酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
行方不明
「嘘だろオイ……」
黒竜討伐が失敗した。黄金時代の英雄達が敗れた。最強のファミリアが、壊滅した。
それは英雄都市を根本から揺るがす凶報であった。
恐慌と混乱を齎されたオラリオの片隅・薄暗い酒蔵で、男もまた悲嘆に叫ぶ。
「アイツらに幾ら
阿漕な金貸し商人である。ザニス・ルストラは急性のストレスから親指の爪を噛みつつ、それでも稼ぎ時の気配を察知する。
「チッ……食料でも武器でも買い占めを急げ!すぐに物価高が来る!どうせ午後には【ギルド】の規制が始まるんだ、今のうちに買い込めるだけ買い込んどけ!オラリオ内での取引は一旦全部停止しろ!再開は五日後を目処、そこで値を吊り上げるぞ!」
一瞬で 買い占め・売り渋り・高額転売 という
追い詰められた瞬間に爆発的な悪知恵が働く習性を酒カスに面白がられているのだが、当人にはどうしようもない本能である。
ザニスは意味もなく歩き回りながら指示を飛ばし、情勢の変化を推測していく。
「地下が騒がしくなりやがるな、まずは裏との折衝を……いや、それより守りか。間違いなく治安は悪化する。今後は本拠に物資を固めろ。蔵番には……おい、あの酔っ払いは何処に居る?居場所を知ってる奴は居るか?」
「え、あ、その……さっきまで、本拠地に居たんですけど……」
問えば目を逸らした数人に、ザニスは嫌な予感がした。恐る恐る言葉を促せば、施設管理を任せた中年の
「きゅ、休暇に……行くそうです……」
「休暇!?よりによって今!?」
「団長が忙しそうだから、後で伝えて欲しいと……」
「ッ……何処に、何時まで!」
「ど、どっかの田舎とか言ってました。その内帰ってくるって……」
「あ゛い゛つ゛ほ゛ん゛と゛い゛や゛!!!」
男は無様に発狂したが、それを嗤う者はいない。老いも若きも男も女もみな沈痛に顔を歪め、ここには居ないトンチキエルフを思う。
居ても居なくても人に迷惑を掛けるのだから、本当にどうしようもない酔っ払いであった。
ちょっとした休暇を終えて帰ってきたオラリオは、中々奇妙なことになっていた。やけに雰囲気が硬い、というのがまずもっての所感である。
素顔丸出しで城門を潜り、街中を彷徨くこと暫し。本日三組目の追い剥ぎを叩きのめしたのち、漸く一つの気付きを得る。
「この都市……なんか変……」
頬被りを巻きつつ呟くエルフ。人気のない街並みや鎧戸の降りた商店街をスルーし、人攫いにまで遭ってこの言い草だ。
しかし足元で呻く暴漢の他に、その言葉を拾った者は居ない。馴染みの酒場の閉店に落ち込みながら、女は背後の気配に溜息を吐く。
呑気な田舎でのんびり過ごしていたものだから、平和ボケが抜け切らないらしい。此処らで一発示威しておくかと得物に手を掛けるも……
「こらー!弱いもの虐めは見逃せないよっ!」
抜刀直前に腕を止め、足元の暴漢を踏みつけたまま振り返る。
表通りから路地を除く岐路に立ち塞がったのは、まだ幼いヒューマンの娘であった。
青い少女だ。野に咲く菫の如しと思う。
世の悪意を知らないのか、帯びた刃に欠片も意識を移していない彼女は、ズンズンと此方に歩み寄ってくる。
「……今日は、お嬢さん。拙者怪しいものではござらんよ」
「嘘!見るからに怪しいよ!大体、怪しい人は皆そう言うんだから!」
「ややっ。一理ある」
稚い少女に指摘され、思わず頷くトンチキエルフ。次いで「ほら、足退けて!」と怒られたので、帰雁は大人しく足を退けた。
寸前まで腰骨を折られる恐怖に耐えていた男は、這いずって路地の奥に逃げていく。
少女は腰へ手を当てると、恐喝現行犯への取り調べを開始した。
「もうっ、どうしてこんな事したの!」
「追い剥ぎに遭ったのだ。丁度返り討ちにした所でござった」
「えぇっ!?」
三秒で取り調べが終わる。自白の強要とは無縁の善良な尋問であった。
あっちのおじさんの方が悪い人だったってこと!?少女は衝撃を受けた顔をして、男が消えた路地と目の前の女とを見比べる。
唐草を被った泥棒様式の女からは、過剰なほど不審な雰囲気が漏れ出ている。正直怪しさ極まりないが……この人は嘘を吐いていない気もするのである。
一方の帰雁は少女が身につけるお守りに目を留めた。象面の意匠には覚えがある。【ガネーシャ・ファミリア】の団員が持つ、魔力増強のタリスマンだ。
彼らとは早々事を構えたくない。【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオの警邏を進んで務める治安の番人であり、即ち帰雁の天敵だ。
この女は暴力が絡まない指導、つまりは道徳的な補導にとことん弱く、真摯な注意には大人しく反省する他なくなってしまう。師の徳育の賜物であった。
その上以前【ガネーシャ・ファミリア】と揉めた際に、
