイバーン達は跡形もなく光に消し飛ばされる。
「今のは警告の意味を込めて撃った。逃亡は無意味だ」
「ガッ!?」
鎧の男の声が自身の真後ろから聞こえてくる。赤褐色のワイバーンはすぐに振り返るが、背中に走るとてつもない衝撃で地上へと落とされた。
村の広場に落とされた赤褐色のワイバーンは、たった一撃で重傷を負っていた。
「(不味い……。翼も無いくせにボクに追いつきやがった)」
赤褐色のワイバーンが状況を把握していると、村の広場に落ちてきたワイバーンに村人達は何事かと驚いていた。それを気にする余裕は赤褐色のワイバーンにはない。刻一刻と状況は悪化している。
敵はワイバーンの群れを軽く薙ぎ払う鎧の男と村人を監視していた兵士共、いやまだいるはずだ。ここまで用意周到なのであれば何かあってもおかしくない。
赤褐色のワイバーンはそこで初めて気づく。兵士達の格好は自分達の見た事のない格好をしていた。近くの国の兵士の格好を把握しているはずの赤褐色のワイバーンにとって、それは理解不能だった。
「どういう……事だ。今人間共は戦争をしているはずだ……。それなのに……どうしてその国でもないお前等がこんな場所にいる!?」
降りてきた鎧の男に息を荒立たせながらも、問い詰める。鎧の男は意外にも素直に話してくれた。
「簡単だ。神子とお前の事を確認出来た事で、我が主君は戦争に介入し、早急にお前達を捕らえる事にしたのだ」
だとしても、速すぎる! 人間共は簡単に戦争を起こせないはずだ。
なのに、どうしてこんなに速くここまで来れる!?
赤褐色のワイバーンが把握していない兵士という事は、かなり遠くの国のはずだ。そんな国が、たった数日で戦争に介入しここまで兵を進行させる等、異常でしかなかった。
「待ってくれ! 神子を捕らえるとはどういう意味だ!」
村の村長が声を上げる。意味など一つしか無いだろうに、それが信じられないらしい。
「言っていなかったな。光栄に思うと良い。我が主君であるルドラ様は、貴様らの言う神子を欲している。貴様らに否定する権利などはない。これは決定事項だ」
鎧の男の決定的な言葉に絶句する村長。村の象徴であり、皆で大事に育てた少女を、何処ぞの誰かに奪われる絶望がそこにはあった。
もはや、何も出来ない。詰みの状況だと誰もが察し絶望するが、そこで今まで黙っていた少女が叫んだ。
「皆、逃げて!!!」
少女の叫びと同時に、何故か村人の縄が切れて皆の体が軽くなったように感じた。そして、赤褐色のワイバーンが叫んだ。
「愚図共! ガキを逃がせ!!!」
村人は魔物である赤褐色のワイバーンの言葉に疑問すら抱く事もなく、全員が周囲の兵士に襲いかかる。男も女も老人も子供すらも全員でだ。
兵士達は、いきなり襲いかかって来ると思わなかったのか、距離を取ろうとするが、その隙を赤褐色のワイバーンは見逃さなかった。
「なっ!?」
油断していた兵士の頭を即座に喰らう。赤褐色のワイバーンは鎧の男に注意を向けながらも、動揺する兵士を喰らっていく。
「皆、守れ! 我らが神子を守るのだ!!」
村人達の心は一つになっていた。村に伝わる伝説と同じ状況に、これは神託なのだと皆が察していた。伝説にある守護獣が少女を逃がそうとしている事を理解し、その命令に疑う事もなく行動に移す事が出来たのだ。
「少々、調子に乗りすぎだな」
鎧の男の剣が輝き、剣を振るう。それだけで、村人の半数以上が光に呑み込まれた。すぐさま赤褐色のワイバーンが、その隙を突こうとする。
「ガァァァァァ!」
「笑止」
鎧の男は赤褐色のワイバーンをいとも簡単に斬り裂いた。ギリギリ死なないように加減しているのだろう。それでも、赤褐色のワイバーンは立ち続け鎧の男を睨みつけている。
「死なない程度に斬ったが、それ以上動けば死ぬぞ」
「黙れ……愚図の無能の人間が、ボクを……お前の尺度で測るな」
その間に、村人達は殆ど全滅していた。兵士達が動揺したのは一瞬であり、練度でただの村人達に敵うはずもなかった。
