酒カスエルフ、ダンジョンへ行く   作:エルフスキー

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交叉

 

 三歩下がって頸を狙え。ヤマト撫子の心得とは、確かそんな感じの教えだったと思う。*1

 その日もぐでぐで管を巻いていた酔っ払いは懐かしい通り名に目を瞬かせ、引かれた袖の先を辿って、見覚えのある面差しを見た。

 

『もし。お楽しみの所を失礼致します。赤雁様とお見受けしますが、如何か?』

 

 見目麗しい少女であった。生来の翠が暗んだ自分とは異なり、彼女の黒髪は漆の如く純粋な濡烏。

 濃赤の着物は明らかに上等な反物で、襟口には様々な色彩が重なっており、この娘が正装に近い“おめかし”をしていることが見て取れる。

 着こなしも所作も大変に美しく、覗く指先までが爪紅で鮮やか。じっと眼を見つめれば、彼女は恥じらうように目を逸らし。

 ……ふ、と微笑む。男を殺す笑みである。

 

 帰雁はくいっと盃を呷り、さりげなく彼女から距離を取った。

 

『麻呂は知らぬ。人違いでおじゃ』

 

『うふふ。その奇怪な振る舞い、間違いなくモガリ・帰雁様でございますねぇ』

 

『……美人と言えどもその顔は見飽いた……』

 

 幾度となく覚えた既視感に肩を落とし、気落ちしながら刀を抜く。望月の欠けたる所のなき今宵、折角佳い女が訪ねてきたというのに、何が哀しくて無粋をせねばならないのか。

 

 方々で恨みを買いまくる放蕩エルフではあるが、この因縁は特に長い。月夜の晩に、これまた月のような娘が現れて、自らを殺しにかかってくる。

 その一連を幾度も経験しているのだ。この一族の暗殺者は別嬪揃いだが、殺し屋と明かす刺激的な閨にも流石に停滞(マンネリ)を感じてしまう。

 

 しかし少女は刃に応えず、ただただ笑みを深めて名乗った。

 

『わたくし、輝夜と申します。姓は名乗りますまい。どうせご存知なのですし』

 

『うむ?』

 

『貴方のことは良く存じ上げている。“悪いことをしたら赤雁様が来るぞ”と、幼い頃から聞かせられておりました』

 

『なまはげの親戚扱いされている……?』

 

『これなる装いは一張羅。汚すつもりは毛頭ございませんので、どうか刀をお収め下さいませ』

 

 男を殺す為に着飾るなど全く莫迦げた風習だ。糞食らえとは思いませんか?

 由緒正しき高貴の血族、夜に咲く過激な一輪の花。お転婆な姫君は笑顔のまま毒を吐き、ニッコリと一升瓶を差し出したのであった。

 

 

 

 

 日々激化する【闇派閥(イヴィルス)】との抗争は一向に収束の目処が立たない。その最たる要因の一つには、オラリオ内に存在する筈の彼らの根城が割れていないことが挙げられる。

 彼らの襲撃地点や目撃情報を元に捜査は続けられているが、如何せん散発する襲撃に対し後手に回らざるを得ず、思うように進まないのが実情であった。

 

「現状拠点として考え得る候補は二つ。ダンジョン内にある未知の安全地帯(セーフエリア)か、或いは既存のファミリアの本拠を隠れ蓑にしているのか」

 

 開かれた闇派閥対策会議に際し、【ロキ・ファミリア】団長たるフィン・ディムナは言った。

 前者であれば極めて厄介だ。地上を守りながら未知の階層を捜索することは困難を極めるし、同時に“出入り口”を探す必要が出てくる。

 【ギルド】お膝元たるバベルにその痕跡はない。となればかつて【ヘラ・ファミリア】が封印したような、ダンジョンと繋がる地下の横穴を探さなければならないのだ。

 

 後者ならばなお悪い。疑心暗鬼の内輪揉めは相手の思う壺だろう。オラリオを裏切った勢力が闇派閥と手を組んだならばまだマシで、最悪人知れず壊滅させられたファミリアが成り代わられている可能性すら浮上する。

 

 そんな最中【殺帝(アラクニア)】ヴァレッタ・グレーデと連れ立つ姿が目撃されたという【呑んだくれ(ドランカー)】の情報は、場の全員をげんなりさせる凶報だった。

 【勇者(ブレイバー)】は露骨に嫌そうな顔で【猛者(おうじゃ)】と【象神の杖(アンクーシャ)】に協力要請を出し、これまた露骨に嫌そうな顔の二人は間髪入れずに承諾する。

