酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
肌も髪も身も心も、何もかもが白いからだろうか。赤い唇は血潮が沸滾るようで、それがこの少女によく映える。
頬は林檎と同様に色付き、眦は甘やかにとろりと蕩けて、まるで熱病に浮かされたような面持ちだ。
実際間違ってもいないのだろう。この間まで無邪気に笑っていた幼子は、すっかり大人びた顔をする。
「私……好きなひとが出来たの……!」
「ふーん。拙者もこれまでの命でござるか」
最凶の友人が溺愛する妹に死の宣告をされ、帰雁はあっさり絶望した。
打首獄門は免れまい。問題はいつ執行されるかという段階に来ている。
少女はぷりぷりと憤り、「もうっ、そういう冗談は良くないのよっ!」とぽてぽて肩を叩いてくる。
それがまた蝶が羽ばたくような弱々しさで、なんとも虚しい感情に襲われるのだ。
メーテリアは病弱な少女だ。リヴァイアサン討伐以降発作が増えた姉の方も大概だが、こちらは輪をかけて体が弱く、まともに外を出歩くことすら儘ならぬ。
しかし大層おねだり上手な一面があり、帰雁はいつも彼女の我儘を聞いてやらねばならなかった。『静寂』の武威が見え隠れすれども、この少女のご機嫌取りはやぶさかでなかったのだ。
身の回りの世話はそれなりにしていた。【ヘラ・ファミリア】遠征の際は話し相手として通っていたし、【ディアンケヒト・ファミリア】まで処方箋のお使いに行くことも珍しくない。
或いは彼女が望むように夜の街で天下を取らせてやったり、『
花見がしたいと言うから廃教会に桜の木を無理やり咲かせ、うっかり人を攫うタイプの生命を生み出したこともあった。
都度執行されるアルフィアの制裁は割と洒落にならないのだが、メーテリアの助命嘆願で生き延びることを繰り返してもいるので、最近はマッチポンプを疑わないでもない。
何度も願いを叶えてやるうちに、それは確信に変わりつつある。
『ぬしも案外
恨み言を吐けばメーテリアはかわゆく微笑み、『そうよ。私は悪い子なの』と言い放つのだ。
『悪い子のお願いを叶えるなんて、貴方は悪い大人ね』
……想像して欲しいのだが、拳の隙間にひよこが悪戯で入り込んできたとして、それを即座に握りつぶせるだろうか。恐る恐る開いた掌の上で、呑気に昼寝まで始めてしまったら?
心根の優しい少女にとろとろ警戒心無く懐かれると、トンチキエルフも何も出来なくなってしまう。
姉が姉なら妹も妹だ。人畜無害そのものの癖に、とんでもない娘なのであった。
アルフィアに聞くところによれば、メーテリアはそう我儘を言う娘では無いらしい。むしろ望みなど殆ど言わないから、ファミリアの者たちが困り果てているほどだと言う。
とはいえ帰雁が叶えた『お願い』を思えば、悪い遊びに付き合ってくれそうな無責任な馬鹿が居ないだけであって、家族に壁がある訳では無いのだろう。
「ねえ帰雁……」
「嫌でござる。無理でござる。死にたくないでござる」
「一生のお願いっ……!」
「重いッ……!」
お願いお願いと甘えられ、貴方しか居ないと縋られて、私のこと嫌いなのね……と拗ねたのち、最後は甘えたが戻ってくる。
その頃には帰雁も「仕方ないでござるなぁ……」と頷く準備が出来ているのだ。もはやお約束であった。
「はぁ……。全く困ったおひいさまよな。拙者に何をやらせたいのだ?」
「彼とデートがしたいの。週末はグランド・デイでしょう?少しでも良いから、一緒に過ごせたらなって……」
「そうか……(諦め)」
廃教会の隠し部屋で細い体をカウチに投げ出し、頬を赤らめて微笑む少女。姉と瓜二つの容姿なのに、その姿は万人の庇護欲を擽る。
やっぱり死刑宣告じゃござらん?断頭台を前にして、帰雁は安らかに微笑んだ。
ギロチンなんて人道的なものはオラリオに存在しないが、
「……分かった、アルフィアを連れ出せば良いでござるな。しかしぬしを一人には出来ぬぞ。他に協力者は?」
「いるわ。治癒に来てくれている【ディアンケヒト・ファミリア】の子と、それから【ゼウス・ファミリア】の……」
「待て。なんと言った。よりによって【ゼウス・ファミリア】?……ぬしってば何処の馬の骨に惚れちゃったでござるか???」
「……耳を貸して」
聞き咎めれば擦り寄ってくるメーテリア。そして囁かれた想い人の名に、さしもの酔いどれから酒が飛ぶ。
終末デート♡どころの騒ぎではなかった。少なくとも一人の冒険者が惨殺され、最悪二大ファミリアによる絶滅戦争が始まりかねない厄ネタである。
えっ、引き金引いちゃうのか???拙者が???もう彼奴めを闇討ちした方が早くござらん???
帰雁が絶句して頭を抱えているうちに、美貌の処刑人が帰宅してしまう。
「……ぐ。ぐぬ。ぐぬぬ、」
「どうした。酒当たりか?」
珍しく此方を気にかける素振りのアルフィアに対して、巫山戯る余裕は皆無であった。
……所詮浮世は遊興である。そもそもオラリオは
ええい儘よ。明日の月日は無いものを!
