酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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月とスッポン

 

 嫌な動悸を抑えつつ【ギルド】に戻ると、そこに居たのはでっぷり太ったなんとも偉そうなエルフであった。実は初めて見たエルフの同族だ。なんなら年も近そうである。

 

 可憐な受付嬢との落差っぷりにたじろぎかけた帰雁だが、ダンジョンのことは【ギルド】に聞けば良いという理解はしている。

 数十年荒野を彷徨った徘徊老人()は、正道の大切さをよく知っていた。何事も抜け道や裏口で回り込むと、要らぬ面倒を買いまくるのだ。

 

「もし。少々宜しいか」

 

「宜しい訳がないだろうが!【ヘラ・ファミリア】の出迎えでもなくばこんな場になど出て来んわ!私を誰だと思っているッ!」

 

 知らんでござるがな……。正道を歩む意欲が下がった。飽きっぽい気質の似非サムライである。

 しかしそれでも食い下がる理由は、一重にアウトでない保証が欲しかった為だ。実にちんけな保身であった。

 

「いやぁその……一階層のコボルトの巣なのだが、手をつけて問題無いものでござろうか。べ、別にうっかり切り崩しちゃったとかではないのだがな?」

 

「はァ?一階層にコボルトの巣が出来るなど有り得んだろう。低階層であれば定期的にモンスターが掃討されるわ。巣を作る程の個体数が残ることは……」

 

「あ、そ、そうでござったか!?いや失敬失敬、しからば拙者の勘違いでござるな!これにて!」

 

「待たんかッ!」

 

「うむッ」

 

 偉そうではなくちゃんと偉い壮年エルフ、【ギルド】長ロイマン・マルディール。主神ウラノスの信を得た彼の用心深さは、逃げ腰の不審者を確保すべきと判断する。

 

「一階層に、コボルトの巣が、あったのだな?」

 

「えっ」

 

「あったのだな?」

 

「うむ……あったはあったでござるが……」

 

 煮え切らぬ態度に鼻を鳴らしつつ、ロイマンはやはり偉そうに言った。見た目の怪しさには屈しない。変人揃いの冒険者を相手取ってきた、ベテランらしい貫禄だ。

 

「『未開拓領域』の可能性がある。この後戻ってくるファミリアから人員を割かせるので、ここで待機するように。良いな?」

 

「嫌でござる……」

 

「良いな?」

 

「嫌でござ……」

 

「良・い・な?」

 

「うむん……」

 

 そういうことになった。もう余計なことは言うまい。

 

 

 

 

 

 

 一筋ずつ艶めく灰色の髪。伏せられた右目から漏れる翠の光と、陰鬱なまでに整った貌。

 その静謐な佇まいを見て、二、三言のみ言葉を交わし、連れ立って『未開拓領域』の確認作業を終え、何も言わずに別れる。

 

 再び出会う予感だけがあった。

 

 ただその横顔が綺麗だったことを、破滅を齎す鐘の音を、いつまで経っても覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 端正なものは好きだ。老若男女容姿内面関わらず、見ていて胸の空く気分になる。何より酒の肴に良い。

 

「いやぁ、今宵は美味い酒が飲めそうでござるなぁ」

 

 何気なく入った場末の酒場が中々の当たりであったので、帰雁は機嫌よくグラスを呷った。

 東にいた頃も外ツ国の酒は時折舐めていたから、果実酒の楽しみ方は心得ている。味付けの濃い獣肉を齧りつつ、いくつか小皿の料理を頼む。

 

 連れ立ったあの魔術師が一帯の魔物を殲滅した為、懐はそれなりに暖かい。

 『未開拓領域』発見の報酬も得た。なんでも地の精霊に好かれている冒険者には、そうしたチャンスが起こりやすいのだとか。

 持ち歩いていた黄金がことの他貴重だと分かった以上、早々に手をつけるのは避けたかった。思いがけぬ幸運だと言えるだろう。

 

 しかし綺麗な娘だった。あれは随分若いであろうな。

 下手すると拙者の十分の一もない年頃じゃなかろうか……嘘……幼すぎ……赤子では……!?

 

 考えに耽りつつ葡萄酒を嗜む帰雁だが、見た目は完全な不審者だ。居酒屋の隅で酒を飲み漁る笠頭に、血の気が多い冒険者でさえ関わりたくない様子である。

 ゆえにそんな不審者に声をかける人間も、到底真っ当でない人種なのは明らかであった。

 

「なあアンタ」

 

「ウン?」

 

 笠の編み目の模様が回る。柄を撫でつつ振り向いた帰雁は、はてと彼らに首を傾げた。見覚えがあるような無いような、嫌に印象の薄い男たちだ。

 しばし彼らを眺め回し、正面に立つこましゃくれた眼鏡の若者……の額にある大痣を見つけ、ようやく手掛かりらしきものを掴む。

 そして納得した。

 

「御礼参りでござるな?無論お相手仕る。表に出ようぞ」

 

「待て待て待て!」

 

 怪奇!全自動暴力マシーンに躊躇いはなかった。なお燃料は酒。

 潔すぎてドン引きの彼らは【ソーマ・ファミリア】の団員たちである。

 

 穏便に陰謀(はなしあい)で片をつけたい若者はその肩を抑え……ゾッとするような殺気を浴びてすぐさま両手を上げ……指で示されるまま、誰も座る者がいない怪人の対面に恐る恐る腰を下ろす。

 左右に控えていた体格が良い男たちは、明らかな挙動不審な動作でその背後に立つも。

 

「お主らは座らないのでござるか?」

 

 その場にひれ伏した。獣の序列だ。アウトローは序列に厳しいのである。

 一方それなりに法を遵守するタイプのエルフは、かんらからとまるで妖怪のような笑い声を上げた。

 

