その目を見ると 舌が乾く
玉体に近づけば 皿が置かれ
ゆらゆら揺れる黒が 鋭く伸びる
心を刺せば 赤が溢れ
零れたそれを 啜れば甘く
染まった黒で 爪を合わせて
イタダキマス
「殲滅…………ですか?」
エリアスの声は驚愕と戸惑いが入り混じったものだった。その背筋を、冷たいものがゆっくりと這い上がっていくのを感じる。
「そうそう♪ 皆殺っちゃて♪」
アンネリーゼは、無邪気な笑顔で告げる。その言葉に含まれる狂気に、エリアスは言葉を失った。彼女の可愛らしい顔立ちから放たれた台詞とはとても思えない。
オークディザスターとの戦争が始まる数日前のこと。突如変更された命令の内容は、エリアスの常識を根底から揺るがすものだった。
「目的は、クーデターの鎮圧だったのでは?」
ようやく言葉を絞り出すと、アンネリーゼは肩をすくめる。
「星十字騎士団の力を示すなら、殲滅の方がインパクトがあるでしょ?」
たったそれだけの理由で、レヴォルトの住民を殲滅しろなどイカれているとしか思えない。そんなエリアスの考えを、アンネリーゼは知ってか知らずか、ついでのおつかいのように頼む。
やはりエリアスは、アンネリーゼ・ベルツという可愛らしい少女の皮を被った化け物が苦手だった。
「これは陛下の命令ですか?」
「ううん。違うよ? でもさ…………」
アンネリーゼは長い睫毛の奥に、薄らとした笑みを浮かべた。
「レヴォルトの住民は多かれ少なかれ、光の帝国への不満を抱えている割合が、他の都市よりもずっと高い。今回のクーデターに、気づきながらも知らない振りをしている人もいる報告もある。これは不敬じゃない?」
その言葉は、氷のように冷たく、鋭かった。エリアスは唇を噛みしめながら即座に反論する。
「暴論です! 民衆が不満を持つなど、よくあることでしょう! それに、協力していなければ罪には問えません。私刑で殲滅など許されない!」
心の中で幼い日の記憶が蘇る。正しくあれ。正義であれと教えてくれた母の声。
「そう? 別にいいと思うけど。私はエリアスの意見は尊重するよ? でも、クーデターを起こした実行犯や協力者はちゃんと殺すよね?」
あっさりと意見を引っ込めたかと思えば、すぐにエリアスの急所を突いてくる。
「鎮圧で殺す必要はありません。全員、捕らえて罪を償わせます」
エリアスの声には揺るがぬ決意がこもっていたが、それでもアンネリーゼは、鎧の下から覗き込むように、エリアスの目をじっと見つめていた。
「嘘つき。本当は意味がないと思ってるくせに」
その一言に、エリアスの心が鈍く疼く。見透かされている…………そんな錯覚に襲われる。
「国家反逆罪は即死刑だよ? 協力者は懲役刑で済むかもしれないけど……、どうして大事な大事な国民の血税で養わないといけないの?」
アンネリーゼは、まるで芝居を演じるかのように大袈裟なジェスチャーで語った。彼女の唇の端には、冷たい皮肉が浮かんでいる。
「罪人にも、許される機会は与えるべきでしょう…………」
わずかに声が震える。その震えは、恐怖と怒りが入り混じっていた。
「エリアスは優しいなぁ〜、じゃあ良いよ、好きにやりなよ」
「…………えっ?」
あまりにもあっさりとした引き下がり方に、エリアスは呆気に取られた。彼女の真意が読めない。
「な~に? その反応。そんなにおかしかった?」
「…………いえ、そういう訳ではありません」
「どうせこれ以上言っても理解しないだろうし、後は実際に体験すればいいよ」
その言葉だけを残し、アンネリーゼはくるりと背を向け去っていった。エリアスは、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
その言葉の意味……それを理解するのは、それからすぐのことだった。
公爵が鋭く剣を構え、暗い庭の空に緊張が走る。エリアスと公爵は、お互いの間を測りながら絶妙な距離をとる。
「貴様が侵入した不届き者か」
「いいえ、貴方を国家反逆罪の容疑で連行しに来ました。大人しくしてくれると助かります」
エリアスは揺るぎなく答え、視線一つ動かさずに告げた。
「連行だと? 公爵である私を連行できる者など…………いや、そうか。貴様、星十字騎士団か?」
公爵は眉をひそめる。鋭利な刃先にも動じない相手を前に、ようやく確信を掴む。
「察しが早いのは助かります。星十字騎士団団長エリアスと申します。来ていただけますね?」
星十字騎士団には貴族への命令権と、緊急時の逮捕権がある。これが貴族たちの強い反発を招く要因の一つだ。
これまで大目に見られてきた些細な悪事でも、いつ無理矢理捕らえられるか分からない。一部の貴族は、そう考えてもおかしくない。
