酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
纏うは勝色の打ち掛け、靡くは蘇芳の長襟巻き。背には革地の背嚢を背負い、刀を二振り小脇に差す。
更には深々とイグサの笠を被った怪人が現れたものだから、耳聡い者達はにわか色めきたった。
三度の飯より噂好き、出歯亀のミーハー神々である。
噂の怪人・帰雁はというと、あまりに多彩なオラリオの街並みに感心しながら観光を満喫していた。
対して路地から現れたのは、お登りさん丸出しの仕草から一般人と当たりを付けた冒険者たち。
見え据えた下心で差し出された怪しさ満載の酒を、一口で狂酔を齎す極上の神酒を、莫迦は平気で飲み下すと。
「手討ち御免、とは行かぬだろうからな。ま、酒代でござる。大事に抱えて持ってゆけ」
舐めるなよ。たかが素人、【神の恩恵】何するものぞ。武器を持っていたつもりの暴漢に上機嫌な辻斬りが笑む。
ヤベーのが来たぞ。ミーハーどもはどよめいた。
路地裏から三度笠の怪人が去った後、残るのは呆然と
一見石畳に散らばった血痕の他、何も異変が無いように見える。しかし当人たちは自覚していた。
苛立たしげな精霊に繋げられたのは皮一枚ばかりであって、内部の腱・筋肉・骨はスッパリ断たれたままであると。
帰雁は歪んだ鍔鳴りを立て、唇の端を舐めとった。
世界は広く色彩に富み、万象に神が宿ることは聞き及んでいた。武の神に太陽の神、月の神に大地の神。
帰雁とて何柱かの神々と縁を結えた身だ、その多様さは知っている。
が、まさか酒の神なんてものが存在しているとは思わなかった。都市に来て早々新たな『歓び』に出会えるとは……神よ、感謝申し上げる。
恐らく飲酒以外の歓びを見つけて欲しがっていた武神に向けて、師の心を知らぬ弟子は祈りを捧げる。
「酒を買い付けに来た」
ドン!と扉を蹴破った不審者の登場で、【ソーマ・ファミリア】には動揺が走った。
本拠地とはファミリア最後の砦だ。なにせ象徴と同時に最大の弱点である、主神が住まう本殿なのである。
よって本拠地の周りはそれなりの警備で固められているのだが、そこはファミリアのガラの悪さが災いした。
それが様式美なのだと疑わず、修羅の国育ちのエルフは破落戸六人斬り(峰打ち)を果たしてしまったのだ。
「ま、待て。
「そうか、ならば入るでござる。どうせ何処ぞへ身を寄せねばならぬのだしな」
後ろから追い縋る破落戸(門番)に鞘を当て、事もなさげに気絶させる不審者。
その言葉で場に二度目の動揺が走った。つまるところ眼前の怪人は、どのファミリアにも所属していない一般人ということだ。
【神の恩恵】のない一般人と加護を得た冒険者では、生物としての強度が異なる。
恩恵を授かった時点で、冒険者は神秘に踏み入れた存在なのだ。彼らが迷宮のモンスターと互角以上に戦う事ができるのは、単に眷属としての恩恵によるもの。
とはいえ人斬りエルフに言わせれば、それでも人は人である。
首を刎ねれば呼吸ができぬ。脳が止まれば体も動かぬ。心ノ臓が壊れれば、人は生きてはゆけぬのもの。
そもそも相手は“素人”だ。なんでもこのファミリアは新興であるらしく、団員もまた低レベルばかり。戦闘の経験も多くないようだ。
名だたる【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】が相手であらば、火力不足で普通にボコボコにされていたはずである。
が、死合いも知らぬ素人相手だ、流石に帰雁も遅れを取らない。
飄々とした佇まいの怪人に向け、眼鏡をかけたヒューマンの若者が食い下がる。
「くっ……いや、金はどうする!他ならぬ神酒だぞ、そう安く売るわけには……!」
「無論!……コホン、いやいや尤も。左様でござるな。では、これにて買えるのは如何程か?」
ようやく購入の目処が付き、帰雁は邪気なく喜んだ。そして物価の違いも知らずに、下げた巾着から鈍い光を弾く貴金属の球体を取り出す。
黄金。メッキでは有り得ぬ確かな重みに、欲深い酒浸りたちの目が釘付けになる。売れば一体、どれほどの
獣に成り下がった亡者達の視線を受け、帰雁は目を丸くしたのち……ピュイと愉しげに口笛を吹いた。
以下。
暴。
以上である。
「お主が酒神ソーマでござるか?」
上層と切り離された地下室の奥。酵母だけが蠢く穴蔵でその男神は座り込んでいた。
