酒カスエルフ、ダンジョンへ行く 作:エルフスキー
【デメテル・ファミリア】の繁忙期、広大な農地の一角には破落戸共が現れる。柄も態度も素行も悪く、何かに渇いて飢えていて、兎に角嫌な感じがする連中だ。
彼らはブツクサ言いながら土を耕し、舌打ちしながらリヤカーを動かすのだが、女神デメテルに「お手伝いありがとう♪」などと言われると案外満更でもなさそうな顔をする。
直に彼らは汗水を垂らし、熱心に作業を熟すようになる。大地の偉大さを知り、食糧の大切さを実感する。収穫した作物に泣き崩れる段階に達すれば最後だ。
借金のカタで強制労働に就いた【ソーマ・ファミリア】の債務者の一部は、社会復帰の意欲を持ち始める。ザニスは不良債権から足抜け金とコネを錬成し、【デメテル・ファミリア】には人手が増える。万事が丸く収まるのであった。
なおドブ浚いの結果【ソーマ・ファミリア】には更生しようのないヘドロが残るが、その辺りは言わぬが花。
結局の所、人類は農耕に行き着くのである。地に足付けて働けば大体の人間がマトモになるものだ。弱さゆえ酒に溺れた時代の負け犬は、弱さゆえに安穏とした暮らしを求める。
時々自分をデメテルママのバブちゃんだと思い込む狂人が生まれたりもするが……キッチリ間引かれるので
さて。この酒カス更生プログラムに、場違いなエルフが交じっていた。帯と襷で衣を捲り、伸びやかな髪を一つに纏めて、腰の入った動きで麦の収穫を進めている。
小指を一周する形で縫い目の刺青を彫った男が、感心したように声をかけた。
「姐さん、随分手慣れてるんですね」
「古里は一面が畑でござったからなぁ。今は流浪の身といえど、本業は此方のつもりでござるよ」
「へえ……。人殺しは副業ってことですかい?」
「うむん。侍とまでは驕らぬ、せめて人斬りと呼べ」
帰雁は困り顔で鎌を引き寄せ、ツーッと峰を軽く撫でる。刃物とセットで物騒な女だ。鈍い輝きが陽光を弾き、周囲の人員は皆一歩ずつ距離を取った。
黄金の穂先が目に眩しい。迷宮都市の街並みが寂れゆく反面で、郊外の田園風景に一見大きな変化はない。
茎を這う虫をプチンと摘み取り、一粒麦の殻を剥く。僅かな弾性が指先に抵抗して、籾殻が地に落ちる。
「ふむ、中々の麦でござる。しかし味は未だ分からぬぞ。米程ではないにせよ拙者、穀物の味には割と五月蝿い……」
「美味ッ!!!えっ、拙者も【デメテル・ファミリア】に入ろっかな!」
「姐さん!!?」
即落ち二コマだ。賄いの焼きたてパンを咀嚼しながら、帰雁はアホ面ダブルピースをキメた。
クイーっと幸せそうな顔で果実酒を呷るエルフに、眷属達を引き連れ手ずからサンドイッチを配っていたデメテルが喜ぶ。
「お口に合ったようで嬉しいわ。ウチの
「この芳醇さ……御身の神徳には感服する他ござらん。如何な品であろうとも、素材の質は誤魔化せぬ。パンにしても酒にしてもな」
「うふっ、褒め上手ね〜」
ボインと母性の塊が跳ねる。そのあまりの雄大さに、全ての男達が女神を仰ぐ。
キンと鯉口を切る音がする。そのあまりの剣呑さに、全ての男達が目を逸らす。
女神デメテルは不思議そうに首を傾げた。身を捩る仕草に合わせ、再びボインと謎の効果音。
「あらぁ?どうかしたかしら?」
「女神様のお耳を汚すことではござらん。こうしてご慈悲を賜ったことだ、午後も一層身を尽くす」
な?と同意を求める音に、直立不動で男達が応える。女神はおっとりと目を瞬かせるも、深く問うことはしなかった。
……が。
