今回はギィとの戦闘はまだお預けで、短めです。
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『…………不要だ』
無慈悲で、冷酷で、何よりもひたすらに無関心なその言葉が、男の胸に深く突き刺さる。
『何故なのですか!? 陛下! このままでは、いずれ人口は増えつづけ、限界が来ます!』
銀架城。その中心部にある厳かな謁見室にて、まだ若き頃の公爵、マルクス・フォルトンは必死に声を上げていた。崩れ落ちそうな希望を抱え、ただ皇帝の顔色を窺う。
『……私は、お前の考えを否定しているのではない。理解した上で、"必要ない"と言っている』
それは冷たく、深く、まるで魂を見透かすような視線だった。皇帝の目は、マルクスを見ているようで、見ていないようにも見える。だが確かに、彼の核心だけを鋭く射抜いていた。
『なぜ……なぜ、必要がないと断言できるのですか!』
その声は震えていた。だが、意志は揺るがない。
マルクスは、光の帝国の未来を真剣に憂いていた。建国以来、人口は増え続け、すでにその数は軽く一億を超える。豊穣な大地に見えても、実際の領土は大聖樹の恩恵によって魔素を浄化された内界に限られており、一度国土を超えれば、そこは人の住めない荒れ狂う魔素の暴風雨が渦巻く死の大地だ。
本来、荒れ狂う魔素の暴風雨によって砂漠になるはずの光の帝国は、大聖樹によってその脅威から守られてきた。
魔素を分解することで、光の帝国内の魔物の数と質が激減し、圧倒的なまでの力を持つ皇帝によって、それらしい反乱なども起きていない。
それこそが問題だった。
限られた土地の中で増えすぎた人間は、いずれ土地も食料も資源も喰い尽くす。飢え、奪い合い、国の形が崩れるのは時間の問題だ。だからこそ、彼は提言したのだ。内に籠もるのではなく、外へ。外交、または戦争で領土を広げるべきだと。
だが、その思いは届かなかった。
『……貴様が知る必要はない。この場は、貴様の意見を聞くためのものではない。この国の方針が変わることもない』
断言だった。それ以上、踏み込む余地すらない。
元々、この謁見はマルクスが当主の座を継いだ祝いとして設けられた儀礼的なもので、皇帝の意思に口出しできる立場ですらなかった。それでも、若さ故の無謀と信念が、彼を動かした。時にそれは、命を賭けるに値する。
だが、陛下は処罰すらしなかった。ただ一言「不要」と告げたのみだった。
「(……本当に、何も考えていないと思っていた)」
ここまで国を大きくした先駆者が、何も考えずに他国との関係を絶っていると、かつてのマルクスは思っていた。だが今の彼には、それが“意思”であることがわかる。
光の帝国が平和であり続けた裏には、徹底した管理と支配があった。数百年という時の中で、民も貴族も、緩やかに縛られてきたのだ。
だからこそ、自分が変えるしかない──そう、決意した。
それがたとえ、間違っている手段だったとしても、光の帝国の為になるのであれば、彼は悪にだってなることが出来た。
そのための準備を続けてきた。貴族社会は魑魅魍魎の巣窟の中で、派閥は複雑に絡み合い、互いを牽制し合う膠着状態。中でも無視できない存在が二人いた。
エレナ・ハッシュヴァルトと、テスタロッサ・ヴァイス。貴族派と皇帝派、それぞれの筆頭を担う女傑である。
一見すれば対立関係。だが、マルクスは見抜いていた。二人は、派閥内の人材を選別しているのだと。無能な者、堕落した者は煽って破滅させ、有能な者には手を差し伸べて恩を売る。その手法は巧妙で、お互いの勢力の均衡は釣り合うように保たれていた。
本来であれば、選別など必要がなく、支配されることなどはないはずだ。しかし、権力と金を持てば、大抵の人間は堕落する。そのための忠誠心であり、名家としてプライドであるのだが…………
残念ながら、人間はそう簡単に出来ていない。プライドだけは一丁前で、碌な統治は出来ず、権力と金だけは強欲に欲する者は何処にでもいた。
そんな貴族は、問答無用で処刑された。一家諸共、吊るして民衆の前に晒すのだ。民衆は汚職をした貴族に怒りぶつけ、若い貴族は震え上がり、派閥内の意識を締め上げる。
貴族社会は、二人の女傑によって完全にコントロールされ、民衆も良いように操られている。何処までも管理は徹底されていた。
だから商人に目を付けた。商人は知見が深く、人の見る目がある者が多い。戦力を集めるなら、商人を使うのが最も都合が良かった。
後は時間次第だった。特定の商人を本人だけにわかるように優遇し、信用を得る。後は徐々に仲を深めれば良い。
商人とて人間だ。友人くらい欲するし、それがお得意様で公爵という地位にいる男なのだ。ビジネスパートナーとしても、友人としても損などなかった。
統治する土地も都合が良かった。レヴォルトは南方都市ブリエと北東都市や北方都市を繋ぐ大都市だ。ブリエは海に面した大都市であり、特産品が豊富だ。南方都市から他の都市への流通をレヴォルトは一手に担い、多大な利益を得ることが出来た。
