酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
死ぬ前に殺せば生き延びられる。万物普遍の脳筋真理に則り、帰雁は速攻を開始した。一対一だろうと多対一だろうと、最後まで立っている者が勝者なのだ。
赤く霞んだ視界の中、十の内から選ぶより先に、目合った一の首を刎ねる。思いの外軽い手応えに瞬きだけで反応し、残った胴を踏み越える。
「此奴ッ……!」
リーチの短さにも流石に慣れた。身を翻し、次へ向かおうと血払いを──
「獲る必要はねぇ、追い詰めろ!怯むんじゃねえぞ!狩れない相手と思うな!」
「っ、ぉお?」
殺し損ねた。
直感と同時、眼前に迫った質量を躱す。鈍い鉄。斧だ。躱し切れずに肩の表皮が裂け、覗いた血肉が脈打っている。
無理な回避行動を取ったせいで、負担を受けた背筋に緊張が走った。筋を痛めぬよう正しい手順で硬直を解きながら、背後からの斬り払いを振り払う。
「……ふむ?」
この女にとって、殺し合いの理念はシンプルだ。思考は『獲った』か『損ねた』かの二択。致命に足る一閃のみを理想とし、その他を己が疵とすら思う。
確かに喉を裂いたはずだ。目算を誤るなどあり得ない。まさか手元が狂ったとでも。
「……ううん?」
また損なった。殺しそびれた相手を二太刀目で殺す。すると新たな手合いが迎撃に応じ、そちらは三太刀目で殺す。
一人を斬り捨てるまでに四合、五合と手間がかかるようになり、その分攻勢の余力が減る。
三度に一度は勘が鈍る。それを四度目で補い、五度目で活かし、六度目でまた狂う。
いやそもそも、そこに敵は居ないのか?
「……ん。またズレた」
「あぁ!?何をブツブツ言ってやが、ぁ……?」
「お、当たりでござるか」
向こうは明らかに封殺狙い、猛獣でも相手にするような手順である。一撃必殺・わからん殺しで反撃の芽を摘む技量特化型からすれば、的確に強みを抑えられる形だ。
積み重ねた屍の山から戦法を分析されたのだろう。確実に動きを抑えられている。此処は正しく『狩場』であって、此方は追い込まれた獲物らしい。
「ところで蟲、流石にそろそろ痛いのだが……」
「ウウウウウウ」
「よよ……話が通じぬ……」
視界が巡る。意識に雑多が混じる。失血が増えて体幹がブレる。寝不足からか頭痛も酷い。噛みつかれた背筋からは、例えようのない刺激が継続している。
或いは直前に呷った油臭い火酒が、
「……ああ。そういう手合いか」
目を瞑った。呼吸をした。音を聞いた。……確かに少しズレている。
とはいえこちとら
立て看板相手に死闘を繰り広げた夜もあれば、「おねーさん暴れちゃ駄目でしょ」と留置所で越した朝もある。その手の対処は慣れたものだ。
殺意に無防備に身を晒す感覚は、眠りに落ちる瞬間に似ていた。ゆるりと身体が弛緩し、離人感と共に余計な思考が途絶え、ぼんやり自身を見下ろすような心地になる。
戦場における吾の存続は、握った鋼で証明するのみ。何時取り落とすともしれぬそれを、帰雁は戯れに弄んだのち。
「……それらしきモノ、総て斬ってしまえば良し」
やや趣は異なれども、狂に興ずるもまた歓び。命以上に賭けて愉快なものもなし。
綻ぶ口元が柔い弧を描く。赤子の外発的微笑に似た、なんの情動もない笑顔だった。
汚泥から一掴みの澱を取り出す。生まれた泥人形は鑿を手に取り、力尽きるまで無秩序を彫り続ける。最期に自身と同様の泥人形を作り上げ、人知れず迷宮へ消えてゆく。
ダイダロスの一族とは、女王のいない蟻群のようなものだ。誰一人として行く末を知らず、本能のまま領域の拡大に取り憑かれている。
“人造迷宮クノッソス”、迷宮の模造品を完成させることこそ一族の存在意義。男は狂気から取り上げられた、数ある妄執のひとかけらであった。
他の一族と異なる点があるとすれば、植え付けられた狂気に対し、男が言語化の出来ない憤りを持っていたことだろうか。
彼は光の差す日々を知らない。地中の暗闇で生まれ、地の底の奈落へ還ることで一族の宿命は完結している。
井底の蛙の方がまだマシだろう。たとえ大海を知らずとも、ソレは空の青さを知るのだから。
惨めだと思った。馬鹿らしいと感じた。だから、嘲笑った。当時の男には、その他に為す術がなかった。
抑圧された鬱憤は暴力性として発露した。「一族の悲願の為」と武器を握らされたとき、彼は初めて産声を上げたといえる。