 

 一瞬で包囲網が完成する中、【アストレア・ファミリア】団長アリーゼ・ローウェルは明るさを保って手を上げた。

 よって容疑のかかった【ソーマ・ファミリア】への切り込み役はうら若き乙女たちが務めることになったものの……ベテランたちの苦い予感はそのまま、彼女たちは空振りする羽目になる。

 

 【ソーマ・ファミリア】に闇派閥との協力関係はなく、寧ろ彼らはただの被害者。

 つい先日闇派閥による襲撃・強奪で数多の物資を失い、懸命に損害を補填している所だったという事実が、嘘を見抜く神々の下偽証なく明かされてしまったのである。

 

「原則としてたとえ【ギルド】の指示の下でも、他ファミリアへの介入は御法度では?勿論皆さんの立場を鑑みて、訴訟などを起こす予定はありませんが……無遠慮な立ち入り捜査を受け、私達が大変傷付いたことは知って頂きたい。此度の件で経済活動を止めざる得なくなり、相応の損失も出ているのです」

 

「ウチの酒カス……失礼。モガリ・帰雁を今後の捜査の参考人に?ええ、勿論構いませんとも。皆さんと同様に、私達もオラリオに貢献すべきですからね。しかし団長たる私にも手綱を握らせてくれる奴ではありませんから、今頃何処をほっつき歩いていることやら。私には皆目見当も付かない。ええ、全く」

 

 99%真っ黒な癖に、ペラペラと騙るザニス・ルストラ。「嘘()吐いてません」感丸出しの小悪党にその場の全員が拳を握ったが、残念ながらここでタコ殴りにすることはできない。

 

 「そうね……悪いことしちゃったわ」としょんぼりするアリーゼの陰でキレたライラが抑え込まれていたが、同様に青筋を立てていたリューは傍の好敵手に目を留めた。

 お淑やかな外面とは裏腹に、苛烈な本性を大して隠す気もないゴジョウノ・輝夜。日頃ならば悪党相手に強烈な痛罵を飛ばしそうな彼女が、どこか考え込む素振りで眉を寄せていたからである。

 

 

 

「姐さんですか?さあ……歓楽街で長期の依頼でも受けたんじゃないですかね」

 

「またダンジョンに篭ってるもんかと。あの人平気で数ヶ月潜りますし」

 

「確かに最近は見かけんな。まあ珍しいことでもねえが、旦那がおらんと調子に乗る連中が多くて面倒だね」

 

「女を作って養われてるとか?いや男の可能性もあるか」

 

「酒代が足りずにその辺で皿洗いでもしてるんじゃないすか?知らんけど」

 

 

「情報が集まりすぎて見つからない……!?」

 

 

 二つ名を【呑んだくれ】という冒険者について、リュー・リオンが知ることは少なくない。元より噂の多い人物だ。直接の面識が無くとも奇怪な為人は察せられるし、案外共通の知己も多い。

 

「噂ほど怖い人じゃないんだよ?小さい頃も鬼ごっこで遊んでくれたし、私にとっては愉快なお姉さんって感じかも。ただ、えっと……冗談が独特で、大らかすぎる所があるけど……」

 

 言い淀むのはアーディ・ヴァルマ。天真爛漫なリューの親友、人の美点を見つけるのが得意な彼女にここまで言葉を選ばせるのは相当である。

 

「あの傍迷惑について知りたいなら、聞き込みをするより調書を見たほうが早いだろうな。【ガネーシャ・ファミリア】には奴専用のファイルがある。『アイアム・ガネーシャ(ウチのホーム)』を訪れることがあれば貸し出そう」

 

 アーディの姉・シャクティは忌々しげにそう言って、妹を伴い巡回へと戻ってしまう。名残惜しげに手を振ってくる親友に親愛の仕草を返しながら、リューは傍の仲間を見やった。

 

「残る影は多いのですが……やはり足取りは掴めませんね」

 

被疑者(ホシ)は神出鬼没の怪人、都市伝説に片足突っ込んでるような相手だぞ。早々捕まえられる筈ねーっての。第一そんな大悪党が昼日向を歩くかよ」

 

 大派閥特有の動き辛さから三つの派閥が手を引く中で、唯一対象の調査を続ける【アストレア・ファミリア】。

 小人族のライラは肩を竦め、シニカルな調子で鼻を鳴らす。常のことながら一言多い皮肉屋に、生真面目なエルフは顔を顰めた。

 

