酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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リフレッシュ

 

 東のメインストリートに接するこじんまりとした洋館は、かつてとある神が建てたものだ。

 ギルド管轄の整然とした建築が並ぶ中、富裕な冒険者の邸宅にも見える外観は異彩を放つが、不思議と話題に上ることは少なかった。

 

 その正体は旅館である。創業した神が天へと還り、現在『女神』の庇護を受けるこのホテルは、看板を『レテの安らぎ』という。

 料金は時価。当然そこらの宿と比較にならない額が見積もられるが……同時に買えないサービスもない。

 

 数多の英雄と神々は、実に密やかにこのホテルを愛した。「一見さんお断り」のスタンスは、客が現世で最も尊い血統を持とうとも同様だ。

 彼女もまた他のファミリアに所属する同胞に紹介される形で、この隠れ家の存在を知ったのである。

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。『アルヴの王森』で生を受けし、穢れなきハイエルフ。【ロキ・ファミリア】副団長を務める実力を誇る魔導士でありながら、女神をも凌ぐ麗しのひと。

 彼女がこの店を訪れたことに大した理由はない。ただ久しぶりにガレスと大喧嘩をしたことや、フィンの好ましからぬ策謀を知らない内に実行していたこと……

 

 或いは言うことを聞かない新入り。意地を張り合う古武者たち。他ファミリアを招いたダンジョン攻略会議での小競り合い。上位ファミリアの眷属からのパワハラ。エルフ達に向けられる行き過ぎた崇拝。更にはロキの絡み酒。リヴァイアサン討伐の余波でも仕事が増え、それでも本分たる魔導士としての修行は欠かせずに、副団長としての責務も重くなり……

 

 つまりはありとあらゆるストレスが、リヴェリアに休息を促したのである。

 オラリオは大概ストレス社会であるが、間違いなく彼女は頂点にいた。要は限界だったのだ。

 

 とはいえ生来の誠実さゆえに、無責任に本拠を飛び出す真似もできず。よって彼女は目につく業務を粗方片付け、きちんと始末をつけてからこの休暇に臨んでいる。

 結果としての仕事量は変わらないし、生真面目すぎる性格はどう考えても損を生んでいるのだが、そればかりは当人の性分であった。

 

 更には以前いじけて行方を晦ませた主神に倣い、「探さないで下さい」と書き置きも残してきた。主神が言ったことには、それがある種の作法であるそうなので、彼女はきちんと形から入ったのである。

 あの時の三首領は呆れるばかりで大事にせず、ロキも「探しに来い自分ら!!!」と三日で本拠に帰ってきたから、自分だって同じように休暇が許されて良いだろう。そのはずだ。多分。恐らく。

 

 ……さて。それなりに冷静さを失っていたリヴェリアは、吹っ切れた気持ちで洋館の門を叩いたのであった。

 

 

「よくぞお越しくださいました。リヴェリア様。貴女様のお迎えが叶いましたことは、この老僕の最たる栄誉の一つでしょうな」

 

「あまり畏まるのはやめてくれ。他の者と同じように、利用客の一人として接して欲しい」

 

「ええ、そのように致しましょう。少しでも貴女様をお慰め出来れば良いのですが」

 

 深夜の入館に嫌な顔もせず、小人族の紳士がティーポットを置いて微笑んだ。

 齢そのものはリヴェリアが勝るだろうが、彼には単純な歳月で測れぬ貫禄がある。一見穏やかそうな風貌であっても、佇まいは只者でない。

 

 老いた支配人自らゲストを迎えたもてなしは、素朴な気遣いで彼女を癒した。ハーブティーの香りに甘みはなく、すっきりとした味わいをしている。

 

「……美味しい」

 

 久しぶりに味を認識したような気がする。落ち着いてものを食べるのはいつ以来か。

 夜更けの静けさを実感することにも違和感があるほどで、日頃の喧騒を改めて突きつけられた心地だ。

 何故だか視界が滲んできて、リヴェリアは慌てて目元を押さえる。彼女は……疲れていた。

 

