酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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冒険者の夜

 

 帰雁は蟹を剥いていた。笠を外して片肌を脱ぎ、いつになく真剣な面持ちである。

 生まれつき妙に小器用な為に、大概の作業を面白半分で熟すことが出来る女ではあるが、蟹剥きとなれば話は別だ。

 

 そっと優しく甲羅を歪め、本体から足を捥ぎ放す。身の内に秘めたる無垢なる肉を、丁寧かつ迅速に刮ぎ取る。

 勿論肉を剥ぎ取った甲殻を無下にはしない。まるで標本を作るように、バランス良く並べ直していく。

 一人占領する丸テーブルに現れたそれは、見る者に否応なく“芸術”を感じさせるオブジェであった。

 

「な、なんという精密さ、なんという集中力──」

 

「これが……蟹剥きを司る神?」

 

 明鏡止水の真髄──ある種の究極へ至った蟹剥き職人に、焔蜂亭の人々の目は釘付けになっていた。皆一様に距離を置き、畏怖しながらもその御業を見守る構えだ。

 いや。一人動いた。店内の異様な雰囲気に構わず来店してきた、筋骨隆々の大男である。

 

「よう。相席良いか?」

 

「うむ……好きにせよ」

 

 手元から微塵も視線を逸らさぬまま、凛々しい面持ちで帰雁が応える。一方対面に座った巨漢の名を、呆然とした誰かが呼んだ。

 

大神(ゼウス)の眷属……【暴喰】ザルド……」

 

 

「蜂蜜酒を二杯。それから摘める物をくれ」

 

「か、かしこまりました」

 

「嗚呼。なあ、剥いた身を食っても良いか?」

 

「ん、んん……構わぬ」

 

「よしよし、では一口……んんっ!これは重畳だ。必要最低限の接触で、全く風味を損ねていない……!」

 

 キラリと目を輝かせたザルドが、運ばれてきた蜂蜜酒をグイッと呷る。紅玉のように煌めく蜂蜜酒もまた期待に適ったのか、彼は機嫌良さそうに頷いた。

 席代とばかりにもう一方のジョッキを相席者へ寄せたのち、男は並べられた甲羅に手を伸ばし……

 

「こら。行儀が悪い」

 

 初めて顔を上げた女が、人差し指でその腕を留めた。物理的な構造として、人間の筋肉は縮むことでしか動かせない。その動作の核となる一点を捉えたのだ。

 人体の原理を理解した阻害はLv7をも制止させる。ザルドはバツが悪そうに頰を掻き、「悪かった」と呟いた。

 

「お前も蟹の甲羅を食うのか?こんなものを喰らうのは、俺だけかと思っていたが」

 

「違うわ。噂に違わぬ悪食め。蟹の殻は出汁が出るのでござる。これを炙ると……また、良い味になるのだ」

 

 女は懐からぬっと一升瓶を取り出し……【呑んだくれ】の懐は“四次元ポケット”と専らの噂である……透明な内容液を示して見せる。

 なんでも内臓を除いた甲羅に米酒を注いで炙れば、蟹の風味が沁みた美味い酒ができるらしい。途端ザルドは後悔して、伺うように女を見やった。

 

「……相伴に与ることは?」

 

「良い子にしていれば叶うでござるよ、この食いしん坊め」

 

「ははっ、食いしん坊と来たか!ならばここは俺が持とう。美女に坊主扱いされっぱなしじゃ、我らが主神の名が廃るのでな」

 

「ンなもの廃らせてしまえよ……まあ、身は好きに食うて良し。丸ごと食らうはちと胸焼けしそうでござる」

 

内臓(ミソ)も食って良いか?」

 

それやったら戦争でござるよ

 

「はははっ!」

 

 帰雁のガチトーンを豪快に笑い飛ばし、ザルドは()()()で蟹足を摘んだ。蜂蜜酒のこってりした味わいが蟹の生臭さを打ち消し、中々良い組み合わせである。

 鋏相手に格闘しているエルフの口元に一本蟹足を仕向けてみると、むぐ、と反射で齧り付く。暫しもくもく咀嚼していた帰雁は、恨めしそうにザルドを睨んだ。

 

「やめぬか。まだ手が空かぬでござる。酒が飲めぬであろ」

 

「なら食わなければ良かっただろう」

 

「蟹に抗える人類がいるかえ?」

 

「……居らんな!」

 

 そうこうしている内に蟹を解体し終えた帰雁は、鍋を持ったウェイターを呼び寄せた。あれだけ見事に整えた標本を未練なく崩すと、寸銅鍋の中に割り砕きながら放り込んでいく。

 正しい火加減、湯量を説明する為に厨房に邪魔をし、オマケにしっかりチップを握らせて帰ってきたテーブルには、もう一人の客が加わっていた。

 

「戻ったか。相席良いだろう?」

 

「構わぬが……おや。ロキ様の所の“岩石人(ドワーフ)”でござるか」

 

 ザルドを含む場の全員が「うわっ」という顔をした。目を向ければ逸らされる視線に、はてと帰雁が首を捻る。

 ドワーフ……ガレス・ランドロックは溜息をついて答えた。

 

「……今時リヴェリアも言わん蔑称だぞ、それは……」

 

「えっ、蔑称でござったか?それはすまぬ」

 

 驚いた顔で謝るエルフ。頑迷な誰かに常々()()()()()ガレスであるが、こちらはこちらで下げる頭が軽過ぎであった。

 やんごとない流れが近しいと聞くが、全くもってそうは見えない。オラリオ中のエルフから距離を置かれるのも、血筋以前の問題がありそうである。

 

 

