バンビちゃんは可哀想なほど可愛いって、心の中のジジが言ってた。
黒い霧に覆われながらも暗闇から姿を現したのは、蜥蜴か蛇に近い巨大な頭だった。
「最近、何でこんなに巨大生物の相手ばっかりなんですかね。神に苦情でも入れたい気分です」
「ハッ!デカいだけの奴なんて、あたしのカモじゃない」
得意分野の相手だと知り、バンビエッタは得意気に笑う。霊子兵装でサーベルを形成し、剣を振ると霊子の弾が数発射出される。巨大生物が避ける素振りは見せずに直撃すると青い炎のように爆ぜ、黒い霧ごと巨大な頭は爆炎に包まれた。
「油断しないでください、まだ生体反応は消えてません」
「いちいち言わなくても油断なんてしてないわよ。ていうか、あんたもなんかしなさいよ」
「サポートに徹するので、攻撃は任せます」
「命令ッすんなッ!」
桐乃はバンビエッタに攻撃させて、巨大生物の反応を確かめるつもりだったが、言うよりも前に爆炎の衝撃が肌まで伝わる程の爆撃を繰り返している。
(これじゃあ何も見えない)
「すみません、ちょっと威力弱めてください!」
「はぁ?さっさと肉塊にすれば終わりじゃない」
「今回は調査と安全確保が目的なんですから、この罠について色々調べとかないと困るんです!」
水での押し流し→巨大生物の出現までが一連の罠だとすると、巨大生物が一度しか出てこないとは限らない。こんな深海の遺跡にいることから、巨大生物が体が魔素で構成された魔物であることは確か。
餌なども必要としておらず、罠に掛かった存在を殺すためだけの存在と仮定すれば、この巨大生物を倒せば終わりとはならない。
(何より、この部屋全体の魔素濃度が他の通路の数百倍はある。元々魔素濃度が濃い場所だったのに、もはや普通の生物はこの部屋に入っただけで死ぬ)
「そんなの後でいいでしょ!コイツを殺した後でゆっくりやりなさいよッ!」
爆撃を打ち込むことを止めず、更に追撃を爆炎の立ち込める空間に喰らわせる。その音だけで鼓膜が破けそうな衝撃だが、“明星”の敵性反応は消えていない。
「
バンビエッタが話を聴いてくれることを諦め、何があっても良いように複数体のポーンを用意しておく桐乃。しばらく爆撃の衝撃に慣れるまで続き、十分は経ったであろう頃、バンビエッタが爆撃を止める。
「こんだけやれば、死なない奴なんていないでしょ」
バンビエッタ・バスターバインの
霊子自体が爆弾では無い為、剣で打ち払う・防具で爆発を防ぐなどの物理的防御は不可能であり、物理的防御をしようとすれば、霊子が触れた瞬間に武具そのものが爆弾化し爆発してしまう。
単純無比でありながら防御不能の強力な力と言えよう。が、それはダメージが入るという前提で成り立っている力とも言えた。
「は?」
爆炎が晴れ、二人の目に入ったのは、変わらずにそこにいる黒い霧を纏った巨大生物。否、ソレは徐々に暗闇から全身を現し、とぐろを巻いて全貌を露にする。
「アナコンダが魔物化したら、こんなに大きくなったりするんですかね」
現実逃避するように呟いた桐乃だが、現実はそれよりもずっと酷い。黒い霧に覆われて分かりにくいが、その見た目は蛇に酷似はしていても、明確に違うと断言出来る。
特徴的な髭に蛇にはない鹿のような角、獅子の鬣に近いものを持ち前脚らしき三本指の鉤爪を備えていた。
それは龍であった。
竜種ではない。
この世界にいる竜種は3種のみ。
しかし、そこにいるのは竜種に遜色ない威圧感を放つ龍だ。
「はぁ!?なんで無傷なのよ!ただの魔物が、あたしの『爆撃』を無傷で受けきれるはずないじゃない!」
バンビエッタが動揺する気持ちが桐乃はよくわかった。聖文字は強力だ。実際に聖文字を持つ桐乃は、その力を直に体験している。
あの爆撃だって、決して本気ではないと言っても、そこらの魔物なら何も残らずに消し飛ばされているはずだ。しかし、現に龍はソコに鎮座し、静観していた。
「⋯⋯⋯ッ!」
「え?ちょ、何処にいくんですか!?」
「何処って、逃げるに決まってるでしょ!?」
バンビエッタに言われて、初めて桐乃は逃走という手段に気づいた。そのことに思い至った桐乃は、内心で焦る。
(そうだった。逃走も一つ手段だ。別に調査が目的であって、戦闘に拘る必要なんてない。なんでわたしは戦ったり、罠に乗るようなことしたんだ!)
