酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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アンダーザローズ

 

 主神イシュタルに倣ったように戦闘娼婦は手が早い。血の気の多い娼婦(ハンター)であれば出会って五秒で即バトル、獲物からあらゆるモノを絞って行く。

 風俗街はともすれば、迷宮以上の危険地帯だ。

 その辺で兎系男子がのほほんとしていれば、丸呑みバッドエンドに行き着くので注意が要るが、幸運にもザニスは萎びた中年である。

 彼は財布を空にするだけで済んだのであった。

 

「噂の神酒ってのを飲んでみたかったんだけどねえ〜」

 

「はは……気が利かずに……」

 

 本来有り得た色っぽい流れは、一人の娼婦……娼婦(暫定)の乱入によって滅茶苦茶にされた。

 やってられないとばかりに交渉役の戦闘娼婦が去り、代わりにドスンとヒキガエルが居座る。

 どうやら食欲を満たすつもりらしい。一応キャスト側に当たるにも関わらず、好き勝手店の品を持って来させていた。

 

 マークされたザニスを他所に帰雁はそっと袖を引かれ、対面のソファに座らされる。

 

「こちらへ」

 

 この店の従業員であろう袖を引いてきた左隣の猫人は、困り顔のトランジスタ・グラマー。右に座ったヒューマンは何処も彼処もほっそりしていて、勝気そうな笑みを浮かべている。

 容姿はどちらも整っているが、やけに対照的な二人だ。露骨に嗜好を探られている気がする。

 エルフは性別が読み難いし、さては商売相手(おとこ)と思われているのか……

 

「すまぬが拙者は女でござるよ」

 

「あら、何か問題があるのですか?」

 

「……成程?」

 

 読みが甘かったらしい。これ程までに世界は広く、我が身はなんとちっぽけなことよ。猛獣の笑みを浮かべるブロンドの猫人に、帰雁は思わず唸らされた。

 

 彼女たちはプロフェッショナルであった。身体接触が苦手なエルフに必要な配慮を把握していて、適切な距離感を保っている。

 細やかな心配りを見せるのはヒューマンの娘。営業を感じさせない愛想が魅力的だ。

 

「お侍さん、お好きな飲み物はある?」

 

「酒なら何でも飲むでござるよ。今日は経費が下りるゆえ、お嬢さん方、お好きな味を教えてくれ」

 

「まあ!自信をお持ちですのね。私は甘いお酒が好きですわ」

 

 牙を隠さぬ猛獣から、嬉々として示される女殺し(レディキラー)。天井(値段)でなく天井(度数)を狙ってくるあたり、とんでもねえ肉食獣だ。

 ヒューマンの方はまだ良心があるのか、飲み口も爽やかなソーダを勧めてくる。当然帰雁は両方を頼んだ。

 

 ジュースのような甘味を流しつつ対面に目を配れば、団長がSOSを出している。

 ダラダラと冷や汗をかきながら、フードファイター宛らの娼婦()から距離をとっているが……帰雁は当の女に釘付けになった。

 

 醜い。容姿どころか振る舞いまで醜い。この世にあろう凡ゆる作法を無視したような有様である。どうすればそれまで汚く食事ができるのだろう。

 不意に目が合ったフリュネに向けて、友好を示す笑顔を浮かべて見せる。

 

 常人なら惚けるそれを見て、しかし醜女は嘲るように嗤った。

 

 

「……ふむ。お嬢さん方、彼方の娘は?」

 

「連れない方ですのね。隣の女を差し置いて他所見をなさるの?」

 

「芋侍なのだ。夜の蝶を追う度に、思わず目移りしてしまうのでござる」

 

「もう、冗談ばっかり……」

 

 イチャコラしてんじゃねえよ!ザニスは内心でキレた。

 しかし近頃レベルアップをした彼だからこそ、傍の娼婦()が生物として格上である事を感じ取ってしまう。怖くてチェンジが言えないのである。

 

 綺麗なお嬢さん達にせっせと構われながら、帰雁は密かにドキドキしていた。

 帰雁は容姿の優れた種族(エルフ)だ。身なりで苦労することこそあれど、大した恩恵を得られなかった人生であるが、少なくとも醜女の気持ちは分からない。

 

 だが経験則上、容姿に引け目を持つ者が美しさを敬遠する傾向を知っている。

 しかしあの娘はどうだろうか。後ろめたさがまるでない。

 アレが見る世界にとって、最も完璧なのは彼女自身の容貌なのだ。

 

「アレはフリュネ。フリュネ・ジャミール。あれでも【イシュタル・ファミリア】の筆頭よ」

 

 身を寄せてきたヒューマンの娘が、そんな言葉を吹き込んでくる。筆頭、即ち団長であろう。帰雁は感動した。

 イシュタル様は……女の趣味が最高でござるな……!

