酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

24 / 45


 

「ミア!元気そうで何よりでござる!」

 

 暫し顔を見なかった友人は、幽霊に祟られたような顔をしていた。

 類い稀なる肉体は更に逞しくなった一方で、少々老けたような気もする。疲労を溜めているのだろうか。

 

 ペタと己の顔に触れた。オラリオに訪れる前と殆ど変化がない肉体だ。齢相応に老いるまでに、どれだけ待てば良いものやら。

 この身はどうにも成長が遅く、青年になるまでも気が遠くなる時間が掛かった。渋い感じに年を取り、『謎の老婆(ババア)、その正体は仕込み杖の剣客!』になる日を夢見ているのに、このままでは老いる前にくたばりかねない。

 

 と、顔から手を離した瞬間。反時計回りの衝撃が、帰雁の首から上を襲った。

 

 

 

「……ふ。久方ぶりに“死”を感じた」

 

 体感顔半分が弾け飛んだ心地である。目や耳なんかを落とした気がする。首も妙に捻ってしまって、元の位置に戻らない。

 鉄の匂いを探ればポタポタ垂れるモノがあるので、辛うじて鼻は残っていそうだ。垂れてくる血を拭いながら、帰雁は先の文言を繰り返した。

 

「み、ミア。元気そうで何よりでござる」

 

「……嗚呼、元気にしてたさ。お陰様でね」

 

「ここで立ち話というのも何だ。場所を変えぬか?」

 

「なら上の食堂だ。奢りな」

 

 バベル一階・昇降機前で起こった修羅場は僅か十秒で終息した。

 頬を押さえるエルフはにこやかに、左手を振るドワーフはヤケクソに昇降機に乗り込み、二人を乗せた扉が閉まる。

 

 あの唯ならぬ雰囲気と共に、狭い箱に閉じ込められたい筈がない。

 昇降機の先頭に並んでいた冒険者たちは機工の箱を見送ると、再度気まずそうに昇降ボタンを押すのだった。

 

 

 

 

 冒険者は健啖家が多い。体が資本の肉体労働者として当然だが、消費する熱量(カロリー)は常人と比べ物にならない為、想像を絶する量を摂取する必要があるのだ。

 最高峰・Lv.6ともなればお察しだ。【小巨人(デミ・ユミル)】ミア・グランドは両面開きのメニューを広げ、ごく端的に言い放った。

 

「ここからここまで全部頼むよ」

 

「容赦ないでござるなぁ!」

 

 財布に大ダメージを喰らいつつ、帰雁はニコニコご機嫌である。数年の不義理をヤケ食い如きで精算してくれるのだから、この娘は本当に優しい。

 相変わらず気立の良い友人だ、と不自然に左を向きながら思う。筋を違えてしまったのか、痛くて首を戻せないのである。

 

 運ばれてきた料理をとんでもない速度で消費する女ドワーフには、やはり疲弊が窺えた。

 思えば上階へ向かおうとした折に、降りてきた彼女と顔を合わせたのだ。

 初めは【へファイストス・ファミリア】に用があったのかと考えたが、装いは私服のエプロン姿。

 冒険者としてオラリオ最上位と言って過言でない立場なのに、相変わらず世帯染みた女であった。

 

「眉間に皺がある。野暮用でも?」

 

「嗚呼……」

 

 麦酒(ビール)で白い髭を作りながら尋ねると、瞬く間に三皿を空けたミアが()()を指差す。

 

「……暫く前に、ウチの女神が」

 

「ウン」

 

摩天楼(バベル)の最上階を買ったんだよ」

 

「お、お大尽……!相変わらず華やかな神様でござるなぁ〜!」

 

 ポポっと頰を染めた帰雁。今日とて酒が回っている。頓着無い友人の反応を受けて、ミアは顔を顰めるに留めた。

 

 下世話な酔いどれが絶えず酒宴に招かれる所以は、このお気楽っぷりにあろう。

 どんな自慢や暴露であろうと愉快がって呑み込むので、ホストの気分を良くしてしまう。自分が歓ぶ為だけに、酒席を丸ごと酔わせてしまうのだ。

 

 酔っ払いがわざとらしく片目を瞑り、声を顰めて身を乗り出す。下品と茶目っけの間を縫った、俗っぽい仕草である。

 

「え、大枚叩いたであろ。幾ら掛かった?」

 

「……(ハンドサイン)」

 

