酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
「ミア!元気そうで何よりでござる!」
暫し顔を見なかった友人は、幽霊に祟られたような顔をしていた。
類い稀なる肉体は更に逞しくなった一方で、少々老けたような気もする。疲労を溜めているのだろうか。
ペタと己の顔に触れた。オラリオに訪れる前と殆ど変化がない肉体だ。齢相応に老いるまでに、どれだけ待てば良いものやら。
この身はどうにも成長が遅く、青年になるまでも気が遠くなる時間が掛かった。渋い感じに年を取り、『謎の
と、顔から手を離した瞬間。反時計回りの衝撃が、帰雁の首から上を襲った。
「……ふ。久方ぶりに“死”を感じた」
体感顔半分が弾け飛んだ心地である。目や耳なんかを落とした気がする。首も妙に捻ってしまって、元の位置に戻らない。
鉄の匂いを探ればポタポタ垂れるモノがあるので、辛うじて鼻は残っていそうだ。垂れてくる血を拭いながら、帰雁は先の文言を繰り返した。
「み、ミア。元気そうで何よりでござる」
「……嗚呼、元気にしてたさ。お陰様でね」
「ここで立ち話というのも何だ。場所を変えぬか?」
「なら上の食堂だ。奢りな」
バベル一階・昇降機前で起こった修羅場は僅か十秒で終息した。
頬を押さえるエルフはにこやかに、左手を振るドワーフはヤケクソに昇降機に乗り込み、二人を乗せた扉が閉まる。
あの唯ならぬ雰囲気と共に、狭い箱に閉じ込められたい筈がない。
昇降機の先頭に並んでいた冒険者たちは機工の箱を見送ると、再度気まずそうに昇降ボタンを押すのだった。
冒険者は健啖家が多い。体が資本の肉体労働者として当然だが、消費する
最高峰・Lv.6ともなればお察しだ。【
「ここからここまで全部頼むよ」
「容赦ないでござるなぁ!」
財布に大ダメージを喰らいつつ、帰雁はニコニコご機嫌である。数年の不義理をヤケ食い如きで精算してくれるのだから、この娘は本当に優しい。
相変わらず気立の良い友人だ、と不自然に左を向きながら思う。筋を違えてしまったのか、痛くて首を戻せないのである。
運ばれてきた料理をとんでもない速度で消費する女ドワーフには、やはり疲弊が窺えた。
思えば上階へ向かおうとした折に、降りてきた彼女と顔を合わせたのだ。
初めは【へファイストス・ファミリア】に用があったのかと考えたが、装いは私服のエプロン姿。
冒険者としてオラリオ最上位と言って過言でない立場なのに、相変わらず世帯染みた女であった。
「眉間に皺がある。野暮用でも?」
「嗚呼……」
「……暫く前に、ウチの女神が」
「ウン」
「
「お、お大尽……!相変わらず華やかな神様でござるなぁ〜!」
ポポっと頰を染めた帰雁。今日とて酒が回っている。頓着無い友人の反応を受けて、ミアは顔を顰めるに留めた。
下世話な酔いどれが絶えず酒宴に招かれる所以は、このお気楽っぷりにあろう。
どんな自慢や暴露であろうと愉快がって呑み込むので、ホストの気分を良くしてしまう。自分が歓ぶ為だけに、酒席を丸ごと酔わせてしまうのだ。
酔っ払いがわざとらしく片目を瞑り、声を顰めて身を乗り出す。下品と茶目っけの間を縫った、俗っぽい仕草である。
「え、大枚叩いたであろ。幾ら掛かった?」
「……(ハンドサイン)」
「おお……派手な買い物でござる……そこまで来ると金額の問題では無いが……」
「それより内装だよ。部屋が埋まるほど
「じょ、女王様極まれり……!」
其処に痺れる……!と目を輝かせた帰雁に、悪感情は見られない。
景気が悪いこのご時世、主神の豪遊を白い目で見られて来たミアとしては有り難い反応だ。
誰に溢す訳にもいかず喉元で澱んでいた愚痴が、スルスルと口を滑っていく。
「あの我が儘女神ときたら小物一つにも注文を付けて、面倒臭いったらありゃしない。先週なんかカーペットの色が濃いとか言い出して、メイルストラまで買い出しに行かされたんだよ?」
「ほほう。お拘りが強いのだなぁ」
「拘りなんて可愛いモンじゃないよ!他の連中に頼めば良いものを、『私は
「ふむふむ」
「一番腹が立つのは、信者共が何ひとつ文句を言わないことさ。猪小僧も立派な女神狂いに育っちまって……ったく!揃いも揃って甘やかすから付け上がるんだ」
「はえー……大変でござるなぁ」
苦悩する眷属筆頭。気苦労が絶えない様子である。荒ぶる友人に適当な相槌を打ったエルフは、勝手にミアのスパゲッティを取り分けた。
今や都市最強へと成り上がった【フレイヤ・ファミリア】は、主神フレイヤへの絶対的な忠誠から成り立っている。
我の強い眷属たちは美神への愛を示すべく、日々武勇を競い彼女に栄光を持ち帰るのだ。
されど一際目をかけられる寵臣のミアは、唯一フレイヤへの敬意を持ち合わせていない。
寧ろ奔放な女神を鬱陶しがっている様子で、寵愛を疎む素振りを隠さずにいる。
尤も。
「畏れ多くはござるが、女神様の御心は拙者にも分かるぞ」
愚痴は聞き流す一択の酔っ払いが、フッと柔らかく目を細めた。まだ違和感が残るのか首筋を摩りながら、面倒見の良い友人に笑いかける。
「ミアが自分の為に苦労してくれると、
「……。迷惑な話だね」
「あはは、すまぬすまぬ」
