酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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──

 

 船が沈んだ報告を受けるのも、今月で四度目のことだった。

 今回は人員を救助できたが、当然ながら積荷は御釈迦。砂海をも越え辿り着いた香辛料が、文字通り海の藻屑である。

 

 損失総額を考えるだけで胃が痛む。小人族の船長は青白い顔で震えていたが、それが晩秋の湖水のせいだけではないのは明白だった。

 

「ど……どうなってるんだッ! このロログ湖に海賊が出るなど! これは信用問題だぞ、どう責任を……!」

 

 【ニョルズ・ファミリア】本拠地、『船着の館』。貸し与えられた毛布に包まり、彼は甲高い声で怒鳴った。

 救い出された当初震えることしかできなかった彼だが、ようやく状況を把握し始めたらしい。

 

 男神ニョルズは沈痛な顔で何事かを言いかけるも、バンッ!と開いた扉が遮る。そこから野趣溢れるニョルズの眷属達が雪崩れ込み、船長もまた押し黙った。

 

「ニョルズ様!賊は追い払いましたが、すみませんッ……!」

 

「どうした?」

 

「エルドの爺さんが……死にました。遺体も湖に落ちてしまい……!」

 

「良い、お前達はよくやってくれた。だが……そうか、死んだのはアイツだったか」

 

 【ニョルズ・ファミリア】の精鋭たるLv.2の眷属にして、経験豊かな漁師だった。皆に信頼されるベテランだった。

 ニョルズは数秒の黙祷を送り、場の全員……気まずげな船長を除いて……がそれに倣う。

 

 しかし死体を回収できなかったとなると不味い。何せ上級冒険者の死体だ、群がるのもそれ相応の怪物だろう。

 放っておけば湖域が荒れ、貿易船の航路にまで被害が及んでしまう。

 

 まずは体を温めるよう小人族の船長に言い含めて、ニョルズは足早に船着場へと向かう。

 

「ボルグ、もう一度沖に出られるか?」

 

「……お待ち下さい!まさか自ら陣頭に立つおつもりで!?彼処じゃ随分血が流れた、既にモンスターだって湧いてるんですよ!?」

 

「俺がしなくてはならん仕事だ、これは」

 

「ッ……あんな連中を頼らなくても、俺達が!俺達がメレンを……!」

 

「頼む!もう俺に……眷属(お前)達を、失わせないでくれ……!」

 

 敬愛する主神の懇願に、眷属達は言葉を失う。ニョルズの決断は必然だった。彼もまた自らの眷属を、何にも替えられぬほど愛している。

 たとえ【闇派閥】との取引に手を染めようと、眷属を守れるならば構わない。

 

 男神は【ギルド】に申告なく輸入した品に手を伸ばし……またしても、それを駆けつけた眷属によって遮られる。

 

「ニョルズ様ー!【デメテル・ファミリア】からの遣いが来たんですけど、それ所じゃなくて!」

 

「?」

 

 

 例題1。午前八時、女神F様は馬車に乗り、オラリオからメレンに向けて時速25Kで進み始めました。

 同時刻、後方300Mにいた眷属Hさんは時速23Kでその後を追いましたが、このままでは女神を見失ってしまうと考え、城門から1K地点で行商から馬を掻っ払い、時速30Kで追い上げることにしました。

 これらを前提に以下の問いに答えなさい──。

 

「ッ……はぁッ、はぁッ……馬車の上から()()()()()()()()()なんて……どうかしてるッ!」

 

 息も絶え絶えに黒妖精の青年が呻く。死と隣り合わせのデュアスロンを遂行させられ、彼は素のまま悪態を吐いた。

 唐突に背に股がられ数キロルを走破した黒馬もまた、だくだくに汗を掻いている。

 

 一方でどうかしてると称された剣士は、滑らかに地面へと降り立った。鳥の羽が落ちるような着地音である。

 三十分ほど馬車の上に突っ立っていたからか、足取りは妙にふわふわしている。

 

 澱みなく納刀を実行しつつ、帰雁は馬車の中へと語りかけた。

 

「すまぬ女神様、追手を上手く撒けなんだ。一応伺いたい、此方はお知り合いか?」

 

「ええ、振り切れなくても仕方ないわ。彼は私の眷属(こども)だもの」

 

「フ……様……!」

 