ドキドキと両手を重ね、祈るように見つめてくるメーテリア。無垢な期待を一心に背負い、帰雁は壮絶な笑みで魔王に挑む。
「へ、へい彼女。週末空いてる?拙者とナウいデェトしない?」
「
その日もなんとか生き延びた帰雁は、【静寂】との数時間を勝ち取ったのであった。
神代も降らぬ太古の時代、地の底に通じる大穴から、世界には三つの厄災が顕現した。即ち『陸の王者』ベヒーモス、『海の覇王』リヴァイアサン、そして『黒竜』■■である。
降臨した神々は
『
原初。冒険者とは森を拓く風であった。夜を燃やす炎であった。闇を照らす光であった。嵐を越える船であった。
絶望が蔓延る地上に在って、彼らは紛れもない“英雄”であった。矮小なる人の身が朽ちようとも、彼らの躍進は人類の栄光そのものだ。
故に人々は心を躍らせ、その背に夢を見たのである。『
遺された希望は幾千年を超えて実を結び、遂には悲願の一角に届く。
『陸の王者』が斃れた日。
とはいえど、正味お祭り騒ぎの口実に対し、どれだけの者が感慨に耽けろうものかという話である。
何なら立役者たる『
さて、多くの者が期待に胸を膨らませたグランド・デイだが、生憎幸先の良い一日ではなかった。朝から曇りに曇った空は、昼から重たく膨んで、いよいよ雨が降り出してしまったのだ。
それによりメーテリアが体調を崩し、キレ散らかしたアルフィアが雨雲に大穴を空けようとする一幕も挟まったが、問題はそこでは無い。
なにせ作戦の前提が崩れたのだ。メーテリアはぴゅうぴゅう大熱を出し、
「飴細工など……また来年のグランド・デイでも出回るだろう。何なら職人を脅ッ……職人に頼んで、特別に作らせることだって出来るはずだ」
アルフィアが病床の妹に訴えかける。『飴細工』というのは彼女を自らから引き離す為に、妹が用いた口実だった。
とある生産系ファミリアの出店では、実に精緻な飴菓子が売られるらしい。メーテリアはそれをねだり、姉に良いものを選んできて欲しいと頼んだのだ。
お姉ちゃんを遂行する為、アルフィアは
しかしヤカンの湯を沸かせそうな高熱の妹を見て、覚悟が解けてしまったらしい。メーテリアが瞳を潤ませる。
「もしも……もしもわたしが丈夫だったら、一緒にお祭りを楽しめたのに……」
「メーテリア……」
「……だいじょうぶ。他に人もいるし……熱が下がる薬も、苦かったけど飲んだもの。あのね、折角のグランド・デイに、少しでも楽しい思い出が欲しいの。お願い……」
普段以上にとろとろとした口調で、メーテリアがぐずぐずと甘える。世にも珍しく、アルフィアが途方に暮れた顔でこちらを振り返った。
帰雁は壁に寄りかかったまま肩を竦める。
「拙者が遣われてやっても良いが……そういうことではなかろ?」
コク、とベッドの少女が弱々しく頷く。
『デートがしたい』というのは、或いは初めから口実だったのかも知れない。
一人では部屋から一歩も出られない程に、病弱なメーテリア。グランド・デイとてそれは同様で、同時に姉たるアルフィアも、彼女の側を離れることは無かっただろう。
ただ……メーテリアはもどかしかったはずだ。偉業を称える祭典の日でさえ、静かな廃教会に閉じこもる自らの姉。
リヴァイアサン討伐戦における立役者、世界に希望を齎した一人。そんな自慢のアルフィアが、己が功績の偉大さを知ろうともしないのだから。
これほど素敵な姉を持って、世界に誇りたくない妹がいるものか。此度の少女の我儘は、そんな些細なことだった。
とはいえ他所の姉妹関係に首を突っ込む義理もなく、帰雁は腕を組んで目を瞑る。
帰りたい気持ちが無いとは言えないのだが、ここで帰った方が後味が悪いのである。
結果として。アルフィアは人を殺しそうな顔で身支度を整えた。衝動が解放されたなら、間違いなく第一被害者として発見される羽目になるので、正直勘弁して欲しい。
薄着の少女にケープを着せ、マントを着せ、フードを被せる。
「よく暖かくするのだぞ。ぬしまで風邪っぴきとは洒落にならぬゆえ」
「お前は『生き物は温めれば元気になる』という幻想を捨てろ。そんなことで病が癒えるなら、私はとっくにメーテリアを火口にでも突き落としている」
「極端でござるな……。そんなことしたら流石にあの子は溶けちゃうであろ」
「……あの子
「実際どうなのだ?Lv.7とかぶっちゃけバケモンでござるよ。炎如きで燃えたりするのか?」
「自然法則には逆らわん」
「本当にござるかぁ?」
「……筈だ。恐らく」
「っふふ」
「おい。貴様私を揶揄ったのか」
「いやいや滅相もいや待てそれ本当に折れちゃうでござるって!」
傘の中では逃げ場がない。Lv.7の握力で握りしめられた左手首は、容易く砕け散ったのであった。
クラネル氏からベルくんを搾り取った女なら強いよなって……(言い訳)
滅茶苦茶な奴が滅茶苦茶するのも好きだけど、滅茶苦茶されるのも好き……
どの要素が好き?
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酒(酒)
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