酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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応報

 

 主神が飼い始めた小人族に含む所はなかった。曲がりなりにも主従関係にあるのだから、御意への口出しはただ無粋だろう。

 されどソーマは超越存在(デウスデア)()()は天上の神なのだ。豊穣を司る地母神ならまだしも、彼は典型的な趣味神であるし、間違っても甲斐性は望めぬ。

 幼子の如き矮小な生き物を、果たして世話してやれるものか。

 

 子供は思いの外頑丈だ。雑草の如く生き延びるかもしれないが、同時に思いの外脆弱なので、死ぬ時は実に容易く死ぬ。何にせよ苦労はするだろう。

 しっかし酔狂をなさるよなぁ、と盃を傾けたほろ酔いエルフに、主神から端的な神託(かいとう)が下る。

 

「死ななければ良い」

 

 世にこれ以下の子育てがあろうか?なんてことはない、誰より酒神ソーマの甲斐性に期待していないのは、他ならぬソーマ自身だったというだけだ。

 眷属として一本取られた気持ちで、ヘニョヘニョと気の抜けた返事をする。

 

「……それ、ご下命でござるかぁ?」

 

「いや」

 

 簡潔な会話だが十分だ。ソーマが眷属の些細なおねだりを聞いてくれるように、帰雁とて主神の意思は酌もうとも思う。

 

 とはいえ此方が主神の甲斐性を絶望視するように、彼方もまた眷属の人間性に欠片も信頼をおいていない。

 行われたのはドン底の相互理解に基づく合意であって、そこに命令は起こらなかった。ハードルは低けりゃ良いってものじゃねえぞ。

 

 しかし「死ななければ良い」と来たか。やり取りを脳内で反芻し、酒カスは眉を困らせた。

 つまりは死なない状態を保てと。ふむ。存外に難しい事を仰る……。

 

 

「……宵が早くなり申したな」

 

 取り留めない時間ほど早いものだ。やわら眷属の独言つ音を受け、ソーマは無意識に顔を上げた。

 いつの間にやら西陽は落ちて、作業をする手元が暗くなっている。東天で白んだ三日月が雲間に頼りなく浮かんでいた。

 

「夜はこれからよ。拙者は飲み直して参ろうか。然らば主上、これにて」

 

「……飲み過ぎるなよ」

 

「わは!」

 

 返事が無いならそういう事だ。パチンとスイッチを押す音の後、魔石を燃料とする照明に目が眩む。

 一面の白さに目が馴染んだ頃、彼の対面には盃だけが残っていた。

 

 

 

 

 

「ら、る、らり、り……」

 

 奇怪な剣客はやけに歩みが浮ついており、意識が混濁している様子だった。朝っぱらから深酒をしているらしいが、こうなれば誰も近付かないものだ。

 

 上機嫌だからと油断して近づき、散々遊ばれて破滅した者は多くいる。確かに機嫌は保たれるのだが、何をするか分からない突飛さもまた激増する為である。

 そんな女に捕まってしまったので、少女は半ば絶望した。

 

「りるりり……るー?」

 

「……リリルカです」

 

「りら……る、り、りり」

 

「リリでいいです、キガンさま……」

 

 酔っ払いにら行の連続は難しい。常時ラリっている節のある女だが、実際にラリラリ言う姿はいよいよ“末期”感が漂うので、流石に避けたいリリルカであった。

 

 リリルカの生活は不規則だ。戦力の抱え込みが顕著になり始めたオラリオにおいて、孤児の小人族など路傍の石以下の存在である。

 少女に安寧の地は無い。辛うじて主神の居室では誰に害されることもないが、団長の一派に見つかればその後酷い仕打ちを受けることになるので、逃げ込むタイミングは慎重に選ばなければならなかった。

 

 自分を害するモノから逃げるだけで精一杯の人生だ。誰かの悪意を避けることがリリルカにとっての生存戦略。

 

 幼く小さな彼女にとって、雑踏は世界の縮図である。人間は何らかの目的を持っていて、生きる為には彼らの流れを読まなければならない。

 避けられなければ蹴り飛ばされるか、ペシャンコに踏み潰されてしまうからだ。

 

「りり」

 

「はい」

 

 読まなければ。この、前後不覚の千鳥足を読まなければ。この人は次に何を言う?何を求める?わたしは何をしなければいけない?