 月すら出ない夜であっても、冒険者の街は眠らない。酔いと享楽が入り混じり、ともすれば日中より賑やかな頃合いだ。

 その中にあって、“焔蜂亭”は殊更栄える酒場だった。美味い料理に名物の蜂蜜酒、リーズナブルな価格帯から客層は広く、荒々しい活気を生み出している。

 

 ガレスはこの荒っぽい雰囲気を気に入っていた。肩肘張った料亭よりかは、気楽に飲める場末が好ましいのである。

 とはいえハイエルフの姫君や、理想の“勇者”を誘いにくい店なのは確か。否、誘えば恐らく付き合ってくれるだろうが、流儀の押し付けが軋轢に繋がることは十年余りで思い知っている。

 

 加えてノアールやダインといった老兵(ベテラン)たち、頼みの主神(ロキ)すら都合がつかなかったので、彼は一人酒場を訪れることにしたのであった。

 

「全く。この時ばかりは【ゼウス・ファミリア】が羨ましい」

 

 なにせ冒険野郎が集った派閥だ、酒場の伴に事欠くことはないだろう。柄の悪い店に連れ回せる活きの良い後輩が、【ロキ・ファミリア】にも欲しいものだ。

 そう思いつつ踏み入れた酒場にザルドの姿が見えた為、ガレスはこれ幸いと飲み勝負を仕掛けたわけだが。

 

「へー!飲み勝負でござるか!拙者も交ざる!」

 

「やめだやめだ、儂は敗けで良いわい」

 

「俺も降参だ。身の程と酒量は弁えている」

 

「虐めでござるか!?仲間外れ良くない!」

 

 心底ショックを受けたようなエルフに水を差され、自然と勝負がお流れになる。

 酒場の酒を丸ごと飲み干し、揚々と二軒目に向かおうとした【呑んだくれ】相手に、誰だって挑みたくないのであった。

 

 

 美食家と名高いザルドが選ぶだけあり、運ばれてきた料理は絶品揃いであった。

 中には注文が躊躇われる珍味も多く、ウェイターにすら注文を確認される色物も並んだが……席に着くのは極東エルフに雑食ドワーフ、ゲテモノ喰いのヒューマンだ。

 

 宗教上食べられない物がまるで無い冒険者たちは、着々と皿を空けていった。特にガレスはファミリアにする気遣いをなくし、面白がって奇を衒ったメニューを頼んでいた節もある。

 

「にしても寂しく一人酒とは。お宅の若頭やリヴェリア嬢と、まーた喧嘩でもしたでござるか?」

 

「それにしては主神も居らん。よっぽどの頑固でも貫いたか」

 

「好き勝手言いよって。儂とて一人で飲みたい夜もある」

 

 蛙の足を噛みちぎりながらガレスは言うが、ほろ酔いの同席者達はあれこれ適当なことを言ってくる。

 【ロキ・ファミリア】では年長にあたる彼も、生ける伝説や化生サムライにかかれば老け顔の若造なのであった。

 

「大体『若頭』と言うな。言われる度にフィンの機嫌が悪くなるんじゃぞ」

 

「違うでござるか?奔放なロキ様の懐で、舵取りに難儀する若衆筆頭にしか見えぬのだが」

 

「団長という立場にも並々ならん拘りがあるんじゃ、彼奴は……」

 

 炊き上がった蟹出汁にパエリアを混ぜて喜んでいた帰雁が、空いたグラスになみなみとワインを注いでいる。

 少々余って迷ったのだろう、ラッパ飲みを決意しかけた女にザルドがグラスを差し出せば、最後の一滴までが滴り落ちた。

 

 澱にも構わず彼が呷る。帰雁がピュイと口笛を吹いた。口端を拭った好漢が、追加のボトルをウェイターに頼みながら顎に手を当てる。

 

「団長か。俺は最強(マキシム)が立つことに異存はないが、派閥によっては血を見ることもあると聞く」

 

「要はファミリアの()でござるし、大体の所は腕っ節よなぁ。【女帝】などはモロに……」

 

「女神派閥の話はするな」

 

「飲みの席でそれは禁句じゃぞ……」

 

 言葉を遮り、顔を青ざめさせる二人。決して度量が狭い男達ではないのに、心底震え上がった様子である。

 「素直で可愛い娘っ子であろ」と不服げな帰雁は、しかし大人しく切り口を変えた。

 

「コホン。その点ウチは例外でござるな。団長殿は……マア、雑用係といった所か」

 

「例外中の例外過ぎるわい……」 

 

 故にフィンは『若頭』扱いを嫌うのだ。その言葉には少なからず主神を頂点とした前提があり、文脈にお飾りの意味合いが含まれるからである。

 

 小人族(パルゥム)という種族が見下され易い風潮は根強い。無論それだけの男でないことを団員達は知っているし、『道化神のお気に入りの慰み者』という侮りをフィンは実績で黙らせてきた。

 ……とはいえ。

 

「……仮に侮られようと構わんわ」

 

「ウン?」

 

「我らが“フィン・ディムナ”を【勇者】にするのだ。【ロキ・ファミリア】はこれまでもそうしてきた」

 

 ともすれば場を白けさせかねない言葉。鋭い眼差しで射抜かれた帰雁は珍しく口を噤み、隣席のザルドと顔を見合わせた。

 それから両者は思いの外柔らかく笑みを溢すと。

 

「天晴れ。拙者そういうの大好きでござる」

 

最強(おれたち)に喰いつけるようになってから言え、若造」

 

 字面に起こせば舐め腐ったような言葉は、しかし激励の色合いで放たれた。今に見ていろと鼻を鳴らし、ガレスは乾杯の誘いに応える。

 今宵も美味い酒が飲めたものであった。

 





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