嫌そうに出かけて行った主神がよぼよぼ帰ってくるや否や、「真の陽キャ」「光過ぎて話が通じないタイプ」「いきなり冷静になるのマジで怖い」と自室の隅で丸くなってしまったので、酒の肴にしたような記憶もあった。
閑話休題。
何をやっちまったのかすら分からぬが、ひとまず大人しく出頭しようと帰雁は決意した。意図せず規範をはみ出すことがあっても、法を遵守する心意気は持ち合わせているのだ。
推定容疑者の癖に胸を張り、エルフは堂々と腕を組む。
「連行するなら応じるでござるよ」
「うーん、それだと
覚えたての言葉を誦じ、少女はムムンと難しい顔で悩む。数秒後、彼女は全ての沙汰を信頼できる姉に預ける事を決めた。
姉……そうだ、姉といえば。
「私、見回り中にお姉ちゃん達のこと置いてきちゃったんだった……っていうか、ここどこぉ?」
「迷子のお巡りさんでござったかぁ……」
繁華街から少し離れた、子供とは縁遠そうな裏町である。治安だって相応に悪い。いよいよ困った気持ちになって、帰雁は小さく苦笑した。
聳え立つ巨大な像。象頭の男神を象ったそれは、やはり見応えあるランドマークである。
かつて出入り口を前に「ご立派な逸物でござるな!」と下ネタをぶっ放ち、「そうだろうそうだろう!」と喜ぶガネーシャ以外をドン引きさせた女であるが、既にそんなことは忘れている。
なんとなく拝みたくなる威容に思わず手を合わせれば、「私達の神様だよっ!」と少女がどこか自慢げに言った。
「ガネーシャ様はね、優しくて面白くて、ちょっとうるさいけど格好いいんだ。ちょっとうるさいけど……」
「俺がっ、ガネーシャだぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あんな感じでござるか?」
「あんな感じ!」
にこっ!と満面の笑みを浮かべた少女の元に、象面の団員を引き連れた男神が駆け寄ってくる。
流石は
「アーディ!お前が一人逸れたと聞いて、皆本当に心配したんだぞ!勿論俺もだ!そして俺はガネーシャだぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うるせぇ!でも今ので発見の一報は済んだな!ありがとうございます!俺は街に出てる奴らに声掛けてくるんで!」
群れを離れた男の言葉通り、彼らの本拠地『アイアム・ガネーシャ』の股間部分からわっと団員が飛び出してくる。
恩恵を得たばかりの末っ子が居なくなってしまったとあって、皆気が気でなかったらしい。
「ごめんなさい、ガネーシャ様……」
「構わん!お前が無事なら良い!」
温かい親子交流の傍ら、アーディの無事に安堵を浮かべていたうちの一人が、その背後にいる帰雁に気がつく。
ふざけた格好をしているが、このエルフには見覚えがある。具体的には拘置所で。
彼女は眉を寄せて記憶を手繰り寄せたのち……ゾッとした顔でアーディを抱き寄せた。
「ま……まさか……【呑んだくれ】?」
「は?いやいや、そんなまさか……あの笠頭だろ?」
「し、暫く音沙汰ないじゃないか。アルコール中毒で死んだとか聞いたぞ」
言いつつ主神と年少の同胞を庇う布陣へ入った彼らに、怪人はのほほんと笑って答えた。
「おや……バレた」
ざわっと緊張感が走る。
【ソーマ・ファミリア】のトンチキ侍。延焼の化身。騒ぎあらば喜んで見物に行き、火種をバラ撒いて規模を広げる。その酔狂と酒癖の悪さからどれほど被害が出たことか。
この冒険者は犯罪行為を働くわけではない。決して反社会的でもない。
補導すれば反省するし、奉仕活動にも真面目に取り組む。ただ……只管に傍迷惑という、治安維持の対義語みたいな奴なのである。
否、疑いだけで罰しはすまい。彼らこそ【ガネーシャ・ファミリア】、オラリオの秩序を守るためにも、この冒険者を見極めなければ。
「ご要件は?」
テロリストと果敢に交渉するが如く、予断を許さぬ素振りで団員が尋ねた。雰囲気が一変した家族に幼い少女が戸惑っている。
ここにきてガネーシャは黙りだ。普段あまりにうるさいせいか、沈黙だけで場の雰囲気を重苦しくさせるのだから、良くも悪くもムードメーカーを極めていた。
ふむんと首を傾げた帰雁は、少女とのやり取りを思い返したのち、一番面白そうな答えを言った。
「そこな娘に連行されて参った」
「ついにやりやがったなテメー!」
「よりにもよって団長の妹に手出ししやがって!」
「【ソーマ・ファミリア】なんとかしろ!引っ込め!」
どっと襲いかかってきた彼らを背に、酒瓶を呷って帰雁は逃走する。これでこそオラリオの日常であろうと、思わず顔を綻ばせながら。
感想ありがとうございます!消されちゃった方は本当にすいません!拙者もアーディ好きです!
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