酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
ソーマは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の酒カスをわからせねばならぬと決意した。
ソーマには人の機微がわからぬ。ソーマは、酒の神である。酒蔵に籠り、酵母と戯れて暮して来た。けれども神酒への侮辱に対しては、
「神酒は気分じゃないでござる。それよりグラスを貸してくりゃれ。……あっ、ちゃんと洗って返すでござるよ」
「……」
「おぉ、有り申した」
眷属は勝手にグラスを漁り出すと、謎の塊……形状的に恐らくドーナツ……を中にぶち込む。それから袂からボトルを取り出し、コポコポと謎の液体を注ぎ入れて、一口味見。
「もうちと、甘味が欲しい気が……」
「……、…………」
どこからか角砂糖が追加される。携帯しているらしいMy箸が突き立てられ、グチャグチャと混ぜ合わせる。呑む。
「染み入る〜!!!」
なんだコイツ。ソーマはキレた。グラスを眷属からひったくると、一気に口へ流し込む。
甘ったるさよりも先に、彼が感じたのは疑念だった。恐らくウイスキーの類だろうが……これを酒と呼んでいいものか。
なにせあまりに質が悪い。工業用アルコールの刺激が舌を刺し、くどい油が喉に絡む。
灰と埃の匂いがする。腐った卵のような悪臭も。原材料の処理は手抜き極まりなく、熟成も碌にされていない。
……粗酒も粗酒、消毒液より不味いこの液体が、俺の神酒に勝るとでも???
「せ、せっしゃの朝ごはん……しゅじょーが……食べちゃった……」
「……チッ」
「い、いま舌打ちをなさったか?こんな仕打ちをしておいて?」
「チッ!」
「力強く舌打ちをしている……?」
プルプルと慄く眷属。しおらしくショックを受けて見せているが、性根はただのアル中だ。何処となく怪しい呂律な辺り、いつも以上に酔いが回っているらしい。
神酒の僅かな改良すら見抜く舌を持つのだから、味覚が確かなことは知っている。
となれば感性がイカれてやがるに違いない。余計に腹が立つってものであった。
「……」
あまりの失望から十秒ほど押し黙った酒神は、やがて重々しい音でグラスを置いた。空のグラスには溶け残った砂糖と、ふやけたドーナツが残っている。
「……帰雁」
「はわわ……」
「これを造った奴を……連れて来い」
きゅるんと萌えキャラの面で可愛こぶる帰雁は、神の瞳が燃え盛る瞬間を見た。ビリビリ肌を刺す神威を受け、思わずへにゃんと眉を下げる。
っべー……なんか怒らせたっぽい。獄門の準備とかしといたほうが良さげであろうか。折角晒されるなら格好付けておきたいのだが……。
一方憤怒に燃える酒神は、自らの技量を証明すべく、重々しい声音で眷属に命令を下すのである。
「“酒”って物を教えてやる」
「ご……ご下命とあらば……」
しなしなと帰雁は頷いた。
【ソーマ・ファミリア】の本拠地が位置する第三区画は、所謂貧民街にあたる。奇人ダイダロスの罪禍は凄まじく、彼が散らかした広域住宅街はオラリオ全体の
道を歩けばユスリにタカリ、オラリオの犯罪は八割がこの区画に根差し、時に物乞いすらナイフを持って襲ってくる。
更にインフラは最悪で、道もマトモに通じていない。群れを成す虫の精巧な巣と比較すれば、この様相は自然法則を冒涜しているとすら言えそうだ。
しかし野生の勘と言うべきか、とっ散らかった脳と違法建築群との相性が良いのか、帰雁は第三区画内で迷ったことがない。
なんの変哲もない道では当たり前のように迷うので、割と要らない特技であった。
「これも主命だ……恨め」