 今度こそ気力を使い切ったのかガクリと崩れ落ちた青年を尻目に、帰雁は恭しく女神の下車を手伝った。

 

 この道行で連帯感が生まれたのだろうか、黒馬が彼をアグアグと甘噛みする。

 女神はそれを微笑ましげに眺め、眷属の献身に思いを馳せたのち……「放っておいていいわ」と無慈悲に言い放つのであった。

 

 

 御者二名に声をかければ、彼らは白昼夢に遭ったかのように困惑する。メレンに到着したことを告げると更に慌てふためいて、自らの居眠り運転に戦慄していた。

 

「眠ったままここまで馬を走らせたのか……?」

 

「マジかよ!俺らって……天才かも……!」

 

 次いで現れた美の化身にまたもや仰天しているが、あまり心配は要らなさそうだ。

 

 一先ず【デメテル・ファミリア】の二人を『船着の館』に送り届け、女神が望むままバールに入る。

 道中誘蛾灯の如く彼女が人を惹き付けたので、被った笠を彼女に貸せば、多少はそれがマシになった。

 

 彼女がカウンターに腰掛け、果実水を傾けるだけで、全てが輝いて見えるようだ。尤も物憂げに頬杖を突く面持ちは、何処となく不満げなのであった。

 

「メレン……以前に一度訪れたけれど、こんなに人が少なかったかしら?」

 

「確かに寂れてござるなぁ。海の男というと早朝には漁を終えて、昼間っから酒場に入り浸る者が多いのだが」

 

 言いながらも、帰雁は女神に夢中である。何せ本当に美しいのだ。思わず酒も進むというもの。

 意にも介さず「見過ぎよ」と笑った彼女は、置かれたメニューに手を伸ばし……今度こそ不機嫌そうな顔を作った。何故なら『鯛とアサリのアクアパッツァ』の項目が、棒線で潰されていたからである。

 

 潰されたメニューは幾つもあった。どれもが海の幸をふんだんに用いた料理であり、それこそ彼女が望む品だ。

 彼女は自らに見惚れて惚ける、老年の店主を呼び付けた。

 

「……ねえ、そこの貴方」

 

「おわっ……へ、へぇ。なんでございやしょう、女神様」

 

「随分売っていない品が多いのね。今年は漁が不作なの?」

 

「い、いや……そういう訳じゃねぇんですが、最近は中々沖に出れねぇんですよ。何せ海賊が出るもんで、それに釣られてモンスターが漁場を荒らしちまうんでさぁ」

 

「海賊……そう」

 

 女神がキュッと顔を顰めた。美麗な柳の眉が吊り上がる……寸前に。

 

 カランカランとドアベルが鳴って、一人の逞しい長身が現れる。

 少々焼けた健康的な肌、束ねた茶色の髪は潮風に馴染んでパサパサと跳ね、曝け出された上半身は実用的な肉体美を示す。

 

 整った容姿、独特の存在感。間違いなく超越存在である。この街の父たる神の来訪に、老年の店主が狼狽える。

 ただ当然の如く迎え入れた女神だけが……彼に艶やかに笑みかけた。

 

「久しぶりね、ニョルズ。少しお願いがあるのだけど」

 

「げっ……マジでフレイヤなのかよ……!」

 

 フレイヤは男を誑かす女のようでも、父に甘える娘のようでもあった。海神はげんなりと肩を落とし、同郷の美神に頭を抱える。

 どうか見間違えであれよ……!この女神に限って有り得ないとしても……!

 

 しかし彼女が望みを言ったならば、周囲は叶える他にない。ニョルズがどれだけ緊急事態に追われようと、この女神はお構いなしなのである。

 

 人知れず頼んだラム酒を舐めつつ、帰雁は女神の横顔を見た。白磁の如く肌が照らす光を跳ね返して、星屑と同様の髪が煌めいている。

 これなる御方が女神フレイヤ。最も麗しきと謳われし、オラリオに君臨する美の化身。……なるほど、これは美しいものである。

 

 懐の巾着から硬貨を取り出し、果実水とラム酒とを纏めて支払う。それから跪き、丁重に手を差し出せば、フレイヤは少々意外そうに頬を緩めた。

 

「律儀ね。誰から神の敬い方を学んだの?」

 

「なに、神前に向えば自然と(こうべ)を垂れるものでござる」

 

「そう。貴方、つまらないわ。歪で、斑で、混ざり過ぎていて。全く私好みじゃない」

 