桐乃は気づいていなかったが、この海底遺跡の任務にかなり油断して参加していた。これまでは身の安全が保証されておらず、透というトラウマの存在、糸を引いていたであろう相手という気の抜けない状況が続いていた。
しかし、そのほとんどは解決。聖文字という力をコントロールし、透やアンネリーゼという強敵との試練を乗り越えた。その成功体験が桐乃の余裕を取り戻すと共に油断となった。
そもそも、桐乃にだって好奇心はある。知らない国に一文無しで放り出されれば不安になるが、安全と金の保証があれば純粋に文化などを楽しむことが出来るだろう。
今の桐乃は、まさにその浮かれ具合と似ていた。ゲームの二週目で強い武器を手に入れて浮かれたプレイヤーのように、桐乃には余裕という油断があったのだ。
気づけたバンビエッタのおかげと言っていい、真っ先に逃げる選択が取れるのは、今の桐乃には大きな学びであり、教訓にもなる。
だが、それは普通の敵である場合に限った話だ。
これまで静観していた龍が大きく口を開くと、そこに霊子が収束していく。滅却師が矢を放つような単純な原理。ただ霊子を収束し放つだけでもこれだけの違いがあるものなのかと、桐乃は目の前の光景を疑った。
狙いは桐乃ではなく、飛廉脚で空中を滑空して背を向けているバンビエッタ。彼女が気づくよりも先に放たれた霊子のブレスは、直撃して爆散⋯⋯⋯⋯⋯する前にバンビエッタが空中で落ちた。
「あ、危なかった⋯⋯」
「あんた、今」
「ワームホールですよ。逃げるなら転移か影に潜ってください。肝を冷やしました」
「どっちも出来ないのよ⋯⋯」
「出来ない?」
悔しげに絞り出した声で否定したバンビエッタに、桐乃は転移と影への潜航を試みるが、どちらも失敗。特定よりも外側の空間に転移しようとしても、弾かれたように失敗するのだ。
「空間が断絶されている?さっきからホルニカさんとシャーラが出てこないのは、そのせい!?」
「どうすんのよ、逃げれない上にあたしの爆撃を無傷な奴と戦いたくないんだけど」
「わたしのミスです。わたしが取り返します。とりあえず、指示に従ってください。思ったよりもずっと不味い状況です」
「あんたに従うのは癪だけど、今回だけは特別に従ってあげる。感謝しなさいよ」
「それはどうも、聞きたいのは一つだけです。火力は後どれくらいまで上がりますか?」
黒い霧に覆われた龍は、ブレスを放った後も静観の姿勢を崩さない。それは強者である者の余裕か、それとも別の狙いがあるのかは不明だが、桐乃にとっては好都合であった。
「本気でやるわけ!?」
「大マジです。下手に長引かせても、こちらにメリットはありません。殺るなら一瞬に賭けます」
「⋯⋯ッ!違ってたらただじゃおかないわよ!」
渋々とといった様子ではあるが、バンビエッタは桐乃の作戦通りに行動を開始する。桐乃から離れながらも龍とは一定の距離を保ちながら移動していく。
「
桐乃は呼び出したポーンの内の一体を
巨神兵は龍の頭に掴みかかるが、パワー負けしているのか龍が頭を振り回せば、遠心力の勢いのまま巨神兵の体は宙を浮く。何とかしがみついてはいるが、そう長くは持たないだろう。
「あの白い牡牛よりもパワーありそうですね。どうかしてますよ、ここ最近の運は」
簡単に自分の中の常識を壊してくるこの世界に、桐乃は後方で巻き込まれないように下がりながら悪態をつく。こんなのがポンポンいたら、世界の方が先に壊れている。つくづくバランスがおかしい理不尽に、桐乃は
それから数分も経たない内に、巨神兵は振りほどかれ頭を噛み砕かれて呆気なく霊子の光となって消えてしまう。龍は消えた巨神兵に目もくれず、再び桐乃を見据える。
「様子見は終わりですか?」
龍に言葉が通じるかなど桐乃は知らないが、駆け引きになるのならその方が都合が良いと話し掛ける。その言葉に応えたのかは不明だが、龍は大きく口を開きさっきのブレスを放とうと霊子を収束していく。
“明星”の対霊子結界など紙のように消し飛ばすであろうそのブレスに、桐乃は動じない。当たれば死ぬような攻撃なんて、嫌と言うほど見てきた。消し飛んで死ぬくらいなら、まだマシな死に方だと言い切れる自信すら湧いてくる。
そして無情にも放たれるブレス。その場から動かない桐乃に命中する直前、薄く口角を上げて宣言する。
「キャスリング」
言葉と同時にその場から掻き消えた桐乃、代わりに現れた小さなルークの駒がブレスで消し飛ばされた。だからといって龍が驚く様子は見せない。ワームホールを見た後では、似たようなことをしただけという評価で収まる。
「二番煎じもいいとこですが、それだけ転移も入れ替えも強いモノですから⋯⋯⋯悪」
