酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
少なくその時点において、神エレボスは観客の立ち位置にあった。
元来この神は消極的な気質をしていて、或いは物臭とも呼べる側面がある。
というのも其が司るは原初の幽冥、うっかり揺らげば神話体系ごと崩れかねない根本的な概念であるので、彼は神にあるまじき生真面目さで置き物に励んでいたのだ。
その頑固っぷりたるや神界でも随一。使命に対して一途なあまり、その辺の神々から「なんかよく分からん奴」と思われていたのも、まあ無理のない話であった。
よって彼が引き篭もる地下神殿には、神友たるヘルメスの他に訪れる者もなく。
かの奔放なトリックスターの目には、友神の
エレボスは大分マトモな神である。天より地下が肌に合うし、世を二分するなら闇を領分とするだけで、別に「下界を混沌に戻してやるぜヒャッハー!」的な考えは持っていない。
当然世界を牽引するつもりもなければ、そもそも眷属を作る気すらなかった。どうしても放って置けない子がいたので、我慢出来ずに拾ってしまっただけなのだ。
にも関わらず神格の高さゆえか、彼は「マジパネエっすパイセン」的な扱いを受けていた。
野心もないのに。欠落すら可愛いただ一人の眷属に、時たま遊ぶ場所を与えてやれるだけで良いのに。
……実の所彼が用意する『遊び場』はそれなり以上に凄惨なのだが、誰もそれを指摘してはやらないのであった。
そんな自分を棚に置き、エレボスは邪神共に引いていた。
最強夫婦相手に数百年単位でやり合う執念もさることながら、血みどろ残虐大抗争が常態化したクノッソスの環境にはびっくりである。
特に同郷のタナトス辺りとは、今後の付き合いを考え直したいくらいであった。ちょっとアレな所があるのは知っていても、真面目な神だと思っていたのに。ここまでヤバい奴とは思わんだろうが。
気儘に暮らす分には悪評も都合が良いクノッソスだが、今回は事情が複雑だ。
勢力バランスの面倒さは勿論のこと、変異種こと『ダンジョンの寵児達』に手を出せば、管理者たる
すると【ギルド】懇意のファミリアが本腰を入れてくるやもしれないので、黒幕扱いされるのは流石に不味い。
ゼウスが君臨する神の世だ、天界でそう在ったのと同じく、エレボスは表舞台に立つつもりがなかった。今後とてあるまい、とも考えている。
……天地が逆さになる程の、未曾有の事態でも起こらぬ限りは。
「そういう訳だ、客人にはそろそろお帰り頂こう。側から見る分には愉快だが、これ以上盤面を引っ掻き回されては敵わない」
「はあ。そうですか。……別に良いのでは?」
「ヴィトー、そう拗ねるな。悪かったよ。血湧き肉躍る祭りを前に、お預けのような真似をさせて」
悠然と笑む主神を仰ぎ、眷属は貼り付けたような表情を崩さない。口角をあげて目を細める。『喜』の感情を示す動作を機械的に実行した形である。
一挙一動が空々しいからだろうか。それなりに年若いはずが、やけに老いて見える青年だった。ペラペラの仮面を被ったまま、彼は芝居がかった仕草で一礼。
「滅相もありません。ご用命とあらば野鼠のように地下を這い回ることも、蝙蝠を演じることも致しましょう。我が主は献身に報いて下さる方であると、私はよく知っていますから……」
どストレートな嫌味である。男神は「この子顔に出るよなぁ」と微笑ましく思って、口には出さずに神意を飲み込む。
「分かっているとも我が眷属。これで『おつかい』は最後だ、あの剣士に落とし物を届けてやるといい。多少の寄り道は構わないから、好きに遊んで来るが良いさ」
「おや……宜しいのですか?」
またしても白々しい。既に散々悪巧みをしている癖に。もはや慇懃の裏を隠そうともしない眷属に、彼は思わず顔を綻ばせた。
傍目には底知れない含み笑い、結果として出力される『
満足したエレボスは二振りの刀を取り上げ、布に包まれたそれを眷属へと手渡す。足が付きそうにも程がある打刀も厄介だが、問題は太刀の方だ。
「ただし刃に触れるなよ。零落した
「……ええ、仰せの通りに。私もまだ人生に未練がありますから」
持ち去られる本体に引き連られ、恨めしげなソレがチラチラ揺らぐ。
果たされなかった使命を忘れ、己すら失くした哀れな残滓。振るい手と引き離されて腹を立てたのか、盗人の死体はカラカラに乾涸び、魔力まで吸い尽くされていた。
元は生命を慈しむ慈愛の存在だったのだろう。今や存続の為のエネルギーを周囲から奪っている辺り、在り方は悪霊にまで堕ちているが。
「……やれやれ」
見つけた神が己で良かった。下手に触って神力を餌に与えてしまえば、妙な反応を起こしかねない。
持ち主が余程の健康優良児か、魔力が豊富な体質なのか、精霊に愛されて夜も快眠できる鈍感莫迦なのかは定かでない。
