酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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 色っぽい話……にならへんな……


取引

 

 昼夜も無い闇が馴染む空っぽの瞼の下。

 毎夜、死神を夢に見る。

 

『拙者、命乞いを聞くのは好きでござる』

 

 その死神は滑らかに歩く。襤褸の和服を纏う。抜き身の刀を携えている。

 

 少し掠れた声で語る。奇妙な抑揚を伴い話す。陶酔した笑みを浮かべる。

 

 エルフである。耳が人為的に欠けている。身体の瑕疵を隠さず振る舞う。

 

 翠が透けた黒髪をしている。白い肌をしている。真っ青な目をしている。

 

 そして、男を殺しにくる。

 

『生を惜しむ言葉は千差万別、其は人生を語る言葉。己に釣り合うだけの価値を、皆懸命に提示する……まっこと面白い。聞いていて飽きることが無い』

 

 死神は間違いなく浮かれていた。日中の単調な作業を終えて、切り株で憩う木樵のようだ。

 グッと凝った背筋を伸ばし、一汗かいたと言わんばかりに健康的な呻き声をあげている。

 

 殺したはずの女だった。殺せたはずの女だった。殺せなかった女だった。

 

『……して?お主は何を命に換える?』

 

 ……何を返したかは覚えていない。醜く死神を罵った気がするし、無様に慈悲を乞うた気もする。

 跪いていたことは確かだろう。女を見上げる光景の他を、男は思い出せないからだ。

 

 女はニコニコと微笑み、柔らかく相槌を打っていた。時折ショットグラスを傾け、嘆願を舌で転がしていた。

 子供のようにユラユラ足を遊ばせていた。爪先までが白かった。

 

 そして一言。微笑のまま『つまらぬ』と宣い、男を絶望させるのだ。

 

『あの蟲はいやはや、実に酔狂な夢想家でござった。地下を出る“夢”に全てを賭ける、愚かな博打打ちでござった』

 

 だからこそ気に入ったのだと、純粋な寂寥の滲む声音が伝えてくる。

 怨恨も憎悪もない透明な言葉が、怪物(モンスター)へ燃やす執念を見下ろしている。

 

『お主は侘しい男よなぁ。たかが目玉一つが己の人生に釣り合うと、本気で信じているらしい……』

 

 死神が男の頰に触れた。瞼の縁を緩やかになぞり、眼球のかたちを確かめる。

 彼の母胎からすら与えられたことが無い、何かを慈しむ為の手だ。

 

 まあ良かろ、と彼女が頷く。これも一興、とまた笑う。紛れもない憐憫でもって、死神は男の命乞いを認めたのである。

 

『この目貰い受けるでござる。そうして虚ろな面を晒し、精々必死に生きてゆけ』

 

 男の左目が最後に見たのは、美しいばかりの女に嵌った、青空の色だった──

 

 

 ──のだが。

 

 

 居る。死神が居る。普通に居る。何食わぬ顔をしている。

 深夜、人が疎らな娼館で、とてつもない醜女を侍らせている。

 

「お、おもしれー女……」

 

 しかも攻略されかかっている。頭がおかしくなりそうだ。

 

 死神は動揺を隠すようにカクテルグラスを呷り、ふいと醜女から顔を逸らしていた。

 加えて『別にこの酒が好きなだけだからね?』と言い訳する面で、バカ高い葡萄酒を頼んでいる。見苦しい勘違いおじさんの素振りだ。

 

「……おや」

 

 そんな奇人と目が合ってしまう。

 手ずから目玉を抉り抜いた相手を……エルフはいけしゃあしゃあと手招いた。

 

「お主見た顔でござるな。これも奇縁よ、此方へおいで」

 

「イかれてんのか……?」

 

 その向かいに座るのは、【ソーマ・ファミリア】団長ザニス・ルストラ。

 サッと顔を青ざめさせた彼に、ディックスはこれが悪夢の続きであることを悟った。

 

 

 

 

 とことん野暮な男である。ステイタス更新の為に衣を脱いでいた帰雁は、鼻息荒く部屋の戸を開けたザニスと目が合った。

 

「キャー!!!」

 

 ザニスが消えた。即座に扉を閉めたらしい。乙女の如き悲鳴である。

 扉越しに「金を取るぞ」と揶揄ったものの、帰ってきたのは「幾らだッ……!?」という半泣きの声。純粋な恐怖が音を成す、実に悲痛な響きであった。

 

 帰雁は憮然とした。傷だらけの我が身だが、均整は取れた躰の筈。それ程悍ましいものだろうか。

 なんとなく釈然としない気持ちでいると、神血(イコル)を拭っていた主神から「違うそうじゃない」と指摘が飛んで来る。

 

 だったらどういう訳なのだろう。ソーマの答えは無かった。会話のキャッチボールどころか、ドッジボールすら成り立たないファミリアである。

 

「そうだ団長殿。拙者レベルアップしたぞ」

 

「は、はぁ……。それは……おめでとう……?もう入っても……?」

 

「許可を取る相手が違かろ」

 

「ソーマ様入室をご許可頂けますでしょうか!?」

 

「俺は構わないが……」

 

「では失礼しまッ服を着ろ!!?」

 

 無神経(自覚無)な神と無神経(自覚有)なエルフである。それを見ていた小人族(パルゥム)の少女は、初めてザニスに同情した。

 

 

 和装というのは着脱が面倒なものだ。何枚もの衣を順序正しく着込まねばならないし、帯を巻き付けるのも一苦労。

 帰雁の場合は晒しを巻き、体型に合わない着付けをしているので、錘とした酒瓶で腰の位置を下げたり、肩の幅を調節したりする必要がある。

 

