前回の続きからです。
急に背後から話しかけられた桐乃は、遅れて気づく。彼女たちからは特段悪意のようなものは感じないのだ。
レオナルドからは、皇帝直属メイドは変わった者が多く忠誠心が高いと聞いていた。
星十字騎士団が集まった場で「忠誠心はありません」と豪語した桐乃に対する印象は、てっきり悪くなっていると思っていたのだが、予想とは違う気安さに不安すら覚える。
「不思議ですか?私たちが桐乃様にここまで好意的なのは?」
そう疑問に思っていると、じっと桐乃を見ていたホルニカが話し始める。最近、思考を読まれてばかりの桐乃は少し自信がなくなっていくが、内心に留めて頷いて返す。
「先ほどこの子が言ったように、桐乃様は他の星十字騎士団とは違って陛下の希望の一つでもあります。我々は所詮手足、従わなければ価値はありません。それだけ桐乃様は特別な存在なのです」
「特別ですか⋯⋯⋯あんまり嬉しくはないですね」
「とはいえ、桐乃様の警戒も正しいものかと。私たちは桐乃様に思うところはありませんが、良く思わない者も一定数存在しますから」
自業自得なので何も言えないが、未だに自分の立場は危ういようだ。世渡りというものを母から学ぶ前に転移してしまった桐乃は、既に組織内で孤立しつつあった。
「まだ好き嫌いがはっきりしてて、私は良いと思いますけどね〜」
「失礼ながら桐乃様。ダ・ヴィンチ様は具体的なことまでは把握してらっしゃらないでしょうから、我々が説明させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
シャーラの言葉を遮り、ホルニカが桐乃に提案してくる。確かにレオナルドは政治関係に詳しいわけではないので、非常にありがたい。
個人的には、出来れば多角的な意見が欲しいので他の人にも聞きたいが、今はホルニカの説明を素直に聞くことにした。
「では失礼して。今の光の帝国では貴族・軍部・星十字騎士団の中でも三つの派閥があります。派閥と言っても明確なものではなく、それぞれの思想を主に三つのパターンに分けただけですが⋯⋯」
ホルニカの説明によると、星十字騎士団の正式な結成と共に光の帝国内の情勢はここ100年で見られない大きな変化を見せているそうだ。
まぁ、南東都市レヴォルトは半ば壊滅。市民の被害は大きく、星八世貴族のマルクス・フォルトン公爵は公爵の私兵の暴動によって死亡したことになっている。
その影響で他の都市にも商業的な打撃を受けることになり、市民にも動揺だけは伝わっていた。
実際はマルクス・フォルトンによるクーデターが始まる前に処理され、民衆にその事実が伝わることはなくカバーストーリーだけが広まった。
そのカバーストーリーは、フォルトン公爵を亡き者にしようと画策した何名かの貴族がフォルトン公爵の私兵を買収し、民衆にもサクラを雇ってクーデターを起こすという話だ。
そのいざこざの間にフォルトン公爵が禁止されている兵器を製造しているという話を明るみに出し、フォルトン公爵の地位を追い込むという流れだ。
そのための証拠は既に作られていて、偽のクーデターの話は噂という形で民衆にも伝わっている。いずれそれは事実として明るみになり、その貴族の何名かは貴族法で裁かれることになるそうだ。
「ここまではよろしいでしょうか?」
「公爵のクーデターを逆に利用して、偽のクーデターを起こしたんですか」
「はい。元々、フォルトン公爵の足を引っ張ろうとしていた貴族たちを誘導していました。クーデターというには小規模なものでしたが、事態そのものを大きくしたので民衆の不満は大きくなりました。
その状態で不満をぶつけられる犯人が現れれば、民衆は我先にと石を投げつけるでしょう」
フォルトン公爵の私兵の買収で起こす偽のクーデターなどの規模はたかが知れている。しかし、街の崩壊を魔法によるテロ行為として貴族たちに押し付けて証拠をでっち上げれば、民衆は正義という剣を手に入れることになる。
さらに噂という形で民衆の意識を傾け、後出しで事実が発表されると、まるで自分たちが暴いた事実だと誤認する民衆が現れ民意となる。
素直に信じない者がいたとしても、実際に被害者がいる状況ではカバーストーリーが主な流れとなっているので、大したことは出来ない。
行ったのが貴族だと言うのも民衆を操りやすい要因だ。いつの時代も、権力者が裁かれる様は一定数の人気を誇るものだ。
「マルクス・フォルトン公爵のクーデターを利用した理由は、貴族たちに緊張感を持たせることが主な目的でした」
ホルニカは霊子で関係図のようなものを空中に描き始め、今までの説明を纏め始めた。
貴族は細かい派閥を除けば、皇帝派閥と貴族派閥の二つの大規模派閥で纏まっている。その派閥の長はテスタロッサとエレナだが、どんなに上手く管理しても膿は生まれるものだ。
領地の管理が杜撰・裏組織への資金提供・野心の肥大化等など、細かい問題は時間を積み重ねるごとに膿は大きくなっていた。
膿が生まれないようにすることも可能だが、その場合は今まで以上の支配と管理が必要なる。ゴミは掃除するよりも生み出さないようにする方が遥かに難しい。