「ライラ、憶測で物を語るのは止めるべきです。神々の立ち合いの下、彼らと【闇派閥】との協力関係は否定されて……」

 

「ハッ!にしたって連中が碌でもないのは分かってんだろ。『悪人共の違法市(ブラック・マーケット)』だって確実に一枚噛んでやがる連中だぞ。優等生はお気楽なもんだな」

 

「なっ、わ、私が、お気楽だと……!」

 

「あーはいはい……良いから見回り済ませんぞ。こんな所で道草食って、極東の姫様にガミガミ言われたいのか?アタシは絶ッ対にご免だね」

 

 彼女の言葉に力が籠った。同時に苛立ちの原因が自然と察せられ、リューの憤りは風船のように萎む。

 

「……輝夜が心配ならそう言えば良いのに」

 

「あ゛ぁ?誰があんな天邪鬼!」

 

 肩を怒らせて歩くライラ。気分を害した様子でのしのし歩いて行ってしまうが、しかし二人の種族間には残酷なまでの格差があるのである。

 優雅なストライドでリューがあっさりと追いつけば、ライラは地団駄を踏み鳴らして怒った。

 

「……エルフ様が無駄に長い足しやがって!」

 

「流石に理不尽では……」

 

 目につく全てが腹立たしいらしい。困り果てたリューは長靴で包まれた美脚を見下ろし、やや遠慮がちに歩く速度を緩めた。

 

『一つ気になることがございます。単独行動を許して頂けませんか、団長様』

 

『分かったわ!気をつけてね、輝夜!』

 

『待て待て待て!そもそもお前、例の冒険者について明らかになんか知ってるだろ!』

 

『モガリ・帰雁様ですか?ええと……そうですね。一度ご挨拶した以外に面識はありませんが、極東では戦場での真っ赤なお姿から、赤雁(アカガリ)とも呼ばれた方です。“玄関に酒と塩を盛っておくと、赤雁様が舐めていく”なんて言われておりましたねぇ』

 

『悪魔の類じゃねーか!!!【闇派閥】もドン引きだろ!!!』

 

 単独行動を申し出た副団長、さらっと快諾した団長に異を唱えたのがライラだった。

 悲観的な人生観の近いライラと輝夜だ、二人にやり込められることも多いリューには想像もつかぬ光景であったが、皮肉と弁論が複雑に入り混じったリアリスティック過ぎる口論は、世間知らずのエルフの脳を処理落ちさせて余りある。

 

 それだけ彼女たちの舌戦は強烈だった。ばたんきゅーと倒れたリューが事の顛末を知ったのは、彼女を介抱してくれたネーゼからである。

 

 口論は輝夜の勝ち、但し定期連絡を義務付けること。そう正義の女神が審判したのだが、その判決が不服なライラはこうして怒っているらしい。

 

 可愛らしい印象はなんのその、桃髪が活発そうな小人族がズンズンと突き進み、エルフ特有の近寄り難さを持つ金髪の麗人がトボトボと後を追う。

 どこかチグハグな二人の少女、それでも連れ立つ彼女達を仰ぎ、人々は密かに美名を囁く。

 

 彼女達こそ『正義』の眷属、誇り高き星乙女。【アストレア・ファミリア】が輝く限り、オラリオに星なき夜は訪れない。

 

 

「あの……【アストレア・ファミリア】の方ですか……?」

 

 そんな少女たちに物陰から声をかけたのは……あどけない猫人の少女であった。栗毛の眼も髪もクリクリとしていて、ぴょこぴょこ動く耳と尻尾が小動物らしさを加速させている。

 

 貧しい身なりの少女だった。物乞いかと顔を顰めるライラを他所にリューは少女と目線を合わせ、話を聞こうとしゃがみ込み……目を見開く。

 

「──、」

 

「……は」

 

「ええと……それでは」

 

 直様身を翻す少女は、あっという間に姿を隠してしまう。リューは難しい顔をして、聞いた内容をそのままに伝える。

 

「『あのお姉さん、危ないですよ』、と」

 

「はぁ?……まさか」

 

 二人は顔を見合わせたのち、険しい顔で走り出した。

 

 

*1
タケミカヅチ「違うが!???」





総合評価が丁度9999です。
うつくしい……皆様ありがとうございます。

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