 

「……お嬢さん方の名を教えてくれ」

 

「え?」

 

「明晩また逢いに来る。屹度満たしてみせるから、どうか許して欲しい」

 

 不義理を受けて文句も言わず、名刺を残して彼女達は去った。別の獲物を狩りに行ったのだろうか。気風の良い女達である。

 蓼食う虫はムムンと悩み、女の口説き方を考える。誰かを口説くのがウン十年ぶりなのだ。

 

 天然ジゴロクソボケ神(親愛なる師)を真似ても、知り得る全ての手管を使っても、鉄壁の醜女は振り向くまい。結局技を使う事を諦め、帰雁は率直なお誘いをした。

 

「フリュネさん。拙者ともお話しせぬか」

 

「……美しいアタイに見惚れたかぁい?主神と違って、アタイにソッチの気は無いよぉ〜」

 

「まあそう言うな。女同士酒を飲むこともあろ?女子会ってやつでござる」

 

 ゲッと蛙の鳴き声染みた噯気の後、フリュネは暫し思考した。

 絶世の美女たる己にとって、同性は自らに及ばぬばかりか、嫉妬まで向けてくる不細工ばかりだ。彼女は女子会の経験がないのである。

 悪くないと思った。精々今飼っている愛人でも自慢してやろう。

 

 なにはともあれ、こうして囚人ザニスは地獄の女看守から逃れたのである。

 

 

 

 

 多大な身代を払って以来、ディックスには多くの苦難が続いた。ダイダロスの左眼は人造迷宮に存在する全ての仕掛けに作用する。

 彼が【イケロス・ファミリア】で早々に身を立てられたのは、当然その血脈が関係していた。

 左眼を失ったダイダロスは悲惨だ。何せ死後抉り抜かれる筈の万能鍵を、生きながらに失った抜け殻なのだから。

 

 生存を目的にする必要があった。多くの戦闘員を消耗させた彼は立場を失っていたし、半分閉じた視界では戦闘も儘ならない。

 しかし生き延びた。狂い切った兄弟とは異なり、ディックスは明晰な思考を保っていたからだ。

 

『下界は目紛しくて飽きねえなぁ、ディックス。お前は腐った眼をしてたが……ひひっ、一体どうしちまったんだ?今じゃ爛々に光って、根本からぶっ壊れた眼をしてやがるぜ?』

 

 神イケロスは眷属の変化を面白がった。元より司る『獣の夢』の体現として注目していた子供である。

 ステイタス更新を盾に、隻眼の眷属から洗いざらいを聞き出した男神は、腹を抱えてゲラゲラ笑った。左眼と引き換えるように発現した『魔法』を見てまた大笑いし、腹筋を痛める程であった。

 

『しくじったよ、一目だけでも見たかった……!眷属(ガキ)共が大勢死んだ時は【闇派閥】の策かと思ったが、チクショウ、寝てる場合じゃ無かった!』

 

 眷属を悼む言葉もない。とことん最悪である。

 されど『必死』を識ったディックスにとって全ては些事に過ぎない。不変に飽いた主神からの羨望の眼差しに気付かぬまま、彼は迷宮へと潜った。

 

 煙水晶のゴーグルの下に眼帯を付け、左方が見えぬまま死戦を潜った。死に物狂いで【経験値】を積み、レベルを上げて尚戦った。

 不意を突いて他ファミリアからダイダロス・オーブを奪取し……偶然にもソレは彼の種馬(父親)の物だったが……アドバンテージを取り返した。

 遂には【イケロス・ファミリア】を手中に収め、彼は元の地位以上の立場を手に入れたのである。

 

 

 一方でディックスは悪夢を見ていた。悪夢の続きを恐れていた。何せ絶対要塞たるクノッソスの鍵を、他ならぬ自身の手で渡してしまっていたからだ。

 

 取引(いのちごい)が成立した以上、あの女はダイダロス・オーブの価値を認めたのだろうとディックスは考える。

 彼にとって『左眼』は絶対の財産であったので、そしてそれが当たり前の人造迷宮(クノッソス)で生きてきたので、交渉時に前提を確認することもなかったのだ。

 

 一方の酒カスは外様であった。ダイダロス・オーブを提示されても、「なんかやけに眼玉ゴリ押してくるでござるな……」としか思わなかった。

 命より大事にしているらしいと認識できても、精々が『根性のあるケジメ』である。

 

『そ、そんなに手前の眼玉が大事か……気合の入った変態でござるな……そこまで言うなら……』

 

 ……普通の人間は唐突に目玉を渡されて、「よっしゃこれで扉開けたろ」とは思わないのだ。

 このすれ違いに思い至ったのはイケロスだけであり、彼が呼吸困難で送還されかけたのは余談である。

 

 

 さて。眼球愛好家(オキュロフィリア)と思われているのも知らず、ディックスは娼館を訪れていた。頭として好き勝手使う為には、団員達の欲を満たしてやる必要がある。

 