光の帝国では定期的な掃除が行われていて、それまでは必要悪として一時的な存在を許していた。今回はこれまでよりも大規模になったが、やっていることはあまり変わらない。
「貴族は中間管理職であり、時には民衆の不満の履き口としての必要悪ということですか」
「必要悪に必要なのは一部の愚か者だけですから。身の丈に合わぬ欲に目が眩んだ末路は、どのみち同じです。
その分甘い汁を吸わせていますし、有能であれば裕福な人生を全う出来ますよ」
ホルニカの言ったように、今回は貴族の負の面が現れたが基本的にはほとんどの民衆よりも裕福な人生を歩めるようになっている。光の帝国は、放置していた必要悪を都合の良いタイミングで利用してゴミ箱に捨てただけだ。
「なまじ貴族たちの悪意が本物なのが余計にタチが悪いですよ。小悪党を利用するのはより大きな巨悪と言いますが、ここまで大規模だと何も言えません」
「光の帝国内のことは大方説明致しましたし、次は外部の説明に移ります」
貴族の緊張を煽っても、今度は軍部という存在が大きくなってしまう。ここで出てくるのがオークディザスターの存在だ。
オークディザスターが光の帝国へ進むように、キルゲが率いる機密部隊が中央諸国の上部に行かないように妨害工作を行い、レーアがグランベル・ロッゾに対処させないように中央諸国全体に不安を煽った。
中央諸国が全滅しないようにするための処置でもあったので行った規模自体は小さいが、誘導そのものはオークディザスターの進路が元々西だったことやグランベル・ロッゾがルミナス・バレンタインの一件で余裕がなかったこともあり簡単に成功した。
そして光の帝国内の見晴らしの良い草原を決戦の地に設定し、全軍を衝突させて上手い具合に削り合うことにも成功。大量の死体と生きたオークのサンプルを手に入れた。
軍部はオークディザスターの討伐に息巻いていたこともあり、ほぼ全滅の結果は寝耳に水だっただろう。ちなみに、星八世貴族は星十字騎士団の介入をいち早く聞いていたため、レヴォルトのクーデターとの情報と繋がりに気づいていた。
「パワーバランスを保つために何万の軍を無駄死にさせたんですか⋯⋯⋯」
「平時には治安維持などに努めているので軍は必要ですが、如何せん数が多すぎますから。年々、軍に入れる基準を高めているとはいえ、何もなければ増えるばかりです。
他国の侵略の心配が少ない光の帝国ならでは悩みです」
「⋯⋯じゃあレヴォルトの地震やワイバーンの襲来も⋯⋯⋯⋯」
「慧眼でございます。光の帝国では災害の管理も行っています。レヴォルトの災害はエイクスュルニル様とレグネジィ様のお力です」
桐乃はここまで徹底的に管理している光の帝国へ、呆れと恐れがぶり返す。ユリウスはすべて視えていたという言葉の意味が、よりはっきりとした。
「すごいですよね〜ここまですべて陛下の思い通りなんですから。私たちも知らない狙いもあるでしょうし、未来が視えるって規格外ですよ~」
確かにすごい。私への期待と共に、光の帝国のバランス管理を行った。軍部と貴族は一時的に衰えると同時に、必死に今の地位を保とうとする者が増えていく。
そうなれば蹴落とし合いが活発になり、組織内での争いが激しくなる。落ち着く頃には、必要悪の種と生き残った有能な者がはっきりする仕組みだ。
「さらにここで星十字騎士団の存在が、貴族と軍部に大きな危機感を与えることになります」
星十字騎士団は貴族や軍部よりも高位の地位にある。このタイミングの設立は、制度の解体とまでは言わずとも規模の縮小までの予想は簡単だ。
クーデター・オークディザスター・星十字騎士団と三つの事件が引き金となり、急激に減った椅子の奪い合いはさらに加速していくことになる。
「さて、ここまでが前提として。これまで薄っすら存在した三つの思想派閥が今回の騒動で如実に現れました」
貴族は昔から皇帝派と貴族派で分かれていたが、もっと根本的な部分でそれぞれの思想が分かれつつあるのが、光の帝国の現状になる。
「一つ目は過激派。貴族なら皇帝派ということになります。陛下への過剰なまでの忠誠心を内外へと向ける者の主張が、今回の騒動で大きくなっているいま最も目立っている思想です」
「マリー先輩とか、チャンドラー様がこれに該当するんですよね〜。怖い人が多くて私は気後れしちゃうんですよ〜」
これまでほぼ表に出でこない陛下に、不満をぶつける者や皇帝などいない、もしくはただ傀儡でしかないと勘繰る者が一定数存在していた。
そんな者たちを快く思わず反発していたり、心の内に秘めていた思想を今回のことを皮切りに表に出した者などが多いのが過激派だ。
「二つ目が穏健派。貴族で言う貴族派ということになります。穏健と銘打ってはいますが、大まかに考え方が合致しやすい過激派と違い、ここは酷く考え方が違う者が多いです」
「私たちも、一応穏健派になるんですけどね〜。陛下には笑っていて欲しいですから〜」
穏健派は保守的な思想で、内部抗争を好まない人間や過激派の思想についていけない者が多い。しかし、中には皇帝陛下に対し忠誠心が薄く、利用したいだけの者も多く過激派以上に仲間意識が希薄な派閥だ。