とはいえあんな妖刀、何がなんでも手放さないで欲しいものである。切実に。
地上の『英雄』を試したい。複雑怪奇極まる
彼は『英雄』の輝きが見たかったし、『英雄』の絶望が見たかった。絶望を踏み越える『英雄』の姿は、更に崇高であろうと確信/唾棄していた。
その為の仕込みを手掛けることに、全くもって躊躇いはない。況してや主神から許可が出たのだから、彼を縛るものは無かった。
種を持ち込んだのは【イケロス・ファミリア】。彼らはオラリオにおいて迷宮・深層に到達した指折りの強者と数えられるが、その正体は狩猟狂いの残虐者たちだ。
更には伏魔殿たるクノッソスに参入直後、堂々と地位を確立した新鋭でもある。
彼らが手掛ける『モンスターの密売』は安定した大手が無いブルーオーシャンであり、対してこの悪趣味に興味を示す好事家はそれなりに多かったのだ。
毛色が違うせいか【闇派閥】には参加していないが、関係自体は悪くない。彼らはあらゆる点で都合が良かった。
人が増える最中ゆえ、誰が紛れ込もうと気付かれはすまい。ヴィトーが生まれ持つ印象に残らない顔は、十全に機能を働かせる。
「言葉を喋るモンスター?馬鹿言え、あんなもんただの噂話だろ」
信じさせる必要はない。誰が言ったか定かでないが、しかし可能性のある『儲け話』を、ファミリアに蔓延させれば良い。
【顔無し】は数人の相手にそうしたように、一際貪欲な眼差しの青年に畳み掛ける。
「ですが、手に入れられるとしたら?」
「……聞かせろ」
確信を覗かせる言葉を受けて、青年が確かに顔色を変えた。異常なまでの嫌厭と興奮。ゴーグルの奥に潜む狂気と、それを御するだけの理性。
肉体的に全盛の体躯。残酷に躊躇が無い精神。
コレが良いとヴィトーは確信して、最後の一手を彼に示す。信じさせる必要はなかった。ただ、期待させれば良い。
「『奈落落とし』と取引すれば良いのです。アレが人に従うモンスターを連れているのは事実だ。であれば確かめましょう。探し物を渡す見返りに、そのモンスターを此方に渡せと」
あのエルフは迂闊だった。モンスター当人が黙りを決めていたとしても、指示に従う時点で言葉を理解しているのは明白だ。
既にあのペットは『人に従うモンスター』として、密かに注目を集めている。
主神エレボスが知るところでは、『ダンジョンの寵児』とは純粋なばかりの怪物であるらしい。従来のモンスターが持つ人類への敵愾心を、憧憬に代えて生まれた異端なのだと。
そんな生き物を保護した剣士。相手の姿形に左右されず、弱きを助ける心の持ち主。悪に屈さず何者にも媚びぬ、紛れもない地上の『英雄』。
一方この二振りの刀はあの女の宝物だ。【闇派閥】に突貫してまで探し回った品なのだから、余程大切な品であるのだろう。
【呑んだくれ】はLv.2。これまでの襲撃とて、遊撃と奇襲に頼ったところが大きいだろう。
対して【イケロス・ファミリア】は平均レベルすらLv.2であり、複数の第一級冒険者がいる。正面からやり合えば、到底生きては帰れまい。
我欲と義務。自己と他者。目的と信念。その両者を秤にかけられた時、『英雄』は如何な葛藤を見せてくれるのか──
「この蟲を渡せば、引き換えに刀を返してくれると?……成程、つまりは」
告げられた言葉を受け、女は首を傾げること数秒。
それから示された愛刀を見て、身を固めた芋虫を見て、やがてにっこり微笑んだ。
「全部殺せば、拙者の総取りってことでござるな!」
「ぶっ殺せ!!!」
アッこれ『英雄』じゃねえわ。ヴィトーはしょっぱい顔をした。
ダンジョン十二階層。本来は上層と呼ばれ、『階層主』の他強力なモンスターも居ない一帯に、彼は一人現れた。
「オ前タチ……!ドコニイル……!?」
焦燥に呑まれて
数名の同胞が『隠れ里』を飛び出してから、既に三日が経っている。もう、三日だ。しかし仲間達の痕跡は見つからない。
少なくともグロスにとって、ウラノスに頼るという選択肢はあり得なかった。新たな変数として彼ら『異端児』を尊重するあの老神は、前提として
地上へ進出しようとした怪物に彼が何を思うのか、グロスには判断が付かない。少なくともリドやレイのように、楽観的な考えを持つことは出来ない。
「……マサカ、既ニ」
たとえ心を持とうとも、純粋なモンスターには死体が残らない。彼もよく知る原則だ。
脳裏を過る光景を振り解き、グロスはそれでも階層を登る。去っていった仲間達の中で一際無力なあの友人を思い出し、彼は気力を振り絞る。
だって。一人では進むことも儘ならぬあの子が。今も自分を待っているのかもしれないのだから。
世間ではGWがあったらしい……
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