「おお……派手な買い物でござる……そこまで来ると金額の問題では無いが……」

 

「それより内装だよ。部屋が埋まるほど男神(おとこ)どもに貢がれておいて、『全部気に要らないから捨てておいて頂戴』だと」

 

「じょ、女王様極まれり……!」

 

 其処に痺れる……!と目を輝かせた帰雁に、悪感情は見られない。

 景気が悪いこのご時世、主神の豪遊を白い目で見られて来たミアとしては有り難い反応だ。

 

 誰に溢す訳にもいかず喉元で澱んでいた愚痴が、スルスルと口を滑っていく。

 

「あの我が儘女神ときたら小物一つにも注文を付けて、面倒臭いったらありゃしない。先週なんかカーペットの色が濃いとか言い出して、メイルストラまで買い出しに行かされたんだよ?」

 

「ほほう。お拘りが強いのだなぁ」

 

「拘りなんて可愛いモンじゃないよ!他の連中に頼めば良いものを、『私は()()()頼んでるのよ』だと!女神様は気楽なもんだね。こっちは料理当番のローテーションにすら難儀してるってのに……」

 

「ふむふむ」

 

「一番腹が立つのは、信者共が何ひとつ文句を言わないことさ。猪小僧も立派な女神狂いに育っちまって……ったく!揃いも揃って甘やかすから付け上がるんだ」

 

「はえー……大変でござるなぁ」

 

 苦悩する眷属筆頭。気苦労が絶えない様子である。荒ぶる友人に適当な相槌を打ったエルフは、勝手にミアのスパゲッティを取り分けた。

 

 今や都市最強へと成り上がった【フレイヤ・ファミリア】は、主神フレイヤへの絶対的な忠誠から成り立っている。

 我の強い眷属たちは美神への愛を示すべく、日々武勇を競い彼女に栄光を持ち帰るのだ。

 

 されど一際目をかけられる寵臣のミアは、唯一フレイヤへの敬意を持ち合わせていない。

 寧ろ奔放な女神を鬱陶しがっている様子で、寵愛を疎む素振りを隠さずにいる。

 

 尤も。

 

「畏れ多くはござるが、女神様の御心は拙者にも分かるぞ」

 

 愚痴は聞き流す一択の酔っ払いが、フッと柔らかく目を細めた。まだ違和感が残るのか首筋を摩りながら、面倒見の良い友人に笑いかける。

 

「ミアが自分の為に苦労してくれると、()()()。ぬしは見捨ててくれぬであろ」

 

「……。迷惑な話だね」

 

「あはは、すまぬすまぬ」

 

 ケラケラ笑った侍エルフが、ズルズルとスパゲッティを啜っている。箸で飛ぶ蝿を摘める癖に、未だフォークの扱いに慣れないらしく、麺類を食べるのがド下手クソなのである。

 それをみっともないと叱り付けながら、ミアも僅かに微笑んだ。

 

 言うまでもなく……この女には責任感が無い。都市の情勢にも強者の責務にも、全くもって興味が無いのだ。

 返答が分かり切っているからこその気楽さで、ミア・グランドは心の内を告白する。

 

「実はアタシ、冒険者を引退して店を開こうかと考えてるんだけど」

 

「……へぁ?」

 

 間抜けな声を上げた帰雁。次いで弾けた大喝采が、現“都市最強”の背を押した。

 

 

 

 

 

 階下で喧騒が続く。

 人が縺れ合う音、怒声、悲鳴まで聞こえてくる辺り穏やかな状況ではなかろうが、神の無関心に変わりはない。

 少女は何事か言おうとしたものの、結局キュッと口を結んだ。ただ小さな自らを抱きしめて、怯え切った様子で縮こまる。

 

 神ソーマは少女を一瞥するも、口を開くことはなかった……が。ふと眼差しを険しくし、階下に繋がる扉を見た。

 ぎ、ぎ、と階段を踏み締める音。誰かが上がって来る気配。

 

「ヨイトナ、ヨイヨイ」

 

 浮かれ切った鼻唄が聞こえる一方で、いつの間にか階下は()()だ。

 破落戸が屯する【ソーマ・ファミリア】の酒蔵に、何者かが沈黙を強いている。到底あり得ない事態だった。

 

 やがて立ち止まったその人が、礼儀正しく三回扉をノックする。

 この部屋の扉……即ち、主神ソーマの居室。彼は重々しく嘆息すると、温度のない声でそれを許した。

 

「……入れ」

 