「ウ゛ッ……!」
「マスタァー!!!」
「……まあ、いいやつだったよ」
「秘蔵開けちゃおうぜ秘蔵、そこに隠してあるから」
「差し押さえが来るかもしれん。さっさと飲んじまおう」
行きつけの密売所で流れるように店主を拉致した帰雁は、ズルズルと男を引きずって店を出た。
客たちは口々に彼の死を惜しむも、誰一人庇おうとする者はいない。寧ろ勝手にカウンターに立ち入り、タダ酒にありつこうとする始末だ。アングラなんてこんなもんである。
「うわっ【呑んだくれ】が練り歩いてる」
「今年も取り立ての時期か。春だなぁ……」
貧民街の路地裏では、死体が引き回されている程度で騒ぎも起きない。寧ろ怪しげな取引をしていた連中が遠い目になり、場所変えようぜ……とばかりに去っていく。
ある情報屋は死体()が密売酒の製造者であることに気付き、やれ【ソーマ・ファミリア】が同業他社の整理に乗り出したらしいと訳知り顔で頷いたりもした。
「今、戻った」
「ひえっ」
管を巻いていた貧困の女神ペニアに嫌そうな顔で追い払われつつ、帰ってきたのは薄暗い本拠地。
ある日の帰雁が気まぐれで窓の棧をなぞり、埃に息を吹きかける姑仕草で場の全員を泣かせて以来、それなりに清潔さが保たれているラウンジだ。
ビクビク清掃活動に勤しむ団員たちは、白目を剥いた男を引き摺り回す笠頭に泣きそうになったが堪えた。
小指にタトゥーを入れた男との、「……“ケジメ”、付けますか?」「まだ分からぬ」というやり取りにも堪えた。
それから振り返った帰雁が男を引き摺った跡に気が付き、
「すまぬなぁ。掃除し直してくれ」
などと純然たるパワー・ハラスメントを噛ましたので……堪えきれずに泣いた。
パチン、と頬を叩かれる。衝撃はあるが痛みを感じない、絶妙な加減のビンタである。
「起きたでござるな。これより先は主上の私室ゆえ、くれぐれも粗相の無いように」
目覚めた男が覚えたのは、ア・終わったな、という諦めであった。
「俺って死ぬのか……?」
「んん……主上のご采配による……?」
「俺って死ぬんだ……」
貧民街に根を張り、酒の密造で日々の糧を得てきた身だ。目溢しで成り立つ商売である以上、いつかこうした日がくるかもしれぬとは思っていた。
思っていたが……怖すぎである。
オラリオに神酒カルテルを形成した、ビジネスマフィアのザニス・ルストラ。『とにかくヤバい』でお馴染み、予測不能のトンチキ侍。
その他数多のチンピラを擁する【ソーマ・ファミリア】は、一般人から見て恐怖の破落戸集団だ。
その主神ともなれば、どんな残虐邪神が出てきても驚くまい。嫌だなぁ、一体何をさせられるのだろうか……
「案ずるな。骨肉を差し出せ、手前の腑で縄跳びしろ……みたいな無理は言わぬ御仁でござるよ」
「そんな怖いこと考えたこともなかったんだが……!?」
ニコ!と帰雁が微笑む。逆に不安が掻き立てられるのである。
果たして対面した酒神ソーマは、至って普通の神であった。居室も普通そのものである。屍の山をベッドにしている訳ではないし、拷問器具をインテリアにしている訳でもない。
一面の棚には透明な酒瓶や、見覚えのない植物の苗木が並べられているだけだ。大規模ファミリアの主神の部屋として想像するには、少々簡素すぎるほどであった。
「……戻ったか」
数人の団員に指示を出し、部屋の物を持ち出すように命じていた神は、戻ってきた眷属を一瞥して居室を出てしまう。
おや、と帰雁が目を丸くした。どうしたものかと首を捻る女に、ドワーフの男が声をかける。
「あんた……今度は何やらかしたんだ」
「何故拙者がやらかす前提でござるか。お主らこそ何をしている。主上が模様替えをお望みか?」