「どうでもいいから早く撃ちなさいよ!」
桐乃の独り言にバンビエッタが割り込んでくる。桐乃が入れ替わったのは龍の頭の遥か上、この空間には天井がないことは明星のレーダーで把握済み。バンビエッタにルークの駒を持たせて“入れ替え”を行えばすべての準備が整うようにした。
バンビエッタは既に完聖体を使っている。血の赤い光の翼と
「
呼び出したルークの身を覆う程の大盾は形を変え、白騎士の象徴たる鎧は変化していく大盾のパーツへとなっていく。それは砲と言えば良いのだろうか、大盾の名残りは残りつつも巨大な砲身を携え龍へと向ける。
龍は上を見上げるが、大きく動く様子はない。撃ってみろと言わんばかりだ。
「上等じゃない。舐めたそのツラにかましてやるわッ!」
「コントロールするのわたしなんですよ!?」
「弾はあたしの力なんだから、あたしのおかげよ!」
「もうどっちでも良いんでッ!集中してください!」
口論を挟みつつも砲身には血のように赤い光が収束する。その光を見て、龍が初めて動揺したように唸る。気の所為かもしれないが、桐乃にはそう見えたのだ。
「「
ソレが放たれた瞬間、空間が燃え尽きたように消え失せる。まずあり得ない現象だが、確かに存在した現象が起きたかと思えば、龍の全身にたちまち爆撃と爆炎が襲った。
“神の業火”は本来狙い撃つというアクションの必要がない。一度放てば放った空間からピンポイントで延焼し爆炎が襲いかかる必中の一撃である。
更に、『爆撃』の聖文字の力は撃ち込んだ対象を爆破させることが可能。霊子が爆発するのではなく、バンビエッタが霊子を撃ち込んだ対象が爆発する防御不可の爆撃。
回避も防御も意味をなさない、必中必殺の業火こそが即興で編み出した桐乃とバンビエッタの合わせ技であった。
爆炎の光で暗闇で完全には把握出来なかった全体像が見えてくる。蛇のようにうねるその体躯は、上から見下ろしていても把握仕切れない巨体だ。
「今思ったんですけど、この空間⋯⋯どう考えても外より広いですね。ここまで大きいのも、龍の体躯を収容しておくには必要でしょうけど」
「どうでもいいわよそんなの、あんた重くて持ちづらいのよ」
「重いのはわたしではなく、明星とルークの方です」
「だからどうでもいいって言ってるでしょ!?」
空中で対空しながら身の丈を超える砲身を扱う経験などなかった桐乃は、念の為バンビエッタに支えてもらった状態で滞空していた。案の定、バランスが崩れそうだった所を支えられていたので桐乃の判断は正解だったのだが、重いと言われるのは心外だ。
強めにバンビエッタに否定したが、本当にどうでもいいと言う主張に桐乃は渋々引き下がる。二人が地面にゆっくり着地すると、急に目眩が襲いかかる。
(⋯⋯ッ!そこまで負担にならない戦い方をしたつもりだったですが、自分で思ってたよりも消耗しているんですかね⋯⋯)
まだまだ慣れない戦闘行為に、精神的な疲れが知らぬ間に溜まっていたのかと考えながら、さっさとここを離れようと進言するためにバンビエッタの方へと向くと、そこには目と鼻から血を流すバンビエッタがいた。
「なっ⋯⋯⋯」
そのまま倒れたバンビエッタを見て絶句する桐乃だが、即座に原因を探るために思考を深めていく。
(原因は?外傷は見当たらない。星章騎士なら、病気になんてならないし、毒にも耐性を持っている。龍はフェイクで、これが罠?いや、それでもおかしい⋯⋯⋯)
明星の毒物の検知には何も引っ掛かっていない。仮に毒だとしても、検知と耐性を掻い潜る必要がある。そんなこと、ただの罠にしては高性能すぎる。
(この海底遺跡のレベルを見誤った?あんな龍がいる以上、そこまで思考に入れるべきだった)
ふと、鼻に触れると手には血が付いていた。自分にも毒が回ってきたのかと悟るが、明星は何の反応も見せない。
そこに追い打ちを掛けるように、“神の業火”をまともに喰らったはずの龍が平然とした様子で桐乃を見ていることに気づく。
「ハッ、何で気づかなかったんですかね」
この空間に、毒物などを撒布する噴射口などは見受けられない。何か特殊なギミックでもあるのかと思ったが、答えはもっと単純だった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯その巨体で、毒なんて持つ必要ないでしょう。ふざけんな」
恐らく、龍が毒を撒布していたのだ。ゆっくり、ゆっくりと気づかれないようにジワジワと二人の体を毒が犯し切るまで待っていた。今までの攻防はとんだ茶番劇だった。
(何故かピンピンしているし、少しはダメージを受けろ理不尽め)