 否、途方に暮れている場合ではない。折角余暇を作ったのだ。さて寛ぐぞと気合を入れ直し、何をしようかと考える。

 宛がわれた部屋で不貞寝するもよし、大浴場で身体を清めるもよし。書庫に貴重な本があるそうだから、それを読み漁るのも楽しそうだが……。

 

「……酔いたい気分だ。夜分遅くに済まないが、バーを開けてもらえないだろうか?」

 

「ええ、勿論。暫しお待ちを。今配置の者に伝えて参ります」

 

「ありがとう」

 

 リヴェリアとて冒険者だ。ストレスの発散は飲酒に限る。そうして彼女は案内されたカウンター席に腰掛け、大して腹も満たさないまま次々と酒を頼む。

 

 上位の冒険者なだけあって相当なハイペースでグラスが空き、それが連なってはボトルが開き、バーテンダーの顔が青くなっていく。

 エルフの美姫の接待を任され張り切っていた従業員は、恐る恐る声をかけるも

 

「 は?まだよってないが? 」

 

「酔ってる人はみんなそう言うんです……!」

 

 そして日が差し込む頃には、彼女はすっかり出来上がっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 怠い。眠い。疲れた。

 風邪でも引いたかと百薬の長を貰いに行ったところ、あのソーマにまで「顔色が悪い」と指摘されてしまったので、いよいよ調子を崩したらしい。

 

「調子が悪い?また悪酒でもしたのか」

 

「信用ないでござるなぁ。普通に体調崩しただけぞ」

 

「……普通に……体調を…………?」

 

「えっそこ疑われることあるか?拙者概ね人の摂理に則ってござるよ?」

 

 億劫そうに朝食を摂りつつ、怪訝げに眉を持ち上げる主神。念押しすれば更に訝しむ顔をされ、帰雁はちょっぴり傷ついた。

 なんとなく彼の中の眷族像が察せられた上「なら寝ていろ」と神酒も恵んで貰えなかったので、しょんぼりして本拠を出る。

 仕方がない、開いている酒場でも探すか。静かに飲みたい気分だったのだが。

 

 しかし時刻は午前四時半。お天道様が顔を出し、細々と勤めを始めた頃合いだ。酒場も早々開いていない。

 

 つまり主神相手に寝起きドッキリ並みの早朝突撃をかました訳だが、幸いソーマは職人であるからして、彼の朝は早かった。あまりに不定期な眷属の帰宅に動揺もなく、彼は諦めの境地にある。

 一方で眠そうに主神の朝食を手配していた団長は、酒カスの奇襲的電撃帰宅を受けて二度寝(きぜつ)した。全く大した午前様だ。家人に心労をかけ過ぎであった。

 

「しかし怠い……」

 

 鈍い頭が回らない。出血こそ止まったものの、体には違和感が残っている。全身を打ちのめされ続けるような痛みは、明け方まで巻き込まれていた乱痴気騒ぎのせいだ。

 

 衣を一枚駄目にしたし、気に入りの酒場も潰れたのだから、今宵はとことんツキがなかった。いやもう昨夜か。太陽昇っちゃってるでござるしな……。

 愚図りながら刀の柄を撫で、どうにかならぬかと“連れ合い”を窺う。日頃じわじわと傷病を治してくれるその存在は、緩慢に袂辺りから登場するも。

 

「し、萎れている……」

 

 呼び出せば喜んで飛び回るはずの小さな精霊が、ヘニャヘニャと掌に不時着する。心なしか輝きも弱く、死にかけの蛍のような儚さだ。

 

 近頃何かと荒事が多かったので、治癒に頼りすぎてしまっていたらしい。流石に休ませてやるべきだろう……。

 帰雁は労わる気持ちで神秘の塊を摘み上げ、乱雑に襟巻きの中へと放る。魔法種族にあるまじき手際(アプローチ)であった。

 

 昨夜は酷い目にあった。近場で顔見知りの胡散臭い男と飲んでいた所へ、突然【ゼウス・ファミリア】の連中が乗り込んできたのだ。

 聞けば男は数年前壊滅させられた【オシリス・ファミリア】の元幹部であり、懲りずに二大ファミリア転覆を狙っていたのだという。

 