「もう、やめて……。逃げてよ…………」
少女は泣いていた。逃がす為のはずが、村人達を死なせる要因になってしまった事、いつも話を聞いてくれた声の主が自分を逃がそうと、その命を散らそうとしている。大事な人達が死ぬなんて少女にはとても耐えられなかった。
「(ここがボクの死地か……。群れを壊滅させ、最後にはガキの命に拘り無様を晒す。なんて愚かな末路だ)」
赤褐色のワイバーンはそう自分を自嘲し、最後の力を振り絞りせめて相討ちにしようと、覚悟を決める。
「その覚悟と心意気に敬意を払おう。もはや、お前は主君に従う事は無いだろう。ならば、ここで斬り捨てる」
鎧の男は赤褐色のワイバーンと村人達に敬意を示し、初めて剣を構えた。決着は既に決まっている。赤褐色のワイバーンに勝ち目などない。それでも、誰も諦めなかった。
その覚悟が、少女と赤褐色のワイバーンの運命を変えた。
「なっ! 何が起きた……!?」
鎧の男が持っている剣が折れたのだ。それだけではなく、周りの兵士達までやられている。男は理解出来ない惨状に動揺していると、神子の少女の後ろに一人の男がいた。
その男は黒髪に血のように紅い瞳を持ち、白い軍服に黒いマントを纏っていて、尋常で無い圧は放っていた。
「何者だ……貴様は」
鎧の男はそれが只者ではないと、本能で理解していた。男の圧に思考よりも早く疑問を呟いてしまう程に、鎧の男は啞然としている。
「俺、いや私はユーハバッハ。せめての手向けとして名は名乗っておこう」
「は?」
鎧の男は気づいていなかった。既に自身の腹に大穴が空いている事に、残酷にも運命が自分を見放した事についぞ気付くこともなく、鎧の男は死んだ。
「今度はなんだ……愚図め」
「選択の時だ。ワイバーン、今ここにナスカ王国の軍勢が押し寄せている。原因は、そこで気絶している少女と私だろう。あれはギィにも引き分けた勇者でもある。お前達を抱えての戦闘は私も避けたい。選べ、私に付いていくかナスカ王国に従うか」
ユーハバッハと名乗る男は唐突に来て、赤褐色のワイバーンにそう告げた。赤褐色のワイバーンは死に体の状態でもわかる程にその男が気に食わなかった。
「お前……ボクがどう選択するかわかってて聞いているな? お前の眼は支配者のソレだ」
「察しがいいな。そうだ。だから私はここにいる」
赤褐色のワイバーンの答えは最早一つしかなかった。この男が何者かもわからない状態でも、他に答えなど無いのだ。
「何をボクに寄越す」
「全てだ。名も力も与える。少女を保護し、生活を与えよう」
「これは……契…………や……く……」
赤褐色のワイバーンは言葉の途中で気絶してしまう。最後の力を振り絞って、ユーハバッハと対峙していたのだろう。
「良いだろう。これは契約だ。皮肉な運命だが、受け入れよう」
フワフワと漂うような柔らかいベットの上で少女は目を覚ました。心地の良い風が肌を撫でる。少女が眼を覚ました事に気づいたのか、赤褐色のワイバーンが控え目な声で話しかける。
「オイ……」
「…………良かった。無事だったんだね…………」
「自分の心配をしろ。馬鹿め」
赤褐色のワイバーンが、皮肉げに少女を心配する。少女はその声がもう一度聞けた事に安心を覚え、微笑んだ。
「ねぇ……名前、教えて欲しいの。前は……教えてくれなかったから。私ね、カーテって言うの」
「ボクは……ボクは、レグネジィだ」
それは言葉によって、世界へと干渉する理外の理を行使する
それは秀でた知性で、広大な空を支配する飛行軍勢を持つ
それは互いの力を、理解不能の原理で共有している
それは1人と1羽が織り成す。紛うことなき奇跡である
夕暉の翼レグネジィ
視えずとも
貴方の翼が
私の光
転スラとBLEACHについてどれくらい知っていますか? 転スラ書籍版を1、BLEACHを2と表記します
-
1と2を知っている
-
1は知らないが2は知っている
-
1は知っているが2は知らない
-
1も知らないし2も知らない