 よって恐縮()する団長を宥めた帰雁は、最低限着物を羽織っただけの姿であった。

 ザニスは決して顔を動かさない。隣の素肌を見たが最期、八つ裂きになると信じているのだ。

 

「あ、あー……その、随分長い休暇だったが、一体何してたんだ?」

 

 ザニスは様子見のジャブを入れた。日和見野郎なのである。

 

「女の死に目を見に行っていた」

 

 帰雁はカウンターでフックを決めた。アップの必要がない()()()なのである。

 

「そっ……そうか。まあなんだ、趣味は人それぞれだから、な。アンタが楽しめたなら何よりだが……」

 

「いや全く楽しめなかった。寧ろ最悪でござった」

 

「お゛っ……(ストレス過多)」

 

 直撃するボディ、情け容赦ない一発KO。ザニスは腹を抱えて悶えた。ディアンケヒト・ファミリア謹製胃痛薬も効果が効き難くなってきている。

 

 コイツやっぱり訳分からねえ……意味不明なのが一番怖いんだよクソが……!

 言葉の裏の暗喩を疑い、ザニスは内心でキレ始めた。恐怖は怒りに裏返る感情なのだ。

 

「なに、そう拙者の機嫌を取らぬでも良い。留守にした分は働くでござるよ」

 

 一方レベルアップ祝いの一杯を味わいながら、帰雁は僅かに目を細める。妙に凪いで達観した、仙人のような眼差しだ。

 ザニスは声音から辛うじて機嫌が悪くないことを悟り、決して顔を向けぬまま死に物狂いで上体を起こす。

 

「無論面白いネタなら嬉しいが……」

 

「……実は歓楽街整備の金銭援助について、【イシュタル・ファミリア】に呼び出されていてな」

 

「めっちゃ面白そうでござるな!!!」

 

 パッと帰雁の瞳が輝く。一分すら真面目を保てない、形状記憶のトンチキぶりである。

 

 

 

 貧困と性産業は結びつき易い。貧民街周辺を根城とする【ソーマ・ファミリア】からすれば、風俗街を統べる【イシュタル・ファミリア】は謂わばお隣さんに当たる。

 彼らは理想的な共生関係にあった。何せどちらか一方の客であれば、大抵は他方の客でもある。要はカモを共有する仲なのだ。

 

 資本面では物流全般を手掛ける【ソーマ・ファミリア】に利があるものの、戦闘力では【イシュタル・ファミリア】が圧倒的。

 更にえっちなお姉さんのお世話になりたい男は多いので……結果として両者両得(ウィン・ウィン)が崩れないのであった。

 

 ダイダロス通りの端。風俗街との境に位置する場所に、『鳩の巣(コロンバリウム)』という娼館がある。

 当然【イシュタル・ファミリア】所有の館だが、女神の座す宮殿からは距離があり、外装もパブリックハウス風。一見して客引きには向かない店だ。

 しかし一歩踏み入れれば、ハイ・グレードは一目瞭然である。上階の寝室もさることながら、酒場部分にあたる一階も豪奢な作りをしており、端々まで装飾が施されていた。

 

 なおこの“家”は度々密談に用いられる一方、うっかり()()()が起きることでも知られている。

 よって大変小心なザニスは、肝煎りの用心棒を連れてきた訳である。

 

「有意義な話し合いが出来た」

 

「此方こそ」

 

 商談自体はあっさりと終わった。懸念された神イシュタルの介入がなかった為だ。

 交渉には数人の戦闘娼婦(バーベラ)が寄越され、やや【イシュタル・ファミリア】優位ながら双方得のある契約が結ばれる。

 

 ザニスは強欲以外に面白みがない男であり、全く女神の好み(タイプ)ではない。

 幸運にも興味を持たれなかったからこそ、金さえ出すなら好きにしろと、ある意味で()逃されたのであった。

 

「ふむ、彼方が花街かえ。似せてはいるが、妙に似非っぽいでござるなぁ。極東(こきょう)の郭は鉄檻に囲われていたものよ。マア脆い作りだったが」

 

「ええ……(ドン引き)」

 

 寧ろこの用心棒は危なかったかもしれない、とイシュタルの眷属達は思う。

 女神イシュタルは性愛を司る『美の女神』。目の前のエルフのように涼しげな美形を、寝所に連れ込むことを趣味としている。

 

 その肉食獣っぷりたるや、人の子の理解が及ぶ程度ではない。彼女は当然のように両刀の為、同性であろうと構わず()()()()しまう。

 【イシュタル・ファミリア】に所属する見目麗しい戦闘娼婦の多くは、同時に女神の恋人でもあるのだ。

 

 とはいえ……中には例外もいる。恋人ではなく同好の士。女神の精神性が共鳴したかのような、とてつもない怪物が。

 

 

「面倒な話は終わったのかぁい?」

 

 ずん、と卓に影が落ちる。慌てふためいて振り返るザニス、帰雁は柄に手を掛けたまま視線を後方に向け、その人影の正体を見た。

 

「【ソーマ・ファミリア】の団長の顔くらい見てやろうと思ったんだがぁ……なんだい。アタイに釣り合う男じゃないねぇ〜」

 

 デカい。巨大な女である。頭に比すれば手足胴体が短すぎる頭身で、見る者を不安にさせるアンバランスな容姿をしている。

 更には大きすぎる目と、顔を横断する巨大な口。ともすればモンスターに見紛う程の醜悪な立ち姿。

 

 その規格外の醜女の名を、フリュネ・ジャミールというのであった。

 





なんで俺は主人公をえっちなアマゾネスにしなかったんだろう

既出の誰との関係が好き?

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