『……マジでござるか?』

 

『マジ』

 

『いつかやると思ってました!』

 

 爆笑しながら指を鳴らす男。雪崩れ込んでくる白装束。日頃の茶目っ気を消し武器を抜いた【暴喰】と、最強ファミリアの精鋭達。

 そして勃発した大乱闘により、店はハリケーンが直撃したような有様になった。公的には存在しない闇営業の酒場といえど、こんな最期はあんまりだ。

 

 店員達が逃げる中、無駄に物見高い帰雁は居座っていたが、ぶっちゃけ満身創痍である。レベルの格差はほぼ絶対。第一級冒険者を相手取って無事でいられるはずもなく、情け容赦なくこてんこてんにされた。

 完璧に威力を受け流そうと、Lv.2の肉体には十分過ぎる破壊が起きる。即死と気絶をどうにか躱わし、辛うじて死ななかったというだけだ。

 

 肉が裂けては逃げて、骨が折れては逃げて、一手打ってはまた逃げてと、一撃離脱の極致を走らされた。一番危うかったのは【暴喰】の味方撃ちだ。ゼウスの連中はそういう所があるのである。

 

「というか拙者嵌められたのでは……」

 

 「奢り」の文言を信じてノコノコとついて行った大間抜けは、再び倦怠の溜息を吐いた。都合の良い話には裏があるものだ。とはいえ死人を詰っても意味はない。

 ちょっとした知り合いが死んだことに、何も思わぬ訳でもなかった。ヒューマンなど百年も保たぬ命のくせ、どうして命を使い潰すのだ。

 

 眠りたくはない反面、暫し頭を休ませたかった。ただそれなりに落ち着いた場所で、飲み直したい。

 

「……ああ、良いところがござった」

 

 言い値でどんなサービスも買える店だ。ドレスコードを満たしていないのは今更でも、隅っこにくらいは置いてもらえるはず。

 元はアルフィアに連れて行かれた場所であるが、今は神酒の取引もしているから、それなりに顔も利くのである。

 

 そしてたどり着いた高級ホテルで……顔見知りのどえらい美人が、ぐでぐでに管を巻いていたという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きさまなぜここに……いやいい!そこになおれ!」

 

「うむ?」

 

 横暴な態度で命令されて、帰雁は戸惑いつつも従った。この酒カスは基本絡む側なので、絡まれることに慣れていないのだ。

 とはいえ「面白そう」に指針が傾き、大人しく姿勢を正してみる。

 

 しかし何かが気に食わなかったのか、バンバンとリヴェリアがカウンターを叩いた。高貴な耳まで赤ら顔だ。相当な酔いっぷりである。

 

「ちがう!もういい!ここにすわれ!」

 

「うむ。寛大な心遣い感謝する」

 

「そうだぞ!わたしはな、かんだいなんだ。えらぶるつもりもない。なのにみんなして、わたしがたかびしゃとか、おたかくとまってるとか、そういうことを……!」

 

 寛大を自称する時点で中々のものだが、実際それは事実なのだろう。エルフの事情など知らないが、彼女は正真正銘の王族らしい。

 仰がれることが当然の中で育って、そう形成し得ない性質を持っているのは確かだ。

 

 いよいよ愉快な気持ちになって、帰雁は彼女の隣に腰掛けた。静かには飲めなさそうだが、これもまた良し。

 酒に酔った美女なんて面倒なものは、万人が人生の楽しみにすべきである。

 

 

「なあ、酒頼んでも良いでござるか?」

 

「いいぞ!わたしものむ」

 

「ウン。清酒を。チェーサー付けてくれ」

 

 リヴェリアの反対側の手で平和を示せば、心得たバーテンダーが三つグラスを差し出してくる。

 帰雁はそのうちの一つを彼女に渡した。リヴェリアが飲む。

 

「みずみたいなあじだ……」

 

「上善水の如しと云うであろ(適当)」

 

「そうか……しみるな……」

 

 ちびちびと水を舐めるリヴェリア。ちょろいもんである。一方酒場で水など頼んだこともない帰雁は、二杯の清酒を手元に置いた。

 