 手っ取り早いのは性欲だが、女を攫うにもそれなりに苦労があるのだ。

 別に孕ませる訳でもなし、ならば売り場で買おうと思うのは至極当然な流れだ。

 

 『鳩の巣』は行きつけの店だった。立地的に移動が目立ちにくく、イシュタルの眷属達はベテラン揃い。

 やや値段は高く付くし、()()()()()()()()()の処理を押し付けられもするが、故にこそ信用が置ける。

 

 集団で娼婦を派遣して貰う交渉ついで、捕物を成功させた団員共に良い目を見せてやろう。最近は商売の調子も良く、気楽な気持ちで訪れたそこに……例の女がいたのである。

 

 

「ソイツはもうアタイにゾッコンでえ、照れ隠しも言えないぐらい素直になっちまったモンだからぁ〜。それはそれでつまらないだろぉ〜?」

 

「フリュネちゃんてば罪な女でござるなぁ」

 

 階下にヤベェのが居ると知りながら、ベッドに入れる筈もなく。よって悪党共に強いられたのは、化け物共が開く『女子会』の鑑賞であった。

 ザニスは天井の薔薇の装飾を見つめて遠い目をし、ディックスは腕を組んで沈黙している。

 両者とも酒には手を付けない。何も知らず励んでいる連中が羨ましいものだ。

 

「ござるござるって、アンタ妙な喋り方だねえ〜」

 

 禁忌(それ)に触れやがった……!

 

「大昔は違ったのだぞ。初めはキャラ付けでござった」

 

 キャラ付けだったのかよ……!

 

「キャラ付けぇ〜?……マア完璧なアタイには関係ない話かあ」

 

 完璧……???

 

「フリュネちゃんが羨ましいでござる。拙者は己の個性に自信が無い」

 

 無い訳ねえだろ!!!

 

 ツッコミ所が満載である。否が応でも会話は拾う。女子トークの一往復ごとに精神は疲労し、彼らがマインドダウンに陥りかけたその時だった。

 

 

「こんな時間かい……じゃあアタイは帰るよぉ。アタイが居ないと寂しがる男がいるからねえ〜」

 

「ええ、もう帰っちゃうでござるか?」

 

 化け物の片方が立った。ドシンと醜女の足元が踏み鳴らされ、反動でソファごとザニスが跳ねる。

 

「否、去る者は追わぬさ。お陰で楽しい酒が飲めたでござる。縁あればまた」

 

「アタイに用があるなら『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』に来なぁ〜。アンタは不細工にしちゃマシだからねえ」

 

「おや。そんなことは初めて言われた」

 

 クスクスと笑うエルフは中身を知れども目を奪われるものであったが、フリュネの自信に揺らぎはない。

 それに心底愉快げにして、帰雁は手を振って彼女を見送る。

 

 シンと沈黙が残った酒場に……ザニスの震える声が響いた。

 

 

「テ……怪物趣味(テラトフィリア)か?」

 

「全方面に失礼でござるな。拙者美しいモノは好きだぞ。醜いモノも好むが」

 

「マジで何処にツボがあるんだよアンタ……!」

 

 謎の悔恨を見せるザニスを、奇妙な音で帰雁が笑う。

 『普通』の物差しに適応できないだけで、人格は容易に歪むものだ。世界との差異に耐えられなくなり、自衛として認知が変化するのである。

 

 尤も……歪んだまま生きられる程ヒトは強い生き物ではなく、オラリオも優しい街ではない。

 

「あの娘、直に盛大に壊れるであろうよ。五年後か十年後か、ともすれば明日にでも有り得る。壊れなかったらまた酒盛りにでも誘おうか、場合によっては殺し合いになるやも知れぬが……」

 

 親愛すら感じさせる声音で【呑んだくれ】が笑む。残念ながら男二人は、女がその顔で刀を抜くことを知っていたのだが。 

 

 

 ディックスは深い溜息を吐いた。目の前の存在を初めて理解できたからだ。

 この剣士は快不快に従うのみ。全くが意味不明の、殺戮が形を取った存在では無い。

 

 思えば戦場以外の姿を初めて見た。革地のソファで身を休め、ヒキガエルが残した酒を舐め取るのはただの見苦しい酔っ払い。

 一切鏖殺の法を敷く修羅でも、逃亡者を刈り取る死神でもない。

 

「……モガリ・帰雁」

 

「ン?なんだお主、やっと喋ったか……」

 

「てめえは、人を殺してる時が、一番綺麗なもんだな……」

 

「開口早々ド失礼でござるな……!」

 

 それは安堵のため息である。対して帰雁は不服から眉を顰め、ジロリと隻眼の男を睨む。

 何が不服かは他ならない。何せその言葉を受けるのが、初めてでないからであった。

 

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