人を殺した。獣を狩った。暴虐の限りを尽くすほど心の淀みが消え、一方で飢えが男を襲った。
どれだけ奪っても、どれだけ嘲っても、空虚は満たされなかったからだ。
けれど。その、知性を持つモンスターを見つけた時。ソレが「迷宮の外に出たい」などと、身の程知らずを口にした時。
男は激怒した。男は歓喜した。だから、ソレを、甚振って、甚振って、殺した。
生まれて初めて男は満たされた。暗中で藻掻き狂った怪物を見て……男は、人生に諦めが付いたのであった。
「……有り、得ねえ」
有り得ない、有り得ない、有り得ない。
放った【呪詛】は確かに発動したはずだ。十分に距離を取り、丁重に呪詛で罠に掛け、これ以上ないほど弱らせた。
加えて錯乱した毒虫に噛み付かれながらも……獲物は爛々と輝く眼で、なおも狩猟者達に襲い掛かる。
「ぁ…外した。此方か」
積まれた木樽を両断した瞬間身を翻し。刃を逆手に持ち帰ると同時、柄頭で手近な顔を殴りつけ。
骨がひしゃげる音、降りかかる返り血にも構わず胴を逆袈裟に切り上げ、踏み倒し、肉盾ごと集団に突進。
生温い腑を踏み躙って、曲る剣筋で肉を千切る。足裏には自他の血が滲み、死を連れた足運びが前進する。
剣を振るった沿線上に不可視の剣筋が付随していた。一挙手一投足全てに破壊が伴い、凄惨な暴力が無機有機を問わずに振るわれる。当然こちらの暴力も集中するのに、それら全てを踏み倒す。
痕跡に見られた必殺の美学が、今の剣士には見受けられなかった。女は間違いなく死にかけだ。
手負の獣の破れかぶれなど、所詮は悪足掻きに過ぎない。にも関わらず。
「な、なんなんだよ、てめえ、おかしいだろうが、イカレてやがんのか……!?」
理解できない。狂っている。そして何より……どうしてコレを殺せていない?
打ち合った長槍を引けば、血潮を被って真っ赤な剣士が、何かに気づいて顔を上げた。
悍ましいほど美しい女だ。きょとんとした無邪気な表情が、不自然に浮き出ているようにも見える。
同時に地下では有り得ぬ蒼空の色彩が、確かに男を……ディックス・ペルディクスを捉えると。
「
熱に浮かされたような舌足らずで、宣った。
「ッ【迷い込め、果てなき
反射的に放った迷暴呪詛。超短文の即効詠唱。浴びた者全てに狂乱を齎す赤い霧が、今度は部屋一帯にばら撒かれる。
獲物の逆襲に恐慌を起こしていた【イケロス・ファミリア】の狩猟者達は一斉に獣へ転じ、敵味方問わず手近な相手へ襲い掛かった。
仲間とは名ばかり、体よく利用しただけの相手だ。使い潰そうと欠片も良心など咎めない。身の毛のよだつ悪寒から、ディックスは逃走を選択する。
人型の凶獣どもに襲われた女はというと、一瞬意外そうに目を丸くしたのち。
「わははっ!人畜生が畜生に。面白い手妻よなぁ」
「ッこの化け物があ!!!」
そう呵呵と破顔したので、いよいよ心底ゾッとする。狂人同士がぶつかり合えば、マトモな方が割を食うものなのだ。
ディックスとて同じ穴のムジナであるが……間違いなくコイツはとびきり。付き合う方が馬鹿を見る。
振り向き様に紅い瞳で瞬けば、出現した『扉』が彼我の狭間を塞ぐ。刹那……
あの透明な笑みでこちらを見送った女に、心臓が嫌な音を立てた。
「……はーっ……流石にちと、堪えたな……」
『扉』に進路が塞がれた小部屋で、重たい体を持ち上げる。生きているかいないかで言えば、一応ギリギリ生きているので、擦り傷に分類して良かろう。
見渡す限りは屍の山、手足頭がバラバラの死体。我が所業ながら惨状である。
スプラッタ極まる光景に心動くほど初心ではないが、玩具を散らかして喜ぶほど幼稚でもない。
しかし
「お主……割と頑丈でござるなぁ。ヒトであれば疾うに死んでいる傷だが……今は正気か?」
「……ゥン。ヘイ、キ」
「ならば良し。しっかしお主は顎が強い。流石は人喰いモンスターよな」
「ヒトクイ、ジャ、ナイッタラ……」
破れた腹から毒液を垂れ流す蟲に、帰雁は感心して声をかけた。心外そうに蟲は身を捩るも、ガジガジ容赦なく噛まれた帰雁からすれば実感のこもった賛辞なのだ。
全身痛すぎて正直訳がわからないが、多分背中が一番痛い。齧られた上に、蟲の腹から漏れ出た毒液を思いっきり浴びたからだろう。
「まあ、用は済んだ。上がるか」
「……ウン」
受け取る返事は弱々しい。背後からの攻撃は出来るだけ避けたつもりだったが、どこかで被弾していたようだ。まあ、運がなかった。儘ならないものである。