「まあ!いけないわ、ほっぺが真っ赤になっているわよ?可哀想に、日に焼けちゃったのね」
「え。あ、いや。元より体質でござって。この程度ご心配には及ばぬ」
「ダメよ、折角可愛い顔してるんだから。はい、これ貸してあげる♪」
ぽすっと麦藁帽子を被せられると同時、眼前に突きつけられる豊満な双丘。なんだかすごい良い匂いもする。
唐突な母性の供給過多に、堪らず帰雁は目を白黒させ……。
「後でちゃんと返しにくるのよ?分かった?」
「バブ……」
恥もへったくれもなく、ママのバブちゃんにされてしまうのであった。
「ちゃんと返しに来てくれたのね。偉いわ」
「バブ……」
女神デメテルはやり手であった。あらあらまあまあ・おっとりにこにこ、全てを包み込んでくれるママとしての側面を持ちながら、その実彼女は天界のオリュンポスにおいて、最高栄誉たる十二神に選ばれる程の女傑である。
下界の子の一人や二人、掌で転がす位はお手のものだ。麦藁帽子を返そうとノコノコやって来た侍エルフに、彼女は透かさずグラスを渡す。
注ぐのは天界からの知り合いである、神ディオニュソスが手ずから作り上げた葡萄酒だ。
「バブ……えっ……美味ッ!?えっ!!?絶世の美酒ッ……!!?」
条件反射でグラスを傾けたバブちゃん気取りが、我に返って酒カスに戻った。戻さない方が良かった気もするが……どちらがマシかは神すら知らぬ。
デメテルはボトルを見せびらかしながら、頰に手を当て敢えて弱ったような顔を作る。
「貴方にお願いがあるのだけど」
「喜んでッ!」
「あらっ♪」
あまりにも話が早い。デメテルは慈愛の笑みを浮かべ、再び下界の子のグラスを満たしてやった。
「待たせてしまってごめんなさいね。彼女が先約だったの」
「別に良いよ。デメテル様には一応……お世話になってるし」
「ふふ。なら、ステイタスの更新を始めましょうか」
「……今の依頼が落ち着いたら、オラリオで腕試しでもしてみようかな」
「嬉しいわ。貴方に会いやすくなるわね」
女神デメテルからの依頼は、それなりに火急の要件だった。【デメテル・ファミリア】はその広大な農場を維持する為に、毎年港町メレンから大量の有機肥料を買い上げている。
魚に含まれる栄養素は、農作物の成長に不可欠だ。そこで彼女らは【ギルド】を仲介に挟み、メレンを本拠とする漁業系ファミリア【ニョルズ・ファミリア】に依頼を出しているものの。
『今年はそれが滞っていて……。最近はオラリオも物騒でしょう?メレンは人の出入りが多いから、何かあったのかと心配なのよ』
それだけではない。そろそろ魚を仕入れなければ、堆肥作りが間に合わないのだ。
堆肥がなければ土が痩せる。土が痩せれば収穫量が減る。収穫量が減れば……言わずと知れたことである。
早急に連絡を取る必要があった。しかし【デメテル・ファミリア】は農業系ファミリアだ。
オラリオ一の規模を誇る派閥だが、団員の大半は非戦闘員であり、万が一危険があった場合には対応できない。
デメテルは眷属思いの女神である。当然、彼女は護衛を雇うことを考えた。しかし昨今のオラリオは荒れていて、治安維持に尽力する強豪ファミリアも依頼を受ける余裕がない。
するとそこに丁度よく、悪名高い割に色々ちょろい冒険者が現れたので……上手いこととっ捕まえた訳だ。
朝八時前。酒カスにあるまじき健康的な時間に、帰雁は第六区画を歩いていた。朝市が終わりゆく中値下げされたドライフルーツを衝動買いし、齧りながら待ち合わせへ向かう。
以後の予定を考える。月末からカジノで用心棒の仕事があるから、あまりのんびりはしていられない。