実際はそんなことは別にないのだが、自己保身に長けた貴族たちは、あらゆる手を尽くし騎士団の情報を探ろうとした。
しかし、貴族筆頭のエレナやテスタロッサがそんな浅はかな行動を許すはずもない。
唯一漏れたのが、「黒騎士エリアス」の噂だけ──。
曰く、その黒騎士は星十字騎士団の団長である。
曰く、その黒騎士は無類の強さを誇る。
曰く、その黒騎士の存在は貴族を処刑するためにある。
他の情報の一切が不明だというのに、何故かその情報だけは漏れた。それを杜撰と片付けるのは簡単だ。
しかし、公爵は一つの仮説に行き着いていた。エリアスはそのことを知ってか知らずか警告する。
「抵抗はオススメしません。貴方の武勇は聞いていますが、この状況を打開するのは不可能です。大人しく、然るべき場で裁かれてください」
エリアスの忠告に、公爵はわずかに目を見開いたが、何かを察したように自虐的な笑みを浮かべた。
「なるほど……、なんとなくだが読めてきたぞ。まぁいい、もう引けるわけでもなし。己の道を貫くまでだ…………」
「なにを言って…………」
公爵の独り言に困惑していると、公爵の剣が閃く。霊子兵装で剣先を受け止めると、火花が散り鍔迫り合いが始まった。
「貴様のような人間は、軍にもいたな。なんとも哀れな人間だよ」
鍔迫り合いの最中の動揺を利用し、公爵は冷ややかに告げる。
「私が、哀れですか? 今の貴方の方がよっぽど哀れでしょう。地位も、権力も、名誉も、貴方はすべて失ったんだ」
公爵の言葉に、エリアスは剣を滑らせるように受け流しながら反論する。
「そんなものは飾りに過ぎん!」
公爵は猛然と攻め立てるが、片手一つで対応するエリアスには到底及ばない。
「貴様は、己が正義だと思っているだろう? それが哀れだと言っている!」
「思うも何も、クーデターを起こす反逆者とそれを捕らえる私。どちらが正義かなど、明白だ」
エリアスは苛立ちを帯びた一撃で剣を弾き、公爵を吹き飛ばした。外壁に叩きつけられた公爵の体が軋むような音を上げる。
「それが哀れなのだ…………。一方の方向でしか思考出来ず、今を疑うことを知らない! さぞ幸福だろう。己を正義と謳うのは! 何も知らずに力を振りかざすのは! そんな操り人形に、私は負けるつもりなどない!」
なんとか立ち上がろうとする公爵を、エリアスは冷たくに見据える。
「反逆者の言葉は聞くに堪えない。結局、自分を正当化したいだけでしょう」
あくまで義務的だったエリアスの言葉に、感情が乗り始めた。公爵は、エリアスの嫌悪する様子に一層笑う。
「正当化に聞こえたか? 私は、正義などと宣ったことない。どちらかと言えば、悪だろうさ。だが、悪だからこそ成せることがある」
「言い訳は法廷でしてください。貴方のような、自分を正当化する人間が一番嫌いなんです」
「自分に重なるからか?」
その言葉に、エリアスは剣を大きく振るった。苛立ちの籠もったその一撃は、屋敷は横に真っ二つにする。
「最終警告です。せめて自分の意思で投降してください。力の差はこれでわかったはずです」
公爵はもう立てる状態ではなかった。外壁にぶつかった衝撃で、戦闘の続行は不可能だった。
それでも、剣を杖のようについてヨロヨロと立ち上がっては、自身の感情を吐露する。
「…………盲目に従うことに……なんの意味がある。皇帝とて人なのだ。時に、従わないことが忠義になることもある。
貴様にそれがあるのか? いや、ないだろう。貴様は与えられた正義を、自らの正義と勘違いしている。
不変の正義など……存在しない。正義は個人に宿るものだ。貴様のそれは……偽善者と同じだ」
そこまで言い切ると、エリアスは静かに拳を沈めるように、その鳩尾を貫いた。公爵は苦悶の表情を浮かべたまま、ゆっくりと崩れ落ちた。
「反逆者が正義を語るなど…………くだらない」
罪人を裁くのが私の仕事だ。法を犯し、不幸を呼び寄せたのは公爵自身。正しいのは、私のはず…………そうやって教えられた。
しかし、胸の奥で何かが疼く。誇り高く剣を振るったはずの自分に、なぜか澱んだ疑念が忍び寄っていた。
何故、何故…………私は罪悪感を感じているのだろうか…………。
「おや、お早いお目覚めですね? あの方は、最後まで甘い対応です」
「貴様…………確か、あの時の…………」
気絶から目覚めた公爵が薄っすらと目を開けると、目の前に立つメイドに視線を泳がせた。
「私のことを覚えていらっしゃるでしょうか? 覚えていなくとも構いませんが、まだ話はあるので寝ないでくれると助かります」
仮にも公爵に話しかける態度ではないが、もはや公爵ですらない反逆者のマルクス・フォルトンには、関係のない話だった。