ご丁寧に
「アノ、ネ、ワタシ」
おんぶ紐にしていた晒しがボロボロだったので、着流しの袂を破る。御包みのようにして蟲を包装し、もぞもぞ動くそれを持ち上げる。
「…アオ、ガ、スキ。ソラノ、イロ」
「ああ……言ってござったな」
「アナタ。アオ。キレイネ」
どこか恥ずかしがるようなモンスターの声に、「であろ」と帰雁は頷こうとして。
「アリガト。カンデ、ゴメンネ」
パシャンと水風船が弾けたような感覚。灰が舞う。
粘性の液体で濡れた御包みの中に、一つ魔石が転がっていた。
「……ふむ」
地の底から這い出でた、言葉を解す小さな毒蟲。野と交わった都市外のモンスターとも異なり、それは純然たる世界の異物だ。
その身が残すは、たかだか石ころ一つだけ。
瞑目は三秒。それから首を傾げ、短くない時間を思考に費やした。やがて小さく微笑むと、帰雁は額の油汗を拭う。
「もう少し寄り道をするぞ、蟲」
そしてノロノロと刀を振り上げるも、敢えなく『扉』に弾かれたので……似非サムライは臍を曲げ、拗ねてその場で大の字になった。
人に殺された同胞がいた。モンスターに殺された同胞がいた。
喪失は何度目だろうか。グロスは一人犠牲を数える。
世界には誰一人として、彼らの存在を許す者はいない。
お前たちは異端なのだと、生まれて来てはいけなかったのだと、指さされるのが彼らなのだ。
況してや叶わぬ『夢』を抱くことなど、身の程を知らぬ無謀にすぎない。
そんな虚しい教訓こそ……仲間たちの死んだ唯一の意味、なの、だろう。
「…………」
諦めよう、と彼は決意した。ほんの僅かに残っていた、世界への期待らしきものを消した。
残された仲間を守るためなら、自分はどんなことでもやろう。彼らの希望を否定して、彼らの夢を否定しよう。
きっと己が甘かったのだ。そう思い込まなければ、グロスは生きていけなかった。あの子たちにしてやれることがあったやもと、せめて後悔していたかった。
もしも悔いすら忘れてしまったら、もはや自分達には何も残らない──
「
「!?」
休めていた翼が動揺で震える。異端として生を受けたグロスは、否が応にも戦闘を重ねてきた。
冒険者におけるLv3に相当する彼が……この人間の気配を感じ取れなかったのだ。当然警戒レベルが引き上がる。
一見して、気の抜けた佇まいの剣士であった。しかしその手は刀の柄に添えられ、更に距離を詰めてきている。
己が害されることはないと知る、加害者の立居振る舞いだ。
ここは『異端児』の拠点の一つ。人にはそう見つからぬ場所である。もしや尾けられていたのかもしれない。
或いは偶然迷い込んだのか?これまで前例がないだけで、決してあり得ないことではなかった。
先制と逃走が候補に浮かぶ。幸いにもこの人間は一人だ、殺してしまえば拠点を放棄せずに済む。
だが……自分は目の前の剣士に敵うのだろうか。ただでさえ独断専行をしている最中だ。ここでグロスが敗れれば、リドやレイにこれ以上なく負担をかけてしまう……
「……お主、『グロス』でござるか?」
ハッと顔を上げた。モンスターのやけに人間臭い仕草を受け、人間が眼を丸くする。
それから疲れたような溜息を吐き……グロスに向けて何かを放った。
明らかに知性を確信した動作に混乱しながら、反射的にそれを受け取る。
「また懲りずに生まれてきたら、あの
蟲。連想するのはただ一人だ。グロスは呆然と魔石を握りしめる。否定したかった。それでもできなかった。
彼女の柔らかな肉の身とは似つかぬ、無機質で、無情な、鉱物。モンスターが遺す魔石。
「次は“本物”を見せてやると、お主のニンゲンが約束する」
「マ、待テ!」
「勘弁しろ……。流石に疲れたでござる」
くわっと大きな欠伸をして、剣士は迷いなく歩き去る。五層から三層に繋がるこのショートカットを、正確に把握しているらしい。
咄嗟にその背を追おうとするも……グロスは結局、人間を問い詰めることができなかった。
「……しかし困った。大人しく命の方を貰うべきでござったか?」
円柱型の容器をちゃぷんと傾け、帰雁は一つ小さく呟く。
「
やっと終わった……!
次回から一話完結に戻ります……
既出の誰との関係が好き?
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