酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
虚を突くのが上手い女だ。
帰雁はいつも
言うだけならば易いこと。されどこの趣旨というのは、声をかけられる己がLv.6の冒険者であるという一点にある。
「佳い月が出ている。今晩は、アルフィア」
「【
「おお。……やんちゃでござるなぁ」
放たれた魔法を緩やかに避けた笠頭は、まるで子猫に飛びかかられたような反応で苦笑した。
その肉体はたかだかLv.2の強度。直撃すれば即死を免れぬ脅威を叩きつけられ、その下手人に笑いかける精神性は異常である。
そも能力値からすれば、回避すらあり得ぬはずの超克だ。音速の攻撃を何故躱せるのかと尋ねたこともあるが、返ってきたのは「勘」という身も蓋もない一言であった。
否、仮に当人が認識できておらずとも、才禍たる少女にはその原理が手に取るようにして分かる。
女は見て、感じて避けている。己に向けられた暴力的な衝動の予兆を。
「……貴様も懲りない奴だな」
それほどの反射を手に入れるまでに、一体どれだけの研鑽があったのだろうか。数えきれない反復が只人の技を養い、身体を超えた本能にまで焼き付けられている。
女は「百年生きた」と言った。「百年剣を振るった」と言ったのだ。
人生を十段飛ばしで駆け上がる少女にとって、その重みは計り知れない。
本来の意味での人域の限界。対して神域の臨界にあるアルフィアだからこそ、この女が秘める真価を正しく認知できたのだ。
その
それでも癪なことに違いなく。
「この物好きめ」
「ふふ。隣失礼するでござるよ」
邪険にされることを楽しむ姿は超越存在のそれとも似ている。
忌々しいことこの上ないが、屋根に登られてしまっては手を出すこともできない。この廃教会を気に入る最愛の妹は、怒ると女神泣かせに怖いのである。
それにこの女の話をすると、メーテリアはとても喜ぶ。妹の癖に妙にアルフィアに姉さんぶって、「友達は大切にするのよ」などと虫唾の走ることを言ってくるのだ。
大切なあの子が本心から喜んでいることが分かるから、姉たるアルフィアはいつも言い返せないのであった。
だから仕方なく……本当に仕方なく、奇怪なエルフが傍にいることを許してやる。
酒臭いのは我慢ならずとも、この女の微睡むような声は聞いていて不快でなかったので。
「……拙者星を見るために、十三年待ったことがござる」
「は?」
にしてもこの酔っ払いの唐突さはどうにかならぬ物かと、少女は顔を顰めるのであった。
「流星を見たことは?尾を引き夜に流れ、アッという間に見えなくなるのでござる。しかしそれが風流でなぁ」
懲りぬ奴だと悪態を付かれ、帰雁はふと昔のことを思い出した。未だ神に師事する以前、一人で荒野を彷徨っていた頃のことだ。
「拙者がとある山岳の集落に行き着いた時、丁度祭りをしていてな。何事かと問えば『昨夜星々の群れが流れたのだ』と答えられ、次はいつ流れると尋ねれば『十三年後』と教えられた」
「それで待ったと?十三年を?」
「うむ。実際は十二年と少しでござったが」
「……貴様は底無しの阿呆だな。幾ら長命といえど、よくもそれほど悠長な」
アルフィアが呆れ返るが、流石にそれには自覚があった。
当時は自らの寿命を把握していなかった為、或いは此処で命尽きるも一興とすら思っていたのだ。我ながら随分と悠長で、同時に刹那的すぎる思考である。
「その上な、結局群星は見られなかったのでござるよ」
十三年の月日のうちに、自らの田畑まで持ってしまっていた。集落を出る際里長に投げ渡してしまったものだが、今年も稲穂は実っているのだろうか。
「何せ引き連れる星屑が随分と小さく、遠目には一つ星が流れたようにしか見えなんだ。マしかし幽玄なものでござって、それに満足して集落を出た」
興味なさげに眉を顰めていたアルフィアが、ギョッとして目を見開いていた。帰雁の言葉は到底正気の沙汰ではない。
十三年。ヒューマンの姉妹の人生全てをふいにして、この女は呑気に笑っている。築き上げたものもあっただろう土地を未練なく離れ、得たのは流れ星の輝きだけ。
当人は虚しさすら摘んで酒を飲んでいるのだから、もう救いようがなかった。
どうしようもなく苛立たしく、妬ましく、そして悔しい。アルフィアはこの上ない殺意に駆られた。
何故だ。私であれば斯様に無為なことなどするものか。どうして
ソレが私のものならば。メーテリアのものならば。いや、違う。お前であっても、お前であれば。
お前だからこそ、もっと、
「確かに懲りぬのだなぁ、拙者は」
しかし激情はある一点に達すると、ふっと霧散してしまう。
低位の冒険者であればそれだけで気絶するような威圧を受けて、帰雁は困ったように笑うばかり。
途端全てが馬鹿馬鹿しくなって、アルフィアはその横顔を睨むに留めた。
偏愛の気がある自らの主神が、この女の勧誘をあっさりと諦めた理由を、明確に察せられてしまったからだ。
「……ふん、どうせ酔いどれて暮らしていたのだろう」