 言いながらも彼女は手を取って、下界の子に身を委ねる。それから生理的な緊張で強張る手の甲に愉快そうに口付け……わざとらしく指を這わせた。

 

「神は苦手?」

 

「いいえ」

 

「そう。神に限らず、他人との接触が苦手なのかしら。エルフらしいのね」

 

 全エルフが拒絶反応を起こす結論を出し、フレイヤは無邪気に歩き出した。当然手を引かれる形のエルフ、困り顔の海神を従えて、メレンの街を闊歩する。

 向かうは埠頭。彼女の道を妨げるものは何もない。

 

「ニョルズ様ー。例の見つかっちゃ不味そうな奴、ちゃんと隠して置いてやったニャ」

「すまん、助かる。……お前はもうメレンを出るのか?」

「次の依頼があるからニャー。もっちろん、次来た時はお手伝いのお礼……期待してるニャ?」

「分かった分かった、準備しておく。お前も怪我には気をつけろよ」

「……ふんっ。弱味を握られてる相手に呑気なもんだニャ」

 

 此度の場合。女神フレイヤの失踪……家出、婿探し、或いは発作と言い換えてもいいが……の判明には、少しばかり時間を要した。

 というのも昨晩「アクアパッツァが食べたい」と溢した彼女の言葉から幹部陣は軒並み朝市に繰り出していたので、発覚が遅れてしまったのである。

 

 しかし【フレイヤ・ファミリア】の行動は迅速だった。彼らは速やかに情報収集に移行し、女神の捜索態勢に入った。

 

 最も有力な手掛かりを掴んだのは、白妖精のヘディンである。彼は旅支度を整えながら、美麗な顔を歪めて悪態を吐く。

 

「体を動かすより先に考えろ!情報を残せ!あの考え無しがッ……!」

 

 宿敵の姿がないことに気が付いたのは、当然というべきか彼であった。

 ともすれば朝市の人混みに心が折れ、魚諸共その辺に打ち上げられているのでは……と思わないでもなかったが、論理に外れた直感が警鐘を鳴らしたのだ。

 

 その線は当たった。目撃情報によれば唐突にあの黒妖精は奇声を上げ、買い上げた海鮮全てを放り出し、南西の門から飛び出して行ってしまったのだという。

 次いで行商から馬を盗まれたという証言が入った。曰く盗人は「我が道を隔てるな。この千里の道が先に、遍く恵みを齎すお方がッ……」などと言い残し、見事な手付きで馬を乗り逃げして行ったそうだ。

 

 かつて『戦王』と崇められた才覚は、騎馬にも遺憾無く発揮されるらしい。馬鹿がよ。あがり症の宿敵を思い、ヘディンはシンプルな罵倒をした。

 

 方角を思えば女神の行方はすぐに知れる。彼女は海の幸を食しに行ったのだ……つまりは本場、港町メレンにまで!

 

 ヘディンは憤りながらも、キチンと周囲に情報を伝達した。追跡は僅か五分後に始まり、【フレイヤ・ファミリア】の精鋭達は、皆一斉にメレンへと向かうのであった。

 

 

「く、クク……。漸く来たか、我が宿てヘブッ!?」

 

「黙れ。さっさと状況を共有しろ。フレイヤ様は何処に居る?」

 

 なんだかんだで振る舞いに理解を示す(本人は全く以て不本意だろうが)宿敵に引っ叩かれ、ヘグニは頬を抑えて座り込んだ。

 容赦のないマジビンタである。肉体よりも心が痛い。途轍もない精神的負荷を覚える。

 

 ヘグニはよろよろと埠頭を振り返り、遠く帆が見える湖海を指差す。澄み切ったロログ湖の水面に、立ち尽くす勇士たちの姿が映る。

 

「ふ、フレイヤ様は……出航してしまった……」

 

 ヒヒンと黒馬が嘶いて、慰めるように彼の銀髪を喰む。ヘディンは額を抑えると、重々しい溜息を吐いた。

 





フレイヤ様が強過ぎて今回は酒カスが添え物です。このお方お一人で何処までも行ってしまうな……

仕掛けに関してはぶっちゃけ作者の自己満足なので、全く展開に関係ないです

既出の誰との関係が好き?

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  • ザニス
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  • ミア
  • リヴェリア
  • メーテリア
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