 蛇の道は蛇というように、酔っ払いの道は酔っ払いが知っているものだ。帰雁は上手く傍の女をあしらった。水を飲んでいるだけなのに、彼女の上戸は変化していく。

 

 まず怒った。怒り上戸だ。リヴェリアは誇り高く憤り、とにかく荒くれが多い冒険者の不真面目さを批判する。

 話を聞かない。締め切りを守らない。すぐ喧嘩する。基礎をサボる。そのくせ叱ると逆ギレてくるし、最悪だ。

 

 次に泣いた。泣き上戸だ。リヴェリアはリスク管理の甘さを指摘し、そのせいで死傷した仲間たちを嘆く。

 私がもっと言い聞かせておけば良かった。ファミリアの規律を預かるのは私だ。私の責任だ。私が、私が。

 

 最後に落ち込んだ。落ち込み上戸だ。これが一番長かった。

 目的のためならどこまでも邁進する執念を持ち、人を鼓舞する指導者としてのカリスマを持つフィン。一見乱雑なように見えてバランス感覚に優れ、誰からも尊敬されるベテランのガレス。

 ロキは理想的なご意見番だ。広い見識で確かにファミリアを支える一方、気さくな人柄で支柱となって、経営方針には口を出さない。口喧しい自分とは正反対だ。

 

 彼らが上手くやっているのに、自分だけ「疲れた」などと言えるものか。そんなことをグズグズグズグズ、益体もなく愚図るのであった。

 

「はえー、真面目な娘は大変でござるなぁ」

 

 帰雁はアホの顔で愚痴を聞いていた。リヴェリアの吐露する不甲斐なさは、このちゃらんぽらんが感じたことのない類の葛藤だ。共感性と責任感がカスなのである。

 

 酒カスは「難儀する娘よな」と他人事に思って、何一つ為になるアドバイスをしなかった。完全な置き物だ。高貴な泣き顔で酒を呑んでいただけである。

 

 直に愚図り疲れたリヴェリアが寝てしまったので、彼女を部屋に放り込むだけが仕事であった。

 その頃には体調も回復していた為、そのまま帰宅して寝る。暮らしに周期という周期が無く、昼夜逆転すら生ぬるいような生活をしているのだ。

 

 しかし美女の絡み酒セラピーにはそれなりに効果があるらしい。いずれ癌にも効くようになるやもしれぬ。

 

 

 

 

 

 

 『黄昏の館』は大騒ぎであった。何せあの生真面目な副団長が家出なんてものを決行したのだ。

 「おおおお落ち着け!こう言う時は素数を数えるんや……」と役に立たない主神を置き去りに、慌てふためく団員たちはオラリオ中に散った。

 

 街が【ゼウス・ファミリア】と【オシリス・ファミリア】の残党の抗争で賑わう中、呑気に歩いていた酒カスに声をかけたのは、他ならぬ団長のフィンである。

 

「リヴェリア殿?ああ、今朝方見たでござるよ」

 

「本当かい!?それは何処で!」

 

 事もなさげに言う帰雁に、苦手意識も忘れてフィンが詰め寄る。帰雁はウーンと首を傾げたのち、言葉を選びながら言う。

 

「(紹介制の店ゆえ)言えぬ」

 

「は!?」

 

「流石にあの(泥酔した)有り様をお主らに伝えるのは哀れでござるし、当人も(二日酔いだろうから)放っておいて欲しかろうし……」

 

「どういうことだ!リヴェリアに何をした!」

 

「拙者?拙者は(話を聞いていただけで)何もしておらぬよ。ただ……」

 

 

 にんまり。笠の下の口元が笑む。

 

 

「可愛らしかったぞ。気丈に振る舞えど、まだまだ小娘でござるなぁ?」

 

 

 

 

 

 結局責任感からリヴェリアが本拠に戻ったのは、その日の昼過ぎのことである。周囲から掛けられた心配の言葉に目が潤んだのは、決して宿酔のせいだけではない。

 

 尚なんであんなに怒ったでござるか?と被害者面をする酒カスに、フィンは決して謝ることがなかった。

 

 




今回は割と被害者()

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