「いやぁ当時はまだ酒の味を知らず、棒振りと農耕の他暇潰しもなく……。如何したでござるか?不思議そうな顔をして」
「貴様は生まれた時から千鳥足かと思っていた」
「ふ、であれば良かったのだがな。然らばあの時、格別に美味い一杯を呑めたでござろうに……」
……いつかこの女は、この夜のことを思い出すのだろうか。
かつて眺めた流星を語ったように、アルフィアというヒューマンを誰かに話して聞かせる日が来るのだろうか。
きっと何でもないように言うのだろう。棒に振った十三年と同じく、アルフィアに袖にされたことすら夜半の酒の肴にして。
独特の距離感が心地よく、同時にまた苛立たしい。
「……直に『
「おや」
「祝い酒を用意しておけ。下手な物を飲ませてみろ、その舌引き千切ってやる」
大した意味はない。
ただ通り過ぎてばかりの渡り鳥に、足を止められる場所が在れば良いと、柄にもなくそう思った。
「……ヒューマンの発育はいまいち良く分からぬのだが、ぬしって酒を飲んで良い齢でござるか?まだまだ幼子でござらん?」
「年長者ぶるな酒浸りが。第一私は冒険者だぞ。成年も何もあるものか」
「いや拙者だいぶ年長者……」
「【福音】」
「ッ今掠った!今掠った!頭クラクラするでござる!」
「五月蝿い……!」
結局「夜中に近所迷惑でしょ!」(近所など無い)と怒るメーテリアにぷりぷりと叱られ、揃って屋根の修繕をする羽目になったのだが。
凍えるのは不味いと借り受けた羽織はすっかり肌に馴染んでしまって、それがまた実に気に食わないのであった。
「じゃ、この子の二つ名は【
「異議ナーシ」「いぇーい」
「嫌だあああああ!」
悪意しかない神々による公開処刑が為され、弱小派閥の男神は悲痛な声を上げた。
何せ可愛い眷属に悲惨過ぎる二つ名がついたのである。ハムスターの寿命は2、3年。シンプルに縁起が悪すぎであった。
混沌を愛すロキもまた腹を抱えて惨状を笑い、涙を拭いながら周辺の神々を窺う。
フレイヤは興味なさげに整えられた爪を眺め、ヘルメスは相変わらずヘラヘラしている。へファイストスは呆れ顔。
ディアンケヒトはすっかり帳簿に夢中で、ヴァリスのことしか頭にない。
獲物を探すロキの糸目に、これまで気に留めていなかった陰気臭い神が映った。神らしく整った顔立ちに反し、無精かつ根暗が滲み出たような居住まい。
神会の閉会が宣言される中、ロキは悪い笑みでその神に近づく。
「邪魔するでー」
「……邪魔をするなら帰れ」
「はいよーっ……って帰るか!なんやねん、自分案外
「?」
「あーッ!これは帰雁ちゃんの主神やわ!
「うわっ、ロキが陰キャに絡んでる」「かわいそ……」「相変わらずの絶壁っぷり」
「喧しわそこぉ!」
シャーっ!とロキが牙を向けば、「こわいなー」「とづまりすとこ……」とそそくさ去っていく零細神々。実にきたないキッズ共である。
と、キッズ共に続いて尋ね人までそそくさ去って行こうとしたので、慌ててロキは彼を留める。油断も隙もあったもんじゃないのであった。
迷惑そうな顔を隠しもせず、酒神ソーマは深い溜め息を吐く。
「ハァ……何か用か?取引に関しては眷属に言え。俺は何も知らない」
「ちゃうて、お宅の子のことやん」
「眷属の行動に俺は何も介入していない。何か問題を起こしたなら……」
「それもちゃうて!いや違わんのか?せやけど帰雁ちゃんがなんとかしたしなぁ」
ぴくりとソーマの眉が動いた。明らかに思う所がある顔である。透かさずロキは身を乗り出し、ニンマリ笑って畳み掛ける。
「あないにおもろい子どこで見つけたん?破滅願望の享楽主義、正気も腕もキレキレて。あんなん居るだけで諍いを呼び込むような子やろ」
「……向こうから来ただけだ。神酒の匂いを嗅ぎつけたらしい」
「ほんま?惜しいことしたわぁ。フィンの前に会うてたら多分、ウチはあの子の為に戦争でも起こしてたんとちゃうかな」
「ロキ」
フレイヤが立った。常に優美な美の女神はしかし、秀麗な顔に警戒を露にしている。
同郷の狂気をよく知る彼女は、その“冗談”が容易く実行され得ることを知っていたからだ。
しかしロキはヘラリと笑い、あくまで“冗談”であることを強調する。
「今のウチは【
「あらそう。なら良かったわ」
一瞬にして旗色の悪さを悟り、さっとフレイヤが身を翻す。
い〜ッ!とその後ろ姿へ変顔をするロキ。
「自慢……?」
「なんや、あんま本神には言わへんの?ウチが神酒を褒める度に、ニコニコ喜んでてんけど」
「アレは酒ならなんでも歓ぶ。俺の神酒に限ったことでは……」
どこか諦めの滲むソーマの言葉に、ロキははてと首を傾げた。世界でもはやこれ以上の酒は飲めまいと、嘘のないあの子は誇らしげだったのだが。
「そら……あれやんな、コミュニケーションっちゅうのが足りてへんねん。ほな一遍飲み明かしてみたらええわ」
「アレとか……?」
本気で当惑したような声を受け、ロキもまた困惑した。
酒神の癖に、眷属と酒を飲み交わすことがそれほど不思議なものだろうか、と。
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