そして、軍にも手を伸ばした。軍には貴族の三男坊や平民も混ざっているが、総じて地位が低い者が多い。貴族への印象が悪く、最初の内に結果が結びつくことはなかったが、軍への物資の無償提供や施設の整備協力、兵士たちへの啓蒙活動を行い、信頼を得ていった。
努力は実を結び、男は公爵の身で軍人からの評価が良かった。他の貴族の印象が悪いことも相まって、軍との関係はより深まった。
そして、ネックな戦力問題を解決する方法が、向こうからやってきた。それは、トオルという男の持つ銃という武器だ。
滅却師の力は強力だが、光の帝国の国民が持つ無意識の"常識"が問題だった。
【滅却師は皇帝の力の象徴であり、権威である】
幼いことから誰もが両親から学ぶその言葉は、無意識に国民を縛っていた。
国に反逆する人間が、皇帝の力を使うのは酷く滑稽に映るだろう。しかし滅却師以上の力を用意することは出来ず、半ば諦めかけた時に、銃の存在を知ったのだ。
滅却師ほどの力はないが、誰でも使えるという点では、滅却師を上回っている。まさしく次代の象徴する理想の武器だと、マルクスは思う。
トオルの存在もそうだ。性格に問題はあれど、今まで戦闘経験がないのが嘘と思うほどに強く、マルクスの計らいで、遠回しに経験を積ませてこちらの協力を取り付けた。
マルクス・フォルトンは、己の使命を定めている。たとえそれが悪を成すことだとしても、光の帝国のためであれば成し遂げると誓った。それは一種の忠誠の形であり、未来への憂いであった。その結果が出る時が、遂にやってくる。
オークディザスターの軍勢と聖兵軍が激突したのとほぼ同時刻。
南東都市レヴォルトでは、誰も予測し得なかった“無象の大災害”が幕を開けていた。
地鳴りとともに大地が軋み、都市全体が天地を返すように揺れ動く。まるで都市そのものが大地の怒りを買い、ひっくり返されたかのようだった。建物は倒壊し、地面には裂け目が走り、人々の悲鳴があちこちから上がる。
その混乱に追い打ちをかけるように、空からワイバーンの群れが襲撃を仕掛けてきた。
野生のワイバーンがレヴォルト近郊を縄張りにしていることは、住民にとっては常識だ。普段なら、都市全体を覆う霊子結界によって、ワイバーンの接近すら許されないはずだった。
──しかし今、防衛機構は大地震により完全に沈黙していた。
生き残った人々が安堵する間もなく、上空から迫る影。振り下ろされる鋭い爪に牙。街は、地からも空からも蹂躙されていた。
「公爵! フォルトン公爵! 被害は依然として拡大中、ワイバーンの対応も間に合いません!」
報告に駆け込んできた文官の声は、恐怖と焦燥に満ちていた。
だが、報告を受けたフォルトン公爵の表情には、それ以上に強い“違和感”が浮かんでいた。
「(……何故だ? 何故このタイミングで、これほどの災害が連続する……?)」
フォルトン公爵にとって、この時は本来、“クーデター決行”の合図となるはずだった。
オークディザスターによって聖兵軍が出払った今こそが、都市を掌握する絶好の機会。根回しも済み、後は動くだけ──その矢先に降りかかったこの連鎖災害。まるで神が、その野心に罰を与えたかのようだった。
「トオルはどうした? ワイバーンの対処は奴一人で事足りるだろう」
「そ、それが……トオルの姿が、先程の地震から確認できません。地震で崩れた建物の下敷きになった可能性も……」
唇を震わせながら語る文官に、公爵は眉をひそめた。
「馬鹿を言うな。性格や態度に難はあれど、アレの力は本物だ。建物に押し潰された程度で死ぬとは思えん。……トオルを探せ。救助はワイバーンを排除してからだ」
都市の指揮系統は既に混乱していた。だが今、この状況を打破できるのは、数の軍勢ではなく“個”の戦力だ。
そして、それができるのは──公爵自身か、あの男トオルしかいない。
公爵が頭を回転させ、最善手を模索していると、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「緊急事態です!」
「今度はなんだ!」
文官はまだ何かあるのかと、半ば怒りに身を任せながら叫ぶ。
「兵が、公爵の私兵が! 市民を襲撃しています!」
「…………なに?」
その場の空気が凍りついた。あまりに非現実的な報告に、公爵も文官も言葉を失った。
「なんの冗談だ! この状況で何故そんなことをする!?」
文官の叫びは、この場の全員の総意ではあったが、それを知るものは、ここには存在しない。
「……殺してでも止めろ。この状況で問題が露呈すれば我々は終わりだ」
兵が市民を襲撃するなど、大問題だ。この件が露呈すれば、フォルトン公爵を良く思わない貴族が、鬼の首を取ったように批判し、必要以上の責任を取らせようとするだろう。なんとか隠蔽しなくては、最悪の場合、クーデターの件が露呈する可能性だってある。