「ここは…………」
マルクスは屋敷の外壁にもたれ掛かっていただけだった。拘束された訳でも、輸送されている訳でもない。そんな状況にメイドが一人、自分の前にいる。そんな状況に、マルクスは自らの運命を察した。
「意識が戻ったのであればお話します。私は、星十字騎士団マリー・ハーゲルと申します。貴方の執行人です」
その無機質な声に、マルクは驚きを失いながらも納得したように頷いた。
「……やはりか、法で私を裁こうとした時点でおかしいと思っていたが、黒騎士は道化だったのか」
「少し違いますね。貴方や、エリアス様も人形劇の一人に過ぎません。すべては陛下の思い通りの展開でした」
蔑むように冷たく見下ろすマリーは、ゆっくりと屈んでマルクスの耳元で囁く。
「計画を利用された挙げ句、良いように当て馬にされる気分はどうですか? 貴方の意思などすべて無駄、陛下に逆らう時点で未来などあるはずがないのです」
「それ以上はやめなさい」
凛とした声が背後から響き渡り、マリーの肩がピクリと反応する。
「何故でしょうか? ドーラ様」
その声に振り返ったマリーは、この状況に似合わないような可愛げに首を傾げた。
「陛下は、公爵を貶めるように命じてはいません。貴方はエレナ様に報告をしてください」
「…………かしこまりました」
しばらく見つめ合う二人だったが、やがてマリーが目を逸らして、自身の影へと消えていった。
「公爵、貴方は法で問われることはなくここで死にます。今回の件は、他の貴族が貴方を魔導具で操り起こしたクーデターということで処理されるでしょう。公爵としての名誉は守られ、フォルトン家は取り潰しまでは免れます」
公爵の処刑するのは、他への影響が大きすぎる。貴族へ反発している勢力を余計に後押しする形にもなる為、あくまで首謀者ではなく操られた被害者ということにした方が都合が良い。
しかし、その調整をするのは簡単なことではない。それこそ、国家そのものを自由に操らなければならない。
貴族間の派閥争い、軍の摩擦、民衆の不満、それらが一定達していたからこそ行おうとしていたクーデター。即時の対応が難しいと読んでいたそれは、いとも簡単に制圧された。
まるで、すべてを知った上で対応されたような違和感に、マルクスはどこまでが計画なのか予想すら出来ない。
「陛下は、貴方の意思をしっかり把握しています。ただ、貴方の考えは見当違いでしかなく、光の帝国は完璧に機能している」
ドーラの長い三つ編みが静かに揺れる。彼女は優しい手つきでマルクスの頬に触れ、最後に現実を告げた。
「せめて、貴方の忠誠が陛下の中で残り続けることを、陛下に忠誠を誓う一人として祈っています」
プツリと音がするのと同時に、マルクスの瞳から光が消えた。その魂は力と共に、ユリウスへと還元されていく。
錆びれていた大きな歯車が、予定されていた通りに崩れ落ちる。同時に、新たな歯車が同じ場所に嵌められた。
時計は変わらずに時を示し続ける。長針と短針が失われることはなく、振り子は一定のリズムを刻んでいた。
マリーは影の中からそっと現れ、ドーラの命令を忠実に果たすように、静かにエレナのいる私室のもとへ進み出た。
「エレナ様、ご報告に参りました」
石板のような魔導具に映るその光景を、エレナは黙って見つめ続けている。雪のように白い肌に浮かぶ僅かな緊張と、微かに震える指先だけが、その心中の乱れを物語っていた。
「そう…………」
エレナの声は人形のように淡白で、まるで自分でも言葉を発しているのかがわからないかのように途切れた。
マリーは、エレナを気遣うようにそっと訊ねる。
「陛下がご心配ですか?」
エレナは魔導具から視線を外さずに、淡々と答えた。
「相手はあの魔王だもの、心配にもなります。それに、戦わずとも強くなった証明など幾らでも出来るのに、ユリウス様はその全てを一蹴された」
魔導具の画面には、ユリウスとギィが激しく戦う姿が映っている。霊子の矢と魔力の閃光が飛び交い、衝撃波が空間を歪めかねないほどの衝撃は、遠目にも凄まじい殺気を帯びているように見えた。
エレナは、テスタロッサ以上にユリウスの決闘に反対していた。テスタロッサは、あくまでギィの強さと力を見せるリスクを考えてのことだったが、彼女にとっては理論を積み重ねるまでもなく、ユリウスの身を案じる想いが優先されたのだ。
ユリウスにとって、ギィに負けたことが大きなトラウマになったが、それはエレナにとっても同じだ。
帝国が瓦礫の山となり滅びたあの日から、応答のない毎日は、エレナに深い焦燥と絶望を刻みつけた。胸が締めつけられるような不安に押しつぶされ、眠れぬ夜が続いた。だからこそ、ユリウスの無事が伝えられたとき、安堵の涙を流した。