「そんな訳があるか。蒸留器具と幾つかの道具を、使ってない蔵に持ち出すよう言われただけだ。あとは何人か買い出しに出てる」
「ふむ?」
男、チャンドラ・イヒトが鼻を鳴らす。おつかい程度の労働で神酒の下賜が約束されたのだ。
割りの良すぎる話ではあるが、素直に喜べるほど短絡的にはなれない。
「……主神が有り得んほどキレてたぞ。『神酒になんの文句がある』だの『脳まで酒浸りの味音痴』だのと……また酒蔵に引き篭もらせるつもりか?」
「うーむ……?身に覚えがござらん」
「だろうよ。ザニスの奴はここ数日顔も見せん。地下がどうこう言っておったが」
「それは覚えがある」
「あるのか……」
ザニス・ルストラ。陰湿な面構えに始まり、何から何まで気に食わない男であるが、目の前のエルフに振り回されっぱなしな辺りは同情できる。
思うにモガリ・帰雁とは、あの男が恐れるほど常識が通用しない相手ではない。
道理を通せば鷹揚であるし、高飛車で知られるエルフにしては有り得ないほど素直な女だ。
ファミリアの団員に声をかけられれば、当たり前に耳を傾ける。迷宮に付き合うよう頼めば酒の一杯で着いてくるし、取るに足りない他人の故郷の話を喜んで聞く。
つまりは礼儀を知った女だ。質の良い教育を受けていて、場に合った作法を鑑みることができる。……鑑みるだけで、出力が狂っていたりもするが。
「……とりあえず、拙者はこの男を蔵に放り込めば良いのか?」
「そもそも誰なんだそいつは」
「行きつけの酒屋の店主でござる。クソ不味いウヰスキーを密造してぼったくっている」
「へへっ……初めまして……」
最悪の他己紹介を受けた男が愛想笑いをする。チャンドラは色々と面倒になり……仏頂面のまま、マア良いだろうと頷いた。
「……来たな」
さて、地下倉庫に放り込まれた男はというと。何故か酒神直々に酒造りの手解きを受けることになり、その場で材料の処理を学んだ。
扱った大麦は見るからに最高級の素材であり、器具から樽まで見慣れぬものばかり。一つ一つが男の命でも代えられないほど高価なものだ。
「何から何まで不足しているが……何より、お前の酒には熟成が足りない」
2週間弱の作業の末、ブツブツ独り言を呟くように言った神に、男は慌ててメモとペンを取り出す。
何が何かも分からず、死にたくない一心で始めた作業だった。
作業を続けるうちに設備の違いを悔しく思い、洗練された技術に目を奪われ、何より人智を超えた知識に気付いた。
酒神の言葉は、全てが酒造りの金言なのであった。
「これを、三十年寝かせる。俺は待てる。何故なら俺が造った酒が、美味くならない筈がないからだ」
神の言葉には自負とも違う、確信が込められていた。それは男が持ち得ないものだ。
彼の酒は不味い。分かっているから時間と手間をかけない。プライドもない。工夫もない。故に、不味い。
「だから待て。必要な工程を過不足なく行えば、必ず酒は美味くなる」
「酒神様……」
……後にこの男が作った酒が、オラリオ酒業取引最高額3360万ヴァリスで競り落とされるのだから、人生とは予想のつかない物である。
こうして一人の男が、神による導きを得た一方で。
「となれば主上のウヰスキーが呑めるのは三十年後か。拙者それまでオラリオに居るでござるかなー」
「……あっ」
「えっ。……あれだけ熱く語っておいて忘れてござったのか?」
凡人の三十年は長いのである。当然のことを考慮から外していたソーマは、愕然と打ち震えるのであった。
既出の誰との関係が好き?
-
ソーマ
-
ザニス
-
アルフィア
-
ミア
-
リヴェリア
-
メーテリア
-
その他