神は億劫そうに顔を持ち上げ、見知らぬ怪人に首を傾げる。はて、何処ぞの神の恨みでも買ったか。降臨早々闇討ちとは、と。
しかし不審者はやけに嬉しそうに拳を握りしめ、いそいそと被った笠を外す。顔を晒した奇妙なエルフは、にっこり微笑んで跪いた。
「無作法をお赦し願いたい。拙者、モガリ・帰雁と申す者。御身にお仕えしたく参上した」
「……そうか。他の眷属はどうした」
「遊びたがっておられたゆえ、少々揉んで差し上げたが。駄目でござったか?」
「……いや………」
気配を辿り、上層の眷属達との繋がりを追う。繋がりが途切れた子供はいない……つまるところ、どうやら死人は出ていないらしい。
ならばまあ、いいか……。何とも茫洋とした意識のまま神は答え、背中を見せろと簡潔に命じる。
トンチキエルフは「ブシ……背中……うむ……」と一瞬逡巡したものの、大人しく背を向けて床に座り、四苦八苦しながら身体中の晒しを取り外した。
神の血の一滴が肌を滑る。こそばゆさに身じろぐ。背に聖なる文字が浮かび上がる。
帰雁は暗がりの中で写された共用文字に目を通し。
何とも地味なものだなァと、究極の神秘に嘆息した。
「おっと、主旨を忘れてござった。神よ、一つ伺いたいのだが、例の
身なりを整えた帰雁が振り返って尋ねる。主神……ソーマは視線も寄越さず、興味なさげに返答した。
「酒の販売を含む運営に関しては全て任せている。眷属に聞け」
「そうは言えども、先達から言ノ葉のご教授を頂けなかったのでござるが」
「……俺は酒が作れるだけの資金があればそれで良い。他は知らん」
「成る程。あい分かった。では失礼仕る」
つまりは
散乱する酒瓶に目もくれず、帰雁は神の工房を後にする。戸に手をかけ、くぐり、退室する……その前に。
「ああ、先程拙者も神酒を頂いたのだがな。今生呑んだ中で
……パタン、と戸が閉まる。幾許かの静寂。のち。
「あ゛????」
死屍累々()のファミリアを抜け、帰雁が揚々と臨むは【迷宮】。それなりに長く生きた身でも、新しいことにはワクワクするものである。
立ち寄ったギルドではパーティを組むよう勧められたものの、今日は様子見と断って地下へ降りる。
着の身着のままの格好を見て信じてくれたのか、或いは唐傘お化けの擬人化みたいな不審者に関わり合いたくなかったのやも知れぬが、受付嬢は食い下がることなく通してくれた。
地下に広大な空間がある奇妙さに感心しつつ、暫し探索すること数十分。
頑丈なだけの鈍片手に編笠の隙間から偵察すると、そこには故郷でも良く駆除していた下等モンスターの巣があった。
【朝廷】はモンスターの死骸を余さず活用していたものだが、オラリオでは魔石の他に値の付く部位は珍しいらしい。腑分けが要らぬ分手間はなくとも、少々勿体なく感じてしまう。
謎の言語形態で会話を交わすモンスター。巣の中から出てきた個体が外の個体と鳴き声を交換し、妙に陽気に手を打ち鳴らして入れ替わる。
新たな見張りのコボルトが右を見た。左を見た。右を……その二度見で目が合う。
帰雁は一つ息を吸い、敵の発見を群に伝えようとする首を恙なく刎ねた。
筈であった。
「……ウン?」
振り抜いた刃の鋒がコボルトの巣を掠る。
その延長線をなぞるようにして……視界の上下が斜めに
壁どころか柱も崩れ、自ら積み上げた住居に押し潰されるモンスター達の絶叫が響く。なんとも悲惨な光景だった。
「ふ、ふーん……?」
『【神の恩恵】なにするものぞ』
斬ろうともしていないモンスターの巣を袈裟斬りにし、脱一般人初日のエルフは目を逸らす。
「ちょ……ちょこっと斬れ過ぎでござるかなぁ……?」
【ステイタス】舐めすぎである。帰雁渾身の強がりだった。
ご想像通りのヒロインです
どの要素が好き?
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酒(酒)
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カス(性格)
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エルフ(外見)
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侍(武)
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その他()