長い目で見ればダンジョンの方が実入りはいいが、歓楽街での仕事はかなり割が良く、数日でも相当な額が稼げる。
なお先日の農園での手伝いは、ザニスからの斡旋だった。「金が要る」と相談した瞬間差し出された財布は断ったが、紹介された仕事はありがたく受けたのだ。
金に貴賤は無いと言えども、汚えシノギで儲けたヴァリスを綺麗な相手に使いたくはない。
メレンはオラリオの南西3Kほどの位置にある、ロログ湖に沿って広がった港町だ。かつては【ポセイドン・ファミリア】が本拠とする水際の防衛線だったそうだが、それは過ぎた昔日の話。
馬を駆ればそう遠い場所でもない、というのは旅慣れすぎた徘徊エルフの所感である。実際は迂回や通行止め、馬の機嫌、馬車の不具合、野盗などにも気を付けなければならない。
門前にたどり着いた。目印は赤の垂れ幕だっただろうか。御者は二人、牡馬と牝馬の二頭立て。全てに該当する馬車があったので、ひとまず荷を確認しようと扉を開ける。
「あら、こんにちは」
果たして其処には悠々と、“美”そのものが寛いでいた。
帰雁は目を開き、目を閉じ、干し葡萄を口に放り込んで、スキットルを傾け、もう一度目を開ける。
あまりに輝かしく完璧な存在は、やはり妖しく笑んでいた。しろがねという神秘の色彩が、扇情的なドレスを身に纏い、それが女の形をしている。
ふーっ、と息を吐いた。酔い覚めそうな美貌である。感嘆の溜め息など数十年ぶりだ。
「……見知らぬ方。さぞ高貴な身の上とお見受けするが、此方もまた尊きお方の馬車でござって。お乗りの馬車をお間違えでは?」
「いいえ?この馬車はメレンに行くのでしょう?」
「相違ないが」
「そう。なら合っているわね。私、新鮮な海の幸を食べたいの」
「なるほど……」
堂々と言い放つ見知らぬ女神。もしかしなくてもこの神様、メチャクチャ愉快な御方でござるな?トンチキエルフはウキウキした。
しかし此度は仕事なのだ。そもそも帰雁は豊穣の女神に弱い。当然デメテルママの頼みを恙無く遂行したいと考えている。
見知らぬ女神に断って、話をつけようと二名の御者……【デメテル・ファミリア】の団員らに声をかける。
しかしながら……馬も含めて……彼らはどこか夢現で、あの女神をメレンへ連れて行くことを、当然のように同意するのだ。
帰雁は大人しく荷台に戻り、悠然と居座る女神に頷く。
「なんか良いっぽいでござる。多少ご不便を掛けるが許されよ。因みにだが……拙者も同席して宜しいか?」
「構わないわ」
見知らぬ女神は鷹揚だった。大理石を撫でるような声が空気を揺らすと同時、ガタンと車輪の動く音がする。
女神の意を受け叶えることこそ、世界の役割と言わんばかりのタイミング。
彼女が白魚の指で触れるだけで、質素なカーテンは天鵞絨の天幕にすら見える。オラリオを照らす暁光に目を細め、女神は恋焦がれるように呟いた。
「私の
「……フレイヤ様?」
それと全くの同時刻。泣く泣く喧騒の朝市に来ていた男は、恐るべき動体視力でその一枚のカーテンを見つけた。
人々の奇異の視線に耐えながら、彼は腕一杯に海鮮を抱えていた。昨晩敬愛すべき女神が、アクアパッツァを食べたいと溢したからである。
男は全ての荷物を取り落とし、それにも構わず駆け出した。
ホントにあった怖い話。
ストーリーラインは決まってるのに、唐突に書きたいことが増える。一瞬で四千文字(1話分)増える。
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