 するりと帰雁が角帯を解いた。結び目が緩み、リリルカの目の前に刀が落ちる。床に触れる寸前のそれを、少女は反射的に抱えこんだ。

 

「ちょーど良し。太刀持ちをせよ。お主は食いでもなさそうゆえ、()()()たりもせぬであろ……たぶん」

 

 不穏すぎる言葉に手元の刀を放り投げたい衝動に駆られるも、理性が踏みとどまらせた。

 酔っ払いは名残り惜しそうに瓶の淵を舐め、すれ違いざまコツンとリリルカの額を小突くと、またフワフワと歩き始める。

 

「……おいしー葡萄酒(ワイン)が呑みたいでござるなぁ。赤白そろって縁起物よ。いやぁめでたいめでたい」

 

 おめでたいのはあなたの頭では……。懸命なリリルカは黙って身の丈程の太刀を持ち上げ、よたよた蹌踉めきながら後を追う。

 

 後に“妖刀盗人殺し”の逸話を聞いた彼女は、そんな所だろうと思いました……と諦観の眼差しで逞しく太刀を担ぎ上げるのだが。

 更にはちょっとした丁稚の務めが習慣に加わるのだが、それはまだ未来の話である。

 

 

 

 

「何しに来やがったこの浮気者がッ……!!!」

 

 毛むくじゃらのドワーフに掴み掛かられ、帰雁はサックリ刺されかけた。

 立ち寄ったのは【ゴブニュ・ファミリア】本拠地の『三槌の鍛冶場』。長く空けていたからか、他所に馴染みを作ったと思われたらしい。

 

 浮気者はナニされようが文句言えないよね!という常識*1がオラリオにはあるが、焔に近しい鍛治師達は殊更に情熱的なようだ。

 

「今更何よッ!」

 

「拙者が悪かった」

 

 下手での白羽取りを披露しながら、帰雁はのんびり弁解する。本来は軽い手入れだけして貰う心算だったが、ここは器量を示さねばなるまい。

 刀と鍛治師の機嫌を取るべく、太刀の刀装の新調を検討していると伝えれば、ドワーフはスッと刃を引いた。情緒が不安定すぎる異種族のオッサンに、リリルカは密かにドン引きした。

 

 

 応接室に通されて待つ事数分。戸口から現れたのは鍛治神ゴブニュその(ひと)だった。

 一瞬だけ客の供に目を留めた彼は、和らいだ表情を引き締めるかの如く顰めた顔で腕を組み、冷静に太刀の状態を検分する。

 

「漸く拵えを作る気になったか。構わんが問題は鎺だ、かなり特殊な鋼だろう。産地は東方だろうが……現状絞り込めんな」

 

「あー、なにぶん骨董でござるから……他の鉄ではダメであろうか?」

 

「試してみなければ分からん。何処の神が落としたか知らんが、元は天授物(アーティファクト)の類だぞ。骨董どころか化石に近い……よくもこの時代まで残ったものだ」

 

 「油だけ変えてやれ」と指示を受けたドワーフが、ギョッとした顔で太刀を受け取る。そりゃ研げねえよと言わんばかりの形相だ。

 一方ソファの隅で縮こまっていたリリルカは、聞き慣れない単語に首を傾げる。

 

「…天授物……?……あっ、す、すみません、なんでもないですっ!」

 

 ポツンとした呟きは無意識から溢れたものらしい。三者の視線を受け、少女は慌てて小さくなったが、神ゴブニュは今度こそ顔を綻ばせた。

 

「人の生存領域が僅かにまで追い詰められた時代、【神の恩恵(ファルナ)】を持たずして戦う者達が現れた。そうした往日の“勇者”に神々(われら)は神界から精霊を遣わし、時には武器を与えたのだ」

 

 優しげな語り口は、遠方から来た孫を喜ぶ頑固おじいちゃんのようである。鍛治神の見たことがない表情に酔い醒めて、帰雁は口をあんぐり開けた。

 

「ぱ、小人族(パルゥム)贔屓とは聞いてござったが」

 

「いや、此処まで甘いのはまず見ねえよ。フィン・ディムナ並み、下手すりゃそれ以上の対応だぞ」

 

「拙者とはお茶もしてくれないのに……エルフはお嫌いかな……」

 

「エルフ以前に旦那だしなぁ……」

 

 眷属にして弟子すらそう言うのだから、余程の特別扱いなのだろう。武者としての帰雁から見て、リリルカに武器を扱う才は見受けられないが、ゴブニュには異なるものが見えているのかもしれない。

 ともあれ畢竟重要なのは、神の気に召された事実だけだ。超越存在の気まぐれに、下界の民が理由を求めるべきではない。

 

「……そうだ。神ゴブニュよ、御身に別件で依頼があるのでござるが」

 

「俺にか?」

 

「うむ。拙者の太刀よりこちらを優先して頂きたく」

 

 何処からか高そうな茶菓子を取り出し、「持っていきなさい」とばかりに手渡していた男神が眉を寄せる。

 案外図太いリリルカはモグモグ頰を膨らませながら、冬籠り前の栗鼠の如く荷詰めに夢中になっていたものの。

 

「……無論言い値であろ?まずは幾ら用立てるべきか」

 

「一億ヴァリスだ。話はそれから聞く」

 

 

「ぶふっ!!?」

 

 頭上で行われた桁違いの買い物に、思わず吹き出してしまったのであった。

 

 

*1
※【ヘラ・ファミリア】の負の遺産





感想ここすき評価等々、本当にありがとうございます。

皆様キレキレな感想多いので、感想返しが超楽しいです。感想返しする為に小説書いてるまであるかもしれん……(本末転倒)

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