ケラケラ笑った侍エルフが、ズルズルとスパゲッティを啜っている。箸で飛ぶ蝿を摘める癖に、未だフォークの扱いに慣れないらしく、麺類を食べるのがド下手クソなのである。
それをみっともないと叱り付けながら、ミアも僅かに微笑んだ。
言うまでもなく……この女には責任感が無い。都市の情勢にも強者の責務にも、全くもって興味が無いのだ。
返答が分かり切っているからこその気楽さで、ミア・グランドは心の内を告白する。
「実はアタシ、冒険者を引退して店を開こうかと考えてるんだけど」
「……へぁ?」
間抜けな声を上げた帰雁。次いで弾けた大喝采が、現“都市最強”の背を押した。
階下で喧騒が続く。
人が縺れ合う音、怒声、悲鳴まで聞こえてくる辺り穏やかな状況ではなかろうが、神の無関心に変わりはない。
少女は何事か言おうとしたものの、結局キュッと口を結んだ。ただ小さな自らを抱きしめて、怯え切った様子で縮こまる。
神ソーマは少女を一瞥するも、口を開くことはなかった……が。ふと眼差しを険しくし、階下に繋がる扉を見た。
ぎ、ぎ、と階段を踏み締める音。誰かが上がって来る気配。
「ヨイトナ、ヨイヨイ」
浮かれ切った鼻唄が聞こえる一方で、いつの間にか階下は
破落戸が屯する【ソーマ・ファミリア】の酒蔵に、何者かが沈黙を強いている。到底あり得ない事態だった。
やがて立ち止まったその人が、礼儀正しく三回扉をノックする。
この部屋の扉……即ち、主神ソーマの居室。彼は重々しく嘆息すると、温度のない声でそれを許した。
「……入れ」
「うむ。失礼致す」
現れたのは見慣れぬ装束を纏ったエルフであった。少女の短い人生において、見たことがないほど端正な容貌。
癖のない黒髪、眉と眦、重たげな睫毛は柔らかく垂れ下がっており、焦点の合わない眼が何処か遠くを見つめている。
「これはこれは我が主上、お変わりないようで何よりでござる」
得体の知れない気配が、する。
ストンと床に手を付き、礼を示すであろう仕草をした女を、「
「死んだかと思っていた」
「わは!残念、生きてござる」
「別に残念でもない」
「おや、嬉しいことを言って下さる。団長殿など残念がり過ぎて卒倒してござったのに……」
「…………」
「して、要件は言わずともお分かりかと」
「……………………。ああ」
明らかに物言いたげな主神の沈黙を、女は欠片も気にしていない様子である。
落ち着き無く身を揺らす彼女を他所に、ソーマは戸棚から酒壺を取り出し──
「ところで主上、其処な娘はどうした?焼酎にでも漬けるのか?」
サッと酒神が腕を広げ、背に幼い少女を隠した。信じられない物を見る顔である。
少女は初めて彼の情けを感じ取ったが、同時に己の勘が当たったことを悟った。即ち。
「大きな酒樽が必要でござるな、はは」
このヒト、ヤバい。
この部屋に立ち入ってから、女は一度も少女に目を向けていない。いっそ気が付いていないかのような振る舞いをしながら、この言葉が飛び出した訳である。
凡そ人間離れしている。心がバケモノであった。
「……酒の、材料では、ない」
頭が痛そうな顔をしたソーマが、一音節を区切るようにしながら告げる。
「おや、ではどうして。お答えによっては拙者、主上の見方が変わっちゃうでござるが」
「
「ふーん?いや構わぬぞ。拙者が口出しする事でもなし……」
「二親が死んだ眷属だ。稚児ではない」
「許せ主上、戯言でござる」
そこで漸く刀を手放し、両手をヒラヒラと振った女。酒神は深い溜息を吐くと、漸く床に腰を下ろす。
同時に置かれる柄杓と、間口の広い一杯の盃。封を切る音の後、透明な液体が注がれ……少女は思わず身を固めた。
これなるは美酒の中の美酒、ヒトの理性を酔い溶かす忘我の酒。
神ソーマと同じ名前がつけられた究極の神酒。
「では、頂きまする」
女が一つ合掌したのち、逸った手付きで盃に口を付け、呑む。
ク、と喉が鳴る音。白い首筋が動いている。盃が傾く。
のち。
「──美味!」
ぷは、と熱い吐息を漏らすや否や、その様をジッと観察していた酒神に向けて、女は満面の笑みで頷いた。
……こんなヒトがいるのか、と少女は思った。少女はこの部屋の片隅で、酒の魔性に狂い侵される人々を見てきた。
彼女の両親もまた酒代を稼ぐ為に迷宮に潜り、二度と帰っては来なかった。少女にとって冒険者とは、酒を求めるニンゲンとは、どうしようもなく醜悪な生き物だった。
翻って。この、恐ろしくて、キレイで、得体の知れない生き物は、なんなのだろう。
「拙者はモガリ・帰雁という。己で宛てた姓名ゆえ、お主の好きに呼ぶと良い」
疑問の答えは向こうから返ってくる。絶世の美酒に高揚した様子の女は、そこで初めて少女を見た。
「娘。名は?」
「り……リリルカ。リリルカ・アーデ……です」
「ふーむ?珍妙な名だ。まあ良かろ」
そしてまた興味を失った素振りで、目を背ける。
「リリルカ。うむ。覚えた」
生まれて初めて、リリルカに微笑みを向けたその人。
思いの外優しい声の持ち主は、そういう、滅茶苦茶な女であった。
アンケートありがとうございます!すごい良い勝負……!
既出の誰との関係が好き?
-
ソーマ
-
ザニス
-
アルフィア
-
ミア
-
リヴェリア
-
メーテリア
-
その他