「酒席でござるよ。そこな席で寛げば良い。盃を交わせば分かることもござろう?」

 

 グラスを三つ従業員に頼む。それから行儀良くしていた姿勢を崩し、椅子の肘置きに腕を掛けると、帰雁は愉快げに酒を掲げた。

 

「我らが主神に」

 

「「「我らが主神に……」」」

 

 白々しい乾杯。完全なアルハラであった。

 

 

 

「さてさて、場も温まったでござるな。拙者に如何なご用であろうか」

 

「……よくも言う……」

 

 まあ飲めまあ飲めと卓上でアルハラが横行し、ガタイの割に可愛らしい肝臓を持つ益荒男たちが沈没。

 案外耐性の強い眼鏡の若者は口端を拭い、浮つく意識を懸命に束ねる。

 

 悪巧みに酒は付き物である以上、飲んだ酒量を誤魔化す方法など何通りもある。

 が、その尽くを対面の酒呑みは看過し、「はて、酒が足りぬか?」と言いつつ倍の量を注いでくるのだ。実にタチの悪い絡み酒だった。

 

「アンタに……取引を持ち掛けたい……」

 

「取引とな。拙者相手に?ふふ、異なことを申すでござるなぁ」

 

「ッ……!」

 

 一々気に障る振る舞いに耐え、若者は一枚の紙束を取り出す。つらつら書き連ねられたその書類には、【ソーマファミリア】団員の今月の稼ぎ高が記されている。

 

 帰雁はちらりと書面を眺めた。ひと月10万ヴァリスから。今日の収入が稀な幸運であったと仮定して、それでも納められる範囲であろう。

 元より支出の八割が酒代の女である。物持ちがとてつもなく良い上にQOLがとてつもなく低いので、すぐに貯蓄が貯まるのだ。半ば酒で成長する植物みたいなもんである。

 

 なお上限は現状で300万ヴァリス……ザニス・ルストラ。なるほど、これが目の前の男らしい。

 

「アンタも聞いただろ……?ウチの主神は、ファミリアの運営に興味がない……団長の選定すら丸投げだ。良いか、ウチじゃ金を稼いだ奴が強いんだ……どんな手段であろうとも……」

 

「ほほう」

 

 まあ言い分は分からぬでもない。帰雁はスパンと酒瓶の口を切った。持ち上がりかけた笠を顎まで下げて、野望にギラつく若者を見る。

 

「俺と……俺と組め。アンタと俺なら、他の連中なんか目じゃない。俺たちで神酒(ソーマ)を、(カネ)を独占できるはずだ。アンタ、雑務が面倒なタイプだろ……?」

 

「ふむ?」

 

「だからさ、代わりに俺がやるよ。儲けは山分け……取り分は勿論そっちが七だ。これまで雑事を気にしなくても生きて来れたのかもしれんが……少なくとも今後は必要だ。違うか…?」

 

「ふむふむ……お主も相当の好き者でござるな。分かった分かった、もう一杯だけでござるよ?」

 

「ッ……!アンタなあッ!」

 

 ふざけた態度を崩さぬ怪人にとうとう若者が熱り立つ。が、酔いの回った全身では立ち上がることもできず、ただ力無くテーブルに手をつくだけだ。

 

 帰雁は酷薄に目を細め、つまらなそうに首を傾げた。トントンと指が机上を打つ。武器を持つ者特有の、節の固そうな掌だった。

 

「集り、奪い、乏め、それが敵わねば媚びる。成る程結構、構わぬでござる。弱者(まけいぬ)の賢しらな生き方ゆえ。しかしなぁ、気に食わぬ。手段を選ばぬ割にせせこましい」

 

 店の周りにもゾロゾロと仲間を引き連れてきているのだろう。ともすれば後ろ暗い他のファミリアに協力を要請し、高レベルの冒険者を呼び寄せているのかもしれぬ。

 しかし店内まで呼び寄せないことを見るに……どうやら信用に足る相手ではない。

 

 帰雁は端正なものを好むが、醜いものも嫌いではない。野心。欲望。憎悪。殺意。ピリリとした感情は塩辛く、甘い酒にはよく似合う。

 安易に殺されてやる気もないが、呆気なく死ねども己らしい末路だろう。酔いも回って良い気分である。

 

 死ぬには良い日だ。しかしちと物足りない。

 

「脅しの一つも垂れてくれるかと思うたが。何を恐れる。如何に策を弄そうが、この首落とせば終わりでござる。であれば吠えろよ」

 

 若者、ザニス・ルストラは震える拳を握りしめる。酒精が頭まで回ったせいではない。ただ目の前の怪人相手に、歯の根も合わないほど怯えているだけなのだ。

 

 レベル1の新参者。多少腕に覚えがあるだけの相手に、どうして自分は怯えている?

 これまでだって上手くやってきた。多くの団長候補を蹴落として、その中には自分より強い相手もいたはずだ。

 自分より賢い相手も、自分より稼げる相手だって、その全員にザニスは勝ってきたのだ。

 

 なのに。あともう少しで。この大悪党に。

 呑まれた。

 

 

「それが負け犬の特権でござろう?」

 

 瓶から粗悪な安酒を呷り、嗤う帰雁が嘲った。

 ザニスは言い返せなかった。情けなくも一人席を立ち、膝を笑わせながら酒場を去る。

 

 

「………」

 

 帰雁は無言で背を見送ったのち……若者が立った座席に目を落とす。

 それからスッカリ良い夢を見ている益荒男たちの、これまた可愛らしい寝顔を眺め、ふっと柔らかく微笑んだ。

 

 

「会計頼むでござる」

 

 

 最低である。

 

 





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