「三つ目は中立派。過激派と穏健派に属さない人たちを纏めてそう呼びます。個々が独立している者が多く、思想も一番バラバラで派閥と言うには纏まりが一切ないグループです」
「キルゲ様やドーラ様が主な中立派なんですよ〜。星章騎士の皆さんも中立をとることが多いですね〜」
中立派は多少は形として派閥がある穏健派や過激派と違い、少数のグループすら存在しない。最古参のキルゲとドーラが明確に中立派と言っているが、派閥争いが面倒な人間が逃げ込むだけの場合がほとんどだ。
「如実にって言いますが、なんとなく固まってるだけで派閥争いなんて起こるのでしょうか?」
桐乃としてはそこが疑問だった。デモでもあるのかと思ったがそういう訳でもないし、同じような考えの人間が固まるのは自然だ。
国家の枠組みで、一つの思想しかない方が不気味だしおかしい。
桐乃の疑問を受けて、ホルニカは頷きながらその疑問に答える。
「ほとんどの場所で何か起こる可能性は低いでしょう。どこも管理され調整されている場所がほとんどですから。
問題は貴族と軍部の二つです。ここはある程度争わせることが目的でもありますが、間違いなく内部抗争になります」
「元々派閥争いが多い所ですから。仕方ないんですけどね〜」
内部抗争と言っても、いきなり暴力に走ることはない。行われるのは、それらしい理由を付け他者を落とし合って自身の権力を高める陣地取りゲームだ。
桐乃の立場上、まったくの無関係とはいかない。なにせ星章騎士で今は軍部の高官としての扱いなのだ。取り入ろうと近づく者が出てくる可能性はある。
「新人とはいえ影響力があり、明確に派閥に属していない私は、利用するなら都合の良い駒という訳ですか」
「現状はそうなるかと。星章騎士の皆様のほとんどが中立派に属していることを不満に思う者もそれなりにいますから、桐乃様をきっかけに他の星章騎士様たちを引きずり出そうするでしょう」
「桐乃様は、周りから見たら美味しい餌に見えてると思いますよ〜」
「余計なことを言わない!」
「ウゥッ!」
餌扱いされていることまで言うシャーラに、ホルニカは腹に肘鉄を入れて無理矢理黙らせる。並みの人間なら内臓が破裂する威力だったが、シャーラは痛そうにお腹を抑えて涙目でホルニカに抗議していた。
「酷いですよ先輩!か弱い乙女のお腹に肘鉄なんて、暴力反対!」
「口が軽いメイドに先輩として教育をしただけです。陛下が気にしてないからと直すのをやめていい理由になるわけないでしょう」
「先輩の意地悪〜!」
二人の話を聞いていた桐乃は、さらっと話に出ていた話を思い出したので、一応聞くことにした。
「二人は穏健派って言ってましたよね?」
「そうですよ〜。陛下が喜んでいたので、私たちは桐乃様に特に思うところはないんです〜」
「正確には、今の桐乃様が陛下が望む未来だったのだと、私たちは解釈しています」
桐乃の価値観もその生き方も、光の帝国では少数派で受け入れられづらい。過激派は桐乃を良く思っていない可能性が高く、穏健派も味方になるとは考えにくい。
かと言って、今の話だけで中立派に属するのは少々決断が早すぎる。
「星十字騎士団は、星章騎士以外にも団員はいるって話なんですけど。具体的にどのくらいいるんですか?」
星十字騎士団は皇帝直属の者を総称してそう呼んでいるだけで、ありがちな騎士団という訳ではない。桐乃もそこは知っているが、具体的なことまではレオナルドも知らないと言っていた。
せめて具体的な数は知っておきたい。全体図が見えなければ正解がわかる訳が無い。
「具体的な数までは私たちにも把握していません。星十字騎士団は不透明な所が強みでもありますから、同じ皇帝陛下直属のメイドが何人いるのかも知りません。
把握しているのはせいぜい百名程です。その内の五十名が過激派、三十名が穏健派、二十名が中立派でそれ以外となると私たちには難しいかと」
不透明さが強さか⋯⋯⋯⋯星十字騎士団が、皇帝に対する忠誠心が高いからこそ成り立っていることが良くわかる。
でも、これじゃあ不明な点が多過ぎて正解がわからない。
「誰もすべてを知らないってことはないですよね?それだと組織が成り立ちませんし」
「宰相のハッシュヴァルト様や星八世貴族でもある星章騎士の皆様なら把握していると思いますが⋯⋯⋯」
躊躇うながら口を噤むホルニカの両肩に、シャーラが手を置いて励ますように笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ先輩。昔とは違うんですし、もしも時は陛下に告げ口しちゃいましょう!」
「⋯⋯それは不敬よ。でも、そうですね。
桐乃様、恐れながら一つお願いしたいことがございます」
ホルニカとシャーラが深く一礼し、頭を垂れる。彼女たちの本題が思っていたよりもずっと重そうで聞くのを躊躇う桐乃だが、渋々続きを促した。
「⋯⋯⋯⋯とりあえず、話を聞かせてください」
「⋯⋯⋯単刀直入に言います。
私の同期を、探して頂けないでしょうか?」
[ホルニカとシャーラ]
皇帝直属メイドで、先輩と後輩の関係になる。ホルニカはそこそこ古株のメイドだが、シャーラは割と最近。