公爵はそれを見越して、殺害してでも内々に処理するように命ずる。
だが、このような事態は予定されていた一つの出来事にすぎない。公爵の対応など、もはや意味などないのだ。
そして次の瞬間──文官の影がぐにゃりと揺らいだ。
「……なっ……?」
影が蠢き、足がゆっくりと沈んでいく。まるで奈落のように、闇が文官を呑み込んでいく。急いでその場から離れようとするが、無駄だった。影は“本人の影”であるがゆえに、どこまで行っても逃げられない。
「公爵! お助けください! 影が……影がぁぁぁぁぁっ!」
その絶叫を最後に、文官はその痕跡すら残さず、いとも容易くその場から消えてしまった。
呆然とする公爵の視界で、報告に来た男が、無言で懐から短剣を取り出した。そして──自らの首筋に突き立てる。
「…………えっ?」
首から大量の血が噴き出し、床と壁を鮮血が染めていく。男は自分が刺した自覚すらなかったのか、困惑の表情のまま、地面に倒れた。
目の前で不可解な死を迎えた二人を見て、公爵はとてつもない悪寒に襲われる。
「(……これは……攻撃だ。明確な、敵意ある“何か”による……!)」
公爵は即座に壁に飾られていた愛剣を引き抜き、部屋の外へと駆け出した。
「(不味い……嫌な予感がする。だが、確認せねば…………)」
フォルトン公爵の中に、考えたくもない予想が頭によぎる。あり得ないと感情では否定したい可能性を、理性の律し行動に移す。
屋敷の構造を熟知している彼は、最短ルートで中庭を抜け、正面玄関へと出る。
「なんだ…………これは…………!」
そこにあったのは、意識を失って倒れ伏す警備兵たちの姿だった。
屋敷の正面は広く、それなりの数の警備兵がいたはずだというのに、誰もこの異常事態に気づかずに全員が気絶しているのだ。
「こんなところにいたのですか。──公爵」
驚愕で動揺していると、後ろから聞こえてきた聞き覚えのない声に、即座に振り返り距離を取る。
そこにいたのは、全身を漆黒の鎧で覆った騎士だった。
当然だが、フォルトン公爵の知る中で黒い鎧の騎士の見覚えなどはない。だが、明らかな異質な気配を孕んだその存在に、彼の本能が警鐘を鳴らす。
「どうやら、入れ違いになってしまったようですね」
──奇しくも、ユリウスとギィの決闘と同時刻。
マルクス・フォルトンと黒騎士エリアスが、静かに、そして決定的に邂逅を果たした。
レオナルドの設定暴露その12
マルクス・フォルトン公爵について
高位の軍装に身を包んだ壮年の男。髭を蓄えたその厳つい見た目と態度とは裏腹に、冷静な思考を有している。
貴族派に所属する星八世貴族の公爵であり、貴族間では、軍との良好な関係を築いていたり、本人がかなり戦えるタイプのため、裏では野蛮人と言われている。
まだ若き頃、父から当主の座を受け継いでいて、光の帝国の未来についても、父譲りの考えであった。謁見の際に、罰を受ける覚悟で進言したが受け入れられず、クーデターを起こしてでもこの国を変えることを決意した。
その策として、商人や軍のコミュニティに入り込んで、今に不満を持つ者を扇動し、最終的な目的である開国を果たそうと計画。
銃に関しては、悩んでいたところに現れたソレを利用する手はないと考え、即座に量産体制を整え、バレないように地下で時間をかけて生産した。
父の考えに共感したり、なにかと一人で変えようする姿勢など、ユリウスと共通点が結構あったりする。
レ「人口増加における物資不足などの懸念に関しては、理解できる点はあるよ。発展途上国とかにありがちな問題だしね。
でも、光の帝国にそんな常識的な問題が起きることは、決してないんだ。
これをすごいと言うか、残念ながらと言うかは、公爵のことを考えると、なんとも言えないよ」
小説の方針について少し考えました。1から3章とは違い、4章では光の帝国の掘り下げの為に長いペースでの展開が目立ちますが、その展開についての考えが知りたいです
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正直、遅い
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普通
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気にしていない
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掘り下げは欲しい
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はよ原作入れ
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作者の好きにしてくれ
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逆に速い