「うむ。失礼致す」

 

 現れたのは見慣れぬ装束を纏ったエルフであった。少女の短い人生において、見たことがないほど端正な容貌。

 癖のない黒髪、眉と眦、重たげな睫毛は柔らかく垂れ下がっており、焦点の合わない眼が何処か遠くを見つめている。

 

「これはこれは我が主上、お変わりないようで何よりでござる」

 

 得体の知れない気配が、する。

 

 ストンと床に手を付き、礼を示すであろう仕草をした女を、「帰雁(キガン)」とソーマが聴き馴染みのない響きで呼んだ。

 

「死んだかと思っていた」

 

「わは!残念、生きてござる」

 

「別に残念でもない」

 

「おや、嬉しいことを言って下さる。団長殿など残念がり過ぎて卒倒してござったのに……」

 

「…………」

 

「して、要件は言わずともお分かりかと」

 

「……………………。ああ」

 

 明らかに物言いたげな主神の沈黙を、女は欠片も気にしていない様子である。

 落ち着き無く身を揺らす彼女を他所に、ソーマは戸棚から酒壺を取り出し──

 

 

「ところで主上、其処な娘はどうした?焼酎にでも漬けるのか?」

 

 サッと酒神が腕を広げ、背に幼い少女を隠した。信じられない物を見る顔である。

 少女は初めて彼の情けを感じ取ったが、同時に己の勘が当たったことを悟った。即ち。

 

「大きな酒樽が必要でござるな、はは」

 

 このヒト、ヤバい。

 

 この部屋に立ち入ってから、女は一度も少女に目を向けていない。いっそ気が付いていないかのような振る舞いをしながら、この言葉が飛び出した訳である。

 凡そ人間離れしている。心がバケモノであった。

 

「……酒の、材料では、ない」

 

頭が痛そうな顔をしたソーマが、一音節を区切るようにしながら告げる。

 

「おや、ではどうして。お答えによっては拙者、主上の見方が変わっちゃうでござるが」

 

幼女趣味(ロリコン)でもない」

 

「ふーん?いや構わぬぞ。拙者が口出しする事でもなし……」

 

「二親が死んだ眷属だ。稚児ではない」

 

「許せ主上、戯言でござる」

 

 そこで漸く刀を手放し、両手をヒラヒラと振った女。酒神は深い溜息を吐くと、漸く床に腰を下ろす。

 同時に置かれる柄杓と、間口の広い一杯の盃。封を切る音の後、透明な液体が注がれ……少女は思わず身を固めた。

 

 これなるは美酒の中の美酒、ヒトの理性を酔い溶かす忘我の酒。

 神ソーマと同じ名前がつけられた究極の神酒。

 

「では、頂きまする」

 

 女が一つ合掌したのち、逸った手付きで盃に口を付け、呑む。

 ク、と喉が鳴る音。白い首筋が動いている。盃が傾く。

 のち。

 

 

「──美味!」

 

 

 ぷは、と熱い吐息を漏らすや否や、その様をジッと観察していた酒神に向けて、女は満面の笑みで頷いた。

 

 ……こんなヒトがいるのか、と少女は思った。少女はこの部屋の片隅で、酒の魔性に狂い侵される人々を見てきた。

 彼女の両親もまた酒代を稼ぐ為に迷宮に潜り、二度と帰っては来なかった。少女にとって冒険者とは、酒を求めるニンゲンとは、どうしようもなく醜悪な生き物だった。

 

 翻って。この、恐ろしくて、キレイで、得体の知れない生き物は、なんなのだろう。

 

「拙者はモガリ・帰雁という。己で宛てた姓名ゆえ、お主の好きに呼ぶと良い」

 

 疑問の答えは向こうから返ってくる。絶世の美酒に高揚した様子の女は、そこで初めて少女を見た。

 

「娘。名は?」

 

「り……リリルカ。リリルカ・アーデ……です」

 

「ふーむ?珍妙な名だ。まあ良かろ」

 

 そしてまた興味を失った素振りで、目を背ける。

 

「リリルカ。うむ。覚えた」

 

 生まれて初めて、リリルカに微笑みを向けたその人。

 思いの外優しい声の持ち主は、そういう、滅茶苦茶な女であった。

 





アンケートありがとうございます!すごい良い勝負……!

既出の誰との関係が好き?

  • ソーマ
  • ザニス
  • アルフィア
  • ミア
  • リヴェリア
  • メーテリア
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。