そんな悪態を内心と態度でつきながら、痺れて震えだした四肢の力を振り絞り、思うように動かない口を開いた。
「
桐乃の前に現れたのは空間そのものにノイズが掛かったナニカ。色や形、それが内包するエネルギー量、それらすべてが認識出来ないナニカだった。
そこに確かに存在しているはずなのに、認識出来ない違和感がその場にいる者を蝕む。
「タダで負けるほど、潔い性格なんてしてないんですよ」
ついには口から血を吐き出し始めた桐乃だが、構わずに■■■■■に手を伸ばす。それに指が触れるも、桐乃の目の前が真っ暗闇に覆われ、意識を手放した。
形を持たないナニカは、ノイズをより激しくさせて一つの形を形成していく。色は群青のように青々と輝き、光沢のある鱗に覆われた四肢が地面を砕く。
蜥蜴に禍々しい角が生えたような頭は、見ただけでも獰猛であることを現し、鳥な翼に酷似した氷の翼はジャラジャラと一枚一枚の羽根が音を鳴らす。しかし、尾だけは鎖が絡み合った歪な形を持ち、その先には一本の巨剣が繋がっている。
ドラゴン⋯⋯そう表現するのが最も近いのだろうが、鳥の翼に鎖の尾を持つドラゴンなど誰も知らない。増して、それが竜種に近いエネルギーを発しているとなれば尚更あり得ない存在であった。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!!」
雄叫びとも感じ取れる声を挙げたナニカは、未だ動かず見据える龍へと襲いかかった。
[キャスリング]
城兵(ルーク)の駒は、昇格以外にもキャスリングという能力を持つ。キャスリングはルークと桐乃の位置を入れ替えるシンプルな能力だが、桐乃が動いていない状態のみ入れ替わる。
小さな駒にしても能力は使えるので、ワームホールと使い分けている。“転移”ではなく“入れ替え”が本質のため、ある程度の転移の阻害などを無効化する。
[錬金術師(アルケミスト)]
城兵は盾持ちの白騎士だが、昇格すると身の丈程はある砲へと武装が変化する。能力は“変換”、あらゆる物を弾として撃ち出すことが出来る。
価値が高い物であるほどその力は増していき、弾にした物の性質に似通った力に変化する。
錬金術師はどちらかと言えばビショップだが、桐乃の錬金術師のイメージは機械義手でインファイトしたり、手合わせ錬成での質量攻撃をしているためルークになった。
[神の業火]
バンビエッタの完聖体である“神の火”と桐乃の究極能力『超克之神』の“超克代行”を併用し、“錬金術師”の砲の一撃に変換した攻撃。
完聖体そのものを変換した一撃であるため、その攻撃は最低でも国一つ程度であれば軽く消滅する威力を持つ。
威力と範囲をある程度調整可能、今回は使用しなかったが範囲を最大にすれば“神の業火”を放った瞬間に空間が繋がった場所であれば、世界全体に延焼させることが出来る。その場合は、威力が普通の炎程度に落ち着くが世界中の動植物が死滅することになる。
本来、聖文字レベルの力の塊をここまで自由に変化させるのは“超克代行”であっても厳しいが、『爆撃』というシンプルな力であることと、バンビエッタが聖文字の制御を桐乃に完全に委ねたからこそ、ある程度変化させることが出来た。
『爆撃』と『燃焼』の概念を拡大解釈した攻撃であり、大抵の人類を一番綺麗に滅ぼす方法が、恐らくコレ。
[■■■■■]
形を持たないナニカ。ノイズに覆われ、何も感じ取ることが出来ず、ただ存在することだけが分かる。
桐乃の切り札ではあるが、本人もコントロール出来ておらず、本質も理解していない。そもそも使い方を間違っている。
群青色に光沢する鱗の四肢に鳥の翼に酷似した翼、巨大な鎖が絡み合い、先には巨剣が括り付けた尾を持つドラゴンと化したが、それは酷く歪であり、チグハグであった。
この作品で好きなキャラは?
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ユリウス・ベルツ
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エレナ・ハッシュヴァルト
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アンネリーゼ・ベルツ
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ギィ・クリムゾン
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ミリム・ナーヴァ
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