ホルニカはドーラに直接素質を見出されたが、シャーラは男爵家出身の三女で知らない人と結婚したくなかったので、メイド学校に通い見事直属メイドになった。
[皇帝直属メイドになる条件]
皇帝直属メイドになるための絶対条件は“絶対的な忠誠心を持つことが出来る素質”があること。
その他の技能の類はドーラが定めたラインを越えてさえいればいい。どれだけ優秀でも、“絶対的な忠誠心を持つことが出来る素質”がなければ皇帝直属メイドにはなれない。
皇帝直属メイドになると、今までの人生の記録の一切を消去されてまったく新しい人生を歩むことになる。断ることも可能だが、今まで断った者はいない。
[メイド育成学園“トロイエ”]
ドーラの提案で、ユリウスの身近に信頼のおける者をつけるために用意された教育機関。首都のゼーレの広大な土地の一部を使用しており、千名ほどが在籍している。
在校生は12歳〜25歳までの平民・商人の娘・貴族の長女以外の娘などの様々な女性が在籍していて、全寮制で日夜厳しい訓練を受けている。
入学自体は平民でも簡単だが、半年に一回ある定期試験で合格しなければ赤文字を貰う。三度赤花を貰ったら即退学で、復学はない。
赤花は素行不良や問題行動でも貰うため、普段の生活から注意が必要。
年に2回ある各分野の六つの試験で三位以上になれば白花を貰う。卒業には三つの白花が必要。しかし、卒業には最低三年間の在籍が条件あり、七年以上の在籍は出来ないため強制退学となる。
設立当初はここまで厳しくなかったが、人口増加や需要の観点から量よりも質が求められるようになり、これほど難しくなった。
トロイエを卒業したメイドというブランドは、貴族たちの中でも人気の証。(卒業しなくともメイドにはなれる)
ドーラとモネが纏められた生徒の情報の中から、見込みのある者を選定している。白花は他の貴族たちがわかりやすく優秀のメイドだとわかるように用意された成績でしかなく、ドーラとモネが直接鍛え、ユリウスが聖人にすればある程度の実力は担保されるため、成績は最低限のふるいの役割。
ちなみにマリーは在籍すらしておらず、エヴァは歴史上白花と赤花を最多で貰っている。シャーラは3年間で35個の白花を獲得して卒業している。
この作品で好きなキャラは?
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ユリウス・ベルツ
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エレナ・ハッシュヴァルト
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アンネリーゼ・ベルツ
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ギィ・クリムゾン
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ミリム・ナーヴァ
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エルメシア・エル・リュ・サリオン
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テスタロッサ
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松平桐乃
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レオナルド
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エリアス
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カエサル
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マリー
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ドーラ
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ザイドリッツ
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キルゲ
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エイクスュルニル
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原初の魔人
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マルクス・フォルトン公爵
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松平透
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その他