しかし今、再び同じ悪夢が繰り返されようとしている。魔導具越しに見守ることしか叶わない無力感が、彼女の胸に冷たい鉛を沈めたように重くのしかかった。
「マリー、貴方は心配ではないの?」
エレナが魔導具から視線を逸らし、彼女の顔を確かめる。最もユリウスを敬慕し、その無敵の姿を信じて疑わないマリーの瞳は、不思議なほどに冷静だった。
「陛下が負けるなどあり得ません。心配など、私如きが烏滸がましいでしょう。それこそ、エレナ様やアンネリーゼ様にしか許されない想いかと存じます」
その言葉には揺るぎない自信があったが、同時に何か底知れぬ狂気を孕んでいるようにも感じられた。かつてから仕えるドーラと比べて、その熱狂的なまでの忠誠心は他と一線を画している。
その様子に眉をひそめたエレナは、無駄話を打ち切るように視線を魔導具に戻し、次の報告を促す。
「…………それで、レヴォルトの件はどうなりましたか?」
「問題ございません。屋敷内にいた全ての生命は呑み込みました。公爵はドーラ様が対応なさるとのことです」
「……エリアスは?」
「陛下のお考え通りの結末になったかと、公爵の存在は、エリアス様にかなりの刺激を与えたようです」
その報告に、エレナは一息ついて最後の命令を命じる。
「後処理は貴方とドーラに任せます。身代わりは、予定通りの貴族を数名晒し上げるので、ゼローゼの方にも伝えてください」
「かしこまりました」
公爵が画策した密やかな反乱は、まるで呑まれるかの如くあっさりと潰えた。何もかもが光の帝国という巨大な歯車の中へと飲み込まれていく。
土台無理な話だったのだ。光の帝国には、深い影が存在する。それは何処にでも存在し、何処にもいない影。
深々と一礼する灰髮の少女の足元の長い影が、まるで意思を宿すかのように、ゆらゆらと黒い影が揺らめいていた。
それは生来の欠陥によって、どのような行為をも辞さない
それは光の全てに存在し、消える事のない存在を操る
それは特定の形もなく、命もない。ただ無機質な鋭さのみを持ち合わせる
それは光の帝国に潜む、誰も知る事のない狂気の怪物である
マリー・ハーゲル
レオナルドの設定暴露その13
フォルトン公爵のクーデターについて
公爵が長い間計画していたクーデターは、起こすことすら敵わずに失敗に終わった。それらの出来事は、すべて仕組まれたことであり、クーデターそのものを良いように利用されていた。
描写はないが、マリーの影によって屋敷の人間はほとんどが死亡していて、公爵の私兵が暴れていたのはマリーの影と■■■の糸が原因。
公爵は今回の騒動によって死亡。だが公爵という地位の人間が、クーデターを企てたのは問題として大きすぎる為、他の貴族が公爵を魔導具で操っていた事にして、公爵は哀れな被害者として光の帝国の歴史に残ることになる。
身代わりにされた貴族は、今後処刑される予定である。
仕組まれたクーデターの詳細を知っている者は少なく、ユリウス、エレナ、テスタロッサ、マリー、ドーラ、エイクスュルニル、カエサルはすべてを把握していた。
レオナルド、桐乃、レグネジィ、エリアスは一部関与してはいたものの、詳細を知っている訳ではない。
ユリウスがクーデターの芽を事前に摘み取らなかったのは、■■■■や■■■■の為である。
レ「今回はノーコメント。桐乃が心配だけど、これ以上言葉を挟めないよ」
小説の方針について少し考えました。1から3章とは違い、4章では光の帝国の掘り下げの為に長いペースでの展開が目立ちますが、その展開についての考えが知りたいです
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正直、遅い
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普通
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気にしていない
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掘り下げは欲しい
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はよ原作入れ
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作者の好きにしてくれ
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逆に速い